《ナイトメアボム》
紫電「英星! ボワボワから逃げなきゃ!」
英星「ダルボワね」
僕らは我先にと大聖堂から飛び出した。直後、紫紺の突風に背中を押されて吹き飛ぶ。《アメジストゲイル》だ。
障壁を張る間もなかった。手足がちぎれそうな風だったが、皮肉にもこれでダルボワと距離が取れることとなる。起き上がろうにも全身を強打しており起き上がることができない。落ちた所が芝生だったのは不幸中の幸いだろう。
「ぅう……いた……ぃ……おき……あがれ……なぃ……」
紫電が呻いた。そんな紫電の目の前にはスカートをめくり上がらせパンツを丸出しにしたクラリスのあられもない姿。紫電はマッハで起き上がる。
「ひゅーひゅー♪ やっぱり苺柄いいねー! クラリスちゅあ~ん……」
クラリスは起きない。僕は紫電のことが好きだが、正直今の紫電はキモかった。身体が動けば間違いなくぶっ飛ばしている。
「わっ! 粋も気を失ってるじゃん! より取り見取り! 今日は粋から食べちゃおっかな~!」
「紫電よ」
急に背後から重々しい声が聞こえ、紫電は豆鉄砲を食らった鳩のような顔になる。
ガチャガチャと甲冑から音を立てて赤いマントをたなびかせ、大剣を携えた死神族の王。
「死神族の王、アクセル・キルンベルガーとその配下! ここに見参!」
紫電の背後に目を向ければ、死神族のみんなが勢揃いしていた。コノボス・ツエーにワイズマン、デューク・フィレゾーにロベルト……更にその後ろには骸骨の騎馬部隊。みんな来てくれたんだ!
「うわー、みんなどうしたの?」
「無事に民衆の反乱を鎮圧したから来てやったぞ。しかし紫電。今粋から食べるなどと言っていたがお前は魔獣か? 人間など食っても不味かろうに」
「ち、違うよ! 今のは単なる男の夢の比喩的表現で!」
パパは眉根を寄せ、首を傾げた。
「具体的には?」
「それは……その……なんというかヤッちゃえってことだよ」
紫電は腰を前後に振った。
こいつ本っ当にサイテーだ。ここまで不純な小学生がいたとは。
「キルンベルガー様。もういいのでは。それよりも……!」
デュークが空を指差すと、そこには空を飛んで僕らを追って来たダルボワが浮いていた。
「てんでんばらばらに散らばっちゃって。まずはその生焼けの肉から始末しようかな♪」
――王児のことか!
僕は痛む全身で無理矢理立ち上がると、ふらつきながら王児のもとへ急ぐ。
「俺に任せて下さい!」
コノボス・ツエーがダルボワの時を止めようと両手を広げた。
「無駄無駄ぁ! そんな子供騙しの魔力じゃわたしの時は止まらないよ!」
ダルボワはちっとも止まらない。それどころか空が青く光り、杖の先端からコノボス・ツエーに凍てつく光線が照射される。
「《ブリザード》!」
「ぎょえ――――っ!」
瞬く間に口元にバラを銜え、ニヒルな微笑みを湛えたコノボス・ツエーの氷像ができあがった。
「コノボス・ツエー! コノボス・ツエー!」
僕は身体を起こし、凍ってしまったコノボス・ツエーに泣きついた。
「凍り方なんとかなりませんかねえ……」
いつの間にか目を覚ましていたクラリスの氷よりも冷ややかな突っ込みに、凍ったはずのコノボス・ツエーが汗をかいた気がした。
凍ったコノボス・ツエーは騎馬部隊の後方にいたとみられる歩兵部隊に回収される。
「姫様! あれは……ベルナデット・ダルボワでは?」
「すごい! ワイズマンよく解ったね!」
「んなもん死神界では歴史の教科書に載っています! 姫様が受けられた神界での授業でも小学校で習うと聞きましたが……もしや初見で気付かなかったとか?」
「うぐっ!」
ワイズマンに鋭く言われて僕は久しぶりに傷ついた。違うもん! 授業サボってコンビニで焼きそばパン食べたりしてなかったもん!
ダルボワが澄んだ空に響き渡る声で高らかに喋る。
「いかにもわたしはベルナデット・ダルボワ。《エターナルユース》……つまり不老の禁呪を使って歴代の川上政権を歴史の影から見てきたけど、川上厳星が一番腐ってたねえ」
「それではそなたは川上家を……神界を傀儡にしておったのか?」
驚いたロベルトがダルボワに問いかけた。
「うーん、そうなるかな? あははっ!」
ダルボワは怖いくらい無邪気に笑った。ダルボワは続ける。
「わたしの目的はこの世界の無能な人間や神々を監視してその愚かさを楽しむことだったんだけど。たった今から趣向を変えてみようかな」
「ど、どういうことですか!?」
声を張り上げたクラリスにダルボワの視線が向く。
「こういうことさあっ!」
クラリスに熱線が照射された。死神の少女はかろうじて地面を転がり、かわす。
「きゃあああっ!」
クラリスが寝ていた場所は火の海になった。思わず僕らの顔が引き攣る。
「これまでは世界の監視者ベルナデット・ダルボワだったけど、これからは破壊神ベルナデット・ダルボワさ。わたし自慢じゃないけど頭いいからさあ」
ダルボワが地上に急降下して来た。僕の眼前に着地した破壊神は僕の顔を覗き込む。
「こんなに頭がいいのに、神や人間の心はそのただ一つさえ思い通りにならないんだよ? それっておかしいと思わないかい?」
挑戦的に歪められたダルボワの顔が目の前に迫る。少しちびっちゃった。ダルボワは僕を見たまま数歩後退し、
「厳星はただの捨て駒さ。ま、あんなのの影で世界を監視するよりも歴史の表舞台に立った今の方がよっぽど楽しいかも……ね!」
ダルボワの杖の先端から雷の弾が発射された。速い! 障壁が間に合わない――!
「《シャドウシールド》!」
突如として半透明の影の盾が出現し、僕らを守った。この魔力の量……これは間違いなくパパのカースだ。そんな僕の目に飛び込んできたのは、歯を食いしばって立ち上がる粋の姿。
「あんた……最低! あたしのパパとママが殺された時も『監視者』とか言ってずっと傍観してたの? それで頭がいい? ふざけないでっ!」
粋がダルボワ文字の綴りを刻む。これは粋への手紙の封筒に書かれていたダルボワ文字……! 少女が悪夢を振り払うように放つ。
「《ナイトメアボム》!」
粋の禁呪が炸裂!!
次回もお楽しみに!