紫電の事情
下級の死神族をなんとか倒した英星。
しかし次の災難が降りかかる!?
僕は紫電を背負って、よろよろと獣道を歩いていた。
方角はこっちで合っているんだろうか。とりあえず眼下の大きな灯りを目指して……。
それにしても重っも! スレンダーな12歳(独断と偏見と願望で外見から計算)の男子ってこんなに重かったんだ。
紫電の木刀まで右手に持っているから、手がだいぶ忙しそうなことになっているだろう。
手の感覚が無くなってきた。そろそろ握力が限界だ。
でも、もうすぐ日が暮れてしまう。
先ほどの戦闘でデススライムくん倒したと思ったら、紫電は気絶しているしソラはどこかに行っちゃうしで大変だ。
「英星――ッ!」
ソラの声が聞こえる。
ばっさばっさと翼をはためかせて、一番星が見えている夕焼けの彼方からソラが現れた。
「ソラー! あんたどこ行ってたの?」
「へへッ! デススラっちが怖くて逃げてた!」
すかさず僕の回し蹴りがソラの脇腹に食い込む。危うく紫電をずり落としそうになった。
「そんで何か収穫は? ほら、情報とか!」
「げほっ……そんなもん器用に持ってくると思う? 何もない。ナッシング!」
「てんめえええええええ! 焼き鳥にして食ったろか!」
「ひぇええええええええ! 英星の方が怖い! それに私は竜だ竜! そうだ、ひとつお詫びに紫電を治してやろうか?」
「あんたはただの使い魔。そんなスペル使えんでしょ」
「ぬぬッ……! じゃあもう知らん!」
「う……ん……」
あまりにもけたたましい僕らのどつき漫才で、僕の右肩にある紫電の瞼が半分開いた。
「紫電……? 紫電! 気が付いたの?」
「うっ……あいててててて!」
「無理しちゃダメ! 内臓痛めてるかも知れないんだから。このまま背負ってく!」
「ごめん……えっと……確か……あの黒いのが体当たりしてきて……それから……。夢を見たんだ。英星くんが……炎の魔法みたいなの使って……」
せっかく上手く隠せたかと思ったのに、ほとんどバレとるがな。
適当に返事しとこ。
「へ、へー。僕が魔法を」
「……それから英星くんが炎を使ってその鳥をフライドチキンにして……ボクどうかしてるよね……」
紫電の優しい眼差しがソラに向いている。
……「その鳥」ってソラのことだよな。それは少し食べてみたい。
危険を察知したらしく、ソラが目に見えて青ざめた。
「あはは……それはどうかしてるよお……」
「あの黒いのは? どうなったの……?」
「え? えーっと……ぼ、僕が退治したよ。ほら、紫電の木刀借りて。これで何発かパカパカ殴ったら逃げてった」
「そう……なんだ……」
紫電がどこか物悲しそうに言った。
……暫しの沈黙の後、少年が口を開く。
「ボク……情けないよね」
「え……?」
「いつか、心を許せる友達ができたら……必ずボクの剣でその子を守るんだ、って思って今日まで修練してきたんだ。なのに……なのっ……にっ……うっ……ううっ……」
僕の肩に、温かい雫がぽたぽたと落ちてきた。
「くやっ……ひいよっ……! くやっ……! ううっ……!」
紫電のしゃくりあげで僕の身体が小さく揺れる。
――内心、僕は今までに経験したことのない濃密な幸福感でいっぱいだった。今の今まで、僕のために泣いてくれる友達なんてただの1人もいなかったんだ。
ソラは友達というより使い魔だし。そもそも最近知り合ったばっかりだ。
僕は神界では常に孤立していたんだよ。
――ありがとう、紫電
心の中で、僕はそっとお礼を言った。
―――
いよいよとっぷりと日が暮れ、僕らは紫電の案内で紫電宅の門前に立っていた。
紫電はというと、僕の肩に手を回して立っている。
デススラっちの体当たりをまともに食らいながらガッツがあるな。
――しかしこれは家というよりは……豪邸。いや……城だ。
神社か何かかと思わせるような大きな和風の正門に、なまこ壁が地平線まで続いている。
あたかも戦国時代の城壁。攻めてくる兵士はこの城を落とすのに苦戦しそうだ。
ここにはきっと殿様が住んでいるんだな。
「案内するね。じゃあ……行くよ」
紫電が震える指で洋風のインターフォンを押す。
今思い返せばこの時の紫電の様子が、自身の家庭事情を如実に表していたんだ。
僕はというと「これだけ和風で攻めといてインターフォンだけ洋風とか! ぷぷーっ!」って1人でウケてたんだけど。
「紫電です。今帰りました」
浮かない声で紫電が告げる。……しばらくして。
「紫電ちゃん! どこ行ってたの! 紫電ちゃーん!!」
「母上――ッ!!」
甲高い声が聞こえて正門のでっかい扉が開き、紫電がその声の主に抱きつく。
「あの……、紫電、今おいくつ?」
「11歳! 今年12になるけど?」
はあ――――!? 11にもなってマザコンですか?
「どしたの英星くん。……あ、母上。紹介するよ。やっとできた親友の英星くんとソラ」
いつの間にか親友に格上げされているし。おまけにソラまで。とりあえず挨拶をしよう。
「よろしくう!」
「初めまして。川上英星と申します」
この鳥、僕よりも早く挨拶を。さては親友と呼ばれて気をよくしたな。
「まあ! この鳥喋るのね!」
「ふふん、喋るぐらい朝飯前だ!」
なんか鳥のほうが注目されてんだけど! それに、鳥と呼ばれて怒らないなんてよほど機嫌がいいらしい。
――僕たちは、紫電の家に上がらせてもらった。こんな豪邸は神界でも見たことがないので、おずおずとした歩き方になってしまう。
初めに紫電は医務室で治療を受けた。幸いにも大事ないらしい。
――家の中に医務室なんてあるんか。
紫電は、傷は木登りをしていて落ちた時にできた、と説明していた。お母さんを驚かせない、なかなか気配りの効いた説明だなあ。
沖縄のシーサーみたいな銅像が水を吐き出している中庭にはびっくりした。どこもかしこも高そうな物ばかりで目が回る。すれ違ったメイドさんの数もすごかった。
ちなみにその間、紫電はお母さんの手をギュッと握って離さなかった。……このマザコンめ。
――その時インターフォンが鳴った。
備え付けられているカメラが細身の男を捉える。
……お父さんかな?
紫電の表情が一気に強張る。
「帰ったぞ。入るからな」
抑揚の感じられない声が響いたのち、先ほどの男がリビングに姿を現す。壮年といったところか。
「ち、父上! お、お帰りなさいませ!」
「あなた、お帰りなさい」
2人が口々に言い、頭を下げる。やっぱ紫電のお父さんか。それにしてもえらく他人行儀だなあ。
「ん? なんだそいつらは」
挨拶を無視して紫電のお父さんが僕らを見た。えーっと、我々はですねえ……。
「ボ、ボクの親友です……!」
頭を下げたまま紫電が答える。すると、信じられない言葉が返ってきた。
「親友? 貴様、親友なんてできたのか。貴様の親友ということはよほど物好きな奴らなんだろうな。せいぜい裏切られないように気を付けろよ」
威圧するような声でそこまで言うと、お父さんは息子の胸ぐらを摑んだ。
「ひっ!」
怯えた声を出して、紫電は高々と宙に吊り上げられ、
「こんな風になあ!」
「げうっ!」
そのまま床に叩きつけられた。紫電の小さな身体が床の木目で跳ねる。
「紫電!」
思わず駆け寄る僕。
お父さんは何事もなかったかのようにテレビのリモコンをいじると、少し離れたところの椅子に座ってバラエティを観始めた。
「大丈夫……。いつものことだから……」
「い……いつものことって!?」
「夫は最近仕事が上手くいっていないんです。初めのうちはそれでも優しかったんですけど、どんどん息子に当たりが強くなっていって……」
「いいよ母上……。もう……いいよ……」
「紫電ちゃん……」
「今日はもうお風呂入って寝る」
「わかったわ。そしたらお友達と一緒に入っておいで」
「うん」
……あれ? 今の会話、なんかおかしくなかった?
「それじゃ英星くん、一緒にお風呂入ろっか! 背中流しっこしよ!」
ぎゃあああああ!! 12歳で純潔捨てたくない! ソラ! 助け舟を出してくれ!
「きゃ~、この鳥かわいい~!」
「え~、そんな本当のこと言われると照れるぅ!」
「しかも会話ができるなんて賢いわ~!」
ソラはいつの間にやら、メイドさんたちの熱烈な取材を受けていた。
こんの腐れ鳥、使い魔のクセにさっきからまるで役に立たねえ……!
「いや~、すまんな英星、モテちゃって。ん? どした? 何をそんなに睨みつけている?」
ソラは気持ち悪いにやけ面で訊いてくる。……こいつ唐揚げ確定だ。
「じゃ、行こう英星くん! ボク、男同士の裸の付き合いに憧れてたんだ!」
何を言っとるかこの変態は! この裸の付き合いはだいぶ違うぞ!
お前なんてもうただの痴漢だ痴漢! もうダメ。逃げるしかない! そう思ったその時。背後の引戸が勢いよく開き、追加で大量のメイドさんたちが現れた。
まだこんなに潜んでたんか。
「坊ちゃんのご親友、英星様~。脱衣所はこちらでございますう~!」
「ひ、ひえっ? ちょ、ちょっと……きゃああっ!」
両手足をがっちりと掴まれて、僕は脱衣所へと強制連行された。
脱衣所なんて!
メイドさんたち、女の子をなんてとこに連れてくの!!
次回の更新をお楽しみに!