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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“人は…誰かになれる。大切な誰かを守る、英雄にだって”




 …ッドゴォォォォォンッ!!!




 ドーファンとハイクに突然の衝撃が襲い掛かる。

 アルのことを置き去りにしながら、二つの身体が森の中に飛ばされていった。


「ハイクッ!! ドーファンッ!!」


 二人の名前を呼ぶが返事がない。

 ハイクの愛馬アルは二人を探しに行くように、二人が飛んでいった方角の森の中に入っていった。


 ……油断していた。

 僕達は来た道を引き返して走るのに必死だった。

 後ろから迫り来る魔物の雄叫びにだけ注意が向いていた。

 …その音に気付けなかった。

 僕達の側面からも魔物が迫っていたことに。


 ヨゼフもいないこの状況で、魔物の姿が徐々にあらわになっていく。

 ハイクとドーファンを吹き飛ばしたのは、間違いなくあの大きな掌だったのだろう。

 手には黒く鋭い爪が生えていた。

 その手が…己が姿を僕達に見せつけるかのように、自身の前に立ち塞がる木々をバキバキッという音をたてながら、薙ぎ倒していく。

 長い長い腕が現れた。

 その腕は茶色の毛に覆われており、次第にその全貌が明らかになっていく。

 まるで死の迫る音が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるように……。


 そして、それが姿を現した時、僕は言葉を失っていた。

 そこには……三mを優に超える強大で巨大な熊が現れたからだ。

 残酷な現実が、僕達の前に立ち塞がった。


「…な…な……なによ、これ……こんなのに立ち向かわなきゃいけないの……」


 イレーネからかろうじて出てくる言葉は、絶望という感情が隠しきれていない言葉。


「無理よッ! カイ! 逃げましょう! 私達が逃げている間にヨゼフが駆けつけてくれるわッ!」


 それが最善策。

 そんな事は僕にもわかる。

 …でも、今はそんな事も言っていられない。


「ダメだ。……ここで立ち向かわなきゃ」


「何を言っているのッ!? あんなのに私達だけで(かな)いっこないわよッ!」


 …だけど、退くわけにはいかない。


「あのままハイクとドーファンの事を、あの巨大な熊が追って行ったら…恐らく二人は助からない」


 巨大な熊の視線は、先程ハイクとドーファンを突き飛ばした森の方に注意が向いていた。

 恐らく僕達の事にまだ気付いていない。

 そのまま素通りして…横切ろうとしていた。


「僕は…ハイクとドーファンを見殺しにする事なんて出来ない」


「無茶よッ! 貴方一人で何が出来るって言うのッ!? 冷静に考えてみてよッ!!」


 普通ならそうだ。あんな化け物に子供の僕が立ち向かったところで…


 あの何でも斬り裂けそうな爪に斬り殺されるか


 強靭な顎と全ての肉を喰らう鋭い歯で噛み殺されるか


 あの巨体から繰り出される腕の力が宿った掌で圧死するか


 ……そんな事しか想像出来ない。

 勝てることへの…イメージは湧かない。




 …バシッ! 


 何かに手首を掴まれた。

 目の前にいる少女が僕の手首を握っていた。


「ほらッ! よく見てみなさいよッ! 貴方の手の震えをッ! 貴方も怖いんでしょッ!? …それなのに…それなのにまだ立ち向かうって言うつもりなのッ!?」


 僕の手はガクガクと震えていた。

 ……手の震えはすぐに収まりそうはない。

 手が僕の本心を隠せずに震えていた。


 怖い、と。


 今すぐ逃げ出したい、と。


 そんな事はわかっていた。僕自身の気持ちだ。

 …クソッ、さっき誓ったばかりじゃないか!

 魔法を使うって…イレーネを守るってッ!

 なのに、なんで……こんな時に手が震えてしまうんだ…止まれ、止まってくれッ!!

 無慈悲にも手の震えは()むことを知らない。

 ある意味本能が危険だと察しているのかもしれない。


 ……けど、そんな気遣いは今の僕には不要なものだ。

 手の震えを払い、あたかもその震えを誤魔化すようにアイリーンの背から降りる。


 ただ、真っ直ぐに巨大な熊のほうを見つめながら…そのまま歩き出す。

 だけど、少女はそれを黙って見送ってくれない。




「…カイッ! さっきのヨゼフの言葉を忘れたのッ!? “英雄と蛮勇は紙一重”だってッ! カイは英雄なんかじゃないッ! 私よりも体力がない、ただの脆弱な子供なのよッ!?」


 正論が耳に突き刺さる。心に突き刺さる。それは僕も痛いほどわかっていた。

 先程の手の震えの原因よりも、よりよく理解していたこと。

 けど、僕は歩む事を辞めない。幾ら握りしめた手が…震えていようとも。

 その姿があまりにも英雄のそれとは…かけ離れた惨めな姿でも。




「もう辞めてッ! それ以上先に進まないでッ! あの化け物に気付かれたら、カイが死んじゃうかもしれない…。もうこれ以上、誰かが死ぬところなんて見たくない……。お願い…もうこれ以上…誰も死なないで………」




 少女は泣き崩れた。

 親の死を目の前にした時、僕の父さんが死んだ時…少女は泣いていた。


 今、少女が流す涙の意味は違う。

 それは誰かの死を嘆いて悲しむ涙ではなく

 誰かを想い遣って流れ落ちる…少女の想いが詰まった涙だった。




「……イレーネ。僕は行く…前に進むよ。どんなにイレーネが止めても、ここで前に進むことを諦めるわけにはいかないんだ」




 足を止めて言葉を返す。

 しかし、足を止めた途端…その場から離れたくないと心が訴えているかのように、足がこれ以上前に進ませないように硬直され、ガクガクと膝から下が震え出した。

 腕に籠らない力を込めて、ガンッと足を殴りつける。

 震えは……止まった。僕は言葉を紡ぐ。




「僕が知っている英雄っていうのはね、みんな偉大な人物ばかりだ。僕と比べたらどうしようもないぐらいにね。いや、比べるのも失礼なぐらいだ……そんな英雄達はこんな状況に陥っても、絶対にこう言うんだ」

「“最後まで諦めるな! 立ち上がれ! 立ち向かえ! 奮い立て! 進め! 救え! 守れ! 生きろ!”って」

「僕の行いはきっと蛮勇だ。……わかっている。それでも僕は、前に進むよ。進まなきゃいけないんだ。偉大な彼らへの羨望と憧れを……この無情でどうしようもない世界でも、忘れたことはないから。そして、僕は彼らを知ることでわかったことがある。そこが、どんな死地であったとしても…たとえどんなに強大な敵だったとしても……前に進まなきゃいけない」

「人は…誰かになれる」

「大切な誰かを守る、英雄にだってっ!!」



 僕は、走り出す。

 強大な敵に立ち向かうために。

 他人から見れば小さな子供が無謀にも命を投げ出す、そんな無様な小さき英雄の姿が滑稽に映ったことだろう。




「来いッ! 化け物ッ! 僕が相手だッ!!」




「…ッウガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!」




 暗い闇い森の中で、小さき英雄は立ち上がった。

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