愛してるわ
ジュエリーボックスから出てきた封筒は――
僕はジュエリーボックスの神の宝玉が入っていた箇所を確認する。
これは……手紙?
動物のキャラクターが書いてあるかわいらしい封筒に入っていた。
「粋。読んで。何かあった時のために……生前預かっていたお手紙よ」
「う、うん……」
お母さんから催促され、粋が封筒から手紙を出し、開く。僕は粋の身体に素早くよじ登り、盗み見た。こういう動きは速いんだよね。
『大人になった粋へ
18歳のお誕生日おめでとう! 粋も大人かあ。彼氏にする奴はよくよく吟味するんだぞ! そうそう。今度一緒にキャンプに行こう。粋はかわいいからきっととびきりの美人になってるはずだ! 変な虫がつく前に思い出をたくさん作ろう!
みんなお前の味方だ。どうかそれを忘れるな。 -優人-
粋。18歳のお誕生日おめでとう。あなたも大人になりましたね。
やんちゃ盛りで私たちを困らせてばかりの粋も18歳か。
どんな18歳になったのかなあ。
粋。どうかグレないでね。お母さん泣いちゃうわよ。愛してるわ。 純より』
粋は震えながら両膝から崩れた。何か喋ろうとしてはいるが言葉になっていない。
実の両親からの手紙を胸に押し当て、少女は赤ん坊のように泣きわめく。
「優人お父さんも純お母さんも……あなたをとても愛していたのよ」
「う……ううううううううっ!」
お父さんが粋の肩に手を置いた。
「必ず無事に帰るんだぞ。みんな待ってる」
なんとなく封筒を見つめていると、封筒の裏に見たことのないダルボワ文字が書いてあった。この難解なダルボワ文字はひょっとして……!
今はやめとこ。さすがに空気を読まないと。
「紫電」
粋の家を後にして、次の目的地を発表しようとしていた時。粋が唐突に紫電を呼んだ。
「どうしたの粋」
「……ありがと」
紫電はきょとんとしている。
粋は少し目を伏せて、
「その……優人パパを……斬ったじゃない?」
「う……うん……」
粋は真っすぐに紫電の瞳を見る。
「あたしたちみんなを代表して罪を背負ってくれたんだね……」
「……他の誰かが苦しむくらいなら……ボクが苦しむ方がいいかな、って思って……」
粋はグーを作って紫電の額をこつんと打った。
「仕返し!」
「……い、粋! それもっかい!!」
「粋お姉さん! それオレにもっ!!」
王児まで湧いてきた。クラリスもデシューも呆れている。
「ダーメ! 一回限定です!」
「じゃあ英星!」
「ん?」
紫電は鼻の下を伸ばして、
「ボクにこつんってやって!」
紫電の人中に僕の剛拳が炸裂する。紫電は大の字になってくたばった。
「こつんというより、みしっ! くらいいきましたね。くわばらくわばらデス」
「粋ー。そういえばさ、あの封筒の裏に……!」
「ダルボワ文字でしょ? 解ってる。いざという時に使うから」
……この旅はいつもいざという時の連続のような気がするけど。
「姫様。次の目的地に向かう前に……あの。ダルボワってご存じですよね?」
「ああ知ってるよ。ダルボワ文字を編み出しやがった神族でしょ? そんな昔のうんこ男がどうかしたの?」
クラリスは顔を赤らめて一瞬視線を下げた。
「その。ダルボワについてなんですが、私の知識によるとダルボワは女官だったとか。知ってました?」
「へー女だったの? それで?」
「それだけです……えへっ」
なんじゃそら。でも女だったなんて意外だな。
「ベルナデット・ダルボワ。死神族にとっては名前も聞きたくない相手デスね」
デシューが憎々しげに吐き捨てた。ふうん、そんな名前だったんだ。死ぬほど勉強してなかったから知らんかったわ。
「そのダルボワが創った文字を悪用する厳星には絶対に負けられないんデスよ。仲間たちの仇」
言ってその小さな頭に巻かれている鉢巻をぎゅっと締め直す。
そうだな。僕も負けられない。いつの間にか季節はすっかり夏だ。
何気に庭の片隅を見ると。
昨日の戦闘でがれきに埋もれるのを逃れた1輪のひまわりが、夏の陽光を浴びて見事な大輪を咲かせていた。
僕らは次の目的地、紫電の家にやって来た。
家というかこいつの家は城なんだけどな。
「なんでボクんちに来たんだよぉ……」
「ここに神の宝玉があんの。3つ集めたら神界に行けるんだから文句言わない!」
「わ~、すごいお家。紫電お兄さんこんな要塞に住んでいたんですね!」
家を褒められた紫電は、まんざらでもないといった表情を浮かべると洋風インターフォンに向かっていく。
インターフォンだけ洋風なんだよなあ。悪い意味でどういうセンスしてんのか。
「…………」
「どしたの。早く押しなさいよ」
「英星」
紫電が目を潤ませてこちらを見た。
「何?」
「怖いよう」
こいつはガキか。……いや、ガキだけど。
「あはは! 紫電くんかわいい~!」
クラリスには大ウケだったようだ。
「誰かいるの?」
甲高い声が聞こえて正面のでかい門がゆっくりと開いた。紫電は僕の背後にささっと隠れる。
「あれ? あなた……英星ちゃん?」
「し……紫電のお母さん?」
「え? 母上?」
紫電がぴょこんと僕の右肩の裏から顔を出す。
それを見た紫電のお母さんは感極まってしまった。
「紫電ちゃん!? 紫電ちゃーんっ!」
「母上ーっ!」
紫電のお母さんは紫電に駆け寄り、愛息の両腕を摑むや回転空中ブランコのように回した。
周りにいた僕や王児、粋が回る親子に吹き飛ばされる。
「ちょっと何この親子! 迷惑にもほどがあるんだけど!?」
「い、粋。この親子けっこうお馬鹿なのよ……」
親子の回転はしばらく続いた。
ひとしきり回転して気が済んだのか、回転を終えた紫電のお母さんが額の汗を拭いながら、
「で、あなたたちどうしたの?」
それ最初に訊けよ。どう考えても順番おかしいだろ。
「なんだか紫電ちゃんと英星ちゃんだけの頃には見なかった顔が増えてるわね。紫電ちゃんったらハーレムなんて作っちゃって」
「オ、オレは男です!」
すかさず王児が反論する。
「紫電? ほら自分の口から言いなさい?」
僕は紫電の肩をばしんっと叩いた。
「えっと……母上。宝玉ってないかな……?」
紫電のお母さんは怪訝そうに顔を傾けた。
果たして神の宝玉はあるのか!?
次回もお楽しみに!