川上英星
英星よ、永遠に。
僕は竜槍ラースの穂先を紐で背中に括りつけ、ダルボワ文字の石畳の前にみんなを集めた。
「――本当に行くの?」
紫電が尋ねた。
空は茜色に染まっている。
「うん! 僕は1人でも行くよ! これから僕が死神族と神族の橋渡し役になるんだ!」
僕は旅立つ。――神界へ!
神族は厳星を失い、その後ろで糸を引いていたダルボワも失った。このままだと滅ぶのも時間の問題だろう。
そこで僕の出番! 死神族の姫であり、神族にも縁がある僕ならきっと。――きっと何百年かかってもお互いの禍根を断ち、仲良くは無理にしてもお互いの権利を侵害しない世界が築ける!
とりま目指すは神界再興!
「これから僕は――レイチェル・キルンベルガーから川上英星に戻ります。みんな今までありがとう……! 紫電……っ」
「一人じゃ行かせないよ?」
涙ぐんだ僕に紫電が歩み出る。顔に優しい笑みを浮かべて。
「だってボクは英星が――」
そこまで言って紫電は急に赤くなった。夕日が顔に射していても解る。何を言おうとしたんだろう? 頭から湯気を出して俯く紫電の顔を、僕はじっと見つめる。少年は上目遣いで僕の視線に気付くと、ふいと顔をそらしてしまった。
「きっとみんな紫電と同じ気持ちよ! ね?」
粋がみんなを見渡すと、師匠のデシューを頭に乗っけた王児が。
「オレも行きますよ! 英星お姉さんのお手伝い!」
「デシューも行くデス~!」
「え? でも小学校は……!」
思わず現実的なことを口走った僕に、王児がいたずらっぽく笑う。
「へへん、そんなのどうでもいいですよ! 英星お姉さんがこれからやることを見てみたい! 今はそっちの気持ちの方が強いです。親にも連絡とってそう言っといてやりました!」
「あたしも。成績とかどうでもよくなっちゃった」
「当然私もついて行きますよ! なんてったって姫様の侍女ですから!」
クラリスが得意げに胸を張る。
みんな嬉しいこと言ってくれるじゃないか!
「じゃ教育係の俺も~!」
「……パパたちは?」
ガン無視されたコノボス・ツエーがめそめそと涙を流し始めた。パパはしばらく腕を組んで考え込んでから、申し訳なさそうに、
「レイチェル。私は死神族の王だ。今回の戦いでは死神族側にも多数の犠牲者が出た。民衆の神族に対する不満も高まっていよう。まずはそちらを鎮めねばならん」
「……そっか」
「名目上だが。これからはしばらく敵同士となるな。レイチェル……いや、英星。我々は強いぞ」
「ちょっとちょっと! 戦う気ないって!」
夕焼けの山頂を温かな笑い声が満たす。
どうやらワイズマンやデューク、ロベルトも忙しく、今はまだ神界に来られる状況ではないらしい。
紫電はまだあさっての方向を向いている。ねえ――
「紫電。さっきはなんて言いかけたの?」
「ええっ!?」
そんなに大きな声出すことなの?
紫電は赤面したままキッと僕を見つめた。覚悟を決めたらしい。
「だ、だってボ、ボクは……! 英星が世界一大好きだから――ッ!」
「うぐっ?」
目を見開いて固まっていた僕の唇を、紫電は奪った。
紫電の熱い、熱い抱擁と口づけ。僕は逃げることもせず、目を閉じて少年に身を委ねる。
みんなに見られているのに、不思議と恥ずかしさはない。胸を満たしていくのはこれ以上ない幸福感。
――お兄ちゃん。リーネお母様。零子ママ。
僕、幸せになれました。
〈了〉
ここまで英星たちの物語にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
これで『川上英星は穴だらけ!』はおしまいです。
またいつか『小説家になろう』でお会いしましょう!
どうかその日までお元気で――