第249話 怖い!
大司教レノーは黒炎に包まれて、死んでいった。
「マリア、辛い仕事をさせたな」
俺は後ろを振り向くと、マリアの頭を撫でる。
「殿下ー、吐き気がするほど気持ち悪かったですー」
マリアが抱きついてきた。
「よしよし」
「……ところで、リーシャ様がやさぐれているのはなんででしょう?」
マリアがリーシャを見る。
リーシャはつまらなそうに腕を組んでいた。
「あいつ、今回は一度も剣を振ってないだろ? そのせい。相手は黒魔術師だからリーシャは下げたんだ」
「あー……殿下がイキるリーシャ様を宥めるってこのことですか」
ずっとマリアの影にいたし、フラストレーションが溜まってそうだな。
爆発する前に帰るか。
「シルヴィ、帰るぞ」
「少々、お待ちを。情報を集めますので」
シルヴィはそう言うと、本棚を漁り始める。
「情報ねー……」
まあ、それが隠密の仕事と言えば、そうだろう。
俺は待っているのも暇なのでシルヴィと同じように本棚を眺め始めた。
だが、本棚にある本はほとんどが聖書であり、一つも面白くなかったのでデスクの方に行ってみる。
デスクは部屋の端に置いてあり、何かの書類が散乱していた。
「整理くらいしろよ……」
俺はデスクに散らばっている書類を見ていく。
書類は部下からの報告書が主でロクなのがない。
だが、その中に気になる書類を見つけた。
「おっ!」
「何かありましたか?」
声がしたので振り向くと、シルヴィが俺のすぐ後ろに立っていることに気が付く。
「ほれ、黒魔術の実験報告書だ。マルコにでも渡せ」
俺はそう言って、書類をシルヴィに渡した。
すると、シルヴィは書類を読み込んでいく。
「確かに黒魔術の報告書ですねー。マルコさんに渡しましょう」
シルヴィはそう言うと、書類をどこかにしまった。
多分、空間魔法だろう。
「他にはないかなー……」
俺は他の種類を手に取り、眺めていくが、あることに気が付き、振り向く。
「………………」
情報を集めると言っていたシルヴィが何もせず、俺の後ろにただただ立っているだけなのだ。
「お前、本棚は?」
「終わりました。聖書ばかりでしたね」
「そうだろうな……」
なんだ?
そんなもんはすぐにわかるだろう。
いや待て、シルヴィはなんで本棚を調べた?
普通はまずはデスクを調べる。
ましてや、こんなに書類が散らばっているというのに……
俺は嫌な予感がし、散らばっている書類を急いで確認していく。
すると、一枚の紙を読んで、固まった。
「………………」
俺がその紙を読んでもシルヴィは動かないし、何も言わない。
「シルヴィ」
俺は何とか冷静さを保とうと、シルヴィを呼ぶ。
すると、後ろに控えていたシルヴィが俺の横に来た。
「何でしょう?」
「これか? これがお前が俺に本当に見せたかったものか?」
「さようでございます」
シルヴィはすぐに肯定した。
「そうか……」
シルヴィが見せたかったものは教国の闇でもなければ、教国の野心でもない。
この一枚の紙を俺に見せたかったんだ。
だからここまで連れてきた。
あんな回りくどい方法を取ってまで……
「どうしたの?」
「何かありましたかー?」
俺とシルヴィのやりとりを見て、不審に思ったリーシャとマリアが近づいてくる。
「いえ、なんでもありません。黒魔術の証拠は掴みましたし、さっさと脱出しましょう。マルコさんは今夜でけりをつけると言っていました」
「随分と早いな?」
レノーがいなくなったわけだし、もう少し、足元を固めてからでもいい気がするが。
「レノーが遅くなった理由と同じです。教皇がいよいよらしいです」
峠なわけか……
「わかった。脱出しよう。どうする?」
「町中はすでにマルコさんの部下が張っています。この人数で動くのは厳しいでしょう。旦那様、奥様、私の影にお入りください。後は私がやりましょう」
「……任せる」
俺達はシルヴィの前に立つ。
すると、身体が沈み始めた。
「あー、こんな感じですかー……」
マリアが沈み始めた自分の足を見ながらつぶやく。
「そういえば、初めてだったな」
「私達がずっとマリアの下でマリアは歩いていたものね」
「なんか変な感じです」
俺はもう慣れたな。
俺達が話していると、シルヴィの影に沈んでいった。
「こういう風な視界ですか…………なんか嫌だな」
マリアはシルヴィを見上げながら嫌そうな顔をする。
まあ、下から見たらそう思うわな。
「大丈夫。お前もちゃんと黒くなって見えなかったから」
「それでもなんか嫌です」
気持ちはわかる。
たとえ、黒くて何も見えないとしてもスカートの中を覗かれるのは嫌だろう。
「皆様、いいですかー?」
シルヴィが俺達を見ながら聞いてくる。
「問題ないから行け」
「了解でーす」
シルヴィはかわいく敬礼をすると、窓の方に向かった。
「シルヴィ、言っておくが、ここは5階だぞ」
何をする気だ……
「問題ないですよー。まあ、飛び降りませんがね」
シルヴィはそう言うと、窓を開け、片足を窓枠に置く。
すると、上の方の窓枠を掴み、飛び上がった。
「ひえっ!」
マリアがビビって声を出す。
正直、俺も怖い。
何故なら、下を見れば、地面が遠いのだ。
マリアと一緒に寝ることでだいぶ心の傷は癒えてきたため、3階は大丈夫だったけど、5階は…………無理!
高い! 高い!
「シルヴィー! 空はダメだって言っただろ!!」
怖い! 怖い! 怖い!
「すみませーん。でも、下を走るわけにはいかないんです。我慢してくださーい」
無理ー!
「ひえー! 殿下ー!」
マリアが震えながら俺に抱きついてくる。
俺もマリアを強く抱きしめた。
だが、そこにはラブやロマンは一切ない。
「情けない……」
リーシャが呆れながらつぶやくと、シルヴィはそのまま勢いよく上空に飛び、大聖堂の屋根に着地する。
そして、そのままとんでもないスピードで駆けていくと、ジャンプし、別の建物の屋根に飛び移った。
「だーかーらー! 飛ぶなーっ!」
「殿下ー! 助けてー! 死んじゃいますー!」
俺とマリアは抱き合いながら震え、下を見る。
地面が果てしなく遠かった……
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