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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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知りたかった

第九十六節

「……知りたかった、期待に応えたかったからですかね」


 ドーファンの言っている意味がわからなかった。何を知りたかったの? 


「ボクは知らないことを知るのが好きです。ボク一人だと商人の人に乗せて貰うしかない旅でした。あの瘴気の間を通り抜けるなんて経験、皆さんと一緒でなきゃ出来ませんよ」

「……命を危険に晒してまで、ドーファンは何を知りたかったの?」


 素で質問をしていた。そこまですることだったのだろうか。ヨゼフの考えを知らない中で、自分の命を賭けてまでこの道を選ぶ必要はあったのか?


 そもそもドーファンは自分の命を重んじているような気がしていたけど…。


「はははははっ! いやぁ、言葉が足らなかったようですね。すみません。それにしても、カイは面白いことを聞きますね。カイもボクと近い考え方をしていると思ってたけど、ちょっと違うようですね」

「命を危険に晒すつもりはありませんよ。ボクは自分の命が大事だ。自分に課せられた使命を果たそうという想いで一杯です」

「だから一刻も早く戻るには、この道を行くというヨゼフさんの選択は嬉しかった。……同時に、ボクらに対して“あの道を通れる”って期待してくれてるのを自ずと感じました」

「なら、その期待に応えたいと思ったんです。ヨゼフさんからの期待に応えたい、と。それだけの強い想いを抱いていることを証明したいって」

「そして、この道を進むことを選ぶことは、知らないことを知る良い機会だと思いました。知らないことを知るのが大好きです。本には載っていない。そんな話しを。なら、それを知るために全力を尽くしたい」

「ボクの望んでいた以上のことを知ることが出来ました。仲間の絆がこんなにも深いものだったって……かつて知ったことをまた知ることが出来ました。何より、本当の仲間とは何か、友達が何かって…少し知ることが出来たような気がします」


「……そっか。教えてくれてありがとう。ごめんね、ドーファンのことを勘違いしていたよ。そこまで考えて、この道を進むことを考えていたなんて」


 ドーファンは大切な想い出を噛み締めて、じっくりと想い浮かべるような優しげな表情をしていた。

 まさかここまでの覚悟、想いを持ってドーファンがこの道を辿ることを選んでいたなんて。


 わかったことがある。あの瘴気というのは、それほどまでに脅威なんだ。人の想いを砕くまでの恐ろしいものだってことはわかった。それが、魔物から出ているってことも。

 それでも不思議だ。ファンタジー世界で瘴気なんてものを出す話しをそこまで知らなかった。

 瘴気ではないけど、似たようなものが歴史上騒がれてはいたけど。


 この瘴気には何か特別な理由でもあるのだろうか。


 ドーファンの言葉で引っ掛かるものがあった。“近い考え方をしていると思ってたけど、ちょっと違うようですね”って言葉。

 僕はドーファンに親近感を抱いていた。似たような考え、同じような趣味。知らないことを知りたいって考え方。


 それでも僕の方も薄々感じていた。何かが違う、と。

 何が違うかは今のところわからない。でも、それはどこか根本的な部分で違う気がしていた。


「謝らないで下さい。それに謝るのはこちらのほうです。ボクは知っていながら、皆さんに教えていませんでした。申し訳ありませんでした」

「もし、言ってしまえば、この道を通るのをカイ、ハイク、イレーネに反対されるって思ったんです。それだけは阻止したかった。何としても早く王都に向かいたかったから」

「それに、皆さんに妙なプレッシャーをかけたくなかった。本当に通れるのかって思わせてしまったら、それだけで心が、想いが、強く保てないかもしれないと考えると、言い出せませんでした……」

「………………」


 ドーファンはハイクの背に少し顔を(うず)めながら、自身を覆うフードを胸のところで強く握り締めているのか、背中しか見えないけれど、その背中に見えていたフードのシワは無くなっていた。

 ヨゼフは無言のままだ。多分、ヨゼフもドーファンと同じ考えで僕達に伝えていなかったのかもしれない。

 少し、胸の辺りがモヤモヤする。ヨゼフが期待してくれていたのはわかった。でも、それだったら………




「「納得出来ないっ!!」」




 今まで黙って聞いていたハイクとイレーネは、もう我慢出来ないと言わんばかりの大きな声で、反撃の声を上げる。


「何よ、それっ! ヨゼフもドーファンも信頼とか信じろって口にしてるけど、それなら私達のことをもっと信頼してよ! 正直に全部話してよ! それが仲間とか、友達って言葉の意味じゃないのっ!?」

「そうだっ!! ドーファン! そんなに友達のことを知りたいなら、まずは自分の知っていることを打ち明けろ! そんなんじゃ友達の信頼なんて得られないぞ! ヨゼフ師匠も、もっと俺達のことを信じて下さいっ!! いま知ることで覚悟を決めることより、後で知って辛い想いをすることの方がよっぽど嫌だっ!!」




 ………僕は、何も言えなかった。ヨゼフとドーファンに向かって二人は心の声を上げている。でも、それはまるで僕に対しても二人が言っているような気がした。

 二人の声はずっと想っていたことをぶち撒け、少しでも早く気付いて欲しいと、誰かに向けた言葉を…含んでいるような気がした。




 さっきまでヨゼフのことを、うるうるした目で見ていたハイクでさえ、ここまで訴えかけてくるんだ。

 あれだけ信頼されていたと思っていたのに、事実を告げたら想いが砕けるとヨゼフに思われていたことも、ハイクからしたらショックだったんじゃないかな。

 そのことを伏せたほうがいいという優しさが、いつだって本人の想いに沿っているとは限らない。

 黙っている想い遣りが、時として人を傷つけてしまう。


 でもね、僕はヨゼフとドーファンの気持ちもわかる。それは……




「……そうだな。俺らが悪かった。さっきの誓いの時も言ったが、お前らを信じきる自信がなかった。次もこういう場面が来たら、間違いなくお前らにも事前に情報を流す。お前らを信じなきゃいけない、そんな場面が来たら包み隠さず話す。すまなかった」


 そう。ヨゼフもさっきの宣誓の儀を行った時、たしかにそう言っていた。無理もない。まだ出会って一日と経っていないんだ。そんな仲間を心の底から信頼しろっていうのがおかしい。

 

 でも、今は素直に僕達のことを信じてくれているようだ。言葉がそのことを裏付けていた。

 

「だがその時はな、もうカイも言っていたが目前まで迫っている。明日、村を出発する時に話してやる。これから行く先がどんな所で、どんな奴が待ち構えているか」


 断定した言葉だ。すでにヨゼフの中では見当がついているようだ。見えない敵のはずなのに、あたかも知っているような。


「ドーファンのことも許して欲しい。そいつはまだ手探りの最中なんだ。まだ、俺達との関係を。……人との距離感っていうのをな」


 ヨゼフは察している言い方だった。ドーファンのことを理解している物言いだった。

 ドーファンは、人との関係性を探っているってこと?


「うぅっ! そんなこと言わないで下さいよ! ヨゼフさん! それじゃあまるで、僕が人間不信っていうか、疑心暗鬼の塊みたいじゃないですかっ!!」

「そう言ってんだ。違うのか?」

「えっ! 違うというか、違わないというか、そのぉ………」




「「「ぷっふふふ………あっはっはっはっは!!」」」




 思わず笑ってしまった。ドーファンのしどろもどろな言い方は、明らかに図星なようだった。


「もう、みんな酷いっ! そんな笑わなくても…もう知りませんっ! ふんっ!」


 切実にドーファンも訴えかけてくる。後ろを振り向きながら文句を言ってきたその表情が、あまりにも必死そうだったから、ついつい笑ってしまった。

 ドーファンもそっぽを向いて、草原の遠くに見える果てのない景色に視線を向ける。


「あぁ〜、ごめんごめんドーファン。その、悪気があって笑った訳じゃないんだ。ドーファンがあまりにも必死そうに弁明しようとしてるもんだから……」

「ぷふふふふ。ドーファンったら、あんなに必死に言わなくても別にいいのよ。逆にあれは疑心暗鬼の塊って言ってるようなもんよ」

「えっ! そうなのですかっ!? うぅ……知らなかったですぅ……」

「あっはっはっは! ドーファンは物知りなようで知らないこともあるんだなっ!」

「っ! うぅ…………恥ずかしいです!」


 再びドーファンはハイクの背に顔を埋める。でも、さっきとは違う感情を持って埋めている。


 ……この子は本当に感情の移り変わりが凄いな。

 落ち着いていたと思ったら笑ったり、笑っていると思ったら悲しんだり、悲しんでいると思ったら恥ずかしがったり。

 人間味溢れる子だ。感情の起伏に富んだ、人を惹きつける魅力溢れた子。


「わっはっはっはっは! いいじゃねぇか。知らないことを知る。それは人ならいつまで経っても抱えている人生の課題ってやつだ。知ろうとするのは悪いことじゃない。むしろ前向きなことだ。俺はお前のそういう想いが好きだぜ、ドーファン」

「……ヨゼフさんっ!」


 ヨゼフはいい所を掻っ攫うのが得意だね。絶妙なタイミングで誰かに必要な言葉を与えてくれる。


「冒険は始まったばかりだ。まだまだお互いのことを知っていかなきゃいけない。だからまぁ、まずは村に行ったら飯を食おう。昼時を少し過ぎちまっているが、肉もあるし飯を食いながら何か話そう。お互いを知るためには話すことが一番重要だ」

「ヨゼフ師匠っ! それなら伝説の将軍って人の話しを教えて欲しいです。昨日は何だかんだで話しが流されちゃったじゃないですか」

「ちっ、まだ覚えてたか。まぁ、話したところで問題はないけど、俺から聞いたって絶対ギルドの連中に言うなよな。そのことが奴の耳に入っただけで、面倒くさい話しになるからよ」

「はいっ! ボクもその約束守ります! 楽しみだなぁ。ボクの知らないどんな情報が聞けるんだろうか〜」

「ねぇ、こっちってお昼時でもご飯を食べるの? 食べれるの? 私も楽しみになってきたわっ!」


 ……全く、みんな調子がいいんだから。でも、このぐらいサッと気持ちを切り替えられる気楽な関係のほうが、この旅を共にしていく上で、とてもリラックスした気持ちで旅を楽しめそうだなって思った。


 さっきまでの話しから生じたであろう僕達の反論。その反論をねじ伏せるのに充分な屈託のない笑顔を浮かべながら、心底この旅を楽しんでいるようにヨゼフとドーファンは笑ってみせた。


 それに(つら)れてハイクとイレーネも笑いながら、会話へと誘われていく。


 もっと知りたい。みんなのことを、とりわけヨゼフとドーファンのことはまだまだ知らないことだらけだ。

 今はみんなとお話しをして、もっとみんなのことを知りたい気分になった。



「わーいっ! お肉楽しみだなぁ〜。早く食べたいね!」



 もっと言葉と言葉を、重ねに重ねて。


 


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