第111話 別れ
ブランドンが去り、そのまま待っていると、リーシャとマリアが叔母上を連れてやってきた。
「叔母上、トラヴィス殿です」
俺は呆然とトラヴィス殿の遺体を見つめる叔母上に告げる。
「トラヴィス様……」
叔母上はトラヴィス殿の遺体の前までふらつきながらやってくると、しゃがんでトラヴィス殿の遺体を確認する。
俺はそんな叔母上から離れ、リーシャとマリアのもとに行く。
もっとも、叔母上から目を離さないし、いつでもパライズをかけるようにしている。
「トラヴィス様……! 何故、私を置いて……!」
叔母上がトラヴィス殿の遺体に手を置き、泣き出した。
すると、マリアが叔母上のもとに行く。
「アシュリー様、トラヴィス様は主のもとに向かわれたのです。残された我らはトラヴィス様のために祈り、トラヴィス様の御霊が安らかであることを願いましょう」
そういや、マリアって修道女だったな。
「トラヴィス様、私はあなたがそばにいてくれるだけで良かったのに……出世なんかどうでもいいのに……」
「アシュリー様、殿方はそういうものです。私達はいつも我慢しなければなりません。ですが、決してトラヴィス様を責めてはなりません。トラヴィス様はアシュリー様と子供達に誇れるような人物になりたかったのです。これを否定するのは妻としても母としても失格です。寛容さこそ、我らエーデルタルトの女が持つべき誇りなのです」
うーん、何も言うまい。
「トラヴィス様…………」
「アシュリー様、トラヴィス様と共に家に帰りましょう。家族が待っています」
「そうだな……………」
叔母上はそう言うと、ナイフを取り出した。
俺はそれを見て、叔母上に手を向ける。
すると、リーシャが俺の手を掴み、首を横に振った。
俺が腕を下ろすと、叔母上はナイフを自分の首ではなく、髪に持っていく。
そして、自分の長い黒髪をバッサリと切り、その髪をトラヴィス殿の胸に置いた。
「私は常にあなたと共にある…………」
これは夫に先立たれた妻がやる古い風習である。
由来は夫が先に行っても寂しくないようにしているのだろうというのが女性側の主張だ。
なお、男性側は死後も浮気は許さないという意味で髪で絡めとっているのだろうと思っている。
「ロイド、私が自害すると思ったか?」
叔母上が聞いてくる。
「しそうな雰囲気でしたよ」
実際、すると思っていた。
「できんよ…………私にはクリフとヘレナがいる。私の子であり、トラヴィス様の子だ」
「いい子達でしたね」
「ああ…………浮気性の父親にもわがままな母親にも似ていない良い子達だ」
嫌な両親だな。
「素直ですしね。立派な人物になるでしょう」
「ああ、そうする。そうしなければならない。ロイド、お前は絶対に若くして死ぬなよ」
「俺は死にませんよ。まあ、こいつらより先に死にたいですけどね」
「男はいつでもそうだ。悲しむのは女だけ」
そうでもないような気がするが、何も言わないでおこう。
「ブランドンを呼んできますからその泣き顔をどうにかしておいてください」
俺はリーシャとマリアをこの場に残し、来た道を引き返していく。
そのまま歩いていくと、分かれ道のところでブランドンが暇そうに待っているのが見えた。
「待たせて悪かったな」
俺はブランドンに謝罪をする。
「いえ…………お別れは済みましたか?」
「ああ、これからさっきのところに戻るが、叔母上は髪を切っている。絶対にそれには触れるな」
「エーデルタルトの風習か何かで?」
「髪は女の象徴だ。それを切るのは女を捨てること。つまり死した旦那に操を捧げることだな」
再婚はしないという意味だ。
「なるほど…………」
「さすがに古臭い風習だが、王族や上流階級ではいまだにやる者もいる」
元から髪が短い者もいるし、髪は伸びるから意味ないじゃんという意見があるので微妙に廃れた風習だ。
「ロイド殿の奥様もやられるのでは?」
「マリアは微妙だが、リーシャはやるだろうな」
あいつは絶対にやりそう。
「失礼だったらすみません。重いと思うことはないのですか?」
「男は皆、いつもそう思っている。でも、そんなのしかいないんだから仕方がないだろ。それにそういう女に応えるのが男の役目だ」
俺の母は他国の人間だからそうでもなかったが、イアンの母親はすごかった。
陛下が頭を抱えるくらいに…………
俺は絶対に関わらないようにしていた。
「そうですか…………あまり触れない方が良いですね」
「そうしろ。地雷が多すぎるからな」
俺とブランドンは再び、奥に向かって進み、叔母上達が待つ通路に戻ることにした。
俺達が叔母上達のもとに戻ると、トラヴィス殿の遺体はすでになく、叔母上は黒いベールで顔と髪を隠していた。
「船長、この者達の遺体はいかがしましょうか? さすがにこの人数の遺体は魔法のカバンには入りません」
ブランドンは俺の忠告通りに叔母上には触れずに聞いた。
「あとで回収させよう。罠は封じたし、兵士達でもここまで来れる。遺体を遺族に届けねばならんしな」
「承知しました。では、先に奥に行き、宝剣を回収しましょう」
「うん、そうしようか」
俺達は兵士達の遺体をひとまずは置いておき、奥に進んでいく。
すると、通路の奥にまたもや鉄製の扉があった。
「今度は鍵がついているな…………」
叔母上が言うように扉には頑丈そうな錠前がついていた。
「船長、どうしますか?」
「面倒だ。焼き切る」
叔母上はそう言うと、人差し指を上に向ける。
すると、叔母上の人差し指の先から赤い棒のようなものが現れた。
「何ですか、それ?」
「名前は…………えーっと、フレイムソードだ」
「今、考えたでしょ」
「うるさい。黙って見ておけ」
叔母上は人差し指から出ているフレイムソードとやらを扉に向かって振る。
すると、頑丈そうな錠前どころか、鉄の扉が溶けるように斬れ、鉄の扉は開けることもなく、2つに分かれ、地面に倒れた。
「すごい威力ですね…………」
鉄の扉が真っ二つだ。
この魔法なら重騎士の鎧でも斬れるだろう。
「ああ、初めて使ったが、すごい威力だな…………扉じゃなくて、錠前を焼き切るつもりだったのに……」
自分の魔法の威力を知らなかったのかよ…………
というか、ロクに剣も振ったことない人間がそんな魔法を使うんじゃねーよ。
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