《ブラックフュージョン》
粋の一撃は……!?
ダルボワを中心として紺色の爆風がドーム型に広がる。粋の放った《ナイトメアボム》はさながら泣いているようだった。深々と抉れた大地に、僕はようやく自身の無事を確認した。パパの《シャドウシールド》のカースが障壁となり、助かったのだが……。粋の奴め。一歩間違えれば僕らまで消し炭になるところだったじゃん。それにしてもすごい破壊力だ。ここから先は言わないけど。
「やったあ! これなら奴も無事じゃすまないね!」
「アホ――ッ! なんでそれを言っちゃうかなーっ!?」
紫電の大間抜けがとんでもないでかさのフラグをぶっ立て、立ち込める土煙の向こう側。ダルボワが歪んだ微笑みを浮かべて立っていた。傷一つ負っていない。彼女の周りにはバリアーのような青白い障壁が展開されていた。フラグを立てた紫電の責任を確認するまでもなく、僕は赤い髪の勇者の顔をずたずたにひっかく。疑わしきは罰せよ。
「スペル《クリスタルガード》。この装甲は簡単には破れないよ。しかし今のちゃちい爆発でわたしの服に埃が。ちょっとスペルを発動させるのが遅れたか。……許さん!」
ダルボワの眼光が鋭さを増す。これは全部フラグを立てた紫電のせいだ。きっとそうだ。紫電の顔には○×ゲームができそうなほどの僕の爪痕が縦横に残されている。
「ぅう……」
かわいいデシューが目を覚ました。デシューは紫電の顔を見てぎょっとした表情で、
「わあ! 紫電くんどうしたんデスか!? 紫電くんの間抜けな顔に利用価値が!」
どうやら僕と同じことを考えたらしい。紫電は不思議そうに眉をひそめていたけど、さすがはデシュー。よく解っている。
……そんなことはさておき、心配なのは王児だ。たった今死神軍の救護班が身体を運んで行ったけど、人形のようにぐったりとして意識がなかった。あのままでは……!
僕は竜槍ラースを握りしめ、コウモリの紋章を輝かせる。僕らが取るべき選択肢は一つしかない。王児が手遅れにならないうちにダルボワを倒す!
王児を助けるにはそれしかない。
「レイチェル。ここは私が出よう。そのうちに王児の手当てを」
「パパ……!」
パパがマントをたなびかせて僕らの前に歩み出た。僕は逡巡の後、頷く。
迎え撃つダルボワは不敵な笑みを浮かべている。
「来たな死神族の王。お前と戦えるとは……嬉しいね」
「私を甘く見るなよ……?」
「大丈夫かな……?」
粋が片膝をついて不安げな声を上げた。2人の間に言いようのない緊張感が張り詰める。僕は王児を治しながらその光景を見ていた。両者が意識を集中して闘気を高め合うと、周囲の小石が浮き始めた。もはやバトル漫画のそれじゃんか。先に動いたのは――パパだった。
「アクセル・キルンベルガー奥義! 《末代まで呪うまでもなく今この場で殺してくれるわ》!」
「なんだそりゃ? うわっ!?」
奥義の名前を聞いて怯んだダルボワをパパの剣舞が襲った。
が、《クリスタルガード》の分厚い障壁に阻まれる。
パパの大剣は根元からばっきりと折れてしまった。
「ぬうっ!?」
「残念だったねぇ。頭が悪いのかな? 死神族の王よ」
「小癪な! 続けて受けよ! 《そういう寝言は死んでから言え》!」
次は至近距離からエネルギー弾の乱れ撃ちだ。白い煙がもうもうと立ち込める。煙の一部に黒い斑点が浮かび、そこからダルボワが高速で飛び出してパパに蹴りを放つ。蹴っ飛ばされたパパがこっちに向かって吹っ飛んで来た。やっぱり効いてないじゃんかあ!
パパはくるりと空中で1回転し、優雅に着地。蹴られた腹部を押さえながらダルボワを見据えた。
「やっぱり頭が悪いね死神族の王! お前の攻撃ではわたしの《クリスタルガード》の障壁には傷一つつけられないよ」
僕の頭の悪さって零子ママじゃなくてパパからの遺伝なんじゃなかろうか。
「黙れぃ! 私を舐めるな! 食らえアクセル・キルンベルガー最終奥義! 《アクセル・キルンベルガー様の激おこぷんぷん乱舞》!」
パパが瘴気を両の拳に纏わせ、ダルボワを左右交互に激しく殴りつける。
「さっきから思ってることですけど、技の名前なんとかなりませんかねえ」
クラリスが身を起こし、自分の雇い主の背中に率直かつ辛辣な感想をぶつける。残念だが僕も同意見だ。
デュークたち死神族の幹部も白い目で王の戦いを見ていた。騎馬隊は興味を喪失して私語を楽しみ、僕らも身体の色素が抜けている。ただ一人、紫電はスマホのゲームをしていた。
「だから無駄だって。そんな力任せに殴ったってわたしの《クリスタルガード》は壊せないよ」
ダルボワは両手を頭の後ろに回し、興ざめも甚だしいといった顔でパパを半眼で見つめている。
みしりと音がした。何かが砕けるような音。《クリスタルガード》にひびが入った。
『え?』
その場のパパと紫電を除く全員が呆気に取られて声を上げた。
《クリスタルガード》の面の1つ。ダルボワの真正面の面に大きなひびが入っていた。
それを確認したパパはそのひびに狙いを絞り、更に左右交互に殴りつける。
「わ! ちょ、ちょっと待てこのゴリラ! わたしの《クリスタルガード》に何をする!」
泡を食ったダルボワがパパを止めようとするがもう遅い。
ひびはやがて大きな亀裂となり、その面を白く濁らせ――割れた。《クリスタルガード》の面の1つが割れた!
「やったああああっ! パパすごい!」
「よくもわたしの《クリスタルガード》を……! お前ら全員ぶち殺す!」
どうやらプライドも割られたらしいダルボワが怒り心頭といった表情で目を光らせた。
刹那、パパが大きな悲鳴を上げてこっちに吹っ飛んでくる。
「パパ!」
「ぐっ……! ぬかったわ……!」
あんな強敵相手にぬかるなよ。
ダルボワは黒髪を逆立たせ、この世の何よりも暗い嗤いを浮かべる。
パパは腹が黒く燃えていた。どうやら炎の塊を腹に食らったらしい。
ダルボワの周囲の地面の岩盤が、彼女が発する魔力で持ち上がる。
このままではいけない……!
「レイチェル! 紫電! こうなってはお前たちの出番だ!」
「え? それって?」
パパが真摯な顔になって口を開いた。
「カースにも禁呪がある。それは《ブラックフュージョン》というのだが……!」
「フュージョンってことは僕紫電と合体すんの?」
「そうだ。これは『愛の力』が試される禁呪だ。この中で一番『愛の力』が強そうなのはお前たちしかおらん! 王児は寝込んでるしな……とにかくそれを試すぞ!」
「愛の力」なら自信がある! 何故なら僕と紫電は互いの身体を求めあうほどに愛しあっているんだから!
「解ったか紫電!」
「へ?」
紫電がスマホのゲーム画面からようやく顔を上げる。……大丈夫かな?
パパが暗黒の魔法陣を展開させる。
「させるかぁっ!」
詠唱するパパにダルボワが火球を投げつけた。放物線を描いた火の弾がゆっくりとこっちに飛んでくる。
「者ども! 盾となれええい!」
声を裏返したロベルトの命令で、死神軍の騎馬部隊が己らの体で工事現場の足場のような骨の壁を造り上げる。まさに突貫工事。
「ぎゃああああああ!」「わあああああああ!」
燃えゆく骸骨ども。さすがに紫電がこっちに寄って来て、パパがいたたまれない表情で禁呪を詠唱する。
「混沌より這い出ずる黒き魔手よ。ここに供えし贄に奇蹟を起こせ! 《ブラックフュージョン》!」
魔法陣から黒い光が立ち上り、僕と紫電を呑み込んだ。
「きゃあああああああ! 紫電! 紫電!」「わああああああ! ボクのスマホがどっか行った! あれまだクリアしてないゲームなのに!」
「僕の心配をしなさいよ!」
僕は何も見えない暗闇の中で紫電の頬をつねった。なんとなく居場所は解ったんだ。なんとなくだけど。
「いだだだだ! えいふぇい痛い!」
「レイチェル! 紫電! この禁呪は成功率が限りなく低いがお前たちならなんとかなるだろう! 期待しているぞ!」
暗闇の外からのパパの声が僕らの耳朶を打つ。
「えー? 成功率低いってパパこれ何%くらいで成功するの?」
「そうだな。665回やって成功回数が0だから……今のところ0%だな!」
「それ絶対成功しないやつじゃん!」
実験動物にされたことを悟った紫電が憤って暴れようとするが、
「あれ? なんか身体が浮いた! 足が踏ん張れない!」
「紫電も? 僕もだよ。なんか腋の下から両手で持ち上げられてるみたい」
もはや紫電のショタボイスしか聞こえてこない闇の中で、僕らは互いに手探りで手を合わせ、存在を確認し合う。
そして――時が止まった。コノボス・ツエーの仕業ではないようだ。音も止まっている。
足裏にひんやりとした床の感触が感じられた。
「英星――ぶっ!」
「どうしたの紫電――! ぶっ!」
若干明るくなって何も身に着けない紫電の裸体が見えた。素っ裸の紫電は鼻から血を噴き出して倒れていく。かく言う僕も鼻血を噴射してしまった。紫電の裸体は刺激が強い……! 鼻元を押さえながら、僕はぺたぺたと倒れた紫電に駆け寄った。……ぺたぺた? 僕スニーカー履いてなかったっけ。何気に足を見ると、何も履いていない。素足だ。靴下さえ履いていない。不思議に思って自らの身体を確認する。――膝。おへそ。胸……下着すら着けていない!
つまり紫電は――僕の裸を見てぶっ倒れた?
「いやあああああああああっ!」
僕は紫電をボコボコのボッコボコにタコ殴りにした。
『これから合体するかも知れないので服はこちらで脱がしました』
「誰!?」
叫んで振り向けば床から生えた細くて黒い手に口ができて喋っていた。これはなかなかに怖い。
『今のあなたの暴力……お互いを信頼するからこそのものだと確信しました。第1段階はクリアです』
気付けば僕の額にはコウモリの紋章が輝いていた。怒りのあまり輝いたらしい。
「そのコウモリの紋章。キルンベルガー家の方ですね。第2段階もクリアです……素晴らしい。あなた方が初めてです。第2段階をクリアしたのは」
何のテストか知らんが早くしてくれよー。こちとら素っ裸で恥ずかしいんだよー。胸と股間を手で隠しているから、尻には手が回らない。今紫電が目を覚ませば僕のかわいいおケツが見られてしまう。
『最後の質問です。あなたの願いは何ですか?』
「え?」
『質問に答えて下さい。《ブラックフュージョン》は強力な禁呪故、使う者の適性を調べているのです。あなたの願いは何ですか?』
「僕の願い……?」
僕は胸と秘部を隠しながら考え込んで……思い出した。――そうだったな。
「僕の願いは――何百年かかってもいいから、死神族と人間、そして神族がそれぞれの権利を侵害しない付き合い方ができるようになりますように! だよ!」
衣服とともにボンフィンも外れていた。これは自然と切れたってことかな。
『クリア。ではパートナーと誓いのキッスを』
えー! 紫電とキス!? それってつまり唇に?
恐る恐る紫電の顔を覗き込む。流血にまみれて、幸せそうな顔をして全裸で眠る少年。僕は紫電の裸体を隅から隅までじっくりと検分し、網膜に焼き付ける。スマホが無いのが本当に悔やまれるな。
ごくりと生唾を呑み込む。
そして――少年の唇にそっと口づけした。
『クリア。これよりあなた方に麻酔をかけた上で、どろどろに混ぜ合わせます』
「ぇえ!? ちょっとそんなの聞いてない!」
黒い手の口からガスが噴射された。思わず吸い込んでしまった僕の視界が揺らいだ。だんだん目がとろんとしてくる。
「ふえ……たす……けて……しで……ん……」
ふらつきながら紫電の裸身に倒れ込んだ。そのまま意識が溶けていった――
「まぐれで成功したようだぞ! レイチェル!」
パパの声。やっぱまぐれだったのか。
娘と未来の花婿を実験動物にしやがって。
目を覚ました僕らは身体を起こす。
《クリスタルガード》の正面に穴が開いたダルボワが驚きに顔を引き攣らせた。
『僕は川上紫電! ダルボワ! お前の最期だ!』
川上紫電が誕生!
さあここから一気に巻き返しだ!
次回もお楽しみに!