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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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宣誓の儀

「私もヨゼフの意見に賛成よ。ヨゼフは私達を王都まで無事に送ってくれるって約束したもの。それにヨゼフは私達よりも、こんな危険な場面を幾つも越えてきたんでしょ?」


「まぁな、そこは保証する。今よりもヤバい場面は幾らでもあったぞ。まだ軽いもんだ」


 イレーネもヨゼフの意見を支持するようだ。

 あとに残ったハイクはもちろん……


「俺はヨゼフ師匠の意見に従います! だって、師匠がそうした方がいいって言うなら俺はそれに従うだけです! 俺としてもこの森の中は何か危険な感じがするから、早く抜け出したいってのが正直なところです」


 そうくるのはわかってた。ハイクはヨゼフの意見は絶対従うだろうって。

 これでドーファン以外はあの道を強行突破することに賛成になったようだ。

 あとはドーファンがどう思うかな。


 ドーファンの方を見る……そこにはなぜか諦めとは違う、それを当たり前のことだと納得した表情で、どこかに置き忘れていた感情をまるで取り戻した顔になっていた。


「………ふぅ……ボクとしたことが余裕が無かったようですね。失念しておりました。たしかにヨゼフさんを信頼すべきでした。ボクは昔から本ばかり読んでいたからか、頭で考えることばかりが先行してしまう。餅は餅屋、冒険は冒険者に任せるべきでした。その道のプロを信頼しないのは、愚者のすること、なにより大事な仲間が言った”信用しろ“という言葉を信頼しないのは、絆を知らない者の行うことでした。……ヨゼフさん。ボクの命、預けてもよろしいですか?」


 それは覚悟を決めて問う言葉。

 仲間に全てを委ねた決意の証。

 ドーファンがヨゼフを見る瞳には炎が灯されたように、揺るぎない信頼を持ってヨゼフを見つめる。


「俺はお守りは嫌いだ。ハッキリ言ってな。俺の性分には合わない。子供ってのは自分では何も出来ないで我儘を言うのが仕事だ。お前らもそう変わらない。甲斐甲斐しい世話を焼き、俺の柄になく気を遣ってやんなきゃいけないからよ。でもな、俺はこの任務を受けてよかったと確信している。多分、俺が今この場にいるのは、お前達と会えっていう“神の意思”だったんじゃないかって思う。……俺に任せろ。その命、何が何でも守り抜く。この槍に誓って。そして…我が神に誓ってっ!!」


 ヨゼフは槍の石突きを地面にガンッと突き、その槍と共にヨゼフの全身に薄く魔力が覆われていく。


「我が神に誓う。この旅路の果てまでに、たとえどんな悪しき者達がひしめいたとしても、どんな数多(あまた)の困難が待ち受けていようとも、我が槍は全てのものを薙ぎ払わんっ! ここから始まる新たなる冒険譚を! 偉大なる英雄譚を! 我が誇りにかけて! 我が名にかけてッ!!」


 それは普段の祈りとは違った。

 その魔力は光り輝き、光がヨゼフの身体から放たれ、その魔力は神に奉納されているような感じではなかった。

 ただただ美しいと思える。空気が洗練され、その魔力が周囲へ弾け飛び、魔力がキラキラと輝きながら大地に滴り落ちる。まるで神が祝福し、その誓いを見届けたような幻想的な光景。




「…………“宣誓の儀”。なぜそこまでして下さるのですか……」




 これが宣誓の儀なんだ。

 とても綺麗で現実とはかけ離れた光景に思わず見惚れてしまった。




「たしかに俺は、初めて会った時にもお前らを守ると言っていた。だがな、どこかで不安があった……。本当に守れるのか……本当にお前らを信じきることが出来るのか、と」

「だが、こんな状況でも俺を信じると言ったお前らの想いを通して、ようやく俺の失っていた槍の意味を取り戻せた気がした。俺の槍は大事な誰かを守るために振るう槍だ。お前らのことを()()に守ると決めた」

「なら、それらを誓わずしてどうする。男が一度誓うと言ったんだ。誰の前で誓ったとしても、たとえ神に対して誓ったとしても、自分の中で決めた誓いを胸に進むだけだ。そこまで大層なことじゃない。ただ、それだけだ」


 恐らくドーファンの言葉からの予想だけど、制約みたいなものが付されるのであろう。

 ドーファンが(まばた)きをして、信じられないものを見て心を奪われているようだった。


 しかし、その刹那。

 ドーファンも覚悟を決めたようで、凛と背筋を伸ばしヨゼフに向き合うように澄んだ声を響かせる。

 すでにその身体には魔力を纏っていたので、これから何をするかは誰の目にも明らかだ。


「その誓いに敬意を表し、ボクも誓います。……慈悲深き我らの父よ。苦難を辿るこの道に、我らに立ち塞がる幾多の試練があろうとも、私は仲間を信じ、仲間を愛します。弱きを強め、強きを助け、助けは救い、救いは希望。我らが騎士の上に祝福を。我らの上に御身が祝福をお与えくださいッ!」


 ドーファンの魔力も周囲に飛び散り、周囲一体は多くの魔力で満ち溢れ、その空間にある全ての魔力を満たしていく。

 木々の鼓動を増し、大地には緑が芽吹き、地に転がる石は光を帯び、その場に神々の祝福が注がれたのは間違いなかった。


「その決意、受け取った。この誓いを我らの神に」


「えぇ、我らの父に」


 二人は自分の心臓に拳を当てて誓いをその胸に宿す。

 神を介した決して解けぬ誓い。揺るがぬ決意。不屈の信念。

 各々の信仰する神に誓って。

 その誓いはヨゼフとドーファンの間の絆を育んだような気がした。


「ヨゼフ師匠! 格好良かったです! 俺もそれやりたいです!」


「馬鹿野郎。これは本当に誓いたいと心動かされた時、それからどうしても誓わなければいけない時に行うもんだ。格好つけてやるもんじゃない。やめておけ。もちろんお前らもな」


「わ、わかりました。ちょっと残念ですがやめておきます」


 空気をぶった切ったハイクをヨゼフは正論で諭した。

 ハイクは雰囲気に呑まれて言い出したと思うけど、それは違う。

 二人の誓いは神聖なものだし、それは穢してはならない誓いだ。

 僕達が真剣に本当にそうすべきだと心が動かされた時に行うべきだ。


 ヨゼフは場の空気を変えるべく、地面に突いていた槍をクルクルッと颯爽と持ち直す。


「さて、じゃあ話しが纏まった。これからあの道に引き返して、そのまま突っ切る。隊形はさっきと同じだ。俺、ハイク、じゃじゃ馬娘の順だ。それぞれの同乗者も同じ。そのままだ。ただし、武器の携帯者を変える。ハイクの弓をカイに、イレーネの槍をドーファンに」


「ヨゼフ。僕よりもハイクのほうが弓が得意だよ。得意な人に任せたほうが……」


「ハイクとじゃじゃ馬娘には騎乗の操作に専念して貰う。その方が突破の成功率も上がるだろう。カイは馬上でも弓を扱えるか?」


「うん、大丈夫。それなりには扱えるよ」


「……ねぇ、カイ。私達は馬の扱いは授業で習ったけど、馬上で弓の練習なんてしてないわよね。何でカイは出来るのかしら?」


 …うっ、鋭い。これまでの僕の怪しさと、さっきの会話の内容からイレーネの僕への懐疑心はより深まったようだ。

 言葉も鋭いけど視線の鋭さは、より凄みを増していた。


「い、いやぁ…弓の特訓もハイクと一緒にこっそりやっていたから出来るかなぁって。……それだけだよ」


「…ふぅん」


 イレーネの疑いは晴れそうにないな。

 でも、畳み掛けるような質問を重ねてくる訳ではなかったので、内心ほっと一安心していた。

 ごくり、と唾が喉を伝う。舌の上で転がったその味は、どこか酷く苦い味がしていた。


「よし、じゃあそろそろ行くか。全員騎乗し、今すぐにでもこの場から出立する」


 ヨゼフの合図と共に、みんなの顔に覚悟の意思が固まったことは一目瞭然だった。

 だけど、その前にどうしても取っておきたい物があった。


「ヨゼフ。あの木のあの辺からあそこぐらいまで、何とかして切り落とせないかな?」


 僕の指差した先には、先ほどまで僕達が横たわり身体を預けていた大木があった。

 その大木にある太い枝の方を指し示した。


 神による祝福か、僕やヨゼフやドーファンによる魔力による変化かはわからない。もしくは両方かもしれない。

 あるいは瘴気が消え失せ陽の光に当てられたことで、たまたま神々しく見えているのか。

 木からは神聖さを感じられた。今はその木には、何やら強い力が宿っているように思えた。


 なら、それを何かに使えないかなって考えた時に、すぐに作りたいものは決まった。

 こう見えて僕は手先が器用。いや、器用になったと言ったほうがいい。

 前の世界では器用な人になりたくて様々なことに挑戦して、沢山のことが出来るようになった。


「あんなの何に使うんだ?」


「ちょっと作りたいものがあって。あれが丁度良いかなって」


「ほぉ……。お前、手先が器用なのか?」


「ある程度はね。人並みには器用だと思うよ」


「そうか。じゃあ、あれに加えてこれも落としてやる」


 ヨゼフの放った槍の波動により、僕の望んでいた木も手に入れることが出来た。

 それに加えてヨゼフは、それよりも少し細い枝の方も落とした。


「ヨゼフ。これは何に使うつもりなの?」


「矢が足んなくなった時のためにな。本当は食器とかも作りたいぐらいだが、そこまで重い木は運べない。なら数本でもいいから、その木から矢を作れればと思って。それに何だか木から不思議な感じがするだろう? それで作った矢がどんなもんかなって興味があってよ」


「たしかに不思議な力を感じますね。それは面白そうです。ボクも知りたいです」


「だろ。んじゃあカイ、無事に村に着いたらよろしくな。矢の羽根も売ってたらいいなぁ。楽しみだぜ」


 ウキウキ顔のヨゼフとドーファンも、この木から何か特別な力を感じるようだ。

 二人の顔を見ていたら、僕も作るのがより楽しみになってきた。


 あともう一つ気になる物があった。

 近くまで寄って腰を屈めてを拾い上げると、見た目に反してその物質の重さは軽くて正直なところ驚いた。


 わざわざ深く膝を折ったのに、こんな軽い石を拾うことは骨折り損のくたびれもうけ……ということにはならなかった。

 骨を折ってさらに得をした気分になれるほど、その軽い石に込められた力はその重さよりも強大に感じた。


「ジャイアント・グリズリーの魔石ですね。………こんなデカい魔石なかなか見られませんよ。………というよりも完全に魔力が染め上がってますね……。信じられない………」


 隣りに歩み寄って来たドーファンが思ってもみない感想を口にする。染め上がる?


「普通は魔力で染め上げるのに、日毎に少しずつ染め上げるのが通例です。こんなことはありえません。恐らくカイ、ヨゼフ、そしてボクの魔力が、この空間に推し広がり多くの魔力に満ちた空間に変わった影響で、その魔石を染め上げたのでしょうね」


「ふーん、そんなこともあるのね。凄い不思議な光景でとても煌びやかで綺麗だったわ」


「何を言っているんですかっ!? 普通は宣誓の儀ももっと少ない魔力で行う儀式です。それをヨゼフはあんな大量の魔力を使って誓ったんです。それに対してボクも誓うなら、同等の魔力を誓うべきと判断して行なったまでです。普通はあんな光景にはなりませんよ。それにカイの普通ではないあの祈りも含めて、異常なことだらけです!」


 そっか。ドーファンはそのことも踏まえて驚いていたのか。

 わざわざ神に誓ったことと、あそこまでの魔力を込めたこと。

 それだけヨゼフが本気で誓ったってことを、あえて見える形で行ったわけか。

 ………本当に粋なことをしてくれるね、ヨゼフ。

 さりとて、その誓いは間違いなくドーファンの心を動かした。想いを変えた。僕達の絆は強まった。


 なら、この先にどんな障害が待っていても、何の心配もいらない。ただヨゼフを信じて前に進むだけだ。

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