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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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初めての村

第九十八節

「ようこそおいでくださいましたっ! ヨゼフ様の帰りをみんな心待ちにしていました! ぜひごゆっくりとお(くつろ)ぎ下さいっ!!」


 僕達が下馬すると、両手をこれでもかと広げた少し身なりの整った人物、恐らくこの村の村長らしき人が歓迎の声を上げる。

 この人はヨゼフが来たことを本当に嬉しそうだった。心待ちにしていたような雰囲気が熱気の中に密かに紛れて、周りの村人からも伝わってくる。


「あぁ、村長。また世話になる。今回は一日だけの滞在となる。よろしくな」


 ヨゼフはそんな雰囲気にも臆することなく、村長に気兼ねない言葉で挨拶をした。そう言った途端に周囲の村人から落胆の声が上がった。


「そ、そんなっ! 一日だけの滞在なんて! せめて二日か三日だけでも滞在して下さい! それ程の恩をこの村の者達は、貴方様から受けています!」

「そうだよヨゼフさん! もっとここにいてくれよ! あんたみたいな冒険者なら大歓迎なんだからよ!」

「そうよ、たった数日滞在するだけよ。ヨゼフさん、貴方にせめてもの恩をお返しする機会を下さい!」


 村人からは、どうにかしてヨゼフにこの村に滞在して欲しいという考えが感じられる。そこまで言わせるほどのことを、ヨゼフは村のみんなのためにしてあげたんだろうか。


「悪いな。先を急ぐ旅だ。宿の裏庭を借りたい。実はまだ昼を食ってなくてな。調理をするためのスペースと、少しの薪を売って欲しい」

「いえ、大恩ある御方にはこちらで料理を作ってもてなさせて下さ……」

「昨日取った肉がある。それの鮮度が落ちきる前に、俺の仲間に食わしてやりたいんだ。俺が自分で取ったもんだ。せっかく自分で取ったものを誰かに食って貰う喜びを、ここの村のみんななら理解してくれると俺は思ってたんだがな……もしかして違うのか?」

「………わかりました。そこまで言われたら、こちらがこれ以上言うのは野暮な話しです。宿屋の主人には後で話しを通しておきます。多分、この時間は地下で作業しているので、この騒ぎにも気付いていないでしょうから。ですが、夕食はもてなさせて下さい。それは許して頂きたいです」

「そうだったな。あの主人はこの時間は地下で作業中だもんな。じゃあ、後のほうがいいな。作業を中断させる必要はないからな。夕食は何か買おうと思ってたんだがな……。まぁ、その言葉に甘えておくよ」


 地下で作業? それって何か料理をしていたりとかなのかな。何をしているのか気になる。


「はいっ! ぜひぜひっ! ……ところで、後ろのお連れの方々は……」

「あぁ、俺の仲間だ。みんな子供だが立派な想いを抱いた若者だ。だが、人前で話すのが苦手な奴が三人ほどいる。話しかけても恐らく緊張して話せないだろう。話せないことを事前にわかってくれると嬉しい」

「かしこまりました。その子らもきっと、辛い経験をされたこととお察しします。……無理もありません。奴らがいる限りは………」

「村長。そのことで後で話しがしたい。昼を食べ終わったら話しがしたい。あと、今のうちにお願いがあるんだが、この魔物と引き換えに少々の膠と交換して欲しい」


 ヨゼフは左手に抱えた大きな袋の中身を開け、それを地面に出した。村のみんなはそれを見てギョッとした目をしながら、驚いた表情をしていた。


「ワイルド・ドッグッ!? まさか、本当にあの森から行き来なされたんですかっ!?」

「あぁ、迂回するのは面倒だったからな。副ギル………俺の様子を見に来てた奴も、あの森から入って来てたはずだがな。何でそんな驚くんだ?」

「それは驚きますよっ!! あんな場所を本当に通って行くなんて誰が思いましょうかっ!? ということは、後ろにお連れの方々も………」

「もちろん、一緒に通って来た。そして、その犬の魔物を仕留めたのも俺じゃない。この後ろの仲間だ」

「………何と……信じられません…………」


 え? なんか村の人達のさっきの温かい歓迎ムードが一変。僕達を畏怖した様子でビクビクしながら少し後退りしてるんですけどっ! 

 そんなに常識とは違うことなのっ!?


 たしかにこのワイルド・ドッグを仕留めたのは僕だけど、他のはヨゼフも一緒に狩ってくれたじゃないか。少し話しを盛っている気が……。というかヨゼフはもっと凄い化け物を十体も討伐してたじゃないかっ!?


 僕は事実は違うと訴えたい声を抑えて、事の成り行きをじっと静観する。


「これ以外にも仕留めた魔物が、俺達の来た方角に転がってるはずだ。持ってこれるのがこれだけだったが、欲しければ拾ってきたほうがいいぞ。それについては取引の対象じゃなく、村で狩ったものとして扱って欲しい」

「何を仰っているのですかっ!? 貴方様はいつもそう言って我々に施してくれますが、それはヨゼフ様の仕留めた魔物ですぞっ! 後で男共に取りに行かせて貰いますが、それも取引分とさせて下さい!」

「村長こそ何を言っている。村のみんなが地面に落ちていた魔物の死体を拾ってくるだけだ。それは、俺達が関与していない。たまたま倒してしまって、たまたまその情報を教えただけだ。村のために役立てて欲しい。いいな?」


 ちょっと凄みを利かせた笑みで、村長を笑いながら睨みつけるという器用なことをヨゼフはする。村長はこれ以上の問答は無駄だと考えたのか、諦めの感情を滲ませた後じっくりとその意味を噛み締めているように、目を閉じながら言葉を紡ぐ。


「……ふぅ……わかりました。貴方様のご厚意に甘えさせて頂きます。魔物の素材があるだけで、今年の村もなんとかやっていけるでしょう。……本当に……本当にありがとうございます……」




 眼を開いた村長の眼が潤んでいた。それは嘘偽りのない“ありがとう”という言葉だった。



 

 ……うん、この村の人達のためにヨゼフが何かしてあげたくなる気持ちがわかった気がした。


 この村の人達はいい人達だ。ヨゼフへの恩を忘れない気持ち、本当にありがとうって想っているからこそ、ヨゼフを歓迎したいとみんながそう願ってやまない。

 ヨゼフはそんな村のみんなだからこそ尽くしてあげたいと、ヨゼフ自身も願ったのではないだろうか。

 だからこそ、他のワイルド・ドッグの亡骸を取引に用いるのではなく、道に転がった魔物の死骸を拾って来るように仕向けたのではないか。




 だとすると、僕のせいで悪いことした。本当はこのワイルド・ドッグの亡骸も取引に使うつもりはなかったんじゃないか。僕の咄嗟のわがままをヨゼフは優しく拾ってくれたけど、本当にただのわがままだ。

 ……心が痛む。話しを聞いていると、この村の状況はどうにもいい状況にないらしい。


 “その子らもきっと、辛い経験をされたこととお察しします。……無理もありません。奴らがいる限りは”という言葉。

 このことから魔物ではない何者かに苦しめられている。しかもそれは、“今年の村もなんとかやっていける”と言わしめる程の、厳しい状況に追い込まれている事態なのでは? 




 僕にも何か出来ることはないだろうか………。せめて、自分の犯してしまった失態を償えるぐらいのことはしたい。

 ドーファンのために先を急ぎたい気持ちもあるが、目の前に苦しんでいる人がいるのなら、何とかしてあげたい気持ちも隠せない。


 ヨゼフやドーファン、ハイクとイレーネはどう思っているのだろう……。

 

 温かい歓迎とは裏腹に、僕の気持ちの中ではもどかしい気持ちがせめぎ合っていた。


「あぁ〜、別にそんな重く捉えなくていいんだ村長。このぐらい俺達にとってはどうってことないんだ」


 

 

 グゥ〜〜〜〜〜〜




「っっっ!? ……」




 い、今の音の発した人物ってもしかして………


「はっはっはっは! お連れの方もお腹が空いているようだ。昼ご飯がまだでしたよね。失礼致しました。これ以上ここでお引き止めする訳にはいきませんな。では、宿屋の裏庭へご案内致します。どうぞ、ついて来て下さい」


 村長はこの場のシーンと静まり返った空気を振り払ってくれようと、盛大に笑ってくれたがかえってそれは裏効果だった。




 だってそのお腹の声の主は、僕の前で少し顔を下に俯いて恥ずかしがっているイレーネだったから。




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