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短編集「ラブコメなんてクソくらえ!」

もぶどうし ~ラブコメ主人公が現実世界でモテるわけねーだろバーカ!~

 

「あなたとはお付き合いできませんゴメンナサイ」

「そっ、そんなぁーっ!!」


 高校の休み時間、多くの生徒が自由気ままな時間を過ごしている中庭で、社交辞令のごとく無感情なゴメンナサイと断末魔のごとく悲痛な叫びが響き渡った。

 どこのクラスかわからないが、中庭という衆人環視の場所で無謀にも「ある美少女」に公開告白をした男子が秒で断られそのまま公開処刑されたのだ。


 あーぁ、新学期になってから犠牲者はもう四十人はいるよなぁ……オレはこの凄惨な光景を教室の窓から他人事のように眺めていた。


 処刑された男子はその場にへたり込み、友人たちに肩を借りながらようやくその場を去った。そして周囲がざわつく中、瞬殺した冷酷美少女は何事もなかったかのように歩き出す……。


 冷酷美少女の名は空出(くうで) 麗名子(れなこ)、この物語の『ヒロイン』だ。


 彼女は容姿端麗、才色兼備、スポーツ万能、成績も常にトップ……何をやっても完璧で、この学校の生徒会長もやっている。全てを兼ね備えたまさにハイスペックヒロインである。


 それに引き替え……教室からボーっとした顔でこの惨劇を眺めていたオレは、勉強やスポーツは可もなく不可もなく、ルックスは中の中(自称)、趣味はゲームだが特に上手いワケでもなく……全てにおいて目立つことのない無個性な男、いわゆる『モブキャラ』だ。

 つまりヒロインとは同じ学校にいても、カーストの頂点と底辺ほど住む世界が違うのだ。もちろん底辺にいるオレが、頂点に君臨するヒロインに交際を申し込んだところで玉砕は目に見えている……



 ――と、思うだろ?



 ところがどっこい(古っ)、オレにはこのヒロインを落とす自信がある! それはなぜかって?

 それはこのオレが『ラブコメ主人公』だからだ! オレには(あるじ) 公人(きみひと)という立派な名前が付けられている。決して「男子生徒A」などではない。


 学園ラブコメの鉄板、それは平凡な陰キャ主人公が学園ナンバーワンのヒロインに惚れられるというものだ。

 しかも物語によっては世話好き学級委員長やツンデレ風紀委員、謎のお嬢様転校生などの陽キャ女子が次から次へと現れてハーレム状態になることだってある。

 そう! 最後に勝つのはオレみたいな陰キャ主人公だ! サッカー部エースの陽キャもパリピ系チャラ男も学園ラブコメの世界では負け組のかませ犬だ!


 ちなみにこれが少女向け学園ラブコメなら図書委員や文芸部の地味系モブ女生徒が俺様系クールイケメン男子になぜか言い寄られ壁ドンされるのがパターンだ。

 結局のところ、学園ラブコメというものは男女問わずオレたち陰キャのためにあるのだ……ラブコメは陰キャしか勝たん!


 なのでオレは何のモテ努力をしなくても、ヒロインの方から自然に寄ってくるのが当たり前! だってオレはラブコメ主人公なのだから。


 しかもオレには転生ボーナスならぬ「主人公ボーナス」が与えられている。それはヒロインが「幼馴染み」だということだ! 容姿端麗、才色兼備の生徒会長が()()()()……どうだい、これでフラグが立たないワケがない。

 しかもヒロインとは中学が別で、小学校を卒業以来彼女とは顔を合わせたことがない……この微妙な距離感の設定が今後のラブコメ展開を盛り上げるのだ。


 さてと、じゃあ学園ヒロインと恋愛フラグを立てるために廊下に出るか。



 ※※※※※※※



 廊下に出たオレは、恋愛フラグを立てるという目的のためだけに歩き出した。すると向こうの方から……来た来た!


 先ほど中庭で四十人目の犠牲者を出した冷酷ヒロインのお出ましだ。


 ヒロインの周りには常に取り巻き……つまり「モブ」がついている。彼女たちは友人というよりは悪い虫からヒロインを守るボディーガード……いや、実際のところはヒロインを輝かせるための「引き立て役」が正解だな。見たまえ! それ相応のルックスが勢ぞろい……うん、オマエらちゃんと機能し(引き立て)てるよ草生えた。


 ヒロイン(モブ付き)とすれ違った。オレはチラッと彼女の方を見る。


 彼女はオレの存在など意に介さず……といった感じで通り過ぎていった。幼馴染みなんだから本当は知っているくせに……だがこれでよい! このくらいの距離感から始めていくのが学園ラブコメの醍醐味というものだ。ここから様々なイベントを通して最終的にオレのことを「好きっ!」って言わせるのだ!


 オレはこの後に来るラッキーイベント、あるいはもっと大勢のヒロインが登場するハーレム展開を想像しながら、ヒロイン(モブ付き)とは反対方向へあてもなく歩き出した。


 すると……


「おいっ」


 オレを呼び止める声が聞こえた。んっ、誰だ? こんな所でオレに声を掛けてくるヤツなどいないハズだが……。


 振り向いても誰もいない。おかしいなぁ、空耳か?


「おいっ、こっちだ()()()


 オレの真下から声が聞こえた。しかも「にゃん」って……ネコか? いやネコなら人間の言葉をしゃべるワケがない。

 下を見ると……女子がいた。しかもこの女子は、さっき通り過ぎたヒロインを引き立てるだけの「取り巻き(モブキャラ)」のひとり……



 ――『女子生徒C』だ!



 名前などない、だってモブキャラなのだから。


 取り巻きたちはヒロインと被らないよう背格好がバラバラだ。ショートカット瘦せ型体育会系モブの「女子生徒A」、三つ編み眼鏡地味系モブの「女子生徒B」、そして天然パーマ低身長小動物系モブの『女子生徒C』だ。


 ヒロインにくっつくだけのキョロ充コバンザメが一体オレに何の用だ?


「おいオメー! モブのくせに高望みするんじゃないにゃん!」


 ――何だと!?


 確かにオレはモブだが主人公だ! ちゃんと名前まである。むしろオマエの方が完全なモブ、名前のない「女子生徒C」じゃないか!


「麗名子()()()は超絶美人、成績優秀、スポーツ万能、全てにおいて秀でたヒロインだにゃん。それに引きかえオメーはただのモブ……何の接点もないにゃん」

「接点がないとは失礼な! それと取り巻きならヒロインのことを『ちゃん』じゃなく『様』って呼ぶんじゃねーのか」

「何で同級生を『様』で呼ばなきゃいけないにゃん? ()()()たちは友達であって取り巻きでも下女(しもべ)でもないにゃん」

「ぐぅっ!」


 コイツ、取り巻きはヒロインのことを「○○様」呼びする……というラブコメのお約束を無視しやがったな!


「オメーが麗名子ちゃんに告ってもムダだにゃん! あきらめるんだにゃん」

「何でだよ! ってか何でオレが空出に告白するってわかるんだよ!」

「オメーの態度と()()()()()()でわかるにゃん」

「メタ発言やめろ! だったら言うが、オレはモブだけど主人公だ! オマエの言う高望みが現実になるように設定されてるんだよ!」


「ふっ……」


 オレの言葉を聞いた女子生徒Cはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、オレを指差してこう言ってのけた。



「ラブコメ主人公が現実世界でモテるわけねーだろバーカ!」



 それは全国のラブコメファンを敵に回す発言だ。


「いいか、よく覚えておくにゃん! 学園ラブコメなんて非モテ作家が非モテ読者のために書いた虚構だにゃん! だから現実にはありえないヒロインからありえないシチュエーションでありえないモテ方するんだにゃん! そんな自慰(オナニー)作品にいつまでも妄想膨らませているからオメーらは非モテなんだにゃん! 何の才能もないオメーらが現実世界でモテたかったら、モテるように努力するにゃん!」


「くっ……そぉ、バカにしやがって! あのなぁ、等身大(非モテ)の主人公に超絶天使(ヒロイン)が舞い降りてくるからラブコメは面白いんじゃないか! 主人公(オマエ)に才能ある? とかモテ努力しろ! とか言ってたらそんなクソ作品、誰にも読まれないぞ!」


 何だよコイツ、モブのくせにベラベラとしゃべりやがって! これがアニメだったらオマエなんかこの作品がデビュー作になる新人声優が担当するんだぞ! エンディングのテロップは一番最後に「女子生徒C」あるいは役名無しだ! 新人声優に負担をかける長ゼリフはやめろ!


「まぁでもアタイだったらオメーの相手くらいしてやるにゃん、どーせオメーは女子の友達なんてひとりもいない陰キャキモヲタ非モテのモブキャラにゃん! どうだい、モブはモブ同士……お互い仲良くしようじゃにゃいか、なぁ相棒!」


 ――ふざけんな! 何様目線だよ、モブが偉そうにしやがって。


「誰が相棒だ! 確かにオレはモブだが主人公だ、オマエと一緒にするな!」


 オレはこのオキテ破りなモブキャラに背を向け再び廊下を歩きだした。ヒロインエンドが王道の学園ラブコメに水を差されてしまった……全くもって不愉快だ。


 すると女子生徒Cはオレの背後から、さらに追い打ちをかけてきた。


「あっそれとモブのくせに『オレ』とかイキがってんじゃないにゃーん! 陰キャキモヲタ非モテモブキャラは一人称に『自分』とか『我輩』とか『小生』とか使った方がイイにゃーん!」


 ――なっ!


「ついでに言うと一般的な高校には風紀委員なんて存在しないにゃーん! それと高校では転校や転入なんてめったにないし、ただの公立校にお金持ちのお嬢様が転校してくるなんて……何のメリットもないにゃーん!」


 ――コイツ、何でオレの心の中まで見てやがるんだよ……マジうぜぇ。


 その後、オレの在学中に転校生や転入生は男女問わずひとりも現れなかった。



 ※※※※※※※



「ゴメンナサイ」

「えぇ~っ!」


 次の日の昼休み時間、学校の屋上で四十一人目の犠牲者が出た。


 このときオレは屋上で弁当を食べていた。ボッチ飯だが……悪いか? モブ主人公の昼食は基本ボッチだが、そのうちヒロインが一緒に食べてくれたり作ってくれたり……いずれは「はい、あーん♥」って段階を踏んでいくものだ。

 四十一人目を一刀両断したヒロインは早々に屋上から立ち去ろうとしていた……三人の取り巻きを引き連れて。

 オレは屋上の出入り口付近で弁当を食べているので、彼女(たち)はイヤでもここを通らなければならない。

 ヒロインと三人のモブがオレの前を通りかかった。出入り口付近で食事していたオレに対し、彼女は一瞬不快感を示したがすぐに、


「あら?」


 何かに気付いたようだ。そして


「あなた……もしかして公人くん?」

「あぁ、そうだけど」

「そっか、同じ高校だったんだね……」


 高校に入って初めて彼女と話すことができた! これを機会にもっと話そう……そう思っていたら、


「麗名子さ~ん、そいつ知り合いなんなんっスか?」


 女子生徒Aが会話に割り込んできた。おいジャマだよモブはしゃべるな。


「うん、幼馴染み……中学は別だけどね」


 ちゃんと覚えてくれてたんだ! でも実は彼女とはクラスが一緒で、もう半年以上も同じ教室で過ごしていたのだが……。


「じゃあ公人くん、またね」


 と言い残してヒロイン(と三人のモブ)は屋上の出入り口から姿を消した。


 やったぁ! 幼馴染みシード権発動あざーす! 誰に対してもクールな顔しか見せないヒロインが少し顔を赤らめて通り過ぎていった。これはもう脈アリなんじゃないのか? やっぱラブコメは最高だぁーっ!


 だが、気になるのはヒロインの取り巻きのモブ……女子生徒Cの存在だ!


 〝スタスタスタ……バァン!〟 


 ――やっぱり……戻ってきやがった!


「おいオメー!」

「何だよ、オレには公人という名前がある。オマエには無いけどな女子生徒C」

「うるさいにゃんモブのくせに! おい、幼馴染みなんだから話しかけてくるのは当たり前のことにゃん! オメー勘違いすんじゃにゃいよバーカ!」


 ――コイツ、マジでうぜぇ!


「むしろ今まで同じクラスなのに気付かれなかったことを恥じるにゃん」


 ――うぐぅ! 痛いとこ突いてきやがった。


「それと、ボッチ飯男はマジでドン引きにゃん! 男友達すらいないなんて完全にコミュ障……万が一付き合ったとしても会話が成立しないにゃん! そんなヤツに魅力を感じる女子なんてひとりもいないにゃん、マジで恋愛対象外だにゃん!」


 ――オレを全否定かよ!


「うるさいなぁ、ラブコメの男友達なんてアドバイスをくれる協力プレイキャラかハーレム展開なら()()()()を狙うセコいおちゃらけキャラだけだ! 男友達がいなくたってラブコメは成立するんだよ」


 オレの開き直りともとれる発言に女子生徒Cは、


「あっそ……で、オメーの弁当は唐揚げばかりにゃんだな! 茶色だけ……」

「話変えんな! 別に唐揚げが好物なんだからいいだろ、余計なお世話だ」

「陰キャはチーズ牛丼だけ食っていればいいにゃん」

「差別的発言だ! それにチー牛を弁当に入れたらフタにくっつくだろ」


 女子生徒Cはニヤニヤした目でこっちを見ていた。何だよコイツ、作者にもよるがこれがマンガだったらオマエなんか目を描かれることがないんだぞ! そもそもオマエはマンガ家じゃなくてアシスタントに描かれたっておかしくないんだぞ!


「ところでさぁー、相棒!」


 ――誰が相棒だよ、一緒にすんなモブキャラめ!


「こうしてオメーと知り合ったのも何かの縁だにゃん! だからアタイとニャインIDを交換しようにゃん」


 さっきから自分のペースで話している女子生徒Cが、ついにワケのわからないことを言い出した。なぜこのタイミングでニャインIDを交換しようと……?


「はぁ? 何でオレがオマエとそんなことしなきゃならないんだよ」

「したくにゃいんだぁ、いいのかにゃあ? だってアタイは麗名子ちゃんの友達だにゃん! アタイと繋がってると麗名子ちゃんの情報をゲットできるにゃん」


 そうかっ! そういえばコイツはヒロインの取り巻き……味方にすると何かと有利だ。昔から「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」ということわざがある。まずはこのモブを手なずけてから、ヒロインをモノにすればいいんだ!


 オレはこのモブ・女子生徒CとニャインIDを交換した。まぁこの後ハーレム展開になったところでコイツはハーレムメンバーの対象外だ。


「あっそれと……」


 ――まだ何か言いたいのか女子生徒C!


「学校の屋上は通常立ち入り禁止だにゃん! 学園モノの登場人物は屋上を利用しすぎだにゃん! だからオメー、ちゃんと責任もって戸締りするにゃん」


 と言うと女子生徒Cはオレに屋上の出入り口のカギを預けた。おいおい、屋上に入れなかったらほぼ全ての学園ラブコメは成立しなくなるぞ。


 その後、オレは職員室にカギを返しに行き先生にこっぴどく叱られた。



 ※※※※※※※



 ――やった! やったぜ!!


 ついにヒロインとの距離がグンと接近する恋愛フラグが立ちまくったぜ! スペシャルボーナスステージに突入だぁー!!


 両親が離婚して以来、オレはずっと父親と2人暮らしをしていた。先日その父親が再婚したのだが、その相手というのが何と……近所に住むヒロイン・空出麗名子の母親だったのだ!

 つまり幼馴染みだったヒロインは継母の連れ子となり、オレたちは今後「連れ子同士」としてひとつ屋根の下で暮らすことになるのだ!


 生まれ月は空出麗名子が後……なのでヒロインが「妹」ということになる。実際に血の繋がった妹だと恋愛はアウトだが、彼女はオレの父親と養子縁組していないので正確に言うとオレたちは兄妹ではない……法的には結婚だって可能だ。だが実際の生活では同居している子ども同士なので妹と呼んでいいだろう。


 容姿端麗、才色兼備、スポーツ万能、成績も常にトップ、生徒会長で(元)幼馴染み。それに今度は「ひとつ屋根の下で暮らす妹(仮)」が加わる……もはや学園ラブコメにおける「無双ヒロイン」じゃないか!!


「あ、あの……今日からはお兄さんって呼べばいいのかな……よろしく」


 どうだい! 校内の男子を四十人以上ブッタ斬りしてきた無双ヒロインが顔を赤らめてオレに挨拶してきたんだぞ……うらやましいだろ!? これからは毎日、彼女が学校では絶対に見せないプライベートな一面を見ることができるんだぞ!

 そして……ラブコメのお約束、お風呂場の脱衣所で鉢合わせ♥♥♥。円盤じゃなくても月額料金払わなくても「湯気がニャイ」んだぞ!


 もう付き合うことは決定……オレはすでに勝利を実感していた。そのとき、


 〝ニャイン♪〟


 おや、ニャインの通知だ。誰からだろう……オレに友達はいないハズだが。



 ――げっ!!



 女子生徒Cからメッセージだ! 何だよ、オマエはもう関係ないだろ……今さら何ケチつけようとしている!? オレは恐る恐るメッセージを読んでみた。


『おいオメー! これで勝ったつもりにゃんか?』


 ――コイツ、ニャインでもこの口調か? ちょうどいい、返信してやろう。


『つもりじゃねーよ! 勝ったんだよ』


 あっかんべー顔のスタンプもついでに送ってやろう。


 〝ニャイン♪〟


 ――うわっ、即返かよ。


『オメーやっぱバカだにゃん!』


 ――はぁっ!? 誰がバカだよ!


『どういう意味だ?』


『あのにゃあ! もしかしてオメーは麗名子ちゃんのプライベートが見られてうれしいとでも思ってるにゃんか?』


『思ってるよ! 悪いか?』


『ってことはだにゃん! 逆に言うと麗名子ちゃんもオメーのプライベートを見放題ってワケだにゃん!?』


 ――えっ!?


『それが……何か問題でも?』


『えー! まだわかんにゃいかにゃぁ!?』

『つまりオメーの本性がバレるんだにゃん! オメーの性癖やウラの顔……見られたくにゃい部分も全て見られるってことだにゃん!』

『もしそうなってもオメーは麗名子ちゃんに惚れられる自信があるにゃんか?』


 ――なっ!?


『そんなもん……一緒に暮らしてみなきゃわからんだろ』


 ――余計なお世話だ!


 なぜオレは女子生徒Cから毎回こんなこと言われなきゃいけないんだ!? だがこの後、女子生徒Cから怒涛のニャインメッセージ攻撃が始まる。


『麗名子ちゃんから見てオメーはカッコいい男にゃんか?』

『麗名子ちゃんに気に入られるためオメーはにゃにか努力してるにゃんか?』

『麗名子ちゃんはオメーと付き合ってにゃにかメリットはあるにゃんか?』

『まぁ今のオメーなら本質見抜かれた時点で幻滅されて終わりだにゃん! 一緒に住むことでオメーに対する評価はダダ下がり……同居は逆効果だにゃん♪』


 ――うぐっ! オレのHPが一気に低下した。


『どーせオメーのことだ! 麗名子ちゃんとお風呂場で鉢合わせ♥♥♥……くらいのことしか考えてにゃいだろこのスケベ!』

『オメー! 故意にゃろうが過失にゃろうがそんなラッキースケベ行為を一度でも犯してみろ! 付き合うどころか一生口きいてもらえにゃいぞ!』


 ――ぐはぁ!!


 オレの思惑は女子生徒Cに見抜かれていた。確かにこのままじゃ同居は逆効果かもしれない。これは困った、何か対策を考えねば……でもどうやって?


 すると女子生徒Cから予想だにしないメッセージが届いた。


『話変わるけど……オメーは普段どんなゲームをしてるにゃん?』


『え?』

『何でそんなこと聞く?』


『実は麗名子ちゃん、ゲーム好きにゃんよ』

『だからオメーがどんなゲームやってるか知っとこうと思ったにゃん』


 それは初耳だ! 共通の趣味があればヒロインとの距離が一気に縮まる。渡りに船だ……女子生徒C、グッジョブ!


『あっ! でもオメーはエロゲ―しか持ってにゃいか』


 ――持ってねぇ……あ、持ってないことも……ないか。


『間違っても十八禁()()()は麗名子ちゃんに見つかるなよ』


 さすがにそれは持ってない! もしそれが部屋から見つかったら確実に詰む。


 オレは女子生徒Cに、今プレイしているゲームを教えた。教えている間にふと気付いたのだが……


 女子生徒Cはオレの世話ばかり焼いてるが、コイツ自身は恋愛してるのか?


 まぁコイツはモブ、恋愛には一切絡まないキャラクター……考えるだけムダか。


 例えるなら皆でカラオケに行ったとき、主人公やヒロイン、恋のライバルたちがウラで恋愛バトルを繰り広げている中、ひとりアニソンを熱唱する「蚊帳の外」のキャラクターだ。


『なぁ、ところで』

『オマエは恋愛とかしているのか?』


 一応聞いてみた。するとさっきまで即返していた女子生徒Cのメッセージが既読のまま途絶えた。既読スルーか? と思ったがしばらくして返信が来た。トイレにでも行ってたのか?


『好きな人は……いるにゃん』


 なんだ、コイツも恋愛したいのか……モブのくせに。


 しばらくすると再びメッセージが届いた。



『アタイだって……努力してるにゃん』



 ――何だそりゃ?



 ※※※※※※※



 ――何でだよぉおおおおっ!!



 オレはついに昨日、ヒロイン・空出麗名子に告白し……フラれてしまった。


 それは両親が新婚旅行(?)で外出中、家のリビングに二人っきりでテレビを見ていたときのこと……こういうのは普通にサラッと言う方が相手も身構えずに受け入れられると思い、ナチュラルに告白した。


 ところが彼女から「私たちは仮にも兄妹だからこういうのは良くない」と言われた。まだそれだけならもうひと押しできそうだったが、「そもそも私は、あなたのことを男として見ていない」とまで言われてしまったのだ。脈アリとかそんなレベルじゃない、オレとは初めっからゼロだったのだ!


 おまけに両親が旅行中、弁当は彼女が作っていた。だが昨日の告白で彼女が距離を置き始めてしまい、今日はついにオレの分の弁当を作ってくれなかった! なのでオレは学校の屋上で空腹に耐えている。


 そこへ……ヤツがやってきた!


「もーぉ、あれほど屋上には入れないって言ってるにゃん!」


 ――女子生徒Cだ!


 元はといえばコイツがラブコメの「お約束」をメチャクチャにしたんだ! コイツがいなければオレはヒロインに惚れられて付き合って……幸せなヒロインエンドを迎えることができたんだ!

 ラブコメ主人公にヒロインが惚れる理由なんていらない! ヒロインのために尽くしたり自分に磨きをかける必要もない! ラブコメってそういうもんだろ!?


 それを……コイツは壊してしまった。オレは女子生徒Cが憎い!!


「……何しに来た」

「フラれた男の哀れな姿を見にきたにゃーん! 残念だったねー」


 ――コイツのウザ絡み、マジでムカつく!!


「だから言ったにゃん、好きな人と結ばれたいなら努力しなきゃダメにゃん! 自分に磨きをかけたり相手に歩み寄ったり……魅力のないモブキャラなんて何もしなけりゃ誰も振り向かないにゃん」

「オマエだってモブじゃねーか! 恋愛に無関係なくせに」

「まぁまぁ、それよかアタイもオメーがやってるゲーム始めたにゃん! まだ経験値低いけどランク上げしたら協力プレイしようにゃん!」


 はぁ!? 何でオレがオマエと協力プレイ……ってちょっと待て!


「おい、それってオレが麗名子と同じ趣味を持てるように……ってことで教えたんじゃねーか! 何でオマエがやってるんだよ!?」

「別にアタイがやって悪いことはないにゃん」

「悪いわ! それに麗名子(アイツ)は結局このゲーム知らないままだったぞ! オマエ、さては彼女に教えなかったな!?」


「あははっ、オメー空腹だから怒りっぽいんだにゃん」

「誰のせいでこうなったと思ってるんだ!?」

「自業自得にゃん! もーぉ、麗名子ちゃんに弁当作ってもらえなかったからって八つ当たりはよくないんだにゃん」


 そう言うと女子生徒Cは、持っていた手提げ袋から何かを取り出した。どうやら弁当箱のようだ。そして女子生徒Cはオレの目の前で弁当箱のフタを開けた。


 中には唐揚げが詰まっていた……手作りの唐揚げ弁当のようだ。見た目は麗名子(ヒロイン)が作る弁当に遠く及ばないが、それでも野菜が彩り豊かに添えられていた。


「フラれた上にお昼ご飯もない哀れなオメーに弁当作ってやったにゃん! ありがたくいただくにゃん! ほーれほれ、はいアーン♥」


 と言って女子生徒Cは箸で唐揚げを一個つまむとオレの口元に差し出してきた。チクショウ!! どこまでオレをバカにすれば気が済むんだ!?


「ふっ、ふざけんじゃねぇよ!!」


 オレは女子生徒Cが差し出した唐揚げを手で払いのけようとした。そのとき……


 ――あっ!!


 手が女子生徒Cの持っていた弁当にぶつかり、弁当箱が宙を舞ってしまった。


 弁当箱は〝ガシャン!〟と音を立て、無情にもひっくり返ってしまった。当然中のご飯や唐揚げは屋上に散乱してしまった。


 やべぇ! いくら女子生徒Cのウザ絡みが度を越していたとはいえ……これはさすがにやりすぎだ。


 女子生徒Cは無言で下を向き、その場に立ち尽くした。まぁ怒るのも無理はないが……それにしてもなぜコイツは突然弁当作ったりゲーム始めたりしたんだ?


「あっ……あの……」


 とりあえず声を掛けてみた。すると肩を小刻みに震わせていた女子生徒Cはゆっくり顔を上げたのだが……


 ――!?


 女子生徒Cの目には今にもこぼれそうなほど涙が溜められていた。モブの地味な顔は悔しさと悲しさが入り混じってクシャクシャになっていた。そして、


「悪い……にゃんか?」


「え?」


「グスッ……モブが……恋愛したら悪いにゃんか?」


「えぇっ?」


 突然何を言い出すんだろう、オレは意味がわからなかった。だが次の瞬間、思いもよらぬ言葉が女子生徒Cの口から飛び出した。




「モブが……主人公を好きににゃったら悪いにゃんかぁっ!?」




 ――えっ、何だって!? 主人公はオレ……ってことは……?


「えっ……なっ……」




「アタイは……グスッ……ずっとオメーのことが……好きだにゃーん!!」




 ――何だってぇーっ!?


「モブが恋愛に絡んだらいけないにゃんか!? モブは……グスッ、カラオケ行ったら……メインキャラが恋バナしている隣で……う゛ぅっ、アニソン歌わなきゃいけないにゃんか?」

「……」

「モブだって……恋バナしたいにゃん! モブだって恋愛したいにゃーん!!」

「……」

「それにこのしゃべり方! いくらセリフの使い分けで主語をつける必要なくなるからって……モブだからって……こんなトリッキーなしゃべり方押し付けられたくないにゃ……()()()()! ふっ、ふぇええええん!!」


 ついに女子生徒Cの心と涙腺は決壊し、大泣きしてしまった。


 オレは返す言葉がなかった。オレもモブだが、主人公以外の「モブの物語」なんて考えたこともなかった。

 それにしても何でコイツはオレのことを……ラブコメあるあるの「理由はないけど一目惚れ」か?


「理由なら……あるにゃん!」


 ――えっ?


「入学式のこと……グスッ、オメーは覚えてないにゃか?」


 ――えっ……あっ!


「あの日、慣れない校舎で迷子になったアタイを……オメーが体育館まで一緒に付き添ってくれたにゃん! それから……ずっとオメーのこと見てたにゃん!」


 ――そんな前から?


 そっ、そうだったのか……モブの気持ちなんて気が付けなかった。


「だからっ……アタイは努力したにゃん! ゲームは全然興味にゃいけどオメーの好きなゲームを始めてみたにゃん! オメーが唐揚げ好きだって言うから……アタイ料理したことにゃいけど今朝は四時に起きて弁当作ったにゃん!」


 それで……!? よく見ると女子生徒Cの手には何枚も絆創膏が貼られていた。


「モブは努力無くして恋愛はできにゃいにゃん! でも……努力しても結果、こうやって捨てられてしまうにゃん! そしたらモブにできること……それは好きな人のため更に努力して努力して努力しまくるしかにゃいにゃん!! モブが何もしなくてモテまくるにゃんてありえにゃい! ラブコメにゃんてしょせんただの絵空事だにゃーん! う゛っ……う゛ぁああああーん!」


 女子生徒Cはその場にへたり込み……再び決壊した。



 ※※※※※※※



「これは?」

「ミスジリュウキュウスズメダイ」

「これは?」

「ニセフウライチョウチョウウオ」

「じゃ、これは?」

「んーと……ホソスジマンジュウイシモチ!」


 あれから一ヶ月後……オレは麗名子と一緒に「魚の名前クイズ」をしている。


 オレに彼女が出来た。今日は休日に初デートだ。行き先は水族館……実は彼女、魚が大好きだということで今までは学校の帰りにペットショップへ立ち寄っていたのだが、やっと念願の水族館デートをすることになった。

 その予習として魚の名前を覚えていた……正直、魚なんてアジとサンマくらいしか知らなかったオレだが彼女のために一生懸命覚えているのだ。


「正解! でもね、説明が長すぎるとヲタク認定されて嫌われるわよ」

「わっ……わかってるよ」


 〝ピンポーン〟


「あっ、彼女が来たわよ……()()()()()!」

「んっ……あぁ」


 麗名子が急いで玄関のドアを開けた。


「いらっしゃい」

「こんにちはー! お世話になる()()()


 玄関のチャイムを鳴らしたのは……そう、『女子生徒C』だ。身支度を済ませたオレは玄関へ向かう。


「じゃあね、気をつけていってらっしゃい! お兄ちゃん」

「あぁ、行ってくるよ」


 麗名子に見送られながらオレと女子生徒Cは玄関を出た。


「今日は珍しい魚いっぱい見ような」

「うん! でもせっかくだからペンギンも見たいにゃ……()()


 オレと女子生徒Cは手を繋ぎながら水族館へ向かっていった。



 ――えっ、何だって?


 結局オマエはモブで妥協したのか?


 ヒロインエンドはあきらめたのか?


 ――とんでもない!




 女子生徒C……オレには彼女が『本当のヒロイン』だったのだ!




「ねぇ、ところで今日はバイト大丈夫にゃ……なの?」

「休み取った。そっちは?」

「アタ……()は今日シフト入ってないから大丈夫!」


 実は彼女と「ある約束」をしている。それは、高校を卒業したら二人でスクーバダイビングのライセンスを取得しようということ。これは魚好きな彼女の提案だ。

 だがライセンス(Cカード)の取得には多額の講習料が必要だ。そこでお互い今のうちからバイトを始めて資金をためている。


 知ってるかい、スクーバダイビング(レジャーダイビング)は基本的に二人一組で潜らなければならないんだ。



 そして一緒に潜る人のことを「バディ」って呼ぶんだ。



 オレはこれから……この『女子生徒C』という相棒(バディ)と一緒に未知なる冒険の旅に出る。この先には何があるか全くわからない。トラブルに巻き込まれるかもしれない。最悪の場合、別れることになるかもしれない。


 でも今は……オレが彼女を助け、彼女がオレを助け……お互いが相手のことを理解してあげる。バディはこれでいい、どちらか一方が()()()()()()()なんだ!



 何もしなくてもオレ無双? 黙っていてもヒロインがやって来る?





 ……ラブコメ主人公だって努力しなきゃモテねーんだよバーカ!


最後までお読みいただきありがとうございました。


この作品が非モテの皆さんの「一歩踏み出す」きっかけになっていただけたら幸いです。




今年で結婚25周年を迎えるおっさんより。

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[一言] Oh! 25周年おめでとうございます。
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