第252話 なんか惹かれる
ウォルターに帰って数日が経った。
俺は基本、自室にこもり、考え事をしている。
今も自室でシルヴィが淹れてくれたお茶を飲みながら考えていた。
「旦那様、お気持ちはわかりますが、根詰めすぎでは? 息抜きでもしません?」
シルヴィが後ろから腕を首に回し、耳元で囁いてくる。
当然だが、この場にはリーシャもマリアもいない。
2人は伯母上に誘われて、お茶会をしているのだ。
「息抜きねー。今はそういう気分ではないな」
「ざーんねん。せっかく奥様方がいないから『いけません、旦那様。旦那様には奥様がおられますー』って言おうと思ったのに」
なんだそのよくわからないのは……
「今後のことを考えていた」
「エーデルタルトを捨てるかですか?」
シルヴィは俺から離れると、正面に回り、椅子に座りながら聞いてくる。
メイドのやることではないが、こいつの言動を気にしてもしょうがないから無視だ。
「そうだ。伯父上もヒラリーもよくしてくれるし、ここでも幸福は十分に掴める」
「でしょうねー。マイルズ殿下が王位を継ぎ、旦那様がそれを支える。悪くないと思います」
そうだな。
悪くない。
悪くないが……
「うーん……」
「まあ、ゆっくりと考えてください。旦那様がどういう選択を取ろうと、奥様方はついてきてくださいますし、このシルヴィも支えましょう」
「そうだな……」
俺が考え事を再開すると、コンコンというノックの音が部屋に響いた。
「なんだ?」
「旦那様、私が……」
俺が顔を上げると、シルヴィが扉の方に歩いていく。
そして、扉を開けると、外にいたメイドと話し始めた。
「わかりました…………旦那様、城の正門に獣人族の女の子が来ているらしいです。なんでもリーシャ様に会いたいと」
あ、ティーナだ。
「ここに通せ」
リーシャはいないが、外で待たせるのはかわいそうだし、ここで待ってもらおう。
「剣を持っているそうですけど……」
「そいつはリーシャのもとで働きに来たんだ。問題ないから通せ」
「かしこまりました。では、私が迎えにいってきましょう」
「頼むわ」
俺がそう言うと、シルヴィが部屋を出ていった。
そして、しばらくすると、シルヴィがティーナを連れて戻ってくる。
「こ、こんにちはー……」
大きな荷物を背負って、部屋に入ってきたティーナはおずおずと俺のもとに近づいてきた。
「どうした?」
「いやー、あなたって本当に王子様なんだね。すごいお城じゃないの」
「いや、ここは俺の城ではないぞ。ここは客室だし」
というか、エーデルタルトの城はここの比ではない。
「そ、そうだよね。でも、すごいよ。そして、私の場違い感がすごい」
ティーナは俺の前で立ったまま、犬耳と尻尾をしょぼんとさせる。
「どうでもいいけど、荷物を置いて座れ」
「あ、うん」
ティーナは荷物を床に置くと、椅子に座る。
すると、シルヴィがティーナの分のお茶を淹れ始めた。
「ほえー……これが侍女? 私、こんなことをするの? というか、すでにいるじゃん」
「仕事は少しずつ覚えていけばいい。最初からできる奴はいないからな。それと、こいつは俺の専属の侍女だ」
もう専属の侍女ってことでいいや。
「そ、そうなんだ……あ、あのー、このメイド服は何? 足が……」
ティーナがシルヴィの短いスカートを見て、頬をちょっと染める。
「そいつの趣味だ」
「ふふっ、旦那様の趣味でございます」
シルヴィはうっすらと笑いながらお茶をティーナの前に置いた。
「えー……やっぱりそういう仕事じゃん」
「違うっての。それにお前はリーシャに仕えるんだよ。シルヴィ!」
「はいはい」
シルヴィは笑うと、その場で一回転する。
すると、シルヴィの格好はそのままだが、顔が本来のかわいい顔に変わった。
「あれー? スカートが長くなった!」
当然だが、幻術でそうしただけである。
俺の目には短いスカートときれいな足が見えている。
「いいからお茶を飲め」
「あ、どうも……」
ティーナがお茶を飲み始める。
「それにしても随分と早かったな。もう少し時間がかかると思っていた」
「うん。私の両親が反対をしなかったからね」
「そうなのか? 人族だぞ」
人族と獣人族の軋轢を考えると、反対しそうなもんだが……
「ララが良い人達って言ってたから」
さすがはララ。
実にかわいい奴だ。
「そうか。それで両親も安心したわけだな」
「うん。けっして、良い人達ではないけどね」
一言多い奴……
「旦那様、この方は?」
シルヴィが聞いてくる。
「テールやミレーで会っていた獣人族のティーナだ。リーシャがえらく気に入って、自分の侍女にするって言ったんだよ」
「あー、なるほど。強そうですもんね」
まあ、獣人族っていうだけで強そうだ。
「そういうこと。そういうわけでお前でもいいし、他の者でいいから適当に仕事を教えてやってくれ」
「かしこまりました。メイド服でいいです?」
「当たり前だろ」
他に何を着るんだよ。
「尻尾は出します?」
「当たり前だろ。俺が唯一評価しているところだ」
「なるほどー。確かにいい毛並みですね」
シルヴィがティーナの尻尾を見る。
すると、ティーナは尻尾を動かし、背中に隠した。
「今、すごいぞくっとした……刈られるかと思った」
「そんなことをしませんよー……旦那様、リーシャ様とマリア様を呼んできましょうか?」
「頼むわ」
「はーい」
シルヴィはラフな返事をすると、部屋から出ていった。
「あんな感じでいいの?」
ティーナがシルヴィが出ていった扉を見つめながら聞いてくる。
「俺にはあんな感じでいい。俺は堅苦しいのは嫌いなんだ。だが、リーシャはうるさいからしっかり覚えろ」
「が、頑張る…………あ、それとロイドに渡す物があるんだった」
ティーナは立ち上がると、自分の荷物を漁り始めた。
そして、カバンを取り出すと、俺に渡してくる。
「なんだこれ?」
「カサンドラさんから。果実酒とはちみつ酒だね。要求したのに忘れるな、だってさ」
あー、ティーナに託したのか。
「悪いな」
「確かに渡したからね」
「ああ。観光はしたか?」
「まだ。この荷物であの小さな船に乗る勇気はない」
確かにひっくり返りそうだ。
「後でリーシャとマリアの3人で行ってこい。せっかく来たんだから観光くらいはしろ」
「そうする」
そう言って、お茶を飲むティーナの尻尾は嬉しそうに動いていた。
「尻尾を掴んだら怒るか?」
「めっちゃ怒る」
尻尾はまたもやティーナの背中に隠れてしまった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
東京などの早いところではもう並んでいるかもしれませんが、いよいよ明日、本作のコミック1巻が発売となります。
電子は明日の0時から読めます。
また、私の別作品である私の別作品である『左遷錬金術師の辺境暮らし』の書籍1巻も発売となります。
天才錬金術師の辺境スローライフをぜひとも読んでいただければと思います。(↓にリンクあり)
よろしくお願いします!




