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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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初めての魔物

 ピョコン!




 ヨゼフの叫びと裏腹に、可愛い見た目のそれが姿を現した。

 モフモフとした小さな身体。赤い瞳。可愛らしい顔。普通ならあれが危険だと思わない。


 けど、特徴的なある物に思わず目が向いてしまう。

 ……あれはヤバいと。


 その獣、いや魔物が誇りに思っているであろう(そび)え立つ(つの)

 あれにヤられたら一溜(ひとたま)りもない。


「ひぃぃぃぃぃッ! 一角兎アルミラージですよ! 不味いですッ!」


 ドーファンが怯えながら丁寧に名前を教えてくれた。

 見た目通りというか、ファンタジー世界っぽい通説通りの名前のそれだった。


「ドーファン。あれってそんな危ねぇのか。見た目は可愛いぞ。兎じゃねぇか」


「そうよ。モフモフしてて可愛いじゃない。ほらっ、おいで。怖くないわよ。こっちに来なさい」


「ダメですッ! 今すぐ警戒をッ!」




 僕はすぐ様イレーネのお腹に手を回して、イレーネを抱いた状態で後方に飛んだ。




 ドーファンのその叫びに反応したのか、もしくはイレーネが手を伸ばしたのを見てイレーネが油断していると判断したのか、一角兎アルミラージはイレーネの方に、瞬時にその可愛い見た目に反した鋭い角を武器に、まるで弾丸のようにイレーネのいた場所に飛んで来ていた。


 僕とイレーネがいた場所を目掛けて。

 僕達の視界からは青々とした森の木々が見え、その中をアルミラージが一瞬にして通り過ぎていく。


 ドンッと勢いよく地面に身体がぶつかった。

 だけど、これぐらいで済んで良かった。

 もしあのまま僕達が貫かれていたら……。


 そのままアルミラージは、その先にあった木々をその鋭利な角で貫き通す。

 貫かれた木は、まるで炎を纏った何かに貫かれたように、シュウウっと音を放ちながらその威力を物語っていた。


「一角兎アルミラージの見た目に騙されてはなりませんッ! 可愛い見た目ですが肉食で気性は荒く、自身より大きな魔物もその角で突き殺す獰猛な魔物ですッ! 御用心をッ!!!」


 突然の出来事にハイクは身を引き締めて弓を構えた。

 ドーファンは既に魔法を放てるように構えている。


「おいッ! なんだあの威力! なんで木から“シュウウ”なんて音が聞こえるんだッ!?」


「それだけ一点集中の威力を持っている証拠です。ギルドでもあれは()()()Dランクに位置付けされている魔物です。あの素早さ、そしてあの威力。…あれを倒すのはかなり厄介ですよ」


 ドーファンの言うように、あれを倒すのは厄介だ。

 あれだけ素早く動くんだ。あれを捉えて攻撃するのをどうやるかが問題だ。

 僕ならば……。


「広範囲で魔法の攻撃をドーファンは出来る?」


「…やはりカイは凄いですね。それがアルミラージを相手にした時の最適解です。素早いあの魔物をしっかりと目で捉えて攻撃するのは不可能です。ならば、こちらから広範囲で魔法の攻撃するのが一番です」


「いや、却下だ」


 物事の成り行きを見守っていたヨゼフが、ドーファンの案を却下した。


「なぜですかッ!? じゃなきゃ攻撃すら出来ずに殺されますよ!」


「もう一つ、あいつを倒す方法がある。こちらに飛び込んできたところに剣や槍で攻撃するって方法が」


「無茶ですッ! あの魔物は冒険者が数人がかりで倒すと聞いています。僕だってあの場所に着くまでに、アルミラージを広範囲による魔法で何度も何度も攻撃を繰り返すことで、ようやく倒せたぐらいです。そんな人間離れしたことを……」


「いや、出来る。なんならこっちに飛び込んで来て奴が辿り着く前に倒してやろう」


 黒雲から降りたヨゼフは槍を構えた。

 …顔は真剣そのものだ。

 槍を深く構えて狙いを定めている。


「何をしているんですかッ!? ここで槍を構えたところであの魔物を倒すことなど……」


「黙ってろ。そして“観ていろ”と俺は言ったはずだ。そして俺は“魅せてやる”よ…ドーファン。これが俺の槍だ。カイ達もしっかりと観ろ。カイを襲った凶刃な剣を退けた、この槍をな」




 ドクン、ドクン。




 自分の心臓が鳴り響くのを感じながら、その光景を観ていた。

 まだ…アルミラージは現れない。

 だが、ヨゼフはアルミラージが貫いた木々の場所から目を逸らさない。

 数十秒がその場を過ぎる。

 ……静かな時だけが過ぎていく。

 観ているだけで冷や汗が流れた。




 それは、再び突然現れた。

 明確な敵意を宿した目でこちらの方に鋭い角を回転させながら、同じく敵意を向けたヨゼフを目掛けて。


「馬鹿が…これで終わりだ」


 ヨゼフは身体を捻らせて、全身で前の方に槍を突き刺す動作を繰り出す。

 腕の筋肉にありたっけの力を込めて、筋肉がグンッと膨れ上がった。

 そのまま槍を敵のいる方角に突き出す。


 そこは何もないただの空間だったはず。

 しかし、その空間に槍の力が押し込まれ、空気を切り裂きながら、槍の波動が一直線にアルミラージに向かっていく。


 …アルミラージの誇る角と、槍から放たれた波動がぶつかり合うッ!




 だが、その勝者はすぐに明らかになった。




 アルミラージの角は、槍の波動の衝撃に耐えられず粉々に砕け散り、そのままアルミラージの顔と身体をも貫き通し、無残な姿で地面に落ちた。





「……信じられない。こんな槍の使い手が、この国にいたなんて……」




 ドーファンが驚愕の表情で目の前で起こった光景を、ただ呆然と眺めていた。

 ヨゼフが己の力と極限にまで高められた技量が成したとは思えないその光景を。


「凄いっ! 凄いですヨゼフ師匠! 実際にこの目で観ると本当に凄いです!!!」


「やるじゃない! ヨゼフ! 本当に人間を辞めていたのねっ!」


「ヨゼフ! 間違いなくヨゼフは英雄だよっ!!」


 僕達は賞賛の声を上げる。

 だって当然じゃないかっ! 

 こんな凄いことが出来るヨゼフは英雄と呼ばれるべきだよっ!!


「わっはっはっはっはっはっ! そうだろ、そうだろっ! 俺が槍で出来ねぇことなんてねぇんだ。まぁ、俺の得意なのはもっと違う技だけどな」


 それに関しては否定しない。

 というかこんな事が出来たなんてのは知らなかった。

 僕の予想しているヨゼフという英雄は、さらに凄い槍を振るっていたことは知っているけど。


「……えぇ、本当に。ヨゼフさんは英雄と呼ばれるべき方ですね。こんな槍捌きを易々と成し遂げたられる方は、そうそういませんよ」


 いつの間にかハイクの愛馬アルから降りていたドーファンも、ヨゼフの槍の腕前を認めてくれたようだ。

 …この最初の段階でヨゼフの槍を、みんなが観れて良かった。

 みんながヨゼフに尊敬の念や、さらなる敬意を持って接するようになる。

 ヨゼフを中心にする事で、この旅のチームが一つに纏まりやすくなる。


 これから王都までのこの旅で…何があるかわからない。

 だからこそ、緊急事態の時に誰かの強い意見が必要になると思う。

 …それがヨゼフであるべきだと、自然にそういう考えが浮かんでいた。


「わかったか。これが魔物だ。ハイクもイレーネも可愛い見た目に騙されるな。それがお前達の命取りになる」


「申し訳ございません。ヨゼフ師匠。まさかあんな危険な存在だったなんて」


「ごめんなさい。私もあの可愛い見た目に騙されないように気を付けるわ。あと、カイ……」


 イレーネはクルッとこちらに向き直して、僕の方を照れくさそうに見ながら言葉を紡ぐ。


「そ、その。さっきはありがとう。貴方がいなかったら、私は死んでいたかもしれなかった。助かったわ」


「それはお互い様だよ」


「えっ? どういう意味?」


「うっ、とにかく僕もイレーネがいなかったら大変な目に遭っていたよ。ちゃんと後でお礼させて」


「何かよくわからないけど…わかったわ」


 僕は二人で再び話せる時に、きちんとお話ししてお礼を言いたい。

 …多分、今ここで話してしまったら、イレーネの感情は揺らいでしまうだろうから。


「カイ。お前はよくやった。あの僅かな時に、よくあの判断が出来た。偉いぞ」


 ヨゼフが僕の頭をナデナデしてくれた。

 ……えへへ。悪い気持ちにはならなかった。

 イレーネがナデナデを求める気持ちがよくわかる。


「さて、お前ら。こんな魔物がうじゃうじゃいる。この森の中にはまだまだ、強い魔物が沢山いる。気を引き締めろ。もっとも、俺は強い魔物は倒せるが問題はそこじゃない。俺が魔物と対峙している時に、別の魔物がお前らを襲うことだ」


「その通りです。ボクもそれが危惧すべき状況だと思います。ボクとハイクは何とか自衛の手段がありますが……」


 ドーファンがこちらを見る。その目はこれから何かを告げることを物語っていた。

 懇願の想いが詰まった眼差しだった。


「カイ。これから言うことは、貴方にとって酷なお願いです。無理にとは言いません。先程もヨゼフがお願いしていましたが、出来ればカイには魔法を使って撃退して頂きたいです。今はヨゼフさんが魔物を倒してくれましたが、それがいつでも可能な状況がこの先もあるとは考えられません」

「……ボクは貴方達には死んで欲しくありません。いや、貴方達は()()()()()()()()()()()()()()のです。生きて欲しいとボクは願っています」

「カイが魔法にトラウマを抱えているのは、先程のヨゼフさんとの会話からわかりました。…でも、あえて言います。魔法を使わなければこの先は生き残れません。それ程これからの王都までの旅路には、数多くの困難が待ち受けています。ボクもここに来るまでに、とても多くの敵に立ち向かわなければなりませんでした」

「ボクの言った言葉の意味をよく考えておいて下さい。これからの旅には貴方の力と、その類稀(たぐいまれ)な知恵はこの旅の一向に欠かせないものです。何としても生きることを目的の一つとして、お忘れなきように」


 ドーファンの目は真剣だった。

 真剣に僕達を想い遣っての気持ちから出た助言だった。

 間違いなく本心で言ったのだろう。

 それだけはひしひしと僕にも、恐らくイレーネにも伝わった。


 (ほど)けてバラバラになりかけていた僕の覚悟。

 でも、それをドーファンは何としてでも取り戻して欲しいと願って今の言葉をかけてくれた。


 どこかで甘えの気持ちがあった。ヨゼフもハイクもいるから何とかなる…と。

 だけど、ヨゼフとドーファンの懸念はもっともだった。

 ……このままじゃダメだ。僕も覚悟を決めよう。


「…ありがとう、ドーファン。僕も何としても生きることを誓う。自信はないけど…魔法を使ってみる」


「そう言ってくれて安心しました。後ろは頼みましたよ、カイ」


 ドーファンは僕の肩に手を置いた。それは同時に僕に信頼を置いてくれたことの表れ。

 僕達の絆が深まった気がした。

 ……だけど、僕達は知らなかった。

 これから迫りくる数々の困難が待ち受けていることを。




 その、悪意の矛先を。




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