第186話 エーデルタルトに栄光あれ!
俺達が関所に向かって進んでいくと、ジャックが馬車を止める。
俺はリーシャとマリアを馬車に残し、馬車から降りた。
そして、御者席に近づく。
「止まれ。商人……には見えないな。冒険者か?」
兵士が御者席のジャックに声をかけた。
「そうだよ。ほれ、冒険者カードだ」
ジャックが冒険者カードを渡すと、兵士がカードの裏表をひっくり返しながら読み込む。
「Aランクのジャック殿だったか……ヒラリー様から話は聞いている。特別な仕事らしいな? 詳細は聞かないが、頑張ってくれ」
ヒラリーが話を通してくれていたらしい。
「ああ。通っていいかい?」
「どうぞ」
兵士はそう言って頷き、端に避けたため、俺は馬車に乗り込む。
すると、馬車がゆっくりと動き出した。
「すんなりでしたね?」
マリアが聞いてくる。
「こっちの関所はな……ヒラリーが話を通していたし、出る分には問題ない。問題は次だな」
この関所はウォルターの領地にある関所だ。
次はミレーにある関所となる。
普通、出国はたいして手間がないが、入国となると面倒なことが多い。
ましてや、ウォルターとミレーは仲が悪いからなおさらなのだ。
馬車はウォルターの関所を抜けると、そのまま進んでいく。
「殿下、どうすんだ? 俺の仲間ってことにするか?」
荷台にいるジャックが聞いてくる。
「絶対にそうは見えんだろ。俺に任せとけ。評判最悪のエーデルタルトの力を見せてやる」
「まあ、任せるわ」
任せろ。
超上流階級流のやり方を教えてやろう。
「リーシャ、剣を返せ」
「はい」
リーシャが素直に剣を渡してきた。
「あと、兵士が馬車を覗いてきたら顔を隠せ」
「わかった」
「泣きマネでもします?」
リーシャが頷くと、マリアが聞いてくる。
「そこまではせんでいい。ただ、わざとらしく俺の後ろに隠れて俯け」
「はーい」
たいした打ち合わせではないが、方針を決めると、馬車はそのまま進んでいき、止まった。
今度は外に出ず、そのまま待つ。
「止まれ。何者だ!」
馬車の外から声が聞こえてくる。
ミレーの兵士だろう。
「冒険者だよ。ほれ」
ジャックが先ほど同じように答える。
「ふーむ、Aランク……ジャック・ヤッホイ殿だったのか。私も本を持っている」
「ありがとよ」
さすがはジャック。
超有名だ。
「ジャック殿ほどの冒険者が我が国に何用かな?」
「仕事だよ。あと本のネタ探し。ミレーに来たのはかなり前だから何か変わってないかなと思ってな」
「なるほど……それは光栄だ。問題はなさそうだし、通っても良いだろうが、馬車の中を確認してもいいか?」
まあ、そうなるよね。
「別にいいが、客を乗せてるぜ?」
「客? ふーむ、確認させてもらおう」
兵士がそう言い、少しすると、馬車の後ろに兵士が現れ、覗いてくる。
すると、指示した通りにリーシャとマリアがさっと手で顔を隠した。
さらにマリアは俺の後ろに隠れる。
「なんだ、貴様? 誰が勝手に覗いていいと言った?」
俺は偉そうな口調で兵士を睨んだ。
すると、何かを察した兵士が少し嫌な顔をする。
「ここは国境の関所になります。怪しいものがないかの調査をさせていただきたい」
兵士は口調が丁寧に変わったが、それでもまだ強気だ。
きっと仕事熱心な良い兵士なのだろう。
「怪しいものなんかないわ。失せろ」
「しかし、何故、そちらの女性は顔を隠しているのです? 顔を見せていただきたい」
兵士の対応は当然のことだ。
顔を隠すということは見られたくないということ。
すなわち、後ろめたいことがあるか、悪い意味で有名ということだ。
犯罪者を自国に入れるわけにはいかないし、疑うのは当たり前だろう。
「顔を見る? 俺の妻の顔をか? 貴様、俺がエーデルタルトの大貴族、ジェームズ・ローリーと知ってのことか!?」
俺はそう言いながら剣の柄を握った。
「も、申し訳ございません! しかし、規則でして……」
粘るな、こいつ……
「お前では話にならん。上の者を連れてこい。俺の妻に手を出そうとする輩は全員、首を刎ねてやるわ」
「そ、そのようなことは致しません。高名なローリー家の方に無礼を働くようなことは決してございません!」
なお、エーデルタルトにローリー家なんていう貴族はいない。
「許さん、殺す!」
俺は怒鳴りながら剣を抜いた。
「ジェームスの坊ちゃん、さすがにそれはマズいぜ」
俺が剣を抜くと、ジャックが御者席から止めてくる。
「黙れ! 妻を守れないような男はエーデルタルトにはおらん! 貴様は俺を愚弄するか!」
「気持ちはわかるんだが、落ち着けって。兵隊さんは仕事をしているだけだ。それにここで問題を起こすと、国際問題だぜ?」
「それがどうした? 栄えあるエーデルタルトに敵はおらんわ! ミレーごとき小国などすぐに滅ぼせる!」
これは本当。
でも、遠いからしないし、そもそも一貴族にそんな権限はない。
「あんた、お忍びだろ?」
俺はそう言われて、口を噤んだ。
「あなた、さっさと行きましょう」
「そうです。お義父様にご迷惑がかかります」
リーシャとマリアがぎりぎり兵士に聞こえる声量で諫めてくる。
「チッ! おい! この馬車には何もないし、俺達は何も問題はない。Aランクのジャックがそれを証明してくれる。それでいいだろ」
俺はそう言いながら剣を納めた。
すると、兵士がジャックを見る。
「悪いな、兵隊さん。知り合いに会いに行くだけなんだ。10日もしないうちに帰るからよ」
「わ、わかりました。どうぞ、通ってください」
兵士は渋々、了承する。
「ジャック、出せ」
「はいよ」
「あ、待て。おい、お前」
俺はジャックを止めると、兵士に近づいた。
「な、なんでしょう?」
「俺達は国や両親に黙ってここにいる。意味がわかるな?」
俺はそう言いながらカバンから金貨を10枚取り出し、握らせる。
「はい……」
「いいだろう。俺の妻の顔を見ようとしたことは許してやる」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
何も悪くない兵士が何故か頭を下げた。
「ジャック、行くぞ」
「はいはい」
ジャックは馬車を動かしだし、俺達は無事に国境を越えることができたのだった。
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