本物のパパとママ
粋のお母さんの視線の先には……?
粋のお母さんの視線の先――そこには1組の碧い髪の男女が微笑みを湛え、厳かに佇んでいた。
「だ、誰!?」
僕の問いにその男女は微笑みを崩さず、
「粋。迎えに来たわよ」
「さあ。こんな薄汚い死神たちとつるんでないでパパたちと一緒に来い!」
粋は目を剝いた。
こいつらのこと知っているのか……?
「ウソ……パパ……? ママ……?」
「パ、パパとママ? 粋それってどういう……?」
紫電が問うたが、粋からの返答はなかった。
間違いない。厳星の策だ。ということはこいつらは神族……!?
王児の時と同じ。こちらの心に揺さぶりをかけ、懐柔する。
王児はそのせいでゾンビにまでなったんだ。もう騙されない!
「英星、パパとママが……! パパとママが……」
「粋」
僕は粋に矢のような視線を突き刺し、牽制。
粋はすっかり動揺していた。両手を胸の前で握りしめ、震えている。
唇が渇いているのか、しきりに舌を小さく出しては自らの唇を舐めていた。
「解ってるでしょうけど。これは厳星の策よ。王児の二の舞になりたくないでしょう」
そんな僕のセリフにかぶせるように、
「人聞きの悪い! 俺たちは神族に転生したこの子の両親だよ!」
「…………」
「粋。一緒に行きましょう。こんな奴らの言うことを聞いていてはダメ」
玄関先で身構えている僕らを見て、粋のお母さんはあわあわと慌てた。
「まあまあ皆さん。何言ってるかよく解りませんが。一緒にケーキでも」
この人なんてマイペースなんだ。尊敬に値するわ。
粋の父を名乗る神族は眉間にシワを寄せて粋のお母さんを見据えた。
ようやく僕はこいつが小さく指先を動かし、ダルボワ文字の綴りを刻んでいるのに気付いた。
「娘を返してもらうぞ」
「危ない!!」
言いながら、僕は粋のお母さんに体当たり。
何かが粋のお母さんの頭があった場所を鬼のようなスピードで通り抜けていき、爆ぜる。辺りは黒い噴煙に包まれた。
がれきに埋もれ、煤まみれになりながらも、覆いかぶさった礫塊から這い出し射手を振り返ると。
粋の父を名乗る神族の肩には近代戦を彷彿とさせるバズーカ砲があった。物騒極まりない。
「英星!」
紫電が吼えた。
間違いない。さっきの何かはあのバズーカ砲の弾丸だ。
バズーカ砲はスペルで異次元に格納していたんだろう。
家の中からはメイドさんたちが何事かと寄ってきた。
粋のお母さんは頭から血を流し、朦朧としている。
「メ、メイドさんたち! 粋のお母さんが大怪我してるの! 誰かこのお母さんを助けてあげて――!」
バズーカ砲が咆哮を上げ、メイドさん1人の身体がバラバラに吹き飛んだ。
更に2階部分が崩落し、僕らと他のメイドさんの間に分厚いがれきの壁ができあがる。
「あなた……なんてことを!」
粋の父を名乗る神族にクラリスが斬りかかるが、そこに粋の母を名乗る神族が割って入り、槍で受け止める。
敵ながら大したチームワークだ。
粋の母を名乗る神族はクラリスの攻撃をいなすと、みぞおちに右足を突き刺す。
「げほ……ぉ……!」
クラリスの動きが停止したのを見て、粋の父を名乗る神族がバズーカ砲の照準をクラリスに合わせる。
「――《アメジストゲイル》!」
密かに綴りを刻んでいた王児の禁呪が発動し、神族2人はさすがに吹き飛んだ。
向かいの家のブロック塀に突っ込み、大穴を開ける。
「王児! 辺り一面が吹き飛んじゃう! スペルを止めて!」
紫電の指摘に王児は素直に従った。もう向かいの家はほぼ原形をとどめていない。余風により、便所で新聞を読んでいた親父がその姿勢のまますっ飛んでいった。
「禁呪の弱点は強力すぎることデスね。このような住宅街では思うように使えません」
パンツを下ろした状態の親父が星になるのを見て、デシューが呟いた。
ホント嫌なもん見ちまったよー。
巨大竜巻でも通り過ぎた跡のようながれきがただただ残る。そのがれきの一角が動いた。
「まだやるようだね」
紫電の言葉に応えるように。
そのがれきから手が生え――神族2人が姿を見せる。
ほぼ無傷ってマジですか――!
せめて流血くらいしといて欲しかった。
「粋よ」
粋はびくりと身を縮こませる。
「どうした? 早く一緒に来いよ」
背筋の凍る笑みを見せる。
「…………だ」
「ん?」
「やだ……やだ……! あたしの知ってるパパとママはこんなひどいことしない!」
よく言った粋!
お前の彼氏に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。
「本当に優人パパと純ママなの……?」
「そうだ。俺は優人。こっちは純だ」
「粋? パパとママは厳星様の為に死神たちを蹂躙するの。手を貸してくれるわね?」
優人と純か。それが奴らの名前――
純は続ける。薄ら笑いを浮かべて。
「あなたは広瀬粋。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「え……?」
「粋さん! ダメデス!」
「黙れスライム風情が。粋。お前は広瀬粋だ。かわいいかわいい俺たちの子供。武久なんて腐った姓は捨てちまいな!」
粋が両手で頭を押さえてへたり込んだ。
僕はようやくがれきから抜け出し、粋のお母さんを寝かせると混乱する少女のもとへ駆ける。
粋は顔を青くしていた。目からは涙がしたたり落ちている。
「違う……違う……あれは……パパとママなんかじゃ……」
自分に言い聞かせるようにぼそぼそと繰り返す。
僕は粋の肩に手を置いた。
「そうだよ粋。あれは粋のパパとママなんかじゃないよ」
「解んない……解んないよぉ……粋……解んなくなっちゃったよぉ……!」
優人は照準を粋に合わせた。
紫電が粋の前に躍り出る。
「しょうがないね粋。お前のような悪い子はパパが処分してあげるよ」
「あはっ……あははははっ……きゃははははははははっ!」
「粋!?」
笑い出した粋!
足の裏をくすぐってるのは一体誰だ!?
すみません、ウソです。
次回もお楽しみに!