レイチェル
デューク・フィレゾーが明かした英星の出生。
その衝撃の事実に英星は…………。
「あなたの本当の名前は……レイチェル・キルンベルガー…………。死神族の王、アクセル・キルンベルガー様の一人娘です…………!」
その場にいる誰もが口から発する言葉を失った。
キ、キルンベルガーの娘…………?
馬鹿な。…………馬鹿な!!
ウソだよね!? ウソ! ウソだ!!
僕は川上英星!
主神・川上厳星の子!
僕は……僕はお父様の娘!
「キルンベルガーの一人娘って……あんた女だったの…………?」
粋が青い顔をして訊く。
「ち、違うよ! 僕が女なワケ――――!」
「英星お姉さん! 胸を隠して!!」
王児が咄嗟に僕の胸を指差す。
濡れた僕の胸には、くっきりとスポブラが透けて見えていた。
「あ、お姉さんじゃなくておにい…………!」
「王児」
言い直そうとする王児を止める。
「…………紫電。いつ知ったの。僕が女だって」
「…………鉄友山で……デュークから聞いた。最初は……そんな馬鹿なって……思ってたんだけど………………」
「僕……なんで紫電たちに女だって言わなかったか解る…………?」
「……………………」
「紫電。あんたが男の友達が欲しいって言ってたから。あんたのために。あんたのために。一生懸命に男を演じてきたのよ」
「英星――――」
「それを――知ってた? 知ってたの? 早く……っ早く言いなさいよ…………っ」
しゃくり上げが抑えられなくなってきた。
頭が滅茶苦茶になりそう。
――涙がとめどなく溢れる。
「姫。死神界へと来て頂けませんか」
「そうよ。姫!」
虫唾が走った。
僕が今までどんな思いをして性別を偽ってきたか。
誰も……誰も……何も言ってくれない!!
そのうえ僕が死神族? はあ? 何を言っているの?
僕は川上英星!
僕は川上英星!!
僕は川上英星!!!
それ以上でも以下でもない!!
「ねえレイチェル姫~!」
肩に手を置くクラリスに腥風が吹く。
殺意に満ちた眼でクラリスを見た。
「ひっ!」
クラリスの短い悲鳴。
僕はクラリスが置いた右手首を握ると、そのまま握り潰した。
「ぎゃあああああああああああああああああうううううううううう!!」
「クラリス! いかん!!」
デュークがそう叫んだような気がした。
「僕は川上英星だ!!! レイチェルなんかじゃない!!!」
更に握り潰したクラリスの腕を胴体から引っこ抜く。華奢な腕はいとも簡単にぷちりと抜け、僕の手からだらしなくぶら下がった。
クラリスはその場に卒倒し、茜色の海水が更に深紅に染まっていく。
「あはははは! みんな青い顔をしてやがる!! 僕は川上英星!! 見習い神族の川上英星だよ! 神の慈悲で貴様ら全員八つ裂きにしてやるから覚悟しなぁっ!!」
「あなたは……死と殺戮、そして再生を司る女神、レイチェル・キルンベルガー様です! 誰か止めねば! 怒りと悲しみのあまり暴走しておられる!」
「だぁまれ死神風情がぁ!!」
正拳突きでデュークの腹を貫く。
下賤な死神は僕の腕をみぞおちに吸い込んだのち、伸びた。
「英星ッ! そこまでだ!!」
「うるせえッ! 小賢しい竜めぇっ!」
掌に灼熱の火球を創り出し、投げつける。
地獄の炎が小竜の翼を焼いた。
ちっ! 生意気にも致命傷を回避したか。
「きゃあああああああああ! え、英星の……おでこの紋章! 何あれ! 真っ赤よ!?」
「貴様もうるさい! 季節外れのひまわりが!!」
開花期を間違えた愚かなひまわりの首根っこをひっつかみ、海に沈める。
「英星! いけない!!」
紫電が駆けてきた。ひまわりを助けようと腕に嚙みつくが、硬質化した僕の腕は紫電のエナメル質を弾き返す。
「がふっ……! 英星! 目を覚ましてよお!!」
「ぐああああああああああ!! 僕は神族だッ!!」
粋は初めこそ手足をばしゃばしゃと動かし、獲れたての魚のように水しぶきを立てていたが、もはや力なく肢体をゆらゆらさせて沈むのみ。
「う、うわ……うわあああああああ!!」
砂浜で凍り付いていた王児が思い出したように崩れる。
その股下が濡れていた。
へっ、こいつちびりやがったぞ。
「王児! かわいげのない貴様は僕が手足をもいで――――」
「英星!!」
紫電が横っ飛びで抱きついてきた。
「ごめん! ごめんね!! つらいね! 悲しいね!! でも…………! ボクは優しい英星が好きだ!!!」
「…………は」
僕は電池が切れたように膝から血の海にへたり込んだ。
紫電が血の海に腰まで法衣を浸して僕を抱きしめる。
少年の薄い胸板に身を預けて。僕は。
「ねぇ……僕に神様を返して…………! 僕の女の子を……返してよぉ…………!」
その薄い胸板をただただ力なく叩くのだった。
―――
「粋! 気が付いたか!」
お兄ちゃんの対応が早くて助かった。
小さな竜の人工呼吸に粋は「ガホッ」と海水を吐き出し、苦しそうにしながらも意識を取り戻す。
死神族――認めたくないけどすなわち同族のお2人さんは僕が再生の力で治療した。
「なんで……言ってくれなかったの」
まだショックが収まらない僕を紫電がぎゅっと抱きしめる。
「ごめん。あまり混乱させたくなかったんだ。英星が使える再生の力はカース。おでこに輝くコウモリの紋章はキルンベルガーの一族に伝わる紋章だよ」
僕は今回のMVPの胸に顔を埋めて泣き散らす。
夕焼けの空を黒い鳥の群れが飛んでいた。
大混乱した英星だったが、なんとかみんな無事!
凄まじい死線でござった。
次回もお楽しみに!