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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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初めての遭遇

 あれだけ気持ちいい朝陽を浴びていた場所から一転。

 小鳥のさえずりすら聞こえない、不気味な森の中を進んで行く。

 でも、これだけ深い森なのに、ヨゼフや僕達が川から歩いてきた道中の森とあの休憩していた場所には、魔物は現れなかった。

 …何か特別な理由でもあるのだろうか。


「何だかこの森の中って嫌な雰囲気よね。陽の光も入ってこないから薄暗いし……。よくこんな中をドーファンは一人で歩いて来れたわね」


「ボクだって怖かったですよ。こんな森の中で歩き回ってた時は気が狂いそうでしたもん」


 僕もこんな森の中を一人で歩き回りたくはないな。

 よくドーファンは正気を保てていたと思う。

 それだけの強い意志で、彼の内に秘めた目的を遂げようとしていたんだろう。


「なぁ、ドーファン。お前もヨゼフ師匠が歩いているこの道を辿れば、ヨゼフ師匠には会えたんじゃないか」


「…うっ! たしかにそうですが、こんな道があるとは気付きませんでした……」


 ヨゼフは何の迷いもなく前に進む。

 ここは誰かが通っていた痕跡があり、生えていた雑草も踏み倒されていた。……まだ新しい。

 ヨゼフが監視の任務についていたことを考えると……。

 そう考えてヨゼフの方を見ると、自然とこちらの疑問を汲み取り答えてくれた。


「…あぁ、この道か。俺に一ヶ月に一回食料を届けに来た、副ギルド長が切り拓いた道だ。さっきの黒パンも差し入れのもんだ。副ギルド長は馬に乗って来ていたから、邪魔になった木々の枝を振り払いながら来ていた。だから俺達が馬に乗っていても枝が邪魔にならねぇって訳だ」


「ふーん、なるほどね。でも、わざわざ枝を振り払ってまで馬に乗る必要があるの? 別に馬から降りて歩いてくればいいんじゃないかな?」


「それな。俺も思ったよ。俺も副ギルド長に聞いた。なんでも“馬に乗っていれば緊急事態にすぐにギルド長のもとに駆けつけて行けるから”らしいぞ。どこまで忠実なんだろうな」


「ヨゼフ師匠。ヨゼフ師匠と副ギルド長だったらどっちが強いんですか? 俺はそれが凄く気になります」


「強さか。一対一の武器の決闘だったら断然俺が強いな。だがな、ハイク。強さってのはそれだけで決まるもんじゃあねぇ」


「どう言う意味ですか? 武器以外に何が………あっ!」


「そう、魔法だ。一対一の決闘は“誓いの儀”を神の前で誓いあうことで、魔法を使うことが出来る。そして相手がどんな魔法を使うか俺は知らない。それに俺は魔法を使わないしな。だから一概に強さっていうのは推し測ることは出来ないんだよ」


「なるほど! 勉強になります。けど、ヨゼフ師匠は武器の戦いなら負けないってことですよね?」


「当たり前だ。俺に並び立てる程の実力者はいねぇぞ。これでも俺は……いや、これは言うべきじゃないな。とにかく俺は、そんじょそこらの奴らが束になっても一瞬で一蹴することだって出来るぜ」


「ふーん…本当にそんなことが出来るのかしら? 一瞬で一蹴って言うけど、そんなの信じられないわ」


「わっはっはっはっはっは! まぁ、そうだな。信じても信じなくてもいい。そんな状況が来ないのが一番いいからな! …ッ! ……おい、お前ら。そろそろ気を引き締めろ。もうすぐ魔物が出るところまで来た。ここからはお喋りもそこそこにな。周囲の警戒を怠るな。何か出たら俺に知らせろ」


 途端にその場に緊張が張り詰める。

 たしかに前の方から今までとは違う、より一層怪しげな雰囲気がピリピリと空気として伝わってくる。

 …僕の手に握る槍に力が籠もる。

 父さんの形見の槍に、どうか力を貸して欲しいと願いを込めた。

 神にも短いながらに、真剣に無言のうちに心の中で祈った。


『我が神よ。どうか魔の物を振り払う強さを、我にお与え下さい』


 ここで僕は“願わくば、我に七難八苦を与えたまへ!” なんて祈る勇気はなかった。

 尼子家のために生涯を費やした猛将・山中鹿之介みたいに、一層の苦難を求めて神に祈ることは出来ない。


「……入ったな。お前らもわかるだろ? 空気が変わったのが。魔物っていうのは魔の瘴気を発する。それは魔物特有のもんだ。人にどんな影響があるかはわからないが、奴らの発するそれで魔物が近くにいるってことがわかる」


「ハイクお前は弓が得意なんだろ? 遠くから敵が出たら頼む。ドーファンは魔法で近づいて来た敵の相手を。じゃじゃ馬娘とカイは、お前らのとこに敵が来たら持ってる槍で払ってくれ」


「……カイが魔法を使えたら使って欲しい。無理にとは言わない……お前が使えたらでいいんだ」




 ヨゼフはわかっていた。

 僕は魔法を使う勇気がなかった。自信がなかった。

 父さんと母さんを失った原因が、未だに僕の魔法にあると思っているから……。




 もし…また魔法を使って、誰かを危険な目に遭わせたら。




 もし…また魔法を使って、身近な誰かを死なせてしまったら。




 そんなことをずっと考えていた。誰にも相談は出来なかった。

 本当に僕の魔法は正しく使えるのか。魔物に魔法が使えると聞いた今でも、それが自分自身の自信に繋がる訳ではなかった。




「……僕も頑張るよ。ヨゼフ。イレーネは僕が守る」


 ギュッと槍を再び握る。


「無理はするな。近くに迫る敵はその槍で払え。俺がとどめ刺す。払ってくれるだけで充分だ。よし、前進だ」


 僕達は勇気を振り絞り、一歩ずつ前を進み始めた。




 黒雲達の歩く足音はとても静かだ。

 蹄鉄を履いているわけでもないので、そこまで大きな音はしない。

 だけど、時々道に落ちている木々の枝を踏んだ時にパキッと音が鳴る度、僕とイレーネの身体がビクッと反応する。


「カ、カイはビビりね。私を守ってくれるんでしょ? そんなんで大丈夫なのかしら」


「イ、イレーネだって身体がビクッとしてたじゃないか。イレーネもビビりじゃないか」


「私はいいのよ。可憐な少女だから怖がっても許されるのよ。そういうのが“可愛い”って」


「……そうだね。十分可愛いと思うよ。そういうところ」


「…なっ!?」


 イレーネは挑発気味に僕に問いかけるけど、僕も黙っているばかりではない。

 たまには仕返しや冗談ぐらい言ってあげなきゃ。

 イレーネは急に(しお)らしくなった。

 まさか僕がこんな仕返しをするとは思ってなかったんだろうな。


「おい。お前ら、周囲の警戒は怠るな。初めての魔物なんだから、もっと慎重に行動しろ」


「「ご、ごめんなさい!」」


 ちょっと張り詰めた空気が重くて冗談も言いたくなって言ったけど、今はもっと周りを見なきゃな。

 …気を引き締めよう。


 僕はふと、ヨゼフ達の進んでいるより先の森の中を見渡してみた。

 ………あれ? 今、何か光ったような…。

 気になってしばらくその一点をジーッと観つめていた。

 ………やっぱりッ! 何か赤く光っているッ!


「ねぇ、ヨゼフ。何か光ってるんだけど、あれって何かな」


「なんだって。どこだ?」


「森の右側の奥の方に見えない?」


「………あぁ、見えた。かなり奥の方にな。お前、かなり目がいいな。……いいや、お前らか。あの場所からかなり離れた川岸に散らばった剣の破片を全員見えているんだもんな」


 そうだった。僕とハイクとイレーネは、あの場所から放たれたヨゼフの槍の先にある物を見えていた。

 冷静に考えれば異常なことだった。何キロあるかはわからないが、そのぐらい離れた場所に落ちていた物を見ることが出来ていた。

 もしかして、この世界の人は目がいいのかな。


 ………ッ!!


「ヨゼフっ! 何かこっちに来てるよ! 向こうもこっちに気付いたみたい!」


「あぁ! お前ら、今から観ることを目に焼き付けろ! これが魔物だッ!」




 ヨゼフが叫び終わると同時に、僕達の目の前にそれは現れた。

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