第025話 トラウマ
風呂から上がった俺達は再び、ワインを飲み始めた。
リーシャはバスタオル一枚の扇情的な姿でベッドに腰かけ、俺とマリアはテーブルに座っている。
「マリア、ここに来るまでに聞きたかったことはなんだ?」
マリアは宿に来る前、何かを言いたそうにしていた。
だが、途中で言うのをやめた。
多分、外で言えないことなのだろう。
「そうでした。殿下、殿下はこれからどうされるおつもりです?」
「どうって……母の実家があるウォルターに行く」
「ええ。それは聞きました。私が聞きたいのはその後です。そのままウォルターで生涯を終えるおつもりですか? それともエーデルタルトに戻りますか?」
「もちろん、エーデルタルトに戻る。とはいえ、今の状況では戻れんし、陛下が亡くなってからだろう」
今戻ると、マジで断頭台が見えそうだ。
「殿下……殿下は王になるおつもりはないのですか? 王位をイアン様に譲ると?」
「譲るも何も陛下が決めたことだ。俺は廃嫡となり、イアンが王太子だ。こうなったら次期王はイアンだろう」
「それは陛下が勝手にお決めになったことです」
勝手にって…………
「勝手に決めるのが王だろう。まあ、イアンの実家の圧力もあっただろうが」
「そうだと思います。ですが、このような暴挙を許さない者もいましょう。家は長男が継ぐもの。これは王家も変わりません。ましてや、殿下に何の不備がありましょう」
クーデターか……
「俺に従う者がいるか? 魔術師だぞ」
「います。少なくともリーシャ様の父であるスミュール公爵閣下は納得しないでしょう」
まあ、それはそうかもな。
「スミュールは力がないだろう」
スミュール公爵家はほぼ名誉職の地位についている。
「いえ、派閥があります。スミュール公爵の派閥はかなり大きいです」
「ふーん。お前の家もその派閥か?」
「いえ、ウチは中立です。というか、田舎ですので派閥に入れてもらえません」
悲しい。
「それで? その派閥がどうした?」
「エーデルタルトは王家の力が強いです。ですから陛下がお決めになったことに皆が従うでしょう。ですが、陛下がいなくなったら? もし、病気で倒れたら? その時に皆は陛下に従うでしょうか?」
「俺が王位につくように動くと?」
「殿下が異を唱え、立ち上がれば、間違いなくそうなります」
内乱じゃん。
「争いになるぞ?」
「そうでしょう。ですが、長男を差し置いて、次男が王位につけばそうなります。ましてや、殿下とイアン様は性格こそ違いますが、能力にそこまでの差はありません。でしたら長男である殿下が王位につくべきです」
「ふーん…………お前、俺にイアンと争えと? 母が違うとはいえ、弟を殺せと?」
「そうは言っておりません。私は殿下の思いを知りたいのです。私は殿下についていきます。フランドル家はあくまでも中立を保つでしょうが、私は殿下の忠実な臣下です。リーシャ様の傘下に入るということはそういうことなのです。ですから殿下がどういう思いでどういう道を歩んでいくかを教えてほしいのです。要はこの旅の目的です」
目的ねー……
「弟と争うのは避けたいな。今の情勢で内乱はマズい。それこそ、このテール王国が介入してくるぞ」
兄弟の泥沼の争いになる。
そして、最後はテールにすべてを奪われるだろう。
「では、王位は諦めに?」
「今のところはそうなるな…………」
そもそも帰れねーし。
「わかりました。では、とりあえずはウォルターを目指すということで良いですね?」
「そうだな」
「リーシャ様もそれでよろしいのですか?」
マリアはいまだにバスタオル一枚のリーシャに確認する。
「わたくしは殿下に王位についてほしいですわ。ですが、殿下が望まないのならば従います。わたくしだって国を想う気持ちはありますし、今の情勢で内乱を起こせば国が荒れるのはわかりますからね。それはイアン様を暗殺しても同じことでしょう。イアン様の実家やその派閥が粛清を怖れてテールと繋がり、反乱を起こします」
サラッと暗殺が出てくる下水令嬢。
「王妃の地位はいらんか?」
「くれるものならばいただきます。ですが、それは2番目。わたくしは殿下の歩む道についていくことが1番ですわ」
「……だそうだ」
俺はマリアを見る。
「わかりました。ならば、そう致しましょう。ただ、その場合、エーデルタルトに戻るかどうかの判断は慎重にお決めになってください」
「逆に俺が暗殺されるか?」
俺が邪魔か……
「はい。イアン様はそんなことをしないでしょうが、周りの者はわかりません。殿下は傲慢で周りの言うことを聞かないところがありますが、決断力があります。一方でイアン様は人徳がありますが、風見鶏で流されやすいところがあります。危険です」
よく見てるな……
田舎娘とはいえ、貴族は貴族か。
「わかった。エーデルタルトへの帰還の際には留意しよう」
まあ、テロやハイジャックのことがあるから元からそうなんだけどな。
「お願いします。次にですが、目的地のウォルターまではどうやって行きましょう? テールからウォルターまでは3つの国があり、かなり遠いです」
「それはわかっている。時間がかかるが、馬車かなんかでの移動になるだろう。それまでは冒険者をやりながら食い繋ぐしかない」
豪遊はできないだろうが、こういう宿に泊まり、安ワインを飲むのも悪くない。
「やはりそうなりますか…………とはいえ、この町である程度稼いだら早急にこの国は出るべきです」
「わかっている」
テール王国はマズい。
バレたら普通に捕まってしまう。
「別に陸路じゃなくてもいいんじゃない? 普通に空路を使いましょうよ。この国にだって飛空艇はあるし、ウォルターまで飛べるわよ。最悪はハイジャックでもいい。この国でお尋ね者になっても構わないでしょう?」
何もわかっていない半裸の女が何かを言っている。
「はぁ…………リーシャ様、それは無理です」
子分のマリアが呆れたようにリーシャの意見に異を唱えた。
「なんでよ?」
マリアの無礼な物言いにリーシャがちょっとむっとする。
「空はもう嫌なんです……怖いんです…………」
マリアがだらだらと涙を流し始めた。
「ハァ……情けな…………殿下、どうされます? このぶどうを無理やり連れていきますか? 飛空艇に乗る時だけ殿下の魔法で眠ってもらいましょうか?」
呆れた様子のリーシャが聞いてくる。
「マリア……」
俺は泣いているマリアに声をかけ、持っているグラスを掲げる。
すると、マリアもグラスを掲げた。
「偉大なる大地に……」
「母なる大地に……」
「「乾杯」」
怖いよ……
迫りくる木々が怖いよ……
「殿下もでしたか…………あー、だからパニャの大森林で頑なに飛ぼうとしなかったのですね」
人は地に足をつけて生活する生き物なんだよ!
皆、お前みたいに鋼の精神を持っていないんだよ!
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