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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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右手

第九十三節

 ドーファンの説明で何となく理解出来た。なるほど、これが魔石か。ファンタジー世界のあるあるの一つだ。

 僕は魔石なのかわからなかったけど、この石からも特別な魔力を感じて拾い上げた。僕達の魔力が詰まっているから、そう感じたんだとさっきの説明で納得した。あと気になっているのは……


「ねぇ、ドーファン。この魔石を大きいって言ってたけど、魔石が大きいってことは、それなりにあの巨大な熊は強いってことなの?」

「今さら何を言ってるんですっ!? カイも対峙しててわかったでしょうが、あれは強力な魔物ですよ! ランクはBに位置付けられています。討伐は歴戦の冒険者のパーティーでようやくと言われています。だから、カイの古代魔法でジャイアント・グリズリーを一撃で倒した時は衝撃でした。それよりもあの祈りの効果が気になってますけど……」

「祈りの効果?」

「……今はまだ憶測の段階なので、数日経ってから報告します」

「へぇ、何だかドーファンは研究者みたいだね」

「研究者、ですか。……そういうのは憧れますね。未知なることを探求するのは大好きです。ボクは本を読むのが好きで、その中でも占星術は大好きです」

「ドーファンも星が好きなのっ!? 僕も大好きなんだ! 今度、星を観ながら話そうよ!」


 まさかの星好きの仲間を発見! 僕は本も大好きだし、歴史も大好きだけど、星を観ることも大好きだった。

 山にキャンプに行っていたのも星を観るためだった。そのくらい万物が織りなす自然の中でも、本当に好きな存在だ。


「本当ですかっ!? 何やらカイとは気が合いますね。ぜひぜひご一緒に星を観ながらお話ししましょう! わぁ〜、楽しみだなぁ………あ、そうだ」

 

 ドーファンは僕の持っていた魔石を、その右手が指差した。


「あのジャイアント・グリズリーを倒したのはカイです。その魔石はカイの物ですよ。売れば結構なお金を手に入れることだって出来ます。大切に保管して下さい」

「えっ? 村に着いたらこれも使ってある物を作る予定だったけど」

「はあぁぁぁ!? 何を考えているんですか!? それだけの魔石があれば、冒険者ギルドに売りつけて大金を手に入れて、まずは生活の基盤を作るほうが先決ですよ。冒険者になるにしても、まずは小さな魔石で充分ですし、それを売ることで他の人に、カイ達の特別性をアピール出来る絶好の機会です。ヨゼフも言っていたじゃないですか。カイ達は多くの戦功や実績を作らなきゃいけないって」

「うーん。多分、売るよりも実用的で目に見えるアピールになるから良いなって考えてる。売った時の一時的な功績よりも、恐らくずっと目に留まるというか……出来上がった時のお楽しみにしててよ」


 ドーファンが言うからには、この魔石の価値は結構高いみたい。

 それにしてもヨゼフは、そんな魔物を十体も葬れるとか人外もいいところだ。ヨゼフは本当にこの国でも屈指の強さを兼ね備えているんだな。


 でも、この時ある事に気が付いた。ドーファンの右手………

 

 自信は無かった。だから傷つけるかもしれないと思って、聞くことを躊躇ってしまう。

 

「おい、お前ら。そろそろ行くぞ。…お、カイの仕留めた熊の魔石か。もう魔力で染め上がっているな。そいつはいい、せっかくなら持っていけ。ほらよ」


 突然ヨゼフが話しかけてきた。


 ヨゼフは言葉の締めくくりと同時に、腰につけていた小ぶりな雑嚢袋を投げてきた。何かすでに入っているのか空中でも綺麗な弧を描きながら掌に収まった。

 袋を閉じていた紐を緩めると、中には魔力で染まった小さな魔石が幾つか詰まっていた。けど、その中にはジャイアント・グリズリーぐらいの大きさの魔石は、一つも見当たらなかった。


「それに魔石を入れておけ。村に着くまでは腰にキツく縛りつけて、肌身離さず持っているんだ。せっかくお前が初めて討伐して手に入れた物だ。道中も持っていろ」

「ヨ、ヨゼフ。この中に十体分のジャイアント・グリズリーの魔石は入ってないんだけど」

「あぁ? 当たり前だ。そんな物の回収よりもお前らの命の方が大切だろ。別にまぁまぁな魔石ぐらい、そのうちまた手に入るだろうよ。それよりも移動だ。早くしないと何か別な手を打たれちまう。さっさと馬に乗れ」


 そう言い放った後の風になびくヨゼフの後ろ姿は、あたかもそれが当たり前だと言わんばかりに、当人はそんなことを気にすることもなく、黒雲に跨った。


 だけど、僕は思う。その当然を当然とすることが出来る人こそが、真の人格者たる英雄なんだなって。


 僕と顔を見合わせたドーファンの口角は緩やかになり、お互いの顔に笑みが浮かび軽く笑い合った。


「もう、格好つけちゃって……。でも、本当にいい人ね。ヨゼフも……。さぁ、私達も行くわよ。ドーファン、これを貴方に預けるわ。大切に使ってよ」


 イレーネはぐいっとドーファンの前に槍を差し出す。


 最後の言葉は大袈裟な意味ではなく、本心を隠すことに優れたイレーネから流れ出た、珍しい本音だった。


 ………僕は見逃さなかった。槍を手放す不安が、その手に小さく現れていたことを。


 だけど、少女が槍を差し出す姿を観て、僕はそっと安堵の息を吐いていた。


「えぇ、大切な槍をたしかにお預かりしました。丁寧に使わせて頂きます」


  ドーファンは身体を屈めて片膝を地につけて、両手を頭上に掲げ、その手でしっかりと握りしめて、貴重な物を預かる従者のような仕草で(うやうや)しく受け取った。

 お茶目なドーファンはふざけてそんな態度をしているのではなく、イレーネの最後の言葉の重みを掴み取ったのか、こうすべきだと判断したんだと思う。

 その姿は身体の小さいドーファンの姿には似つかわしなく、壮麗で典雅な動きは観る者の目を奪う。


 イレーネも、まさかドーファンがそんな仕草をするような子とは考えもしなかったようで、どんな反応をすればいいのか悩んでいるようだった。


「そ、そうね! 丁寧に扱ってよね! 頼んだわよ!」


 動揺をごまかすように、いつもの口調で突っぱねながらアイリーンの元へ向かう。その頃ハイクはすでに準備を整えて、アルの上に乗っていた。


「おい、カイ。これ、頼んだぞ」


 ハイクは背負っていた弓と矢筒をポイっと僕の方に投げてきた。


 ドーファンのお手本のような形式ばった、まるで叙勲される騎士のような様は、歴史好きからすると“うおぉぉぉっ!”っと興奮するが、自分がその当事者として同じようにやれってなったら、それはそれは緊張この上なく、胃が痙攣を起こし、腹の中の物を逆流させてしまうことになる。


 このハイクとの軽いやりとりとその短い言葉は、形式ばった格好良さよりも、僕の性分に合っていた。

 その何気ないやりとりが、何とも言えない喜びと安心感で心の中を満たしていった。


「うん、任せて!」


 せっかく大事な弓を任されたんだ。しっかり活躍しなきゃな。このパーティーで唯一の弓矢を大切に背負った。


「さぁ、行くわよ。カイ。早く乗って」


 イレーネも準備を整えて、アイリーンの背の上にいた。わざわざ手を差し伸べてくれた。僕のことをより一層怪しんでいるのに、こうして未だに僕に手を差し伸べてくれる。


 でも、あと少し。あと少しだ。ヨゼフのことを僕が証明出来さえすれば、ヨゼフが転生者で、僕も転生者であることを明かすことになる。

 僕一人の証言なら、とんでもなく怪しい人物であると思われる。虚言や妄想の類いをホラ吹いていると、信頼を失いかねない。


 それなら、ヨゼフのことを間違いなくヨゼフだと証明出来る場面で、僕がヨゼフの名を言うことで、ヨゼフも僕が本当にヨゼフと同じ世界に生きた人間だと理解して貰えるし、ヨゼフと僕がお互い転生者だとみんなに明かせば、みんなも納得して貰える可能性が上がる。

 一人より二人、二人より三人の証言。数が増えれば、それだけその言葉の意味に重みが増す。


 本当は訪れて欲しくない証明の機会。だが、それ無くして今後の旅の安寧は訪れないだろう。


 そして、その時は同時に僕達の絆、信頼、それら全てが試される時。


 それは今回の宣誓の儀を行った時よりも、仲間に命を委ねることは何かを問われる時。


 恐怖に打ちひしがれそうになっても、絶望に心が脅かされそうになっても、今すぐに逃げ出したくなっても、仲間を…いや、ヨゼフに全てを委ねる決断を迫られる時。


 僕はその時、何があってもヨゼフに従う。ヨゼフを信頼しているから。


 だから、その時はイレーネのように、どんなに仲間を疑っていても、こうして手を差し伸べるような人になりたいと改めて想った。

 僕は差し伸べられた手をギュッと握りしめた。


「うん、行こう!」


 握り締められた手をイレーネは引っ張り上げながら、僕はアイリーンの背にサッと乗った。うん、一人で乗る時よりも断然乗りやすい。やっぱり一人より二人だね。


 僕達全員の準備が整ったことを見届けたヨゼフは先頭に立った。槍を前に出し、その進路を示す。


「よし、行くぞ! 覚悟を決めろ! 俺に続けっ!!」


 黒雲の脚はいつもよりも颯爽と走りだした。黒雲達も覚悟を決めたようだ。何が待っているかわからない、危険な場所に飛び込む覚悟を。


 僕達は続けて走りだす。未知なる冒険は始まったばかりだった。



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