傷だらけの旅立ち
リュックに荷物を詰め「出ていく」発言をした紫電。
紫電の糞親父はどう応じる?
リビングに下りると、紫電の両親がダイニングテーブルに座っていた。メイドさんたちが朝食の準備をするべく、忙しく動いている。紫電のお母さんは、息子のリュック姿を見て、目を丸くした。
「どうしたの紫電ちゃん、リュックなんて背負って……」
「……出ていきます」
メイドさんたちの動きが止まった。……というより、リビングの時が止まった。紫電のお母さんの顔から血の気が感じられない。停止した時間の中で、1人の若いメイドさんが脇に持っていた銀のトレイだけが、乾いた音を立てて床に落ちた。
「紫電ちゃん……本気で言ってるの……?」
今にも泡を吹きだして卒倒しそうなお母さんをよそに、糞親父は顔色一つ変える気配がない。
「……父上……母上。…………さよなら!!」
紫電が駆け出す。
すぐに後を追おうとしたが、紫電は立ち止まり、背中を向けたまま糞親父に語りかける。
「……どうして? パパどうして? どうして止めてくれないの?」
「………………」
「ボク……本気だよ? もう帰ってこないよ……?」
紫電が鼻水をすする。
「元気……でな……、元気……さえ……あれば…………」
糞親父がやっとこさ口を開いたが……、
「……っ! あなたの……あなたの息子に生まれた私が愚かでした!!」
紫電はそれを決別の意に受け取ったらしい。
今度こそ泣き叫んで駆け出した。勢いよく玄関ドアを開け、あっという間に見えなくなる。急いで後を追う僕とソラ。
スニーカーを踏んづけるように履いた時だった。
「英星くん!」
背後から紫電のお母さんが慌ただしく走ってきた。
「よかった、間に合った。裏山に変な文字が書いてある石畳があって、その近くに……荒波家に代々伝わる家宝があるらしいの。それが何かまではおばちゃん知らないんだけど……、もしあなたたちの役に立つのなら、遠慮なく使って」
裏山にある石畳ってことは、あのダルボワ文字の石畳か。
「あ……ありがとうございます!」
「泣き虫の息子を……、紫電をよろしく頼むわね! 英星ちゃん!」
「はい……! って、え、英星ちゃん?」
「本当は女の子なんでしょ? なんとなく判っちゃった。あなたたち、結構お似合いよ」
顔を赤くしてどぎまぎする僕に、紫電のお母さんは得意げにウインクして微笑んだ。
―――
「しでーん! しーでーん!」
「ううっ……! うううううっ……!」
――この泣き声は。
とある公園の一角に差し掛かった時、聞き覚えのある泣き声が聞こえてきた。
そちらに目を向けてみると、カラフルなトンネル型滑り台の出口の1つに、大きな浅葱色のリュックが置いてある。
まったく、頭隠さず尻も隠さず。ホントによく泣くよ。
僕は泣き声が聞こえるトンネルの中を覗き込む。
見たことのある赤い髪の少年が背を向けて座っている。
しゃくりあげとともに、身体が小さく揺れていた。
「紫電?」
「わ! え、英星! どうしてここが……?」
誰でもわかるわ。
「英星……うわ――――――――ん! 英星ぃ――――――――っ!!」
こともあろうに紫電は、僕の胸に顔をうずめてきた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
僕は必死に引き剝がそうとするが、紫電の腕力が強すぎる。
「パパが……パパが――――――――ッ!」
「いいから放しやがれ――――――――ッ!」
「よかったな英星」
――鳥め。後で焼却してくれる。
……数分間わいせつ行為に及んだあと、紫電はやっと僕を解き放った。
「うっく……ありがとう英星……」
そこはごめんなさいだろう! こいつ刑罰を受けてしかるべき。
ああもう、僕の小さくてかわいい胸(洗濯板)が涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
でも今どつくのはさすがに可哀想だしなあ。
しばらく復讐の方法を思案する。うーん…………、そうだ!
「ねえ、最初僕らが出会った場所に行きたいんだけど?」
「そこに何かあるの?」
「うん。これから僕の見学で使えそうな物があるみたい。行こ」
「りょーかい!」
「でさあ、途中にコンビニある?」
―――
人通りの多い交差点に僕らは来ていた。時刻は朝の10時頃。
「はい! 英星とソラのソフトクリーム」
「ありがと――!」
「うまそ――!」
ふふふ、男にソフト奢らせたぜ。チョロすぎるぞ紫電!
「慰めてくれたお礼って本当にこんなんでよかったの?」
「いいのいいの! 親友じゃん!」
親友という言葉を伝家の宝刀のように振り回す。
「…………」
紫電が沈黙して俯く。しまった、ちょいと調子に乗りすぎたか。
「ど、どしたの? ほーら笑って! べろべろばー!」
「あのさ……」
「う、うん……」
紫電が身体を震わせる。
ヤバイ、怒らせちゃったなこりゃ。
「親友に奢るのっていいね……! ボクなんだかゾクゾクしてきたよ……!」
紫電が燦然と目を輝かせて顔を上げた。
……あのー、これは何フェチに分類されるんですかね。この世間知らずは使い勝手がよすぎる。
金の湧く壺の如き男よ。
――あれ? ここで疑問が1つ。
「紫電、そういえばお金どうやって払った?」
「え? これで」
紫電は黒光りする手のひらサイズの薄い板を見せる。
「ぶっ!!」
僕はソフトのクリームを吹き出した。
「なんで小6のガキがブラックカード持ってんねん! おかしいだろ!」
「え? これは黒いだけのプリペイドカードだよ? 年齢的にボクがブラックなんて持てるわけないじゃん」
「そっか。そだよね」
「最高金額まで入れてるんだけど、ちょっとしか入らなくて。……これからが心配だなあ」
「ちょっとしか入ってないの? 大丈夫?」
「うん……100万円ぐらいしか入ってないんだ……」
「げほっ! げほごほっ!」
今度はコーンの欠片が横に入った。
「あははっ! 英星こそ大丈夫ー? 手裏剣みたいにして投げたらよく飛ぶから、ボクいつも投げて遊んでるんだー。そういえば今日少し暑いなあ……」
雑踏の中で、100万入ったカードをぱたぱたと団扇代わりにする紫電を、僕の突っ込みが容赦なく襲う。
「『あははっ!』じゃねえ――――ッ! それはとんでもなく大事なものなの! 団扇にするな! しまっとけ!」
「ちぇー」
紫電が友達いないって言っていた理由が、少し解った気がした。将来が心配だよ。
「紫電、お前少しアホだな」
「あん?」
会話に下手くそな割り込み方をしてきた鳥を、僕が目で刺す。
――このコンビニへの寄り道が、僕らの命を救うことになる。
ソフトクリームうまーい(ソラ談)
次回もお楽しみに!