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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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村の構造

第九十九節

 くいっ、くいっと服を引っ張られる。イレーネだ。もしかしてお腹の虫が鳴いたことの言い訳でも言うつもりだろうか。

 大丈夫。優しく受け止めてあげよう。僕だって紳士になれる。コソコソ声でイレーネに耳打ちする。


「イレーネ。大丈夫だよ。そんな恥ずかしがらなくても、みんなもお腹が空いているよ。イレーネだけじゃない。僕達は…みんな仲間だ」




 バゴンッ!!!



 

「ッッッ!?」




 声に出せない声が頭の中でこだまする。


 痛ぁぁぁぁぁいっ!!! 何でっ!? 何で僕は殴られているんだ! 


 僕は何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。




 イレーネも僕に耳打ちをしてくるが、その声は怒りは多少抑えながらも、不機嫌な声は隠しきれなかった。


「カイって本当にデリカシーがないわよねっ!! それにもっと仲間って大切な意味でしょ! バカッ! 本当はもっと痛めつけたいぐらいだけど、今は我慢してあげる。……ねぇ、ここって本当に村なの? どう見ても私達が過ごした村とは違うんだけど……」


 ……うん、それは否定しない。僕達の過ごした村とは違う物ばかりだ。風車もそうだけど、それ以上に村の周りを囲んでいる物に、ハイクとイレーネの目は釘付けだ。ヨゼフと村長の会話はそっちのけで、“それ”にばかり気が取られていたようだ。


「僕の予想だけど、この村は大変な状況にあるんだと思う。だから村の周りに防備が施されているんだと思う」


 この村の造りをわかりやすく言うならば、中世ヨーロッパの凄い簡易的なモット・アンド・ベイリー型の城の造りとでも言えるのかな? 見ていると少し付け足された設備、もとい柵があったけど。


 この村の周囲を眺めてみたが、村の入り口以外の周囲を柵で囲まれている。どうやら遠目で見た時の茶色の中には、この柵の色も含まれていたようだ。


 まず、村を守るために囲われた柵はただの柵ではない。“拒馬”という表現が近いと思う。アメリカの南北戦争で使われていたような物だ。

 鋭い先端の尖った木材を、一本の丸太に幾重にも交互に挿し通して倒立させている柵。これの利点は移動をさせることが出来、設置が容易な点だ。これが第一の防壁。


 その拒馬の後ろに、二m程の木の杭が村の入り口を覗いて隙間なく打ち込まれ、周囲に張り巡らされている。これが第二の防壁になっている。

 なるほど。これぐらいの高さの杭だったから、家の色と一体化してその上に茅葺き屋根が乗っているように見えていたのか。


 かなり簡易的な防壁だが、何もやらないよりはマシと考えているのだろう。風車の中に紛れて物見櫓も設置されているあたり、周囲への警戒を行わなきゃいけない程の状況だ。


 でも、火攻めにでもあったら一瞬で火がこの村を覆い尽くす。こんな木材で守りを固めるなら、せめてこの第二の防壁の木の杭の上にモルタル、出来るならばコンクリートを塗ることなど出来ないのだろうか。




 コンクリートの歴史も古い。前の世界で僕が生きていた時代から遡って、およそ九千年も前の時代から使われていた材料だ。古代イスラエルでも使われていた。


 中でも古代ローマの失われたコンクリートの超技術には凄くロマンを感じる。


 コンクリートは硬く強度があり完璧な材料のように思えるが、耐久性・寿命という問題がある。ビルなどの建設で使われる普通のコンクリートは、恐らく百年の寿命と考えられている。

 古代ローマのコンクリートはベスビオ火山の火山灰と海水を混ぜ、耐久性という問題を克服し二千年の時を経てもなお崩れずに、コロッセオやパンテオンなどの建築物が、その壮大な歴史を紡いでくれていた。

 

 ただ、普通のコンクリートとは構造が違うから、一概に古代ローマのコンクリートが優れているとはいえないけど。

 古代ローマのコンクリートは固まるまでとんでもなく時間がかかる。前の世界の現代工法には合わないコンクリートではないかもしれない。工期が間に合わないなんてなったら大変だからだ。


 だから、ローマ人は考えた。“型枠ごと固めて建造物を造ろう”、と。


 レンガや石材を型枠としてそのままコンクリートを覆うように、建物が造られていった。装飾された石材も使用して優美に模ったりと、さらなる工夫もされた。

 しかし、この技術は失われてしまった技術で再現することが出来ない。再現出来つつあるって話しだったけど、まだ研究は続いているのだろうか。


 はぁ〜、やっぱり失われた歴史ってもったいないと思う。きちんと紡がれていくように、歴史は書き記されるべきだって思う。


 そうだ。これに似た素材でコンクリートを造れないだろうか? たしか現代でそれを再現しようとした時は………




 無意識のうちに考え込んでいると、ぎゅーっと耳を引っ張られる。痛いっ、痛いよっ!


「ちょっとっ! また気持ち悪い顔になってたわよっ!!」


 はっ! また考え込んでしまった。でも、久しぶりに考えられて楽しかった。イレーネも気を遣って耳打ちしてくれてるけど、耳のすぐ脇で少し大きめな声で耳打ちしてるもんだから、耳がキーンッてなっちゃった。耳が痛いよ。


「ごめんごめん。あっ、さっきの話しの続きだよね。これも僕の予想だけど、ヨゼフはこの村の事を知っていたから、あの森で断言出来たんじゃないかな?」

「……どういうことよ」

「うーん、あくまで予想だよ。もう少し状況を観よう。それで観えてくるものがはっきりとするはずだよ」

「もう、教えてくれたっていいじゃない。はぁ〜、わかったわ。今は静かにしてあげる」


 イレーネは僕の側から離れて少し距離を取った。イレーネはこんな物騒な防備が施された村に入るのを、怖がっていたんだろうな。だから、人前で喋るなって忠告を守りながらも耳打ちで質問をしてきた。

 たしかに初めてこんな場所を見たら、ここに入って大丈夫なのかと不安になる。


 この村は何かの脅威に(おびや)かされていることは明白だ。しかも魔物に襲われたばっかりだから、より恐怖への感覚が研ぎ澄まされている今、安心して寝れるって聞いた村でも襲われる事を想像しただけで、気持ちが沈んでいくってもんだ。


 僕は大丈夫だとは言わなかった。もしかすると、嘘になってしまうかもしれないと思ったから。今はもう少し様子を観たい。この村の中身を、この村の置かれている状況を。


 村長は立ち止まってチラッとこちらを確認して、何かあったのかと様子を伺ってきたので、ニコニコ顔で手を振り返す。人前だと緊張して喋れない設定だから、とりあえず笑顔でいればごまかせるだろう。笑顔はどの国でも通じる共通の言葉のようなものだから、何とかなって欲しい。


 村長も、何が何だかわかっていないようだったけど、向こうもとりあえず笑っとけって感じで笑顔を浮かべてニコッと口角を上げてくれた。


 よかった。変に勘繰られずに済んだようだ。村長は再び歩き始めながらも話し出す。


「小さい村ですが、ヨゼフ様のおかげで何とか村の者達はこうして生きながらえております。村の建物が壊されずに済んでいるのもヨゼフ様が守ってくれたからです」


 気になる話題が耳に入ってくるが、それは後でヨゼフに詳しく聞こう。今は目に見える光景から少しでも情報を得よう。

 村長の案内に従ってぞろぞろと後に続いて歩き出す。歩いている途中に、様々な光景が目の中に映り込んでこんくる。


 家の造りはやはり遠目で見たように、木造で茅葺き屋根の家ばかりだった。帝国と変わらない家の造りを見ると、少しばかり慣れた風景にほっとした。

 村の人達の雑踏の音が聞こえてくるだけで、なんだか安心してしまっていた。周りに僕達以外にも人がいる。ごく自然なことだけど、それだけでさらに心は安らいでいた。

 だけど、その心とは対照的に村の中に入るに連れて、嫌な臭いが鼻に纏わりつき、次第に気持ちも下降していく。


 うっ! 何だこの臭い! 村全体を嫌な臭いが覆っている。何だろう…何でこんなに嫌な臭いがどこからでも匂ってくるのだろうか。


 一際キツい臭いが漂ってきた。顔をしかめてしまう程のキツい臭いだった。その臭いが漂ってくる方に目を向けると、ある動物がそこにはいた。



 

 ブヒッ! ブヒッ! 




「ひぃっ!?」


 驚きの声を上げたイレーネ。ハイクの目も何だあれって感じで、ある動物を見ていた。僕達のいた村にはいなかったが、中世ヨーロッパでは村に必ずいたであろう動物がドンっと構えていた。


 何でもかんでも食べてくれて育ってくれる豚さんだ。


 中世ヨーロッパでは、豚は放し飼いで残飯などを食べていたことは知っていたけど、本当に放し飼いなんだね……。

 僕達のいた村では、馬はちゃんと厩舎で管理されていたから、村全体に馬が排出する糞等の臭いは蔓延していなかった。

 この村では豚も放し飼いで、辺りを見回すと“コケッー! コッコッコッコ”と鳴いている鶏すらも放し飼いの状態だ。

 糞尿の処理も一箇所という訳にもならず、村全体にその臭いが広がってしまっている。この例を考えると、帝国の家畜への世話はとても衛生面はしっかりしてたんだな。もともと馬を大切にする国だったからってのもあるけど。


 村の中をさらに見渡すと、村の中で農耕を行なっているようだ。襲われる危険があるのなら大切な農耕地を守るために、村全体を柵で囲うのは当然だ。

 そのため、村全体はかなり広い。よく東京ドーム何個分って表現が使われるけど、複数個分ぐらいの広さはあるんじゃないだろうか。

 ここまで来る途中にも井戸は幾つかあった。ここは水脈として優れた土地でもあるのかな? しかも幾つもあることから相当な努力をしたはずだ。

 穴掘りって本当に疲れるんだよね。僕も仕事で穴を掘ることもあったからよくわかる。かなり根気が必要で、ずっと中腰で作業するから腰が痛くなり、次第に腕もだんだん重くなり、しまいには身体全体が疲労感で一杯になる。真夏には絶対にやりたくない作業の一つだった。

 

 村の人達にとって貴重な水に違いない。この近くに川は見えなかった。よくこの草原が広がる大地に村を造ったものだ。普通は川の近くに村を構えたりすると思うのだが、何か理由があるのだろうか。


 この時、フッと風が吹いた。そう、あの草原を駆け抜けていた時に幾度となく通った気持ちの良い風。


 クルッ、クルッとその風の力により、最初は回りそうになさそうだった風車の羽根が、徐々に、だが確実にその勢いを増していき、幾つもの風車が一斉に回り始めた。


 とても雄大な光景だった。


 川がないから水車がないが、代わりに広大な大地を吹く爽やかな風を利用した風車があった。ここの風は本当に気持ちいい。アイリーンの背に乗っていた時にも心地良さを存分に味わえた。

 風が吹いていなかったら、豚達の排出物の臭いが籠っていたはずだ。逆に言えば、風が吹くからこそ放し飼いが出来ているということかな。

 風車の用途は製粉だろうな。ここの村は麦の収穫を終えたばかりのようで、大半の畑では自然乾燥させるために束ねた小麦を“はさ掛け”していた。




 歩いていると突如、風に乗って懐かしい香りが通り過ぎる。

 

 わぁ! あそこは酒場かなっ! 目の前に迫ったその建物からは鼻をツンとつく、お酒の芳しい香りが漂ってきた。

 僕はお酒が苦手で前世では飲めなかったけど、お酒の香りは好きだった。う〜ん、いい香りだっ!


 隣を歩くイレーネは香りが漂ってくる場所に近づくにつれて、顔をしかめ、しまいには鼻を摘んでしまう。お酒の香りは苦手なのかな? 


 そういえば帝国にいた時には、父さん達がお酒を飲んでいたことなんてなかった。お酒が飲める環境ではなかったからだ。

 初めて嗅ぐ香りだからということもあってか、イレーネにはこの香りはあまり好ましいものではなく、何の匂いなのかと疑問に感じていることが、その表情から伺い知れた。


 あっ、どうやら目的地はここら辺なのかな。村長はその酒場の前で足を一旦止めた。この酒場の隣とかかな?




 でも、ここに到着してみて少しだけ違和感があった。僕達が行き慣れた“あの場所”っぽい建物は、どこにも見当たらなかった。





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