第239話 いじめをしそうな女
シルヴィとマリアが寮を出ると、すでに夕方になっていた。
2人はそのまま大聖堂の方に行くと、パスカルの部屋に向かう。
そして、パスカルの部屋の前まで来ると、シルヴィが扉をノックをした。
『誰だ?』
部屋の中からパスカルの声が聞こえる。
「シルヴィアです。マリア嬢をお連れしました」
『そうか……入ってくれ』
入室の許可を得たシルヴィが部屋に入ると、マリアも後に続く。
マリアが部屋に入ったことで俺とリーシャも部屋に入ったのだが、部屋の主であるパスカルはデスクにつきながら後ろの窓を見ていた。
「何をしているんです?」
「あ、普通にそっちから来るのか」
あ、シルヴィの奴、リーシャにやったことと同じことをパスカルにもしたな……
「当たり前じゃないですか。普通は扉から来ます」
「…………そうだな」
パスカルは何を言いたそうな顔をしているが、追及はやめたようだ。
「司教様、お呼びとのことですが、何用でしょう?」
マリアが2人のやりとりを無視して、パスカルに聞く。
「うむ。実は大切な話があるのだ」
「大切、ですか……?」
マリアはこういうのが上手いんだよなー。
「そうだ。マリア殿、あなたは結婚するという話だが、相手はスコールズ家で合ってるかね?」
「はい。エーデルタルトのスコールズ伯爵家に側室として、輿入れします」
「側室かね?」
「そうですね。私の家は男爵家であり、家柄的には身分が低いです。それでも側室に迎えてくれるのはケビン様のご厚意でしょう」
なんかちょっとケビンを殴りたくなったな。
まあ、俺が作った設定なんだけど。
「なるほど……私は貴族のことには詳しくないが、あなたのような美しく清らかな方でも側室止まりなのかね?」
ん?
「過分な評価、ありがとうございます。ですが、こればかりは致し方ありません」
「ふーむ……」
パスカルが何かを考え始めた。
『マリア、側室が不満なことを少しだけ出せ。正室の性格が悪いとかでいい』
『わかりました』
俺が影から念話で指示をすると、マリアが答える。
「男爵家から伯爵家に嫁ぐのは大抵、妾です。ですが、学生時代から恋仲だったケビン様が無理を言ったのですよ。本当は正室だったんですけど……」
マリアが最後だけ声のトーンを落とした。
「そうなのかね? しかし、なんでまた正室から側室に?」
パスカルが食いつく。
「政略結婚というやつですね。そして、正室の方は公爵家なんですよ。とてもではないですが、私とは身分が違いすぎます」
「それは…………苦労するのでは?」
「そう、ですね…………いえ、なんでもないです」
こいつ、マジで上手いわ。
さすがは聖女を自称する賄賂娘。
「マリア殿、ここは神聖なる神のもとである大聖堂だ。神に守られているし、愚痴をこぼすのも悪くないものだぞ。もちろん、私もシルヴィアも他言せん」
「はい……実は正室の方は同じ貴族学校の同級生だったんですけど、いじめられていたんです」
なんかモデルがいそうな嘘だな……
「それは大変ですなー……」
「身分の差がありますし、当時は今だけだと思ったので耐えました。ですが、同じところに嫁ぐとなると…………」
「それは…………」
パスカルが言葉を失くす。
「あの方は自分勝手でわがままな人なんです。ですが、美しさだけは持っている腐った女です」
俺はなんとなくリーシャを見た。
「私のことを言ってるわよね?」
「多分……」
他にいないだろ。
「私、いじめてないわよ」
まあ、唯一の友達だし、そうだろうよ。
「嘘だから。それを言うならケビンも嘘だし、学生時代に恋仲だったのも嘘だ。気にするな」
「まあねー……」
リーシャは微妙に納得できないようだ。
気持ちはわかる。
「マリア殿、正室に取って代わるという気持ちはないですか?」
パスカルが本題に入った。
それにいつのまにか言葉使いも丁寧になっている。
「取って代わる? それは無理です。エーデルタルトでは身分が絶対なんです。ましてや、正室の家は絶対的な権力を持つ大貴族です」
「功績があればできるのでは?」
こいつ、本当に何も知らんな。
どれだけ美人であろうが、実力があろうが、貴族の結婚は家柄が絶対だ。
『マリア、こいつの話に合わせろ』
『了解です!』
別に本当のことを話す必要はない。
要はパスカルから提案を引き出せばいいだけだ。
「功績ですか……ですが、そのような功績は私には……」
マリアが俯く。
すると、マリアが下を見ていることをいいことにパスカルがニヤリと笑った。
「実は私はスコールズ家と取引をしたいと思っています。あなたにはその橋渡し役をお願いしたい」
「取引ですか? 私が言うのも何ですが、スコールズ家は大貴族でお金は豊富にあります。それにあまり信心深くは……」
「もちろん、それはわかっています。こちらはある商品を売り込みたいと思っているのですよ」
商品?
「売り込む商品があるんですか? 失礼ですけど、町を見る限り、そんなものは…………それにここからエーデルタルトは遠いですし、何より、エーデルタルトと教国の間には我らの敵国であるテールがあります。ですから輸送が難しいかと……」
「ははは。そうですな。確かにそうです。それが物ならばですが……」
パスカルが自信満々に笑う。
「物ではないのですか? それは一体……」
「実はそれを見てほしくてお呼びしたのです。ついてきてくれますかな?」
パスカルはそう言って立ち上がった。
『殿下、どうしましょう?』
『シルヴィは知っているはずだから問題ない。それにもしもの時はお前をいじめる極悪正室が動く』
『それもそうですね…………いや、私が言っていたのはあくまで空想上の人でリーシャ様ではないですよ!』
マリアが慌てて否定した。
「私よね?」
リーシャが聞いてくる。
「うん」
お前だ。
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