第102話 なお、スミュール夫人は真顔だった
船で無人島に向かって一日が経った。
もう船での生活はいいやと思っていた俺だったが、この船は揺れも少ないうえに豪華客船なみの生活を送れたため、そこまで苦ではなかった。
嫌なことといえば、親戚の叔母と同室なことくらいだろう。
別に叔母上が嫌いなわけではないが、リーシャとマリアの3人で過ごしているところに身内がいると、ちょっと気になってしまうのだ。
ましてや、その身内が昔というか、俺の子供時代を知っている人物なため、時折り見せる温かい目が絶妙に不快だった。
エイミルに送ってもらう際は絶対に別室にしてもらおうと決意したほどだ。
そんなこんなで微妙に叔母上を邪魔だなーと思いながら2日目を船室で過ごしていると、叔母上がちょっと見てくると言って、船室を出ていく。
「殿下ー、リーシャ様ー、あれじゃないです?」
叔母上が船室を出ると、窓の外を見ていたマリアが窓の外を指差した。
「どれどれ」
俺とリーシャはマリアが見ている窓の方に行き、窓の外を覗く。
すると、確かに左斜め方向に島が見えていた。
「あれかー…………ん?」
俺達が窓から島を見ていると、徐々に島が見えなくなり、海だけになった。
「んー? 見えなくなったわね」
「方向転換したんだろう。もう着くっぽいな。準備しよう」
「はーい」
「えーっと、外套はどこにやったかしら?」
俺達は完全に家気分だったので慌てて外に出る準備を始める。
すると、扉からノックの音が聞こえてきた。
「誰だ?」
叔母上ではない。
何故なら、あの人はノックなんかしないから。
「ブランドンです。もうすぐで例の島に到着します。準備を終えたら操舵室までお越しください。船長がお待ちです」
「わかった。すぐに行く」
「よろしくお願いします」
俺はブランドンに返事をすると、ベッドに行き、カバンの中身をチェックする。
ベッドの上にはカバンは2つ投げてあり、1つは俺が持っているぼろい魔法のカバンで、もう1つは叔母上にもらったきれいな魔法のカバンだ。
「マリア、このカバンはお前が持て」
俺はチェックを終えると、きれいな方のカバンを持って、鏡台の前で前髪をチェックしているマリアのもとに行く。
「私が持つんですか?」
「リーシャは剣を振るし、邪魔になるだろ」
「確かにそうですね。じゃあ、私が持ちます」
マリアはカバンを受け取ると、肩にかけた。
当たり前だが、カバンを肩にかけたマリアは俺と違って、みすぼらしくない。
「ねえ、ロイド、フードは被った方が良い?」
外套を羽織ったリーシャが聞いてくる。
「いや、今回はさすがに被らなくていい。貴族どころか王族一味なこともわかっているだろうし、規律は良さそうな部隊だった」
「わかった。じゃあ、このままでいいわ」
リーシャは自信満々な顔で俺の剣を帯剣する。
「お前、なんか楽しそうだな?」
「いかにもな冒険が待っているからね。これまでは空賊狩りに奴隷商に潜入でしょ? こっちの方が絶対に楽しいわよ」
わからんでもないが、こいつは本当に変わってるなー。
こいつの前世は冒険王とかそういう英雄系に違いない。
「まあ、お宝が待っているしな…………マリアも前髪はもういいか?」
「だいじょーぶでーす」
さっきとまったく変わっていないが、本人が大丈夫と言っているのだからいいのだろう。
「マリア、一応、殿下はやめておけ」
ほとんどの人間がわかっているだろうが、一応、そうしておいた方が良いだろう。
「わかりました。ロイドさんとリーシャさんでいきます」
「ん……よし! じゃあ、行くか」
俺達は準備を終えたので船室を出ると、甲板に向かう。
階段を上り、甲板に出ると、船員が忙しなく動いていた。
「操舵室は上だな」
俺達はさらにそばにある階段を上り、操舵室に向かう。
操舵室には叔母上と舵を操作するブランドンの姿があった。
「おー、来たか。あれを見ろ」
俺達が操舵室にやってくると、叔母上が前方を指差す。
叔母上が指差す方向には先程、船室の窓から見た島がより大きく見えていた。
「あれですか?」
島の大きさはそこそこあるし、森や山も見えている。
「そうだ。半分程度しか調査を終えていないらしいが、それは後日だ」
今回はトラヴィス殿の遺体と宝剣の回収がメインだ。
調査なんかは後で適当に調査団を組織して勝手にやるんだろう。
「どこに停泊するんです?」
「ここからはまっすぐ行ったところの砂浜に桟橋がある」
「桟橋? そんなものがあるんですか?」
「朽ちた桟橋跡があって、それを復旧したらしい。多分、元はスカルなりが使っていた物だろう」
なるほどねー。
俺達が島を眺めていると、どんどんと近づいていき、ほぼ目の前までやってきた。
「船を止めろ」
「はい」
叔母上がブランドンに止めるように言うと、船が桟橋の近くで止まる。
すると、数人の船員がロープを持って、船から飛び降りた。
「ついてこい」
叔母上がそう言って、操舵室から甲板に下りていったので俺達も叔母上の後ろに続いていく。
俺達は甲板まで降りると、下を覗いてみた。
すると、さっき飛び降りた船員がロープを引っ張り、船を桟橋につけようとしていた。
「あの人数でよく引っ張れますねー」
マリアが感心したように言う。
「魔導船は少しなら横にも動かせるからな。あの人数で十分なんだろう」
「へー…………って、あれ、なんですかね?」
マリアが右方向を指差す。
マリアが指した方向にはなんか気持ち悪い緑色をした3匹ほどの生物がこちらに向かって走っていた。
「チッ! おい、サハギンだ! 構えろ!」
叔母上は舌打ちをすると、桟橋にいる船員に声をかける。
だが、桟橋に下りている船員は武器を持っていない。
俺はこれはさすがに危ないと思い、向かってくるサハギン達に杖を向ける。
すると、目の前を金色の何かが通っていった。
「リーシャ様ぁ!?」
マリアの声と共に下を見ると、リーシャが船から飛び降りている。
「おーい、何してんだ、お前ー?」
俺はリーシャに声をかけるが、リーシャは桟橋に着地すると、俺を無視して、サハギンに向かって駆けていく。
そして、リーシャとサハギンがぶつかったと思ったらあっという間に3匹のサハギンが倒れた。
「すげー! 何をしたのかもわからんうちに倒したぞ」
「さすが絶世のリーシャ様ですぅ!」
リーシャはいつものように剣を振って、血を飛ばすと、すぐに桟橋の先にある森の方に駆けていく。
俺はどうしたんだろうと思って森の方を見ると、数匹のサハギンが見えた。
「あ、まだいたんか……」
俺がそうつぶやくと、2匹のサハギンはリーシャに背を向け、森の方に駆けていく。
だが、リーシャの足の方が速く、あっという間に追いつかれると、そのまま斬られ、残っていたサハギンも倒れた。
「…………あいつ、バケモノか?」
叔母上がリーシャを眺めながら呆れたようにつぶやく。
「絶世の剣技を持ち、平気で後ろから斬りかかる下水ですね」
「さすがはリーシャ様ですぅ! 敵に回すと恐ろしいですが、味方だとこれほど頼もしい御方はいません!」
うんうん。
「スミュールのおっさんはどういう育て方をしたんだ?」
知らん。
ただ、遊びの演習で俺やイアンを瞬殺した時は頭を抱えていたな。
あの時から俺は剣術を完全に諦めたのだ。
うん、リーシャが悪い。
だからいじめる。
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