歓迎
第九十七節
草原をひたすら駆けていく。穏やかな風がそよぎ、時までもが緩やかに凪いでいるような、幸せな時。
切羽詰まる状況から解放され、お腹は少し空いていてもお昼ご飯の時間があると聞いただけで、僕らの胸は楽しみとわくわくで満たされていった。
いやぁ、本当に楽しみ! だってこれからはお昼ご飯が食べられる習慣の国で、食の楽しみをより享受出来る機会に与れると知ってしまえば、それはそれは気持ちが弾んでしょうがない。
ヨゼフとドーファン以外の僕達は、ルンルン顔で無意識のうちに笑みが深まっていったらしい。何でも知りたがりのドーファンから声が掛かる。
「皆さん何でそんなに嬉しそうなのですか? お昼がそんなに楽しみなんですか?」
たかがお昼ご飯とでも言わんばかりの、不思議そうな顔で尋ねてくるドーファンに僕達は諭すように口を開く。
「ドーファン。それは違うぞ。お昼ご飯を食べられない奴もいるんだ。だからお昼に貴重な食べ物を食べられるって知っただけで、本当に俺達は嬉しいんだっ!」
「うん! 本当だよっ! 朝も昼も夜も食べられるなんて最高だよっ!」
ドーファンも僕達の言い分に理解を示してくれたのか、少しだけ納得したような声で興味深いことを告げた。
「あぁ、そういうことですか。確かに冒険者は認めらてるから大丈夫ですね」
「……どういうことよ? 何が認められているの?」
「えっ? 本当に知らないんですか? ちなみにカイ達のいたところは、一日何食だったんですか?」
言っていることがよくわからないけれど、質問にはしっかりと答える。
「僕達のいた村では、一日二食で朝と夜に食べていたよ」
「………なるほど。神の存在が知られていないところではそうなのですね」
「こっちでは違うの? それに神の存在がなにか関係があるの?」
「あぁ〜、ドーファン。こいつらはその辺のこともわかってないんだ。ゆっくり昼を食いながら説明してやろう。パンを買う時の注意点なんかもあるしな。ほら、もう見えてきたぞ」
神の存在やパンなどという言葉から嫌な予感というか、昔の嫌な風習について思い浮かべてしまったが、それも一瞬のことだった。
ヨゼフの言葉にみんなが一斉にパッと視線を、奥に見える景色に目を向ける。
どこまでも広がるように見える草原の中に、ここからだとうっすらと建物のような物が見えてきた。
緑と青の地平線の間に少しずつ木の色や干草の色が混じり始め、それが木造の茅葺き屋根の造りをした家であることがわかった。
村の一般的な家の造りは帝国ともそんなかけ離れてないんだね。
おぉ! あそこには風車が見えるっ! 凄い! 初めて見たよ。
風が吹くたびにゆらりゆらりと回る羽根。風に撫でられた草原の葉がざわめき、鳥が羽ばたき、草原の香りに紛れて、人の存在を知らせる音も聞こえてくる。
「いいか、村に入ってからは俺から離れるなよ。絶対にな。あと、カイとハイクとイレーネは人目があるところでは話そうとするな。これも絶対だ。いいな?」
「……なるほどね。わかったわ。お昼はみんなで話せる場所で食べれるんでしょ?」
「あぁ、宿屋の裏庭でも借りよう。あそこの主人には貸しがある。お前らのことも見逃してくれるだろう」
そっか。僕達は密入国者だ。だから見知らぬ人にその事実を知らせる訳にはいかないのか。共通語が話せなければ、帝国から密入国をしているってわかってしまう。危険を回避するためには話さないのが一番だ。
幸いドーファンという僕達と同じぐらいの年齢の子供がいるから、深くは怪しまれずに済みそうだ。子供達全員が話さないとなると、村にも街にも入れなかったかもしれない。
怪しさが増すからだ。
本当は僕も共通語は話せるけど、今はまだその事実を告げないほうが身のためだろう。
村や街の人間への警戒心を上げるよりことよりも、仲間の警戒心を上げてしまうことになりかねない。正体を明かすまでは、このことは言わない方がいい。
色々考えるてみると、ドーファンと会えたのはドーファンのためでなく、僕達のためにもなっている。本当に旅に欠かせない存在だ。ドーファンがいたからそこまで怪しまれずに、村に入れるようになっている。
ヨゼフもそう判断したから、村でゆっくり休むという決断に至ったのではないだろうか。村の宿で寝るのと外で野宿を行い続けるのでは、体力や気力の損失や回復率もだいぶ変わることだろう。
だから休める時はなるべく寝床があるところで休ませたい、そんな考えが伺える。僕は前の世界の経験があるから苦じゃないけど、ハイクは慣れてないだろうし、その慣れの問題に加えてイレーネは女の子だ。男の子の趣味が好きなイレーネとはいえ、ずっと外で野宿をするのはきっと辛いことだと思う。
うん。やっぱりドーファンとの出逢いは、とても大きな意味で本当に良い出逢いだ。ヨゼフと並んでこの国での常識も教えてくれるし、ありがたい存在だ。この出逢いを神に感謝を。
少しだけフワッと魔力を神に感謝の気持ちを込めて、奉納すると共に感謝の祈りを捧げた。まぁ、祈ったところで、魔力はキラキラと弾けるだけなんだけど。
「よし、んじゃ行くぞ。そこまで気負わないでいいぞ。多分、歓迎してくれるから」
「ヨゼフ師匠? 歓迎って……」
そのハイクの質問に返事をすることなくヨゼフは歩を進める。村に近づくにつれ草原の緑から、地面の色が剥き出しになった大地が露わになっていく。
村の入り口付近にいた男が、こちらの一行に気付いたようだ。
「……ん? あれは………」
目を細め、手を目の上に当てて遠くを見る仕草をした男は、その先頭を率いる人物に気付いたようだ。
「…………あれは…ヨゼフさんじゃないかっ!? おーいっ! ヨゼフさん! やっと任務を終えたのかいっ!?」
まだ距離が離れているにも関わらず、ヨゼフに気さくに大声で話しかけてくる。
……えっ? ヨゼフって王都にいるのに、何でこの村の人はヨゼフを知っているんだろう?
「おぉ! 任務は終わった! 今日、宿屋に泊めさせてくれねぇかなっ!?」
ヨゼフも負けじと大声で、かつ槍を高く掲げてその槍を振りながら、その出逢いを懐かしむように話し掛けた。
「当たり前だっ! あんたなら村のみんなも大歓迎だっ!! おぉーい、みんな! ヨゼフさんだ!」
「えっ! ヨゼフさんですってっ!?」
「おい! 本当かよっ!」
「わーい! ヨゼフだぁ!」
ぞろぞろと村の入り口に村人が集まってくる。いやいや、歓迎どころの騒ぎじゃないよ!
村人総出の大歓迎が待ち構えている気がしてならない。
「これは……どういうことでしょう………」
ドーファンも、目を疑う光景に目を見張る。
だよね。こんなことになるなんて誰が想像できただろうか。まるで今からお祭りが始まるかのように、村人全員が仕事の手を休め、大事な人を迎え入れるようとしている。
「あちゃぁ……ここまでのことになっちまったか」
「ヨゼフ師匠。……何で村人はヨゼフ師匠をこんなに歓迎しているのですか?」
ハイクですら圧倒される光景。村人から伝わる熱気は、まだまだ距離の離れたこの場所からも伝わり、体感温度がみるみるうちに上がっていく。
人々の目は輝き、手を高く掲げ、その人物の名を高らかに叫ぶ。周囲一帯に響き渡らんとする声は、大草原の間を風と共にどこまでも響き渡る。
「あぁ、この村の奴らを一度救ってやったことがあるんだ。任務の途中でちょっとな……。まぁ、そんな大したことじゃないんだけどな」
「そんな…大したことじゃないって……これじゃあまるで……」
ドーファンの言いたいことは僕にもわかる。こんな大歓迎されるなんて、それはまるで……
「ドーファン、一つ教えてやる。俺達にとって大したことじゃないことでも、村のみんなにとっては大事なことだったってことがある。それをちょっと手助けしてやる。それを続けていくだけで、人はそいつを自ずとこう呼ぶんだ」
「“英雄“が帰って来たぞっ! 村人総出で歓迎するんだっこう呼びたくなるんだ」
「“英雄”だっ! 英雄のお帰りだっ! 英雄を迎えよっ!」
村に近づいて人々の顔が見える距離まで来た時に、それは見えた。
人々の顔には、隠しきれない喜びの表情が、大好きな英雄を心待ちにしていた満面の笑顔が、見渡す限りに広がっていた。




