言葉と祈りかた
「凄い! 凄いわ! カイッ!!」
イレーネが僕に飛びついて抱きしめてきた。
だけど、僕の身体はイレーネの身体を支えきれることなく倒れ込む。
「…えっ!?」
僕は何とかイレーネが地面にぶつからないように、イレーネを胸に抱き締めながら、地面に僕の身体だけぶつかった。
…いったあああああぁぁぁぁぁいっ!
まだ完全に癒えていないから少しの衝撃でも痛いっ!!
イレーネを見たら何ともないみたいだ。
イレーネを守ったことを誰か褒めて……。
「…カ、カイッ!? 何で!? 何で倒れ込んじゃうの!?」
イレーネは思いもよらない結果に困惑する。
あの癒しの力をみればそうだよね。僕の身体も何の問題もないくらいに回復してるって勘違いするだろうし、身体を覆う魔力も増えているのが明らかだったから、あたかも全快したと思うよね。
確かに癒しの力は僕にも注がれた。しかし、あの祈りは……
「うぅっ……、僕はあの時、自分の仲間を癒すように願った。だから僕が癒されたのはたまたまだ。周りの木々が癒されたのも、たまたまだと思うよ。ハイクとドーファンの負った傷が癒やされることを願った。僕も癒しの祝福の恩恵を授かった。だけどそれは、祝福のお零れ。自身の傷を完全に癒すものではなかったみたい」
自分を癒すことを含めて祈るのは流石に躊躇った。
自身の身体を良くして欲しいと祈るのは、筋が違うと思ったから。
あくまで祈りは、誰かへの祈り。誰かのことを願う想いを込めて。
…そう、思ったから。
「カイ、本当に助かった! ありがとうなっ! そして…悪かった。俺が油断していた」
ハイクは寝そべる僕に向かって頭を下げた。
それは深く自分の行いを悔いてるのが、ひしひしと伝わってくるお辞儀だった。
「違います! 謝るべきは僕です! 僕のせいでハイクが死ぬ寸前だったんですから! 頭を上げて下さいっ!!」
ドーファンが急いでハイクの顔を見るように、足を屈めてハイクの肩を上に押し上げるように力を込めた。
だが非力なドーファンの力では、そっとやちょっとの力じゃ押せるものじゃない。
…でも、どういう事?
「ドーファン。それってどういう意味よ?」
同様の疑問を抱いたイレーネが問いかける。
「はい…実はハイクは、あのジャイアント・グリズリーの爪が僕を切り裂こうとした寸前に、アルの手綱を手放して、僕の身体を抱きしめながら、あの爪に切り裂かれながら庇ってくれたんです」
なるほど。
そう言えばあの時、巨大な熊の腕が振り上げる形で二人のことを突き飛ばしたように見えた。
振り上げる形なら切り裂きながら掌で突き飛ばせるのか。
あの巨大な熊も知恵が回るもんだ。
…ってか、あの一瞬でハイクがドーファンを庇うことが出来たほうが驚きだっ!
「ハイク、頭を上げて。ハイクがいたからドーファンは今もこうして生きてる。ドーファンの弱々しい身体が引き裂かれながら突き飛ばされていたら、この木にぶつかった衝撃で死んでいたかもしれない」
「だけどよ……」
「もし、ドーファンと一緒にいたのが僕やイレーネだったら、ドーファンは助かってない。そのまま僕達もあの掌にやられていた可能性が大きかったよ。だから、ハイクじゃなきゃダメだったんだ。…ハイクでなきゃダメだったんだよ。ドーファンのそばにいるのがハイクだったからこそ、今もこうしてみんな生きている。ハイクが大切な仲間を守ろうとしてくれたから、ドーファンは生きているんだ。ありがとうね、ハイク」
僕は満面の笑みをハイクに向けて笑ってみせた。
僕の考えたことは本心だ。ハイクがあの場に、あの隊列で、ドーファンと同乗して移動していたからこそ、みんな生きている。
…ハイクは本当に凄い。
この歳で咄嗟に自分の身を挺して誰かを守る。
そんな偉大な行いを以前の世界の僕には出来なかっただろう。
そんな勇気を持ち合わせてもいなかった。
「そうよ! ハイク、落ちこむことなんてないわ。ハイクは精一杯大切な仲間を守ろうとした。それは誇るべきことよ!」
イレーネはズバッと、僕が最も伝えたかったことを言ってくれた。
そう、それだよ! 誇るべき勇気のある行いだ。むしろ自信を持たなきゃ。
「……二人共ありがとな。だけど、俺もカイみたいに本当に誰かを守れるようになってみせる。ヨゼフ師匠のように強くなって、お前らのことを守れる存在にな」
「それは心強いよ。一緒に頑張ろうね、ハイク」
ハイクも笑いながら答えてくれた。
ハイクならきっと、そうなれる。
…ヨゼフのような英雄に。
「……カイもイレーネもさすがですね。見事にハイクを立ち直らせるなんて。真の友の言葉は凄いです。友を立ち直らせる力がある。そんな言葉をボクも言える素敵な友になりたい」
ドーファンが羨望の眼差しで僕達を見つめる。
でもね、ドーファン…
「何を言ってんのよ、ドーファン。いい? 友達っていうのはね。困った時にお互いを助け合う存在よ。それはさっきのハイクがドーファンを守ったことだけじゃない。気持ちが弱くなった仲間を励ます、それが真の友よ。だからドーファンも、私達の誰かが落ち込んで元気がない時は近くにいてあげるのよ。無理に言葉をかけなくてもいい。近くにいてくれるだけでもいいの。それだけでいい。誰かが寄り添ってくれるだけで、立ち上がれるから」
チラッと僕とハイクを見た。なにやら意味ありげな視線だった。
でも、僕にはその視線意味がわからなかった。
ハイクと何かあったのかな?
僕はイレーネには救われてばかりだけど。
「……わかりました。ボクもみんなの友達です。心に刻んでおきましょう」
ドーファンはその言葉に深く納得したように、目を閉じて、自分の中でその言葉の意味を咀嚼し、自分のうちに取り入れているかのように、朗らかな顔になっていった。
「………あと、気になることがあって」
目を開けたドーファンは僕の方を見た。
何か僕に聞きたいことでもあるような顔つきだった。
「カイ。あれは何ですか? なぜ貴方が古代魔法を、古の言葉を扱えるんです」
「古代魔法? 古の言葉? …ごめん、ドーファン。言っている意味がわからないよ」
僕はただ師匠に魔法を教えて貰っただけだ。
そして、その魔法を唱える詠唱を口から紡いでいるだけ。
「あれをこの世界で扱えるのはごくごく僅かな者達。特別な力を宿した者、彼らの事を人はそう呼んでいます」
「へ? あの魔法ってそんな特別なの? でも、ドーファンだって魔法が使えるはずじゃ……」
「唱える言葉、言語が違います。いいですか、この世界には大きく分けて二つの言葉が話されています。一つは帝国語、もう一つは共通語です」
「共通語?」
「はい、初めてカイと話した時に使った言語です。それはこの国や、多くの国で話される言葉です」
あぁ、英語のことかな。
共通語って表現はわかりやすいな。
前の世界でも全世界のほとんどの国で、共通語として英語が話せればある程度会話出来たからか、すぅっとその考え方に理解を示せた。
古代ギリシャ語は共通としての役割を果たして、アレキサンダー大王の時代に分たれた世界に一つの言語が歴史を発展させる一助になった。
多分、この世界では英語がその役目なのかな。
「ですが、これらの言語で魔法を唱えてもこうなります」
ドーファンは掌を上向きにしながら魔法を唱え始める。
「よく見ていて下さい。“火よ”」
英語で唱えられた火の魔法はドーファンの掌に現れた。
………あれ?
「なぁ、ドーファン。昨日見せてくれた火の魔法と発音違くねぇか。それになんだか……」
「えぇ、弱々しい火ね」
昨日の火とはうって変わって、その火はコンビニに売っている簡易式ライターと変わらない火力でちょこんと燃えていた。
「次は帝国語で唱えます。“火よ”」
「おぉ、本当に帝国語だ! 帝国語で魔法も唱えられるんだな! でも、なんだか……」
「えぇ、さっきよりもちょっと強めなぐらいね」
その火はちょっと性能の良いカセットコンロぐらいの火だった。
…あれれ? 魔力をドーファンは調節して出しているのかな。
「では次に、昨日唱えた魔法で唱えます。“火よ“」
その火はボッと先ほどの火よりも勢いよく出てきた。
明らかにその火の勢いは、さっきの比じゃない。
「うぉ! 全然勢いが違うな」
「こっちまで火の熱さが伝わってくるわ! ドーファンは魔力の量を調節してるの?」
僕と同様の疑問を持ったイレーネが質問した。
でも、僕はこの時……気付いてしまった。
「いえ、同じ魔力量です。唱えている言葉がただ違うだけ、言語が違うだけです」
もしかして、遡っているのではないか………。
帝国語がどこの言葉かは知らない。
ドーファンが最後に言った言葉がどこの言葉か知らない。
だが、そう感じざるをえない。
色々な学説やそれに伴う議論が勃発しそうだけど、真っ先に思い浮かんだのは“印欧祖語”の図表が頭の中で描かれていった。
言語が遡れば遡る程、魔法の威力が高まっているのではないか?
「…………カイは何やら気付いたようですね。この言葉の違い、言語の違いが。この世界において、魔法を使う者達は“言語の重要性”を極めて重要なものと捉えています。……魔法。それは魔のモノを縛り、戒める法。それは神からの恩恵。そして、それは同時に神に願い求め、神に頼った言葉が紡ぎだす奇跡」
「結果を言います。魔法というのは、神と話しをしていたとされる時代に話されていた言語に戻れば戻るほどに、その威力は増し、その奇跡は多くの魔を払う。…そして、その言葉を話せるのは本当に特別な人。そういう時代に生きた人だ……だからこそ、僕は問いたい。カイ、貴方は一体何者なんですか?」
「その話し、俺も興味あるな」
どこからともなくヨゼフがふらっと現れた。
まるでタイミングを見計らったかのように。
「ヨゼフ師匠! 無事だったんですね!」
「あぁ、ひとまずはお前らに謝りたい。済まなかった。俺がついていながら危険な目に遭わせた。そして、カイ。よくやってくれた。お前がいなかったらお前ら全員死んでいたかもしれない。……だが、どうしても俺はお前に聞きたいことがある」
「あの祈りを、なぜ知っている」
見られてしまった………。
ヨゼフには見られたくなかった。
「どういう意味ですか? 僕は普通に祈っただけです」
「ほぉ…普通に、か。じゃあ聞こう。お前はどうしてあんな風に構えたんだ?」
「自然と咄嗟に出たのがあの構えだったからです」
嘘だ。僕は知っていた。
僕はヨゼフと関わっていたから、あの時思い出したんだ。
「……そうか。だがな、俺はこう指摘せざるをえないな。自然に出る動作っていうのは、普段から行なっている動作の事だ。俺とドーファンはお前らに“両手の指を組んで祈れ”って教えたはずだ。なら、咄嗟に祈りの動作として出るのは、俺らがお前に教えた祈りのやり方だ。お前らは祈りも知らないただの子供だった。そんな奴が祈る時は、教えられた通りに祈るのが自然な流れだ。それにも関わらず、お前はまるでそれが本来の祈りであると知っているかのように、お前はあの構えをした。………さぁ、答えろ」
「なぜお前は、俺達の一族の祈りを知っているんだ」




