“想いの理由”
第百二話
急いで拾い上げた薪を手に、せこせこと焚き火場まで早歩きをして向かう。ヨゼフ達より先に着けたらいいんだけど。
「遅いぞ、お前ら。一体何してたんだ?」
ヨゼフ達は既に準備も整えて待っていました。えへへ。
そんな長く話していないつもりだったけど、まぁまぁ話し込んでいたらしい。焚き火場のセッティングまで終えて、後は薪に火を着けるだけのようだ。
「すみません。ヨゼフ師匠。ちょっと話し込んでしまって…」
「ごめんなさい。僕がハイクに色々と聞いていたから…」
「理由はわかった。俺は別に構わないんだが、そこのじゃじゃ馬娘が待ちきれなかったみたいでな」
「ちょ、ちょっとヨゼフ! 私そこまで食いしん坊じゃないわよっ!!」
「あれ? でもさっき“カイ達ったら何やってるのかしら! お昼ご飯食べれないじゃないっ!”って言ってましたよね…………痛い、痛いです! イレーネ! 無言で叩かないで下さいっ!!」
どうやらイレーネはお昼ご飯を待ちきれなかったみたいだ。ハイクと顔を合わせると、無意識のうちにニカッと笑い合ってしまう。
相変わらずドーファンは、イレーネに叩かれているとニヤッとしていた。不思議とイラッとした気持ちにはならなかった。
昨日まではイラッとしていたに違いない。今回は別な理由から様子を観たくなったから、俯瞰的にその光景を観ることが出来た。
イレーネも相変わらず素直じゃないなぁ……。
「さっき黒雲達には水も沢山準備しておいたし、干草も飼い葉桶の中にたっぷりと入れておいたぞ。ちゃんとあいつらの働きに御礼の言葉を添えてな」
そ、そっかぁ。せっかくなら僕がその役目を請け負いたかったけど、わざわざやってくれてたんだ。
後で時間が空いたら黒雲達のところにも行きたいな。
「ありがとうヨゼフ! そこまでやってくれているなんて!」
「なぁに。水汲みは俺だが、干草を準備したのはそこの二人だ。礼なら二人にも言っとけ」
「二人ともありがとうね!」
「イレーネ、ドーファン! ありがとうな!」
「当然でしょ。ここまで来れたのはアイリーン達の活躍があってのものよ」
「そうです。彼らがいなければ、今頃まだ森の中をウロウロしていたことでしょう。非力なボクでもこれぐらいのことならやらせて下さい」
みんな嬉しそうな顔になっていた。御礼を言うほうも“ありがとう”という言葉を言うことは、とても嬉しいことだし、御礼を言われるほうも“ありがとう”という言葉を言われると、心を穏やかにしてくれる。
“ありがとう”って魔法の言葉だよね。
「……よっし、お前ら! さっさと昼飯を食うぞ! 食って早く村長のところに行くぞ。それから買い物も済ませたいからな」
心なしかヨゼフの声も、その笑顔も普段よりも嬉しそうだった。
とは言っても、逢って一日足らずの仲だ。それでもわかった。声が弾んで聞こえ、笑顔もニッと屈託のない笑顔だったから。
笑顔が伝染っているようで、本当に居心地がいいなって思えた。
ここでヨゼフ達が準備したという、焚き火場の様子を見てみた。
おや? さっき焚き火場の真ん中には、何も置かれていなかったけど、石を簡易的な竈のように積み上げ、四方の内の一箇所は空いていた。
空いた箇所は薪を焚べるためだろうな。何を使って調理するんだろうか? 昨日の夜に、ヨゼフが釣ってきた鮎は、そのまま串に刺して、もといその辺に落ちていた手頃な木の棒に刺して焼いて食べた。
山鳩のお肉は初めて食べる。キジバトはフランス料理の食材にも使われてるって聞いたことあるけど、山鳩も似たようなものなのかな?
どう料理するかも相まって、段々ワクワクしてきた。
「よし、んじゃこれ使って炒めるか」
ヨゼフは自身の持つ数種類の袋の中から、一人用の小さな鍋のような物を取り出した。
へ? 炒めるってフライパンみたいなのはないの?
「ヨゼフはフライパンは持ってないの?」
「フライパン? 鍋があれば充分だろ。炒めれるし、煮込める。それに水を入れたスープを作れば水分補給も出来る。何より必要最低限に持ち物を減らすことは、旅を続けていく上で重要だ」
「そっか。それは重要だね。ちなみに毎回こんな風に簡易的な竈を作って鍋の料理をしてるの?」
「あん? そりゃぁこうする以外に鍋を使って料理のしようはないからな。石がない時は鍋料理は諦めるしかないな」
「ふーん、そうなんだぁ……」
いや、他にも方法はある。キャンプ好きの僕にはわかった。もっと簡易的に設営しながらも、手頃な石を探す必要もいらない優れた道具が。
それがあれば場所にも捉われずに設営も可能だ。もしかして、まだこの世界には普及してないのかな?
うーん、何とかして作れないかな。もう僕達は冒険者になることがほぼほぼ確定しているから、荷物も圧迫しない程度で持ち歩ける優れた道具は手に入れたい。
「よし、んじゃ炙ってから部位を切り分けるか。お前ら、よく観ておけよ。旅をしてれば調理も覚えなきゃいけねぇ。いつでも宿屋で飯を食えるわけじゃないからな」
ヨゼフは自分の腰に帯びていた短刀を手に取った。ドーファンの短刀を借りて、今すぐ刃を砥ぎに行きたいけど、せっかくの調理を観れる機会だ。
切り分けるところまで観たら刃を砥ぎに行こっと。
もう羽根が毟り取ってある。気になったのは炙ると言っていた意味だ。鶏の羽根を毟る際の“湯漬け”の作業みたいなもんかな。
鶏の羽根は羽根を毟りやすくするために、お湯に浸けてから取る作業をする。そうすると掴んでスライドさせるだけですぐに取れるようになる。
今回はもう羽根を毟り取っているから、炙る作業の意味が今は曖昧なままだ。
「まずは竈に火を着けるぞ。ハイク、火を着けてみろ。昨日、俺のやっていたの見てたからなんとなくわかるよな?」
「任せて下さいっ! これでも炊事の手伝いもしてたから、このぐらいパパッと出来ますよ」
ハイクはヨゼフの持っていた火打ち石と火種の綿を手に取り、綿を竈の中心に置き、その上から火打ち石をカチッカチッと幾度か叩いていると、ボッと綿に火がつき、昨日ヨゼフがやっていたように樹皮繊維で全体を覆うように包みあげた。
その後ゆらゆらと手で振っていると、火が樹皮繊維を飲み込むように灯った。再び丁寧に竈の中心に火種を置き、今回は干草をその上に重ねいった。
すぐに火は燃え上がり、立派な炎へと変化していく。今回はすぐに干草が燃えていくので、僕達が拾ってきた薪を井桁型に炎の上に組んでいきながら、さらに干草を絶やさないように炎の中に追加していく。
薪がお互いに倒れないように支え合う形にまでになったら、干草を適宜追加しつつ、竹筒の火吹き棒で軽く吹く。
次第に炎はボウッ、ボウッと音をたてながら、薪をも炎は飲み込み、ついに焚き火の礎をハイクは作り上げた。
「凄いですね! ハイクも火を起こせるなんて! ボクにはこんなこと出来ませんよっ!!」
「そうか? カイもイレーネも出来ると思うぞ」
「えっ!?」
驚愕の表情でドーファンはこっちを見る。……うん、凄く言いづらいけど言ってあげなきゃな。この先も料理はするだろうし。
「当たり前じゃないっ! こんなことお茶の子さいさいよっ! もしかしてドーファンは出来ないのかしら?」
勝ち誇った顔のイレーネは、弱みを見つけたと言わんばかりに、ドーファンの痛いところをついた。ちょっと! イレーネ! こんなところでドーファンを虐めないのっ!
「うっ!? そ、そのボクは、冒険者でもなかったし、炊事などに触れる機会もなかったので……」
「まぁまぁ、じゃじゃ馬娘。そう虐めてやるな。いいじゃねぇかぁ。人間、どこかしらの弱みや苦手があるもんだ。これから覚えていけばいい。そうだろう? ドーファン」
「っ!! はいっ! ボクも出来るように覚えます。せっかくの機会ですし。精一杯、手を動かして頑張りますっ!」
庇ってあげようとしたけど、ヨゼフが先に動いてくれた。……良かった。ドーファンも頑張ろうという気持ちになった。
“手を動かして精一杯に覚える”なんて前向きな思考をしているなって、感心してしまう。
手を動かさないと感覚は身につかないし、動かさないと覚えられないものなんて沢山ある。職人技のものなんて、大抵はそういう類いのものだと思う。
「ふんっ! せっかく弱みを見つけられたと思ったのに! ドーファンのさっきの意地悪の仕返しをしてあげよーって思ったのに」
「へ? 仕返しならさっき叩かれたような……」
「それはそれ、これはこれよ。わかったかしら?」
「う、うーん。わかったようなわからないような……」
「へ・ん・じ・は?」
「は、はいっ!」
凄みを利かせたイレーネの質問に、ドーファンはすぐさま返事をする。
…ふふふ。ドーファンは将来、奥さんの尻に敷かれるタイプだね。
「はぁ〜。女ってのはいつの時代も怖い存在だな」
「何か言ったかしら、ヨゼフ?」
「いや、じゃじゃ馬娘はじゃじゃ馬娘だなぁって」
「もう! いい加減、私のことも名前で呼んでくれたっていいじゃない! カイは様子を観てたからっていう理由がわかるけど、ハイクもドーファンも名前呼びよ! 私のことはまだ認めてくれないのっ!?」
ぷーっと頬を膨らませながら文句を垂れる。軽い言葉でちょっと怒りながら言っていた。けど、その言葉の中には、些細な本音も入っている気がした。
「わっはっはっはっはっは! そうか、名前で呼んで欲しいか。じゃじゃ馬娘の言葉とは思えないな!」
「もう! そんなに笑うことじゃないでしょっ! こっちだって少しは気にしているんだから!」
ヨゼフは盛大に笑っていたが、イレーネの方はさらに機嫌を損ねた。それでもヨゼフは笑い続けた。イレーネの頬はさらに膨らみを増していく。
「はぁ〜〜〜、笑えるな。……そこまで気にしていたか。なら、真剣に応えるとしよう」
フッと表情を引き締めたヨゼフは、きちんとイレーネに向き合い言葉を丁寧に重ね出した。
「前にも言ったが、俺が名前を呼ぶのは特別なんだ。なら、お前はお前に出来る特別を果たせ。他の奴と比べるな。お前の大切にしているお前だけの想いを俺に魅せてみろ。お前の“仲間”や“友達”に対する想い、俺は好きだぞ。……あともう少し、お前の本気の想いを、俺に魅せろ」
ヨゼフは膝を屈めて、ふと伸ばした人差し指がイレーネの頬をつく。プッとイレーネの口から空気が漏れる。それと同時に、イレーネの眉に込められた力も和らいでいった。
「……もう、しょうがないわね。そんなに私の想いを知りたいなら、どっかで魅せてあげるわよ」
「おう。期待しとくぜ」
「で、でも! 他のみんなよりなんか私だけ厳しくないっ!? どうして私だけハードルが高いのかしら?」
そこは僕も気になっていた。何でイレーネに求められている想いはハードルが高いのだろう。ハイクとドーファンの想いはすんなりと受け入れられていたのに。
「……言わなきゃだめか?」
「ダメよっ! せっかくの機会だから教えて頂戴っ!」
イレーネは腰に手を当てながら、どうしても知りたいと毅然とした態度を取った。イレーネの強みは大人相手でも、自分を通す“想い”の強さもあるって僕は思うよ。
「うーん……あんま言いたくないから他の奴にはバラすなよ。もちろん後ろのお前らもな。ギルド長になんか言うんじゃねぇぞ。……我が主はな、最後の最後に女のことで失敗したんだ。俺はそれがあって女に対して厳しい目で見ちまう。“こいつは本当に信頼出来るのか”ってな」
「その女は悪い奴じゃなかった。女よりも主の周りがよくなかった。主を唆して、陰謀を企てたりしてな。……胸糞悪かった。後で俺が気付いた時には、何もかも遅かった。もう、全てが終わっていた。見事に計画は終了してたって訳だ」
「それ以来、俺は主の周りにも注意を払うようにした。俺は主と敵対する奴を片っ端から振り払ってきた。でもな、敵は何も対峙している奴だけじゃないんだ。味方にも敵は出来る。厄介な事に、そいつは自分では敵になっているつもりはないんだ。そいつ自身は主のために想った行動の結果だった。だが、ここで重要なのは、そいつがどんなに主のことを想っての行為だとしても、それは果たして本当に主のためになることなのかって……」
「だから俺は、そいつがどんな想いを抱いているかをまず確かめている。その想いは共感出来るものか。その想いは義に適ったものか。その想いは、本当に正しいものか…ってな」
「そういう訳だ。まぁ、女は悪い奴じゃなかったとはいえ、我が主が淫らな想いを抱く原因になったのは女だ。それゆえに特に慎重に女は見極めている。お前が不満に思う理由もわかる。許してくれ。お前ならここまで言えばわかってくれると、俺は思うんだが……」
……とても深い理由だった。僕はその背景を何となく知っていただけだった。
ヨゼフの視点からすれば、悔しくても、どんなに悔やんでも、取り戻せない主の過ち。
二度と繰り返さないために、ヨゼフは自分に出来ることを必死に行っていたのだ。もう存在しない主に対する忠誠を、この世界でも抱き続けていた。
とても、とても深い想いが、ヨゼフの言葉には詰まっていた。
本を通して、文字だけでは伝わってこない想いに触れた気がした。
みんなも、ヨゼフの言葉が単なるつらつらと並べられた言葉ではないと感じとったようだ。真剣な表情がそのことを物語っていた。
何せハイクの顔はいつになく真剣そのもので、目を見張った表情で、その言葉の意味を噛み砕こうと、自分の内に取り入れようとしているようだった。
質問を投げ掛けたイレーネは、いつの間にか少し俯きながら聞いていた。きっと自分の想像以上の深い理由、ヨゼフの想いが詰まった理由に俯いて聞かずにはいられなくなったようだ。
それでも少女は、ヨゼフの想いを受け入れることが出来ていた。吐き出した言葉がヨゼフの想いに応えていたから。
「………わかったわ。教えてくれてありがとう。……私、頑張ってみる。ヨゼフの想いに届くように、私の本気で大切な想いを、この旅の中で伝えてみせるわ」
見上げた少女の顔は、いつになくニコッと笑っていた。
すみません。また体調を崩してました。最近投稿が空いてしまい心苦しい限りです。
イレーネを未だにじゃじゃ馬娘と呼んでいた理由です。イレーネだけ未だにあだ名呼びだったことに、違和感を感じていた方もいたと思います。
ヨゼフにはヨゼフなりの理由がありました。ちなみにこれは筆者の妄想・脚色です。ヨゼフの記述の中にこんな想いは書かれていません。
これから描いていく登場人物も、筆者なりにその人物の視点から見えた景色を表現していきたいと思います。




