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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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信じる

「ね、ねぇヨゼフ。貴方の一族の祈りって……」


「黙ってろ。俺は今、カイに質問をしている」


 しっかりと僕に目を定めて一寸の狂いもなくこちらを伺う様は、まるで魔物と対峙している時のヨゼフの目と酷似していた。

 声を荒げることもなく、ただ淡々と冷酷に。

 その全てを(さら)け出させようとする。

 ……参ったな。まさかヨゼフに見られてしまったとは。

 僕はヨゼフと会って話したからこそ、かつて神と共にあった民の歴史を思い出した。


 嘘は……つけそうにない。

 もはや誤魔化すことも出来やしないだろう。

 …これ以上嘘をついたら、それこそヨゼフの信用は底に落ちてしまう。


 僕は、それだけは嫌だった。

 敬愛する英雄に見損なわれるなんて…何よりも辛いことだ。


 ………話そう。

 僕の知っているヨゼフを。

 だけど全ては語らない。今は、語るべき時ではない。まだ確証に至っていないから。




「ヨゼフ。僕から伝えられることは本当に僅かなことだよ………僕は多分、貴方を知っている」


「っ!? おい! それってどういう……」


「だけど、今は口に出来ない。口にすべき時は…まだだと思う。僕は貴方が貴方であると確信した時にこそ、それを告げなきゃいけない。そんな時が来ないのが一番だ。それはヨゼフ自身がわかっているはず。それは間違いなく僕達の身に危険が迫った時」

「だけど、その時は近いはずだ。貴方も気付いたはずだ。この出来過ぎた舞台の不自然さに。僕達の相手は、()()()()()()()()()、と()


「…ッッ!! …………」


 ヨゼフは黙ってしまった。

 …同じ事を考えていたようだ。

 僕もこの出来事で確信に至った。

 間違いなくこれは…何かの思惑が絡んでいる。

 誰が願ったかわからない思惑。その標的は………。


 いつになく真剣な顔で、ヨゼフは何かを考え始めた。

 深く深く考えるように、目の前にいる僕達の姿は恐らく見えてすらいないだろう。

 逡巡の末にヨゼフは口を開いた。


「………………俺がどうかしていたようだな……。守ると誓った相手を疑ってしまった………。カイ、俺はお前の事を信頼していた。だけど、これが誰かに仕組まれた事だと考えた時に、真っ先にお前が浮かんだ」

「俺のかつての仲間に、お前と同じで頭の切れる奴がいた。お前らは似ていた。()()()()()()。だから俺は、お前のことを問い詰める必要があった」

「そしてどうやら、お前は無関係だと………お前の目を観てわかった。お前の目は曇っちゃいねぇ。まだ死んだ目をしてないからな」

「ひとまずはお前を信じる。お前が俺を信用して本心を打ち明けたように、俺もお前を信じる。その理由は言わなくてもわかるはずだ。お前の言葉は明らかに、()()()()()()()()()()()()()

「それだけわかれば充分だ。少しは納得出来たからな。お前の持つ不自然さにも。そして、これは命令だ。あの祈りは二度と俺ら以外の人前で行うな。わかったな?」


 言い聞かせるだけの理由があった。

 そして、ひとまずは僕を信じてくれた。

 それだけで今の僕には十分だった。


「………うん、わかった」


「そして、これだけは誓って欲しい。俺が俺であることをお前がわかった時、お前も本当のお前を教えろ。約束出来るか」


「約束する。その時は笑いながら話し合おうね」


「………あぁ、約束だ」


 僕は間接的にこの世界の人間じゃない事を告げた。

 ヨゼフが理解してくれるきっかけとなる、嘘偽りのない言葉を言えば、あの祈りを知っている事も納得してくれると信じたから。

 

 ヨゼフは信じてくれた。僕の言葉を。本当の僕を。

 ヨゼフの正体がわかる時、それは僕の本当の姿をみんなに知らせる時という事になった。


 ハイクとイレーネ、それからドーファンはどんな顔を浮かべるだろうか。

 本当の僕を、受け入れてくれるだろうか……。




「ヨゼフ師匠。その、カイがこの世界の奴の言葉じゃねぇってどういう………」


「この話しは以上だ。これ以上話す必要が無くなった。今はこの事態にどう対処するかだ」


「「………………」」


 イレーネとドーファンは納得しきれていない顔だ。

 僕のことを観る視線は何かを探るように、(いぶか)しんで観ていることをその瞳は告げていた。


 ヨゼフは他のみんなの様子は気にすることなく、話しを切り替えて語り出した。


「話しを変える必要がある。まず、俺のとこには十体の熊が現れた。そして、その熊は()()()()()()()()()()()()、俺の前に必死な形相で現れた。お前らのとこに来た奴はどんな様子だった?」


 僕達のとこに現れたあの熊も何か怯えていて、とても必死な形相だった。

 ……あの様子は変だった。


「僕達のとこに現れた熊も、どことなく様子が変だったね。あの慟哭(どうこく)も誰かへの怨嗟(えんさ)の悲鳴のように、その怒りを僕達にぶつけるような攻撃をしてきたように思えた……」


「やはりな。どうりで全てが良すぎる訳だ」


「良すぎる? 頭がどうかしちゃったのかしらね、ヨゼフは。私達には良すぎるどころか最悪の出来事だったでしょっ!!」


 イレーネが怒りの声を上げる。

 なんたって命の危機に瀕してしまったことを“良すぎる”なんて言われたら、怒るのも当然だ。

 けれども、それは早とちりのような気がする。


「あぁ、悪ぃ。そういう意味じゃないんだ。俺が言ったのは俺らからの目線じゃねぇぞ」


「どういう意味ですか? ヨゼフ師匠」


「………………」


 ハイクもヨゼフの言った意味がわからないようだ。

 そのハイクの(かたわ)らで、俯いたままのドーファンの姿があった。

 ドーファンはヨゼフの言葉の意味に気付いているようだ。


「俺のとこに大量の熊が現れた後、どうしても俺はその対処に追われちまう。その間はどうしたって隙が出来ちまう。ならどうだ? 無防備になったお前らを狙う絶好のタイミングだ」

「そのタイミングにカイの倒した熊が現れた。都合良すぎるタイミングで…お(あつら)え向きの強大な熊がな」

「お前らを倒すのには充分過ぎる。そして、本当に都合の良い魔物だ。他の魔物よりもある程度強く、森の中でも何の障害もなく動けることが出来、そして、お前らのことを(むさぼ)り喰ってその証拠を全て消せる、そんな魔物だ」

「つまり、これはどうにも魔物以外の何かが関わっている気がしてならない。それは間違いなく悪意しかない。()()を消そうという」


 やっぱり。これは明らかに仕組まれたことだ。だけど、それなら……


「ヨゼフ。そしたら、あの道の先に……」


「あぁ、間違いなくいる。これを実行した奴が、いや、あえて言おう。()()がな」


「ヨゼフさん、質問です。なぜ奴らになるのです? そもそも相手がジャイアント・グリズリーよりも強い魔物だから逃げて来たかもしれないのに、それがあたかも、人の仕業であるかのように断言しておられるように感じてなりません。しかも、それが複数であるかのように………」


 怯えたようにドーファンが聞く。

 それは僕にもわからなかった。何で断言出来るのだろう。


「俺の相手していた奴らには、無数の傷がついていた。だが、その傷が一つの武器による傷ではなく、多数の武器による傷だった」

「剣、槍、魔法。それは様々な傷だった。確証的な証拠にならないように、弓矢を使った形跡は全くなかったがな。多少は頭が回るようだ」

「そして、俺がこう断言出来るのは、こういう人を消し去ろうとする思惑を()()()()()()()()()からだ。俺はそういうのが嫌いだが、そういうことを好む奴が身近にいた」

「だからこそ、俺はそういうことに敏感だ。歪んで捻れた病的な謀略。反吐が出るような誰かを貶める策。そんなことを間近で見ちまったから、俺はそういうのを直感で感じれんだ」




 なるほど。説得力がある。もしヨゼフがあのヨゼフなら、身近な誰がそうしていたのもわかる。




 ──※──※──※──




 自らの主の要望を、ただただ従順に従うのが果たして賢臣なのか、と考えさせられる物語。


 そして、その主の要望を叶えるために、あらゆる策謀を張り巡らせる。そんな誰かを思い浮かべる。


 とある英雄はある戦で戦功を挙げることが出来た。そして、ある勇敢な王は戦の前にこう宣言していた。


 『この戦であの民を討つ功を挙げたものに、全軍の指揮を託す』と。


 その英雄は全軍の指揮を任された。そしてその役職は彼にピッタリだった。何事も考え抜いて、思い巡らして、軍を動かすような彼には。


 その英雄は目覚しい活躍をした。多くの軍と対峙し、多くの軍を滅してきた。


 だが、ある時から彼の性格は変わってしまった。ある出来事をきっかけにして。


 時には戒めるのが賢臣。その本来の役目を見失ってしまう程に、英雄の心はすでに歪んでいた。歪みきっていた。


 そんな落ちぶれた英雄とは異なる、勇ましい英雄がいた。いや、()()()がいた。


 その英雄達はあらゆる戦功を挙げ、その戦功に及ぶ者はいないとまで、書き記された英雄が。


 そして、その英雄達の中でも、全ての勇士達の頂点に立つ英雄がいた。


 彼と彼は最後までわかりあうことが出来なかった。わかち合うことが出来なかった。


 ………最後の……最後まで。




──※──※──※──




 ふと、思い浮かべてしまった。悲しくも儚い英雄達の物語。

 あのヨゼフはどんな想いを持って、あの英雄達と肩を並べていたのだろうか。

 …どんな想いで、かの英雄を見ていたのだろうか。


「そしてそれは、この道を進んだ先にいるだろうな。悪いが、ここから飛ばすぞ。森の中では走るつもりはなかったが、状況が状況だ。一気に森を駆け抜ける!」


 ヨゼフの声で現実に振り返った。

 ん? …………ちょっと待って、今なんて言ったッ!?


「ヨゼフッ! それはあまりにも危険だよ! 無謀だ! もし敵が罠を仕掛けて待っていたらどうするのッ!? こんな状況で一気に駆け抜けるのは危険だッ! 事前にどんな罠があるか調べたり、道を迂回したりとか……」


「ダメだッ! そんな悠長なことをしてる暇も、これ以上この森の中にいる必要がねぇッ! この森の中にいるほうが危険だッ! 敵からすりゃあ森の中なら幾らでも仕掛けようがある。だがな、森を抜けた平野なら魔物の瘴気による障害もなくなるし、周囲の敵を見渡すことが出来る。そして何より、敵の裏をかくにはこれ以外の方法はねぇ。……俺を信じろ」


 ヨゼフは任せて欲しいと、その目で訴えてくる。

 ………さっきの物語が脳裏をよぎる。


 “自らの主の要望を、ただただ従順に従うのが果たして賢臣なのか”、と。


 僕は自分の意見を強く言うべきなのだろうか。

 だけど、ヨゼフは自分の経験とその直感で、今すぐにでもこの森から離れるべきだと言っている。


 僕は、かの歪んだ英雄と同じ状況にあるのかもしれない。

 少しその状況への理解をしてしまった。

 ………でも、明確な違いがある。僕はヨゼフを信頼している。仲間を信じている。

 僕の心に満ちるのは、大事な誰かを信じる想いだけだ。




 僕は、考え悩んだ末にヨゼフのことを見るために、視線を上にあげた。


「わかった。僕はヨゼフを信じるよ。この森を抜けよう」


「…ッ!? カイ! 貴方まで何を言っているんですかッ!? そんなことをして、カイがさっき言ったように、敵が沢山待ち構えていたらどうするんですか!? カイの魔法は魔物にしか使えないし、もし、人間が相手だったらヨゼフしか戦えません! ハイクも多少は戦えますが、こちらの戦力は、ほぼほぼ一人の人間に任せることになりますッ! …あまりにも無茶苦茶ですよッ!」


 ドーファンは本気で反対のようだ。

 …だけど、僕は信じると決めた。


「ドーファン。僕はヨゼフが僕達のことを守るって言ったことを、今でも信じている。それに変わりはないよ。さっきの魔物との戦いも、ヨゼフが駆けつけてくれることも信じていた。…結果は僕が倒しちゃったけどね。………そんな仲間が、”信じろ“って言っているんだ。なら、僕はそれを信じる。ドーファンが僕を信じてくれたように、僕はヨゼフを信じる」


 ドーファンはかなり頭がいい。

 恐らく、それはこの国においても、この世界においても。

 知識という部分だけではない、物事の本質を観る力に()けた子だと思う。

 だからこそ、理由はわからないけど、彼は自分の使命を果たすことに必死なんだと思う。


 ……それが何よりも、大切な事だと彼がわかっているから。想っているから。

 その使命を果たすために全力で考え、生き残ろうとしている。そのための反対意見。


 けど、僕はヨゼフを信じる。

 かの名だたる勇士達。その勇士達の筆頭に立ち、勇気と武勇を持ち合わせた、誇り高い全ての勇士達の頂点に立った、英雄の言葉を。

 盲信ではない。もしヨゼフがあの英雄なら、どんな敵だろうとも蹴散らしてくれる。

 そんなどうしようもないぐらいの確信が、ヨゼフを信じたいという気持ちと重なっていたから。






 

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