第020話 昨日の野宿と比べると天と地
俺達は準備を調えたと思っていたが、全然だったらしい。
「お前ら、森で野宿をしたっぽいが、森は木が多いから燃料はいくらでも手に入る。でも、そういうところばかりじゃない」
ジャックは多分、わざと説明しなかったんだろうな。
「確かにそうだな」
「テントもないだろ。雨が降ったらどうすんだ?」
「まったくもってその通りだな」
風邪を引く。
というか、死ぬな。
「こういうことは誰も教えてくれない。身をもって経験するもんなんだ。でも、それで死ぬ奴もいる」
「うむ」
「ハァ……まあ、俺がいて良かったな」
「そうだな。感謝しよう。お前が職を失って途方にくれたら庭師かなんかで雇ってやろう」
ウチの城、広いけど。
「ありがとよ。一から説明してやる。まず、焚火は必須だ。身体を温められるし、明かりになる。何よりも肉を焼ける」
それはわかる。
「木がない場合がどうするんだ? 俺は焚火程度なら魔法でどうにかなるが」
「あまり無駄に魔力を使うな。お前らは見張りができないから寝る時に使え。気配を消す魔法は使えるか?」
「それは使える」
城を抜け出すのに必須だったからだ。
「それは良い。それがあればまず問題ない。焚火だったな。これを使う」
ジャックはそう言うと、四角い黒い物体を取り出した。
「なんだそれ?」
「これは固形燃料という長い間、火を留めてくれるマジックアイテムだ。安価だし、ギルドでも町の雑貨屋でも買える。冒険に出る時は絶対に買っていけ」
ジャックはそう言うと、固形燃料とやらを地面に放り投げた。
「これに火をつければいいのか?」
「ああ、やってみろ」
俺はジャックに言われたため、地面に落ちている固形燃料に向けて弱い火魔法を放った。
すると、固形燃料はすぐに燃え広がり、あっという間に焚火ができる。
俺達は焚火ができると、焚火を囲むように座った。
「すごいな」
「ああ。しかも、これは多少の雨ならものともしない」
それは確かに必需品だろう。
「次に食料だ。お前らは狼を食ったんだったな?」
「だな。不味かった」
「まあ、そうだろう。それでも塩胡椒があれば何とかいける。問題は獲物が獲れなかった時だ」
「そもそもいないな」
これまで狼どころかゴブリンにも遭遇しなかった。
「そういうことはよくある。その場合は携帯食料だ」
ジャックはそう言って、カバンから色々と取り出す。
「干し肉、ドライフルーツ……まあ、色々とある。好きなのを買えばいい。日持ちするのにしろよ」
ジャックはそう言って俺達に食料をわけてくれる。
「お前の準備ってこれか?」
「そうだ。俺の分はあるが、お前らの分はない。だからわざわざ用意してやったんだ」
もうジャック様って呼ぼうかな?
「悪いな。庭師ではなく、衛兵にしてやろう」
「ありがとよ。あとテントだが、これも用意すべきだ。とはいえ、嵩張る。魔法のカバンがないなら野営自体を控えるということも頭に入れておけ」
そうなるか……
「晴れの日に行けばいいんじゃないか?」
「お前、嫁さんに外で寝ろって言う気か?」
ないな。
「なるほどな」
「どっかに移動するなら乗合馬車を使え。あれなら馬車の中で寝れる」
それはそれで嫌だな。
「他にいるものはあるか?」
「いっぱいあるが、とりあえずはそのくらいだ。お前らはメイジとヒーラーが揃っているから当面は問題ない。後は経験して学んでいけ。あと、ギルド職員に聞け。ついでにアドバイスだが、リリスのギルドについたらブレットという男の受付にしろ。間違っても若くて美人の受付は避けな」
若くて美人の方が良くないか?
「なんでだ? リーシャが剣を抜くからか?」
「いや、抜くなよ…………ブレットは経験豊富なベテランだ。逆に若くて美人な受付嬢は経験が浅い。しかも、男の冒険者達にちやほやされているから対応がいい加減なんだ。シロウトはシロウトらしくベテランを頼れ。それとも絶世の嬢ちゃんを差し置いて美人がいいか?」
俺はそう言われてリーシャを見る。
リーシャは若干、俺を睨んでいる。
「いや、リーシャに比べたら若くて美人の受付嬢とやらもその辺の町娘だろう」
俺がそう言うと、リーシャは満面の笑みとなり、ドライフルーツを食べだした。
なお、マリアはそんなリーシャを見て、呆れている。
「既婚者は大変だねー…………まあ、そういうわけだからブレットにしな」
「わかった」
「じゃあ、俺の講義はこの辺だ。適当に食べて、休んでくれ」
ジャックはそう言うと、カバンを背負い、立ち上がった。
「どっかに行くのか?」
「ちょっと仕事だよ。お前らは先に寝てな。あ、気配を消す魔法を忘れるなよ」
ジャックはそう言うと、来た道を引き返していった。
「あいつ、ものすごく親切な奴だなー」
「聖人ね」
「良い人すぎて怖いです」
Aランクってこんなのばっかりなのかね?
「やっぱり執事にしてやろう」
好待遇で迎えてやろうではないか。
「執事は無理じゃない? というか、絶対に嫌がりそう」
「だろうな。それにしても干し肉って結構美味いな……」
多少、塩辛いが、悪くない。
ただ、マリアの家のワインが欲しい。
「ドライフルーツも美味しいわ」
「ですねー」
俺も2人の感想を聞いて、ドライフルーツを食べてみるが、口の中に甘さが広がり、普通に美味しかった。
「悪くないな……俺も従軍経験があるが、よく考えたら至れり尽くせりで何もしなかったなー……」
普通にステーキ食べて、ワイン飲んで、簡易ベッドで寝てた。
「私達は野宿の経験すらなかったわよ」
今思うと、最初の野宿が昨日のあれで良かったのかもしれん。
間違いなく、あれを下回ることはないだろうし、今だって、十分に幸せに感じられる。
底辺の後は上がるだけなのだ。
「明日はベッドで寝られますよね?」
マリアが聞いてくる。
「明日にはリリスの町に着くし、宿屋だな。と言っても、悪いが、高級宿屋はなしだ」
「それは仕方がないわ。お金がないんだもの」
「私はベッドさえあれば、別に高級宿屋じゃなくてもいいです」
俺は高級宿屋がいい。
「それとマリア、悪いが同室な。2部屋も借りる余裕はない」
「ですよねー……まあ、2号さんだけ別室って思うと、みじめになるんでそれでいいです」
確かによそから見たら可哀想と思うかもしれん。
俺達はその後も今後の話をしながら携帯食料を食べ続けた。
そして、夕食を食べ終えたのでテントで休むことにする。
「テントねー。私、初めてだわ」
「俺もだな。まあ、昨日のジャイアントベアの巣穴よりかはマシだろ」
「まあね」
俺とリーシャはテントに入り、横になる。
「あのー、狭くないです?」
いまだに外にいるマリアがテントの中を覗き込みながら聞いてくる。
「しゃーないだろ。でっかいテントは嵩張るし、こんなもんだろ」
「狭い方が温かいわよ」
公爵令嬢とは思えないセリフ。
「私もここで寝るんですか?」
「外で寝る気か? 遠慮するなって」
「いや、同衾…………」
気にする奴だなー。
「リーシャを真ん中にすればいいだろ」
「ハァ……?」
マリアは首を傾げながらもテントの中に入ってくる。
「狭いわね。マリアが小さくて良かったわ」
マリアがリーシャの横に寝ころぶと、リーシャが俺の方に身を寄せてくる。
「狭いですー。絶対に良くない距離ですー」
うるさいなー。
「最悪はもらってやるから我慢しろ」
「妾かー……でも、殿下が王様にならなかったら側室になれますかね?」
マリアがリーシャに聞く。
「いけるんじゃない? 副王は継ぐものがないし、辺境のミールならご自由にどうぞ、でしょ」
「ミールは嫌ですー」
「私もよ」
俺もだよ。
理想は王都で適当な地位について、税金で豪遊だな。
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