第107話 出歯亀
俺達は叔母上に報告を終えると、船に戻り、一休みしていた。
マリアが風呂に入りたいとせがんできたため、風呂にお湯を張り、マリアを先に入らせる。
マリアが風呂から上がり、リーシャ、俺の順番で風呂に入り終えると、叔母上が船室に戻ってきた。
「ベースキャンプの設営は終わったんです?」
俺はお疲れの様子の叔母上に聞く。
「ああ、終わった。あとはブランドンに任せればいい。私は報告書を書かないといけない」
宝剣探しの仕事だし、王家に報告する必要があるんだろう。
「忙しいですねー。先にお風呂に入っては?」
「そうするか……」
叔母上は風呂の方に行ったので俺達はテーブルにつき、まったりと過ごすことにした。
「アシュリー様も大変ね……」
リーシャはマリアが淹れてくれたお茶を飲みながらしみじみと言う。
「領主の代理だからな。引継ぎもあるだろうし、よそ者の叔母上は苦労するだろう」
しかも、伯爵。
味方も多いが、敵も多い。
「旦那さんを亡くされたというのによくやられているわ…………私には無理。ロイドが死んだとしたら喪に服すわ」
こらこらー。
俺を殺すな。
「クリフとヘレナがいるからだろうな」
クリフとヘレナはまだ6歳と4歳で幼い。
叔母上だって、喪に服したいだろうが、子供が大人になって、領主を引き継ぐまでは頑張るしかないのだろう。
「私にも子供がいたらそうなるのかしら?」
「知らん。俺もお前も子供はおらんし、今を生きるのに精一杯だ。だが、その内、変わることもある」
将来はどうなるかはわからないが、今はそれどころではない。
このままだと継ぐものすらないしな。
「それもそうね。女は子供ができたら変わるって言うし」
それは俺も聞いたことがある。
というか、色々な愚痴が自然と耳に入ってくる。
「後のことは後に考えろ。今は叔母上の手伝いだ」
「明日はさっきの洞窟探索だものね。ちょっと楽しみ」
いよいよ冒険っぽい冒険だからな。
「罠があるらしいし、お前はマリアのそばにいろ。俺達に何かあっても最悪、マリアが無事なら何とかなる」
「わかった。マリア、変なスイッチとかを見つけても押さないでね」
リーシャが半笑いでマリアに忠告する。
「しませんよ! 絶対にロクな目に遭いませんもん!」
まあ、マリアが不幸な目に遭うんだろうよ。
「まあ、そんなあからさまなものはないだろうが、気を付けろよ」
「そうします」
俺達は明日に備え、休むことにし、お茶を飲みながらまったりと過ごした。
しばらくすると、叔母上が風呂から上がり、報告書を書き始めたので俺もリーシャとマリアに贈る文の文面を考え始める。
俺がベッドに移動し、寝ころぶ2人を眺めながら一生懸命、文章を捻り出していると、窓から入る明かりが次第に暗くなっていった。
俺は立ち上がって、窓から外を覗くと、きれいな夕焼けが目に入ってくる。
よし、いつか見た夕焼けより、お前の方がきれいって書こう!
俺がきれいな夕焼けを見ながら一行埋まったぞと思っていると、ノックの音が船室に響いた。
「何だ?」
叔母上がノックに応える。
「船長、夕食を持って参りました」
「そうか…………入れ」
「はっ」
叔母上が入室を許可すると、兵士が人数分の夕食を持って、部屋に入ってきた。
そして、テーブルに食事を並べていく。
「サハギンの討伐はどうだ?」
叔母上が兵士に聞く。
「順調です。今日はもう引き上げましたが、明日からも引き続き、討伐していきます」
「そうか…………ご苦労。下がっていいぞ」
「はっ! 失礼します!」
兵士は料理を並べ終えると、敬礼をして退室していった。
「飯にするか……」
「そうですね」
俺達はテーブルにつくと、夕食を食べ始める。
「叔母上、明日は朝からでいいですか?」
「そうだな。ちょっと早めに出るからさっさと寝ろよ」
まあ、やることもないしな。
「叔母上も休んだ方が良いですよ」
「そうだなー……報告書と航海日誌を書いたら寝るよ」
「そんなに書くことってあります?」
ずっと書いてないか?
「私はこういうのが苦手なんだ。サハギンがいっぱいいましたで終わりたい……」
え? それで終わりじゃないの?
「他に書くことあります?」
「これまでももっと書けって王から何度もクレームが来たな」
めんどくさいなー。
「アシュリー様、わたくしがお手伝いしましょうか?」
「あ、私も手伝います」
リーシャとマリアが助け舟を出す。
「そうだな…………食事が終わったら手伝ってくれ。あ、ロイドはいいぞ。昼からずっと紙とにらめっこしているお前には期待してない」
うるさいなー。
4行は書けたっての。
リーシャとマリアの分を合わせて4行だけど……
夕食を終えると、リーシャとマリアが叔母上の航海日誌や報告書を手伝いだしたので俺は引き続き、2人への文の内容を考えることにした。
俺はテーブルについたまま、腕を組み、悩む。
うーん、皆、どういう風に書いているんだろう?
俺は他の人の文なんか読んだことがないし、どういう風に書けばいいのかがわからない。
参考に誰かの文を読んでみたい気持ちになるが、それは必然的に叔母上に頼むことになる。
だが、トラヴィス殿が叔母上に宛てた手紙なんか読みたくないし、身内のそういうのは考えたくもない。
俺はその後も考え続けるが、いい言葉が出てこなかったため、夜風にでも当たろうと思い、船室を出て、甲板に向かう。
甲板に出ると、すでに辺りは真っ暗になっており、月明りとキャンプの方からのわずかな明かりしかない。
俺は暗くて何も見えない海を見る。
「うーん…………」
暗い海を見ても何も浮かばない……
「そんなに悩むこと?」
俺が悩んでいると、後ろからリーシャの声が聞こえてくる。
「別に悩んでない」
俺は振り向かずに海を見たまま答える。
「昼からずっと悩んでるじゃないの。正直、見てて呆れるわよ」
マリアもそう思ってそうだな。
「良いフレーズが出てこない」
「いや、そんな大層なものじゃなくていいのよ? あなたの言葉で、あなたが思ったことを書けばいいだけよ」
俺の言葉ねー……
「お前、顔は100点だが、性格は30点だよな」
「……………………まあ、それでもいいわよ。そんな感じで思ったことや感じたことを書けばいいの。私やマリアだって、あなたにロマンチックなことを求めていないわ」
30点はダメだったな。
というか、点数をつけること自体がマズいか……
味のある性格とかに書き替えよう。
「今のところ3行だが、もう少し書けそうだな……」
「まあ、一緒にいるから書くことがないのはわかるけど、ちゃんと書きなさい」
「お前なら何て書く?」
参考までに聞いてみよう。
「うーん……そうねー…………」
リーシャの悩んでいる声がどんどんと近くなる。
そして、後ろから抱きつかれた。
「海に落とされるかと思った」
「バカ」
「冗談だよ」
「私ならあの子達のことを書くわ」
あの子達?
「クリフとヘレナか?」
「そうね」
「ふーん……まあ、かわいかったな」
「ええ。あの子達を見ていると自分の子供が欲しくなるって書くわね」
直接的だなー。
「まあ、わからんでもない」
「ロイド…………」
リーシャの抱きつく力が強くなる。
俺は一度、リーシャを引きはがすと、リーシャの方を向いた。
いつぞやも見たが、月明りに見えるリーシャの顔は美しい。
俺とリーシャが見つめ合っていると、リーシャが目を閉じた。
うーん、これを書くか…
俺はそう思いながらリーシャの顔に自分の顔を近づける。
すると、リーシャの目が急に開いた。
「ん?」
「――伏せて!」
リーシャはそう叫ぶと、剣を抜きながら俺の頭を掴み、無理やり伏せさせる。
そして、俺がいた位置に向かって剣を振るった。
「チッ! おのれ!」
男の舌打ちが聞こえたと思ったらすぐに船の下からドボーンという大きな水音が聞こえてきた。
「なんだ? 何があった? 刺客か何かか?」
もしくは、俺とリーシャのキスシーンに嫉妬したバカ?
「サハギンじゃなかったらそうね」
サハギンはしゃべんねーし、嫉妬しねーよ。
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