山の湧き水
キルンベルガーを倒すことを決意した英星たち!
――――陽の光が頬に当たり、僕は再び目覚めた。
紫電の汗を拭ってごろんとしているうちにもう1度寝てしまっていたらしい。
今日は一転して晴れたのか。山の天気は気まぐれだ。
「ふぁああぁあぁぁ…………」
目をこすり、大きな伸びをする。あれ? 紫電は?
――いない。いないいない!
隣で寝ていたはずなのに!
毛布がもぬけの殻だ。まさかまた死神族が来て、紫電は絶賛襲われている最中とか?
「紫電――――――んっ!」
「なにー?」
僕の悲鳴に答えたのは、あっけらかんとした紫電の声だった。
頭から水を滴らせ、首に掛けたタオルで気持ちよさそうに顔を拭いている。
「こっちに湧き水があるんだよ! 英星も来なよ。冷たくて気持ちいいよ!」
「こほん……そ、そう?」
若干赤面しながら答える。
だって……心配したんだもん。
「朝からでかい声を出すなよ、全く……」
僕の馬鹿声でお兄ちゃんも起きたようだ。
夏用の布団を体に掛けている。
「お兄ちゃん結局それで寝てたんだ……寒くなかった?」
「なに、今の私にはこの鱗で覆われた皮膚があるのだよ。ちょっとの暑さ寒さは堪えん!」
「あっそ」
「『あっそ』ってなんだ『あっそ』って――――――ッ!」
お前最近私に冷たくなったぞ、だのなんだの戯言をほざく哀れな害鳥を置いて、僕は紫電に手を引かれて湧き水の方へと向かう。
――って、紫電と手ぇ繋いでる!
紫電の手、あったかくて柔らかい……。
「英星? なんか涎垂れてるよ?
「あ、あえ?」
――へ、変な声出ちゃった!
「もう……赤ちゃんじゃないんだから……」
ごしごしと首のタオルで顎の涎を拭いてくれる。
紫電! ち、近い! 顔が近いよ!
「結構垂れてるなあ……」
紫電……ダメだよ? 紫電……。
こんなに距離が近かったら唇を奪ってくれって言っているようなもの。
手を繋いだままの体勢でごくりと唾を吞み込み、決意を固めた。
紫電の唇! ゴチになります!
「あ~拭けた拭けた。大変だった~……わっ!? 英星唇突き出して何してんの?」
「あん……紫電の唇、柔らかくっておいしい……! はあ……はあ……!」
「英星?」
「紫電ったら舌を入れてくるなんて大胆ねえ……! はあ……はあ……!」
「もしもーし、英星?」
「いいよ……いいよ紫電! このまま神族の味を教えてあげる! はあ……はあ……!」
「しょうがないなあ……」
「その代わり……人間の男の子の味も教えてね……! ぐふふふふふ……ぎゃん!!」
頭頂部が割れるような衝撃で僕は正気に戻った。
足元には粉々になった火成岩。
「ごめんね英星。ちょっと遠い世界に行ってたみたいだから岩で殴っちゃった」
「え? え? 紫電とのキスは?」
すると紫電は手をそれぞれ反対側の肩に置いてクロスさせると、寒さここに極まれりといった表情を見せて言った。
「何気味の悪いこと言ってんの? さっき唇を突き出したまま1人で変なこと言ってたけどさあ……」
か、空振りしとったんかい……。
てか、紫電に気味が悪いって言われた!
そんなあ――――――ッ!!
「いいから、ほら。早く湧き水の出てる岩場に行くよ?」
再び紫電に手を引かれて歩き出す。
いいもん。諦めないもん!
とはいえ黄昏ながら進む。
左右からせり出してくる小枝をくぐっていくと、紫電の言う通り湧き水が出ている岩場に到着した。
あちこちに小さな水溜りが出来ている。手でバシャバシャッと触ってみると。
「きゃあっ! 冷たーいっ!」
「ねえ英星、ここのお水おいしいんだよ!」
「…………ホントだ! おいしい! 何杯でも飲めちゃう!」
「――わっ!」
紫電が足を滑らせ、少し大きめの水溜りに落ちた。
もう、ドジなんだから……。
「ひえっ! つっ、冷たっ!」
「ほら、手ぇ出して! って、ぎゃあああ!」
足元に生えていた苔で滑り、僕も同じ水溜りにずどぼんと吸い込まれた。
往年のコントのよう。
――――同じ水溜りに腰まで浸かって、全身びしょ濡れ。
――――大自然の中。
紫電のTシャツは薄い綿のため、上半身が透けて見える。
僕は紫電の赤い髪を撫でた。水が滴る。
――そのまま両肩に手を置いた。
諦めない。絶対に諦めないぞ。
「ねえ……目をつぶってて……?」
「英星……? こ、こう?」
「僕ら……少しだけ……大人に――――――――――」
「――――――で、キスしようとしたら紫電が腹壊して茂みに入ったってか。あのなガキども。湧き水飲むときはせめて煮沸してからでないと、動物の糞とかからくるウイルスが混ざってたりしてて危ねえんだから。英星も腹壊してんだろ。早くその辺でして来いッ!」
僕は凄まじい腹痛に冷や汗をかきながら、1人無傷のお兄ちゃんに、
「う、うるさいなっ!!」
と強がりを返すのが精一杯だった。
湧き水には注意!
次回もお楽しみに!