サヨウナラ
英星たちに『友達』と言ってもらえた王児は涙を流す――
「ウウウウウ……オレハ皆サンノ友達……? コンナ……オレガ……?」
王児が腐りきった腕で涙を拭うたび、剝がれた肉が地面にぼとぼとと落ちていく。
一方で死角から粋の《カオスレーザー》の直撃を受けたポールは、息も絶え絶えといった様子だった。
膝を折ったポールの喉笛にクラリスが斧をあてがう。
ポールが「ひっ!」と声を出した。
「王児くんを元に戻す方法を教えなさい」
「へっ……そんなもんねえよ……!」
「いえいえ。こんな時こそあれを閲覧すればいいんじゃないデスか?」
デシューが井戸の近く、でっかいたんこぶを作って倒れている紫電の頭の上から、顎で僕らの注意をあれに向けた。
あれ――路上に無造作にほっぽってある賢者の書。
「それより紫電くん、いい加減起きるデス!」
デシューは紫電のたんこぶの上でぴょんぴょんと必死に跳ねる。……カワユス。
その様子を見たクラリスが微笑む。
クラリスの一瞬の隙。
ポールはそれを見逃さなかった。
素早く斧の柄を摑んで引っ張り、バランスを崩したクラリスを地面に組み伏せる。
しかし僕はその一連の流れを読んでいた。
かつて死神族との戦いで、同じように一瞬の隙を突かれたことがあったからだ。あの時は死神の大鎌使いだったな。
僕はクラリスが隙を見せた瞬間に、手の中の竜槍ラースを投じていた。
お兄ちゃんの形見は一直線に乾いた空気を切り裂き、ポールの額に突き立ち――それが死霊使いの最期だった。
「姫様! あ、ありがとうございます!」
クラリスが心臓に手を当て、肩で息をしながら動かなくなった哀れな死霊使いを見下ろす。
僕は黙ってクラリスに頷いた。
ポールの懐からころころとエメラルドの玉が転がり出る。
「それは……? もしかして神の宝玉……?」
「やりましたね姫様! もらっておきましょう!」
主人を失った王児は呆然と佇んでいた。
「王児! ポールは倒したよ! 後はどうしよう。王児はもう倒さなくてもいいの……かな」
王児に声を投げると、王児は高速でこちらに移動して来た。
ゾンビの体も便利だな。
「モウ先ホドマデノ敵意ガ消エマシタ。オレ……身体ガコンナニナッチャイマシタケド……マタ皆サント一緒ニ冒険ガシタイデス」
「あははっ! 王児……よろしくね!」
僕は王児に抱きつく。
抱きついてからすぐさま後悔した。くっさ――――――――っ!!
いつもの比じゃない!!
「ウゥ……コンナオレニ抱キツイテクレルナンテ……英星オ姉サン……」
「え……?」
なんかものすごく嫌な予感が……!
王児は僕を抱き寄せ、泣きながら頬をすりすりと押し付ける。
腐った肉がぐちゃぐちゃと吐き気を催すような音とともに頬を撫でた。
(ぐぎゃああああああああああああああ!! ばっちぃ!!)
僕は絶叫を寸前で呑み込み、あくまでも笑顔を作って感動のワンシーンを演じる。
粋がニヤニヤとして、
「英星ーい。よかったねー」
と声を掛けてきた。後でこいつは磔だな。
王児はまた粋の近くに戻って行った。なんだか王児は粋の方に近づきたがる気がする。
……真っ先に『友達』って言ってくれたもんな。
僕は頬にくっついた王児の肉を隠れて取り、
「そういや粋。あんたいつの間に起きたのよ? おねんねしてたじゃない?」
「えー? そんなのデシューが起こしてくれたに決まってんじゃん!」
デシューはどうやら優秀な仲間らしい。
クラリスは困ったように口を押さえて笑みを浮かべていた。
ああ、ホントに勝ったんだ。和やかな空気が辺りを包み込む。
だが。賢者の書を読んでいたデシューの表情に深刻な色がよぎる。
「レイチェル様! 大変デス!!」
デシューの大声に僕らは跳ね上がる。
ぼとぼとっと王児の肉が落ちた。
「術者を失ったゾンビは跡形もなく消滅するらしいデス!!」
「え」
誰ともなしに声が出た。
後方で何か軟らかい物が崩れる音がして――
音の方に一斉に目を向ければ、豚の死神の親子がぼこぼこと沸騰するように全身を気泡に包み込まれ。
シュウシュウと白煙を上げて身体の体積が小さくなっていく。
親子は肉片一つ残さずに消滅した。
「ア……ア……嫌ダ……嫌ダァ……!!」
次は……王児の番だった。
王児の身体を気泡が包み込み始める。
「嫌ァアアァアア! セッカク……セッカク皆サント……皆サント……!」
「デシュー! なんとかならないの!?」
僕は必死に訊く。
「えぇっと……! ぁあ、ありました! ゾンビ化した者を救う手段はただ一つ! 人の心臓を食すべし!」
「人の心臓って!?」
「それ誰かが犠牲にならなきゃいけないんじゃないですか!?」
既に王児の身体は白煙を上げ、両膝より下が地面に溶けるように消滅していた。
「皆サン……オレナンカヲ『友達』ッテ言ッテクレテアリガトウ……サヨウナラ……」
「王児!! 死なせない! 死なせないわよ!!」
粋が王児を抱擁する。
粋の胸部の豊かな房が王児の顔を優しく押して、王児がほのかに赭面したのが解った。
こいつは最期までエロガキなのか……!
「嫌ああああああ! 王児く――んっ!!」
クラリスが泣き叫んだ時。
僕の肩に生暖かい物が触れた。
人の手のようだ。
「誰よ!? 今取り込み中……!!」
「アノ……ボクノ心臓デヨロシケレバ召シ上ガリマセンカ?」
くぐもった声が聞こえる。
「あんたは……!」
くるりと背後の影を確認すると、すっかり忘れ去られつつも腐敗臭はしっかりと漂わせる洸汰が少し物悲しそうに立っていた。
王児が消えちゃう!!
次回もお楽しみに!