娘を信じて
英星たちの追撃は間に合うのか!?
「わーんこのままじゃみんな吹き飛んじゃうー!」
僕らは必死でありとあらゆる飛び道具を純の身体に向けて放つ。放ちまくる。
ことごとく障壁で阻止された。
「無駄である! 観念されよ!」
ジャスティン・デイビッドソンの声が暗い空から聞こえ、いよいよ純の身体のあちこちから黒い光の柱が飛び出す。
こんなところでゲームオーバーなんてー!
「英星っ!」
紫電が僕に覆いかぶさる。
ああ紫電の汗はなんていい香りなんだ。トイレの芳香剤にしたいくらい。あの世でも仲良くしようね……。
紫電の肩越しに純が懐から何か光る物を取り出すのが見えた。あれは――ナイフ?
純はナイフで自らの胸を一突きにする。
「ぐっ!? 小癪な!」
純の身体から飛び出していた黒い光の柱が収まった。
やがて純の身体はゆっくりと地面に落ちてきて――
その途中、黒い影が落下する身体から飛び出し、どこかへと消えていった。
「ママ!」
粋の大きな家の軒先にどさりと落ちた純は胸を赤黒く染めたまま、震える手で娘の手を握る。
「粋……」
「ママ喋っちゃダメ!」
僕は覆いかぶさった紫電を蹴っ飛ばして純のもとへと走る。
すかさずコウモリの紋章を輝かせた。
「あなたなら……強く生きれる……ママ……信じて……る……」
「ママ……」
「いつも……ひまわりみたいに……笑っていてね……」
純に再生の光の波動を送る。
……間に合わなかった。
一夜明けて、僕らの姿は粋の家のリビングにあった。
粋の家に泊まらせてもらったのだ。
「ねえ。英星お姉さん。粋お姉さんになんて声かけていいのか解らないんですけど。教えて下さい」
「なんで僕に訊くんだよ」
王児の目の下には隈ができている。
粋が寝ていないから自分も寝なかったらしい。
聞けば粋は一晩中リビングのソファの上で王児と過ごしたのだとか。僕は思いっ切り寝ちゃったんだけど。
「だって昔男装してたじゃないですか。男の視点と女の視点の両方をご存じかなあと思って」
「なんだよそれ~。そもそもあの男装は不可抗力なの!」
粋の両親も流し台の方からいたたまれない表情で娘を眺めている。やはり一晩寝ていないらしい。
クラリスが僕の背に張りつき、デシューが僕の肩に飛び乗る。
「姫様……。場合によっては粋さんとはここでお別れした方がいいかも知れません」
「そうデスね。今回の精神的ダメージは甚大でしょうし」
ナイトキャップをかぶったクラリスとデシューが寝ぼけまなこでひそひそと提案する。死神族はナイトキャップが好きなんか?
ちなみに紫電はまだ2階で間抜け面して眠っている。なんて奴だ。
――粋がすっくと立ち上がり、蜂腰に両手を置いた。
ふんっ、と鼻を鳴らすと、近くの大きなサッシを開ける。
外からは悔しいほどの晴れ間が射していた。透きとおった空に向かい、
「ママーッ! パパーッ! 見ててねーッ! あたし2人が生きたかった分も笑って生きるからーッ!!」
粋の声が早朝の大気を震わせる。
「約束だよ……」
「粋お姉さん」
目元を拭った粋の太腿に王児が優しく身を預ける。
……王児の背丈ではこれが限界なのだ。この凸凹カップルめ。
粋は王児が太腿にくっついたことに気付いていないのか、くるりとその場で回転するようにこっちを向く。
王児が「わわわっ!」と振り払われそうになっていた。
「……みんな!」
晴れやかな笑顔。
「これから武久粋をよろしくね!」
弾けるように笑う粋の頬を涙が伝う。
涙を零すまいとするあまり……無理に笑おうとするあまり顔がくしゃくしゃだ。
「あた……っしっは……っ……武久粋……っ!」
「広瀬でも武久でもいいじゃないですか」
王児が笑う。
「無理しないで下さい。一晩で吹っ切れる訳ないですよ。オレはどっちの粋お姉さんも大好きです」
「王児っ!」
粋が王児を抱きしめた。強く強く。
「……でへへっ」
こんのマセガキ! 気持ちよさそうに顔を歪ませやがって!
粋の豊満な胸の谷間に顔を埋めた王児を僕らは若干引き気味に見ていた。
「ちょっと王児! そこ代わってよぉ!」
振り返るとパジャマ姿の紫電がいつの間にか立っていた。
涙目で王児を睨みつける。
なんで男ってこう……。
「「粋!!」」
感極まった粋の両親も駆け寄り、愛娘を抱きしめる。
王児は粋と両親の間に板挟みになり、
「ぶわぁ~っ! おじさんおばさんはお呼びでないです! あっち行って下さい!」
ふっ。苦しめ王児よ。
―――
「粋。パパは強制しない。好きな方の姓を名乗りなさい。いいね?」
「そうよ粋。ママも無理は言わないわ」
ひとしきり抱擁し合った一家はリビングで会議を開く。
僕らは端っこの方で昨日お母さんが言っていたケーキを口に運ぶ。
これ旨すぎるわ。おかわりがないのが残念。
王児だけはケーキに手をつけずに心配そうに粋の方を見つめている。
「あたし……決めたの。もう過去とは決別するって」
「粋……無理しないで?」
「無理なんてしてない。あたしは……武久粋よ……!」
粋が言葉に力を込めた。そんな粋にお父さんが優しく告げる。
「そうか。じゃあこうしよう。粋。お前は2つの姓を自由に気分で名乗りなさい」
「気分で?」
粋の頓狂な声に思わず僕らは家族の方へ視線を流した。
「お前が辛い時は広瀬。武久を名乗っても平気な時は武久を名乗ればいい」
「……そうね。もちろん戸籍上は問題かも知れないけれど。あなたはまだ子供なんだから。それくらい許されるべきだわ」
「……いいご両親ですね~」
クラリスが微笑む。ホントだよ。このアットホームな雰囲気はアクセルのとっつあんにも見習って欲しい。
「解った……ありがとう……」
粋が上目遣いに両親を見て笑った時、王児が「今の表情かわいい!」と叫んでいた。へいへいお幸せに!
「はぁ。こんなことなら最初からパパとママの子供に生まれればよかったなあ。あんなのお世辞にも親とは言えないよ」
「……ちょっと待ってて」
粋のお母さんが席を立ち、2階へと消えていく。どうしたんだろう。そんなことよりケーキのおかわり早く買ってきて!
お母さんは間もなく戻ってきた。手にジュエリーボックスを包み込んで。
「今のあなたなら……いえ、今のあなたにこそ渡すべきだと思う。あなたの最初のご両親の……もう一つの宝物」
粋がジュエリーボックスを開けると。碧い玉が入っていた。
あれは……神の宝玉……。
粋は碧い玉をゆっくりと手に取る。「ん?」と声を上げた。
「どしたのよ」
「なんかこの紙みたいなのも一緒に入ってたよ。これ……なんだろ?」
確認させてもらうと、碧い玉が入れてあった場所に封筒のような物が敷いてあった。
一体なんの封筒なのか?
次回もお楽しみに!