表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
96/409

宿屋

第百節

 村長は、お酒の香りが強い建物を指差して紹介を始めた。


「ここが今日、皆様方にお泊まり頂く宿屋になります」


 えっ! ここ宿屋だったのっ!? 


 あぁ、そっか。迂闊だった。中世でも酒場と食事処がセットになった宿屋があるんだった。時代と国によって宿屋の造りが大分違うので、そのことが理解することへの歯止めとなっていたようだ。


 だけど、宿屋よりも酒場だと思える程に、この宿屋は酒を売りにしているのがわかる。それだけの芳醇で強い香りが、店先であるにも関わらずにわかってしまう。

 何より看板が思いっきり、ビール? ラガー? が入ったジョッキの木彫りの看板がドンッと構えられていて、丁寧に色も塗られていた。

 これを見れば宿屋よりも酒場をメインにしているように誰しもが感じるだろう。


 ……イレーネの表情は(しか)めっ面になってる。こんな所に泊まるのって露骨に嫌がっていた。やめてっ! せめて村長のいないところでその顔になって欲しい。後で愚痴を聞いてあげるから!


「……で、では裏庭に案内致します」


 村長はイレーネのことには気付いているようだったけど、触れないことにして話しを進めてくれるようだ。ありがたい。あからさまに嫌な顔してたからびっくりしたんだろうね。




 裏庭に行くまでにしっかりと宿屋の外観を眺めてみた。なるほど、一階は酒場で二階が宿屋のようだ。二階には幾つもの窓があり、一階に比べると窓の数は明らかに多かった。

 建物自体は十年か二十年ぐらいは経っているぐらいだろうか。もしくはよく管理されているからか、綺麗な外観が保たれている。

 そして、この宿屋は外壁も白の漆喰で塗られているようで、ここまで歩いて来た中で漆喰が塗られていたのはこの宿屋と風車ぐらいだった。

 店先のウッドデッキの欄干をそっと指でなぞってみても、埃がつくこともなかった。

 ウッドデッキの床を見ても汚れている形跡などはなく、宿屋の仕事をこなしてから、地下で何かの作業をしている真面目な性格だと考えられる。

 

 裏庭の方に村長が歩き始めると、お酒の香りに紛れて、いや、歩くに連れて匂いの割合は、お酒の香りが薄くなり、変わりにある匂いが強くなっていく。


 ん? ……血っぽい匂い。これは鉄の匂いかな。あと、牧場っぽい匂いもする。草原を駆け抜けて来た時とは違う、どことなく懐かしさを感じさせる、乾いていながらもほのかに甘い香りが鼻にスゥッと入ってくる。


 何で裏庭からそんな匂いがするのかと疑問に思いながらも、その答えはすぐに明らかになった。

 

 宿屋の裏手に回ると、そこは単なる裏庭ではなかった。

  

 そこには鍛治に使用されるような、立派な風格のある大きな炉が置かれていたり、旅人の馬をもてなすための簡易的な厩舎が置かれていた。

 

 厩舎の脇には沢山の干草が置かれていて、いつでも飼い葉桶に干草を入れられるように準備されていた。


 あ〜これこれ! これだよ! この温もりのある日向の香りが詰まった香り! 前の世界でも、こちらの世界に来てもずっと嗅いできた香りだから、本当に心が落ち着く。

 乾き切った干草の香りは、本当に心地良い。はぁ〜、頭の中を幸せが駆け巡っていく。




 気持ちが落ち着いたところで、改めてよくよく観察して見た。どちらの設備もキチンと整備されていた。


 ただ、不思議だったのは、これだけの立派な炉があるのに炉を稼働させた跡が見られず、完全な置き物となっていた。

 それでもメンテナンスは欠かしていないのか、ピカピカの状態で綺麗なまま放置されているようで、それもまた不思議さに拍車をかけていた。




「こちらが裏庭です。焚き火の場所はあちらになります。薪はあそこに見えます裏口脇に保管されております。ご自由にお使い下さい」


 焚き火をする場所は、漬物石ぐらいの大きさの石を円で囲うように並べられ、円の中央の焦げ跡は、これまでにこの場所で焚き火をされてきたことを物語っていた。

 

 焚き火の場所を示した後、続け様に薪の保管場所を村長が手で示した先には、雨に濡れないように幅広で大きめな屋根で覆いながらも、しっかりと乾燥させることも考えられ、風通しの良いように壁を設けることなく柱と支柱で屋根を支えた構造をしていた薪置き場があった。

 でも、大きめな場所に対して薪の数はちょこんと置いてあるぐらい寂しいものだった。


「では、ごゆるりとお寛ぎ下さい。私の家で昼食後のおもてなしのために、少しの甘味を準備しておきますので、ぜひ来られて下さい。と言っても、本当に少しばかりなのですが……」

「何を言っている。甘味なんてもんは食うことなんて滅多に出来ないだろう。大切にとっておけ。いざって時のために」

「これはこれは、ヨゼフ様は奇妙なことを仰っられる。我々にとってはそのいざという時は、いま、この時です。ヨゼフ様の歓待のために使うのならば、村の皆の誰もがそうしろと言うことでしょう。何卒、ご賞味頂ければ……」

「わかった。ただし、俺の分はいいから。この俺の仲間のために食わせてやってくれないか。俺一人分を四等分の量で頼む。それを食いながらさっき言った話しをしたいんだが」

「……我々としてはヨゼフ様にも味わって頂きたいのですが、恩人の気遣いのお気持ちを無下にする訳にもいきませんな。我々の気持ちを汲んで頂いて、貴方様の願いをこちらが踏み躙っては野暮というものです。わかりました。お連れの方の分をその代わり少し奮発させて下さい。では、失礼します」

「おい! 俺はそういう意味で言ったんじゃないっ! 俺はこの村の負担を少しでも………あぁ、聞く耳持たずに行っちまいやがった。たくっ、お前らの方が大変だろうに……」

「…ヨゼフ。本当によかったの?」


 周りに僕達以外の誰もいないことを確認してから、僕は心配になってヨゼフに聞いてしまった。甘味なんてこの世界に来てから食べたことなんてなかったし、それが貴重品であることは、さっきの会話からも容易にわかった。

 そんな貴重品を僕達が頂くようにヨゼフは仕向け、それを村長は了承してしまった。何もしていない僕にとっては、罪悪感というか良心が痛んでしょうがない。


「まぁ、あそこが落とし所みたいな感じだったからな。ただ、お前らのもてなしの分を少し多めにするってのは予想外だった。どうせ俺が断っても、何が何でも俺らのためにもてなそうってのは、あの村長とこの村のみんなのことだ、必死に恩を返そうと押し付けてくるのがわかってたからな。どこかでわかったって言っておく必要があったんだ。そこまで気にすんな」

「うーん、でもヨゼフへのお返しを私達が受け取るってのは何か悪いわよ……」

「いやな、俺としてはせっかくの機会だと思ってな。お前らが甘味って言われても何かわからないだろうし、それがどのぐらいの価値があるかを知って貰おうってな」

「ヨゼフ師匠。それってそんなに凄いもんなんですか?」

「あぁ。お前らみたいな子供にとってはもちろん。大人もこぞって喉から手が出る程に欲しいってもんだ」

「え? 喉から手なんて出ませんよ。ヨゼフさん」

「例えばだっ! 例・え・ば! とにかく、もてなしも楽しみにしとけ。それよりも昼飯を食おう。せっかくの肉を食べようぜ。俺も楽しみだ。よし、薪をハイクとカイが持って来てくれ。イレーネとドーファンは俺と一緒にちょっと来てくれ。道具を借りてくるぞ」

「「「「わかった(はい)」」」」


 ヨゼフに指示を受けた僕達は、指示通りに動き出した。


 僕はハイクと一緒に薪の保管場所に向かった。……目と鼻の先の距離だからそんな歩かないんだけどね。


 ヨゼフとイレーネとドーファンは、炉のある方に向かって歩いていたけど、そっちに使いたい道具があるんだろうな。どこに何が置いてあるかも把握している様子で、ヨゼフはこの場所にかなり慣れているみたいだ。


「なぁ、カイ。甘味ってなんだ? ヨゼフ師匠が“仲間のために食わせてやってくれ”って言ってたから、食いもんなのはわかったけどよ」

「うーん、どんな物だろうね。でも、ヨゼフの説明からは僕達がきっと喜ぶものだってことはわかったよ」

 

 ここで甘味が何かを僕は知らないフリをした。実際どんな物が出てくるか知らないし、ここで大袈裟に甘くて美味しいなんて言っても、その甘味のハードルを上げるだけだし、何より説明してもわからないと思う。

 だって帝国にいた頃に甘い物を食べたことがなかったからだ。食べたことをない物を説明するのは出来ないし。


「そっかぁ。俺らが“喜べる”ものか。肉と同じってことかな」

「味は違うかもしれないけど、“幸せ”を感じれるって意味では同じじゃないかな?」

「“幸せ”、か。……父ちゃんと母ちゃんにも食べさせてやりたかったなぁ………」


 ピタっと歩くのを止めてしまう。




 ………そうだ。その通りだ。僕も父さんと母さんに食べさせてあげたかった。




 無理なことはわかってる。……でも……父さんと………母さんに………会いたいな………。





「……わ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、それが出来たら良かったなって、思っちまって」


 僕が止まったことに気付いたハイクも足を止めて、下を俯きながら言葉をかけてくる。つい、今まで押し込んでいた感情が、無理に無理を押し通してきた想いが、ここで弾けてしまいそうになってしまった。


 あぁ、ここで父さんと母さんに甘えられたら、どんなに心が軽くなれるんだろう。


 どれほど心に安らぎをもたらしてくれるんだろう。


 どれだけ僕は、これ以上無理をしなければ、いけないんだろう。




 咄嗟の言葉でも、心がめげそうになる。だって、大事な家族のことを想い出すのに充分過ぎる言葉だったから。


 家族………か。僕にとっての今の家族は、ハイクとイレーネだ。なら、今日ぐらい甘えられる日を作るのもいいんじゃないかな。

 それに、僕が作ろうとしている物を贈るのにちょうどいいような気がしてきた。ヨゼフとドーファンにも素直にお願いしておこう。

 そして、ハイクに今のうちに伝えておこう。




「ねぇ、ハイク。もし良かったら、今日の夜は僕とイレーネとハイクの三人でお話ししないかな?」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ