熱狂する民衆
いざゆかん!!
熱狂する死神どものもとへ!!
いよいよ民衆の熱視線が集まるバルコニーへ出ていくぞ。緊張するなあ。
「姫! せめてケープくらい羽織りませんか?」
コノボス・ツエーがまた注文をつけてくる。ホントうるっさいなー。
その口縫い付けたろか。
いいんだよ! このままで!
「英星さあ。スピーチとかするの?」
えぇ!? スピーチしなきゃいけないの?
「紫電様。姫はスピーチの内容くらい考えてらっしゃいますって!」
「そっか。そうだよね」
「――姫!」
そこへ侍女のクラリスがやって来た。
前は腕もいじゃってごめんよ!
「民衆が焦れ始めています! 早く外へ!」
クラリスによると、死神界として姫のスピーチがあると既に発表してしまったらしい。ムム、いよいよスピーチをしなければいけなくなった。
「英星お姉さんに限って緊張する知能は持ち合わせていないでしょうね♪」
王児の奴! こちとら緊張しまくってるってのに!
「英星! こういう時は度胸が大事! さあいってらっしゃーい!」
粋にどんっと背中を押され、僕はバルコニーへよろけながら出て行った。
「ウオオオオオオオ!! あれが姫か!!」
「やっと出て来なすった!! かわいいー!!」
眼下に海のようになって見えるのは牛や猪といった多様性に満ちた死神の群れ。
唸りのような歓声が聞こえてくる。
僕は12年の人生……いや、412年か。412年の人生で一番緊張している。
な、何を話せばいいんだ!?
「最初は挨拶したほうがいいことないかな」
紫電が部屋の中から声を掛けてくれた。
そうか。それもそうだよな。
「こ、こんにちはー……」
「オオオオオオオ!! なんて初々しいんだ!!」
「412歳とは思えん! 姫様は俺の嫁!!」
「ハハハハハハハ! お前アクセル・キルンベルガー様に火あぶりにされるぞ!」
どうやら僕が412歳という情報は既に報道されているようだった。
「英星! 次は自己紹介したほうがいいことないかしら?」
なるほど。確かにそうだ。
「ぼ、ぼぼ僕がレイチェル・キルンベルガーです……」
「ウオオオオオオオ!! 僕っ娘萌え!!」
「随分と礼儀正しいな!!」
「さすが心優しいアクセル・キルンベルガー様のご息女だ!!」
「そしてユーモアも大事ですよ! 英星お姉さん渾身のギャグを披露して下さい!」
えええ!? ユ、ユーモアって! ここでギャグを披露しなきゃいけないの?
よし、しょうがないな。
僕は覚悟を決める。
ててててっとコノボス・ツエーに駆けて行き、手からケープを奪い取ると、フードを被って戻ってきた。
両手をケープの内側にしまい、てるてる坊主のようになって高らかに宣言する。
「こんなに多くの死神の皆さんに囲まれて! 照れ照れ坊主です!」
眼下の広場に氷河期が訪れた。
あっれー? おかしい。うまく伝わらなかったかなあ。
紫電たちも凍っている。
だが、コノボス・ツエーだけはゲラゲラと笑ってくれていた。
「きゃー! スベっちゃった! ケープだけにエスケープしちゃう!」
北風がますます強くなる。
ナニコレ!? こんな空気になってもうダメじゃん! 僕、再起不能だよ……!
その時だった。凍り付く大衆の中にただ一人、僕を温かな眼で見つめてくれている小竜を見つけたのは。
――お兄ちゃん!!
「姫様――――――ッ!! かわいいぞ――――――――――ッ!!」
お兄ちゃんが声を張り上げた。
……すると固まっていた死神さんたちが解凍され始め……。
「そうだ……そうだよ……!」
「かわいい! かわいい!!」
「ウオオオオオオオオオ!! 姫様はダジャレがかわいすぎる!!」
広場は温かな笑いに包まれた。
「ありがとうお兄ちゃん。さっきは……助かった」
羽をはばたかせ、部屋に上がってきたお兄ちゃんにそう声を掛ける。
お兄ちゃんは顔を綻ばせた。
「いいってことよ! 血は繋がってねえけど、俺たちゃ本当の兄妹だ……! だろ?」
「お兄ちゃん……! う、うん! そうだね!」
「きししし! 照れ照れ坊主とか! 笑ってあげればよかったですかね」
……王児はとりあえず殴っといた。
―――
再び玉座の間に来た僕らはアクセル・キルンベルガーとお話し中。
「僕のお母様は……400年前に亡くなったの?」
「そうだ。私に殺されたのだよ」
「え! やっぱ死神族ってろくなことしないの?」
キルンベルガーはふうと溜息。
それだけで小規模な突風が吹き、僕らの髪の毛が後ろに引っ張られる。
こいつのみなぎる戦闘力は羨ましいな。
「レイチェル――すなわち英星は神族に瀕死の大怪我を負わされ、傷が癒えるまで回生のカースに封じ込めざるを得なかったのだ」
「あーもう! このゲーム、ガチャが渋すぎ!」
僕は紫電のスマホを勝手に借りてゲームをしている。
「英星……頼むから聞いとこうよ」
「英星お姉さんは平常運転ですね! 相変わらず知能が残念というか」
「小僧」
視界の端でキルンベルガーの瞳が金色に光った気がした。
「え? オレのこ……と…………? 英星お姉様ぁ……オレを英星お姉様のペットにして下さ~い……!」
王児がキルンベルガーの魅了にかかったらしいな。
王児は僕の頬をぺろぺろと舐めてくる。やめろくすぐったい。
「あまり他の種族の悪口を言いたくはないのだが、今の神族は堕落しきっとるのだ。トップの厳星が好き勝手しとるからな」
スマホをいじる手が止まる。
厳星お父様は僕の憧れなんだ。そのお父様が好き勝手なんて。
……そもそもキルンベルガーがホントのお父様なんだろうか?
冷静に考えてみるとそんな胡乱なことがあるかなあ。
ひょっとしてこれは僕を騙す罠なんじゃ……。
ますます自分の出自が解らない。
混乱する英星。
これからどうする!?
次回もお楽しみに!