アホ死神族
英星たちの前に立ちはだかった死神族・ヌン!
えらくダサい名前だがその実力は……?
「……そこの見習い神族よ! どうした! よほど俺の技が怖いらしいな!」
ヌンが指を差してドヤ顔を見せつけてくる。
くっそー、こんな奴にドヤ顔されるなんて! モーレツに悔しい。
「俺は技のデパートだからな! こんなこともできるぞ!」
再び空間が歪む。
「またなんか来る! 英星も気を付け……て? ぷっ、あはははははは!」
なんか僕を見て笑ってんだけど。今度は何が起こったんだ?
「英星! おでこに『アホ』って書いてある! きゃはははははは!」
両手でお腹を抱えて笑われる。
上半身素っ裸の野蛮人に笑われる筋合いはない。
僕の導火線に火がつく。
するとヌンが僕に向かってスマホを構え……、『カシャッ』とシャッター音がした。
そ、そんな……! 撮られた! アホって書いてある顔が撮られた!
「ふふふ、お前のアホ面、撮らせてもらったぞ。これを死神族のインターネットに流せばどうなるかな……? かーっかっかっかっ!」
「ハハハ、英星! 有名人になれるな!」
ソラまで。
品の欠片もない笑いと度重なる身内の反乱で、導火線の火は無事に爆薬へと到達した。
僕は自分がアホだということを一番気にしているのに!
「紫電! ソラ! そしてヌン! もう許さないから! 死んで償え――――ッ!」
僕は3人に火の玉を飛ばす。このようにちょっとした基本魔法だったら、スペルを綴ることなく発動が可能なのだ。
「わあああ! 英星、何すんの!」
誰にも当たらなかった。ぐすん。
違うもん。僕、アホじゃないもん。天才だもん。
……かくなる上は《フレイムランス》で全員焼き殺してやる!
僕は宙にスペルの綴りを刻んでゆく。
「おっと! そうはさせるか! お前も恥ずかしいカッコにしてやろう!」
くっ、ついにあの半裸攻撃が来るのか? 腹を括って目を瞑る。
空間がぐにゃりと…………歪まなかった。
「……ぬわ――――ッ! さっきの『アホ』攻撃で魔力を使い果たしてしまった――――ッ!」
「…………アホ」
僕のこの呟きを否定する者は、恐らく圧倒的に少数派だろう。
どうやら僕らは本物のアホと戦っていたようだ。
「今だ! 行くよヌンさん!」
紫電が一気に間合いを詰める。
「速い――――!」
僕がそう口から漏らすか漏らさないかのうちに、ヌンは木刀で叩きのめされた。
紫電強ーい!
「ボクたちの勝ちだね!」
紫電は高々と木刀を掲げ、爽やかに微笑んだ。
ああ、半裸じゃなかったらどんなにカッコよかったことか。
でもちょっと嬉しいような……やっぱり悲しいような……。
―――
「あいてててて……、ひっ!?」
「ここまでだ! アホ死神族!」
鼻先に木刀の切っ先を突き付けられ、ヌンは怯えた声を上げる。
うん、紫電は半裸でも十分すぎるほどカッコいいな。
わーい僕らの勝ち。
誰もがそう確信したのが間違いだったのか。
「ククク……それで勝ったつもりか……!」
突如ヌンはおぞましい声色に変わった。
「え……?」
「お前らは何にもわかっちゃいないな。おめでたいことだ! 教えてやろう……驚愕の事実を!」
――何? こいつ何を隠しているの?
「……俺のフルネームは……! 『ヌン・ヌヌヌン』なのだ! ヒャーッハッハッハッハッハッ!!」
「な……なんだって……! なんてダサいんだ!」
僕らは迂闊にも驚愕してしまった。
「隙ありイ! ハハハハハ! ダサい名前が役に立ったわ! またなっ!」
ヌン・ヌヌヌンはそう言いながら駆け出し、あっという間に見えなくなる。
「チックショ――ッ! 迂闊やった! ホンマに迂闊やった! スペル撃てへんかった!」
「ま、まあまあ英星!」
黒くなった地面を殴りつける僕を、半裸が慰める。
「あいつ何か落としてったぞ」
ソラが何か持ってきた。
「……やった! ボクの服だ!」
「そしてこれも落としたようだ。こっちは英星に渡そうか」
メモのような物を手渡される。
「これは……ダルボワ文字……? ダルボワ文字が書いてある!」
この幾何学的な形状は間違いなくダルボワ文字だ。
「へー。それが何か役に立つんだ」
「当たり前でしょ。新しいダルボワ文字なんだから、単純にスペルの数が増えるの」
「ええ? そんなの全部神界で勉強してたんじゃないの?」
「はあ? 僕が勉強なんてしてたわけないじゃん! 魔力はスゴいって言われて注目されてたけど」
「英星! 言うなれば勉強は衣服だよ? 知識が無い人間は裸で歩いてるのと同じだって母上が言ってた! ちゃんと知識という衣服は身に纏わないと……!」
「そういうお前がすでに半裸だろうが――ッ! 早く服を着ろ!」
鳥と半裸の漫才はいいとして。
「後はここのどこかに紫電ちの家宝があるはずなんだけど」
きょろきょろと辺りを見回す。
「それってここのことか?」
「…………え…………?」
黒焦げになって倒れた木々が覆いかぶさり判りづらいが、ソラが翼を向けた先には石畳の階段がうっすらと視える。
「こんな階段があったんだ!」
やっと服を着た紫電が弾むように言い、僕の手を取った。
「行こ! 英星!」
「ちょっと待って」
先ほど辺りを見回した時。
――胸の奥底から悲しみが込み上げてきた。
「英星? あ……」
僕は紫電に抱きついた。自分でも何が悲しいのか解らない。……なんで? なんでこんなに悲しいの?
「ボクたちが出逢った森……燃えちゃったもんね……」
春の太陽に照らされた黒き山頂に、しばらく僕の泣き声が木霊した。
想い出の森は燃えてしまったけど、紫電との距離は縮まったかも……?
次回もお楽しみに!