知りたかった
第九十六節
「……知りたかった、期待に応えたかったからですかね」
ドーファンの言っている意味がわからなかった。何を知りたかったの?
「ボクは知らないことを知るのが好きです。ボク一人だと商人の人に乗せて貰うしかない旅でした。あの瘴気の間を通り抜けるなんて経験、皆さんと一緒でなきゃ出来ませんよ」
「……命を危険に晒してまで、ドーファンは何を知りたかったの?」
素で質問をしていた。そこまですることだったのだろうか。ヨゼフの考えを知らない中で、自分の命を賭けてまでこの道を選ぶ必要はあったのか?
そもそもドーファンは自分の命を重んじているような気がしていたけど…。
「はははははっ! いやぁ、言葉が足らなかったようですね。すみません。それにしても、カイは面白いことを聞きますね。カイもボクと近い考え方をしていると思ってたけど、ちょっと違うようですね」
「命を危険に晒すつもりはありませんよ。ボクは自分の命が大事だ。自分に課せられた使命を果たそうという想いで一杯です」
「だから一刻も早く戻るには、この道を行くというヨゼフさんの選択は嬉しかった。……同時に、ボクらに対して“あの道を通れる”って期待してくれてるのを自ずと感じました」
「なら、その期待に応えたいと思ったんです。ヨゼフさんからの期待に応えたい、と。それだけの強い想いを抱いていることを証明したいって」
「そして、この道を進むことを選ぶことは、知らないことを知る良い機会だと思いました。知らないことを知るのが大好きです。本には載っていない。そんな話しを。なら、それを知るために全力を尽くしたい」
「ボクの望んでいた以上のことを知ることが出来ました。仲間の絆がこんなにも深いものだったって……かつて知ったことをまた知ることが出来ました。何より、本当の仲間とは何か、友達が何かって…少し知ることが出来たような気がします」
「……そっか。教えてくれてありがとう。ごめんね、ドーファンのことを勘違いしていたよ。そこまで考えて、この道を進むことを考えていたなんて」
ドーファンは大切な想い出を噛み締めて、じっくりと想い浮かべるような優しげな表情をしていた。
まさかここまでの覚悟、想いを持ってドーファンがこの道を辿ることを選んでいたなんて。
わかったことがある。あの瘴気というのは、それほどまでに脅威なんだ。人の想いを砕くまでの恐ろしいものだってことはわかった。それが、魔物から出ているってことも。
それでも不思議だ。ファンタジー世界で瘴気なんてものを出す話しをそこまで知らなかった。
瘴気ではないけど、似たようなものが歴史上騒がれてはいたけど。
この瘴気には何か特別な理由でもあるのだろうか。
ドーファンの言葉で引っ掛かるものがあった。“近い考え方をしていると思ってたけど、ちょっと違うようですね”って言葉。
僕はドーファンに親近感を抱いていた。似たような考え、同じような趣味。知らないことを知りたいって考え方。
それでも僕の方も薄々感じていた。何かが違う、と。
何が違うかは今のところわからない。でも、それはどこか根本的な部分で違う気がしていた。
「謝らないで下さい。それに謝るのはこちらのほうです。ボクは知っていながら、皆さんに教えていませんでした。申し訳ありませんでした」
「もし、言ってしまえば、この道を通るのをカイ、ハイク、イレーネに反対されるって思ったんです。それだけは阻止したかった。何としても早く王都に向かいたかったから」
「それに、皆さんに妙なプレッシャーをかけたくなかった。本当に通れるのかって思わせてしまったら、それだけで心が、想いが、強く保てないかもしれないと考えると、言い出せませんでした……」
「………………」
ドーファンはハイクの背に少し顔を埋めながら、自身を覆うフードを胸のところで強く握り締めているのか、背中しか見えないけれど、その背中に見えていたフードのシワは無くなっていた。
ヨゼフは無言のままだ。多分、ヨゼフもドーファンと同じ考えで僕達に伝えていなかったのかもしれない。
少し、胸の辺りがモヤモヤする。ヨゼフが期待してくれていたのはわかった。でも、それだったら………
「「納得出来ないっ!!」」
今まで黙って聞いていたハイクとイレーネは、もう我慢出来ないと言わんばかりの大きな声で、反撃の声を上げる。
「何よ、それっ! ヨゼフもドーファンも信頼とか信じろって口にしてるけど、それなら私達のことをもっと信頼してよ! 正直に全部話してよ! それが仲間とか、友達って言葉の意味じゃないのっ!?」
「そうだっ!! ドーファン! そんなに友達のことを知りたいなら、まずは自分の知っていることを打ち明けろ! そんなんじゃ友達の信頼なんて得られないぞ! ヨゼフ師匠も、もっと俺達のことを信じて下さいっ!! いま知ることで覚悟を決めることより、後で知って辛い想いをすることの方がよっぽど嫌だっ!!」
………僕は、何も言えなかった。ヨゼフとドーファンに向かって二人は心の声を上げている。でも、それはまるで僕に対しても二人が言っているような気がした。
二人の声はずっと想っていたことをぶち撒け、少しでも早く気付いて欲しいと、誰かに向けた言葉を…含んでいるような気がした。
さっきまでヨゼフのことを、うるうるした目で見ていたハイクでさえ、ここまで訴えかけてくるんだ。
あれだけ信頼されていたと思っていたのに、事実を告げたら想いが砕けるとヨゼフに思われていたことも、ハイクからしたらショックだったんじゃないかな。
そのことを伏せたほうがいいという優しさが、いつだって本人の想いに沿っているとは限らない。
黙っている想い遣りが、時として人を傷つけてしまう。
でもね、僕はヨゼフとドーファンの気持ちもわかる。それは……
「……そうだな。俺らが悪かった。さっきの誓いの時も言ったが、お前らを信じきる自信がなかった。次もこういう場面が来たら、間違いなくお前らにも事前に情報を流す。お前らを信じなきゃいけない、そんな場面が来たら包み隠さず話す。すまなかった」
そう。ヨゼフもさっきの宣誓の儀を行った時、たしかにそう言っていた。無理もない。まだ出会って一日と経っていないんだ。そんな仲間を心の底から信頼しろっていうのがおかしい。
でも、今は素直に僕達のことを信じてくれているようだ。言葉がそのことを裏付けていた。
「だがその時はな、もうカイも言っていたが目前まで迫っている。明日、村を出発する時に話してやる。これから行く先がどんな所で、どんな奴が待ち構えているか」
断定した言葉だ。すでにヨゼフの中では見当がついているようだ。見えない敵のはずなのに、あたかも知っているような。
「ドーファンのことも許して欲しい。そいつはまだ手探りの最中なんだ。まだ、俺達との関係を。……人との距離感っていうのをな」
ヨゼフは察している言い方だった。ドーファンのことを理解している物言いだった。
ドーファンは、人との関係性を探っているってこと?
「うぅっ! そんなこと言わないで下さいよ! ヨゼフさん! それじゃあまるで、僕が人間不信っていうか、疑心暗鬼の塊みたいじゃないですかっ!!」
「そう言ってんだ。違うのか?」
「えっ! 違うというか、違わないというか、そのぉ………」
「「「ぷっふふふ………あっはっはっはっは!!」」」
思わず笑ってしまった。ドーファンのしどろもどろな言い方は、明らかに図星なようだった。
「もう、みんな酷いっ! そんな笑わなくても…もう知りませんっ! ふんっ!」
切実にドーファンも訴えかけてくる。後ろを振り向きながら文句を言ってきたその表情が、あまりにも必死そうだったから、ついつい笑ってしまった。
ドーファンもそっぽを向いて、草原の遠くに見える果てのない景色に視線を向ける。
「あぁ〜、ごめんごめんドーファン。その、悪気があって笑った訳じゃないんだ。ドーファンがあまりにも必死そうに弁明しようとしてるもんだから……」
「ぷふふふふ。ドーファンったら、あんなに必死に言わなくても別にいいのよ。逆にあれは疑心暗鬼の塊って言ってるようなもんよ」
「えっ! そうなのですかっ!? うぅ……知らなかったですぅ……」
「あっはっはっは! ドーファンは物知りなようで知らないこともあるんだなっ!」
「っ! うぅ…………恥ずかしいです!」
再びドーファンはハイクの背に顔を埋める。でも、さっきとは違う感情を持って埋めている。
……この子は本当に感情の移り変わりが凄いな。
落ち着いていたと思ったら笑ったり、笑っていると思ったら悲しんだり、悲しんでいると思ったら恥ずかしがったり。
人間味溢れる子だ。感情の起伏に富んだ、人を惹きつける魅力溢れた子。
「わっはっはっはっは! いいじゃねぇか。知らないことを知る。それは人ならいつまで経っても抱えている人生の課題ってやつだ。知ろうとするのは悪いことじゃない。むしろ前向きなことだ。俺はお前のそういう想いが好きだぜ、ドーファン」
「……ヨゼフさんっ!」
ヨゼフはいい所を掻っ攫うのが得意だね。絶妙なタイミングで誰かに必要な言葉を与えてくれる。
「冒険は始まったばかりだ。まだまだお互いのことを知っていかなきゃいけない。だからまぁ、まずは村に行ったら飯を食おう。昼時を少し過ぎちまっているが、肉もあるし飯を食いながら何か話そう。お互いを知るためには話すことが一番重要だ」
「ヨゼフ師匠っ! それなら伝説の将軍って人の話しを教えて欲しいです。昨日は何だかんだで話しが流されちゃったじゃないですか」
「ちっ、まだ覚えてたか。まぁ、話したところで問題はないけど、俺から聞いたって絶対ギルドの連中に言うなよな。そのことが奴の耳に入っただけで、面倒くさい話しになるからよ」
「はいっ! ボクもその約束守ります! 楽しみだなぁ。ボクの知らないどんな情報が聞けるんだろうか〜」
「ねぇ、こっちってお昼時でもご飯を食べるの? 食べれるの? 私も楽しみになってきたわっ!」
……全く、みんな調子がいいんだから。でも、このぐらいサッと気持ちを切り替えられる気楽な関係のほうが、この旅を共にしていく上で、とてもリラックスした気持ちで旅を楽しめそうだなって思った。
さっきまでの話しから生じたであろう僕達の反論。その反論をねじ伏せるのに充分な屈託のない笑顔を浮かべながら、心底この旅を楽しんでいるようにヨゼフとドーファンは笑ってみせた。
それに連れてハイクとイレーネも笑いながら、会話へと誘われていく。
もっと知りたい。みんなのことを、とりわけヨゼフとドーファンのことはまだまだ知らないことだらけだ。
今はみんなとお話しをして、もっとみんなのことを知りたい気分になった。
「わーいっ! お肉楽しみだなぁ〜。早く食べたいね!」
もっと言葉と言葉を、重ねに重ねて。




