喝采
ダルボワ! 覚悟!
ダルボワの心臓に竜槍ラースが突き刺さる。
僕は突き刺さしたダルボワの上半身と抱き合うように飛行する形となり――
眼前のダルボワの上半身を見れば、白い炎に包まれ、彼女の肉体は崩れていった。
歴代川上家を支配し、歴史を支配した愚神ベルナデット・ダルボワが燃えていく。その顔はどこか穏やかであった。
――勝った。勝ったんだ。
ややあって僕は紫電に抱かれてアスファルトの上に一本足で着地する。
「終わったね――英星」
「――うん。紫電」
ダルボワが燃え尽きるとともに、大粒の涙が僕の目から零れ落ちる。
「うっ……ううっ……! ふぃでん! 怖かったよ――っ! うわあああああああん!」
「あはは、もう。英星……っ!」
紫電も目元をこすり、鼻をぐすぐすといわせていた。きっと僕と同じでほっとしたのだろう。
黒煙の中で、わぁっ! と歓声が上がった。あまりに大きな歓声に僕らは目を剝く。涙も引っ込んでしまった。抱き合う僕らに大きな拍手が鳴り響く。
「すごい! すごいよ君たち! ヒーローだ!」「ねえねえ! 空を飛んでたけどあれはどうやってやってたの!?」「胴上げしよう胴上げ!」「ちょっと皆さん!」
最後の声は――クラリスのようだった。
「姫様は今大怪我されているんですよ? 皆さんの要求は呑めません!」
姫様、と言われてみんなきょとんとした表情を浮かべる。僕を男だと勘違いしていた上に姫様と言われたらそうなるよなあ。
でも、温かい拍手は鳴りやまない。神界であんなにいじめられてばっかりいたドブネズミの僕がこんなことになるなんて。ホント神生は摩訶不思議、捨てたもんじゃない。
僕はコウモリの紋章を額に輝かせ、自らの左腕と右足を再生した。ゆっくりと生えてきた僕の手足に、取り巻きの人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。どうだ、驚いたか。
人だかりが消えたことで、粋や王児がこっちにやって来る。
「英星! 紫電! あんたらすごいわ! あたしも友達として鼻が天を衝かんばかりに高い!」
「いや~、神界から下りて来て黒煙が上がっているのを見た時は正直やられちゃったかと思いました。急いで山から下りてきましたが、もうオレたちの分の手柄は無かったんですね!」
すると、王児の足元からデシューがひょっこりと顔を出す。
「所詮王児くんの鈍足では無理デス。途中で粋さんにおぶってもらっていたクセに」
怒った王児が「そりゃお前もだろ!」と叫びながらデシューを追いかけていった。
微笑ましい光景を目で追っているうちに無残に破壊された街並みが視界に入ってくる。
死神族と神族。そして人間。これからうまくやっていけるかなあ。
次の瞬間、大きな悲鳴とともに遠くの人垣が割れた。クソデカ死神たちの登場だ。その辺に隠れときゃいいものを。
「やったな。レイチェル」
「うん。……ねえ、あいつただ退屈なだけだったんじゃないかなぁ」
「ダルボワのことか?」
「うん」
パパは頭をぽりぽりと搔く。
「存外そうかもな! がっはっはっはっは!」
いきなり現れて大笑いするクソデカ死神に、人々の悲鳴が大きくなる。おいおい、怖がらせちゃってるって!
そんな人々にワイズマンが鼻を鳴らす。
「まったく汚らわしい人間ども! 見た目だけでアクセル・キルンベルガー様を判断するとは無礼な」
お前の物言いもだいぶ失礼だぞ。
そんなワイズマンに僕は前々から疑問に思っていたことを尋ねる。
「あのさあ。……なんでお前ら人間が嫌いなの?」
「よくぞ訊いて下さいました! ことの発端は400年前。神族との戦いに疲れたデススライムが食べようとしていた1匹の魚を、人間が奪っていったところから争いは起こったのです!」
横から出てきたロベルトが顎髭をいじりながら、
「その通り。まったく食べ物の恨みは恐ろしいものよのう!」
僕らは目が点になる。
「……お前らさぁ。そんなことで争ってたの?」
「死神族って……幼稚ねぇ」
粋の言葉にクラリスが義憤を覚えたらしい。
「なっ! 死神族を馬鹿にしないで下さい!」
だって幼稚すぎるだろ、どっからどう見ても!
「……これからはもっと人間と仲良くしなさい」
低い声できっぱりと言い切った僕に、ワイズマンたちはうなだれた。
パパは少し納得がいっていないようだったが、これで少しは仲良くしてくれるだろう……人間に対しては。
「……で、神族とはどうして仲が悪いの?」
「神族とは……昔からいがみ合って来ました。今更どうしてと訊かれましても」
ワイズマンが肩をすくめた。
そうなのか。僕はしばし考える。そこへデュークがスマホをいじりながら近づいて来た。こいつスマホ使えたんか。
「アクセル・キルンベルガー様。そろそろ我らの存在がネットニュースになっております。死神界へと引き上げましょう」
「どれどれ……見せてみろ。『市街地にクソデカ悪魔現る』か。私は悪魔ではなく死神だというに……。これだからネットの情報は信用できんのだ」
人間にとっては悪魔も死神も似たようなもんだろ。ていうかパパはインターネットユーザーなのか。パソコンも相当でかいんだろうな。
みんなが引き上げようとする中、僕はただ一人瓦礫の中に佇んで考える。死神族と神族が仲良くする方法は――
「おいレイチェル? 行くぞ」
「――そうだ!」
この後に終章、いわゆるエピローグが続きます!
最終回もお楽しみに!