厳星の絶望
今こそ厳星を倒す時!
「おのれ……小僧……!」
厳星がへし折られた腰を押さえて紫電を睨みつけた。
紫電はしてやったりといった表情で悠然と厳星に視線を向けている。
『厳星よ。久しいな』
荒波の剣に宿るお侍さん、昴の上半身がにょきっと刀身から生えてきて、厳星に声をかける。曲がったサングラスが面具にかけてあるのは突っ込みどころかも。
「くく……その声は……昴か」
僕は今猛烈に驚いている。こいつら面識があるのか?
『あー、言ってなかったっけ。俺と厳星は400年前、一緒にアクセル・キルンベルガーを倒したんだよ。勉強になったねー』
マジで! 昴がパパを倒したのは知っていたけどまさか厳星も一緒だったとは!
指の痛みが吹き飛ぶほどの驚きに、僕らはしばし呆然と立ち尽くした。昴と厳星はそんな僕らに構うことなく会話を続ける。
『お前はあの頃から変わっていないな。ひょっとするとあの時お前がアクセル・キルンベルガーにとどめを刺さずに封印したのは――』
「その通り。死神どもとの戦いで消耗した状態で人間どもを攻めていたら神族が滅ぶ。死神族を一旦生かし、そのうちに態勢を整えるためよ」
「あの……昴。何が何だか解んないんだけど」
僕が訊くと、昴は暗闇に射し込む光に曲がったサングラスを光らせて、
『要は……復活した死神族と人間が戦うじゃん? こいつそれの漁夫の利を狙ったのよ』
なんてことだ……僕は厳星を見くびっていた。最低な奴だと思っていたけど、実は超最低な奴だったんだ。
「お前ら! 儂に冷ややかな視線を向けるな! 人間はアクセル・キルンベルガーとの戦いで傷ついた儂にそれこそ今のお前らのような視線を向けてきたぞ! 解るか! 守った者から裏切られた儂の気持ちが! 人間は守るに足らんのじゃ!」
『ほう。それが理由か。確かに人間は傷だらけのお前の操るスペルを見て、お前を恐れた。差別した。お前の絶望は相当なものだったが、そんな理由だったとは』
そうか。400年前の人間は傷ついた厳星を……簡単に言えば差別したのか。
だから厳星は絶望して。
「ついでに言うとレイチェル・キルンベルガー! 神族の『誓い』に『卑しきは蔑まれる者なり』と書き込んだのはお前への当てつけじゃ! お前が差別されるように『誓い』を追加してやったのじゃよ!」
ふむふむ。僕が差別されるように『誓い』を書き換えたと。
そうか……そうか……。
我慢できなくなった僕は焦げ付いた拳に瘴気を纏わせ、握りしめる。痛みも何も忘れてしまった。
一気に距離を詰め、爆速の鉄拳が厳星のみぞおちを撃ち抜く。
「ふごっ……!」
「お前だけの……お前だけの真実で人を差別するなぁっ!」
僕は厳星に両の拳による容赦ない乱舞攻撃を浴びせた。厳星の全身が電気ショックを受けたかのように小刻みに震える。とどめにアッパーカットをお見舞いし、必殺の《英星乱舞》をシメた。
「ぐっ……ぐはっ!」
全身の骨を砕かれた厳星は力なく倒れた。
終わった。終わったんだ。すべてが……。
「姫様! 終わりましたね……すべて。これでこの世界が平和に――」
氷の虎をすべて撃破したクラリスが駆けてきて、僕の肩に手を置く。
「うん。最後はすごくあっけなかったなぁ」
「こんな生ける災厄に粘られても困りますけどね」
クラリスはにっこり笑ってえげつないことを言った。
まあそれもそうか。
「じゃあ紫電と王児の野郎組は厳星の身体を運んで! 僕らは……あれ? 粋の足の虎挟みはまだ解けないの?」
「も……申し訳ございませんダルボワ様……」
厳星が何か喋った気がした。
「ほーんと、厳星。君全然役に立たなかったよねー」
誰だ。頭の中に妖艶な声が響く。
「わたし無能は嫌いだからー……燃えちゃえっ!」
ぱちんと音がして厳星の頭に稲妻が落ちた。
「ぐぎゃ――――っ!」
厳星が白い炎に包まれて燃えていく。僕らはそれを青い顔をしてただただ見ていた。
主祭壇の天井から光が射す。何かが光の中にいる。
「初めましてかなー? わたしはベルナデット・ダルボワ。よろしくね!」
緋色の神官服を身に纏い、碧い宝石が先端に埋め込まれた杖を持った女性。腰まで届かんばかりの黒い長髪が禍々しさをいっそう際立たせ、顔に整った目鼻立ちを備えていた。20代前半に見える。
「ねえねえ遊ぼ! わたし退屈してたんだー。言っとくけどわたしはそこの焼け焦げた肉塊よりも数段強いよ!」
そう言って主祭壇からててててっと下りてきた。目を光らせ、口角を上げて。
「――だってさぁ。わたしがダルボワ文字を創ったんだから、ね?」
ダルボワは杖の先端を動けない粋に向けた。
「粋お姉さん!」
王児が粋とダルボワの間に躍り出た。僕が咄嗟に障壁を張る。
「《フレイムキャノン》」
ダルボワが王児に巨大な火炎の弾を放つ。僕らのカースやスペルとは比べ物にならなかった。ダルボワの杖から発されたそれはやすやすと僕の障壁を突き破り、王児の身体を焼き尽くす。
「うぎゃあああああああああ!」
火だるまになった王児が炎の中で踊りながら倒れた。黒焦げになった王児の身体だけがその場に残る。
「王児! 王児――っ!」
今の一撃の熱で氷の虎挟みが解けた粋が駆け寄った。僕らも駆け寄る。ひどい火傷だ。粋は王児を抱きかかえる。
「英星! お願い英星、王児を治して! このままじゃ王児が死んじゃう!」
僕に王児を治療する余裕などない。振り返ればダルボワが僕らに更なる追撃をかけるべくダルボワ文字を高速で綴っていた。ダルボワは神器らしき物を持っている。ダルボワ文字を綴る必要があるということはあれは禁呪……!
僕は叫んだ。
「一旦逃げよう!」
まさかまさかの裏ボス登場!
とりあえず逃げる!
次回もお楽しみに!