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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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黒パン

 僕はヨゼフの言いつけ通りにみんなを起こす。


「おーい、朝だよ。みんなぁ、起きてー」


 全員の身体を順次揺さぶりながら起こし回る。

 みんな“うーん”って言いながらも、あんまり深く寝てなかったのかすぐに身を起こしてくれた。


「みんな、おはよう」


「おはよう。カイは起きるのが早かったのね。……あら? ヨゼフは?」


「ヨゼフは血抜きした山鳩を軽く洗ってくるみたい。そのまま麻袋にでも入れてすぐに移動するんじゃないかな。待ってる間、その袋の中に入っている“パン”を食べておくようにだって」


「“パン”? なぁ、カイ。パンってなんだ? お前は知ってそうな言い方だけど……」


 …しまったっ! 帝国にいた時は食べたことがない物だった。

 なんとか誤魔化さないと。


「さ、さぁ。僕も食べた事がないよ。ヨゼフの伝言を伝えただけで、どんな物かは知らないよ」


「皆さんはパンを知らないみたいですね。ちょっと食べづらいかもしれませんが、せっかく僕達にくれたんです。ありがたく頂きましょう」


 食べづらい…? 

 パンって食べやすい物だと思うんだけど。

 以前の世界では朝食はパンをかじりながら学校に通っていた。

 別に食べづらさを感じた事はない。むしろ、ふわふわして食べやすい。

 口の中の水分が持ってかれる事は間違いなしだけど。


「でも、その前に朝のお祈りを済ましてから朝食の準備をしましょう。ほら、昨日ボクが言ったこと覚えてますよね?」


「おう。食事への感謝の祈りと、朝の始まりと一日の終わりの祈りをやれってドーファンは言ってた」


「そうです! では、それぞれ自分で祈って下さい。自分から神に語りかけるように祈って下さい。別に声には出しても、出さなくてても構いません。長ければ良いという訳でもありません。真剣に、自分の想いを伝えるように祈って下さい」


 うーん、昨日から言われていたとはいえ、祈れって言われてもなぁ。

 見本を見せて貰っているとはいえ、どう祈ればいいのやら。




 僕がうーんと唸っている間に、ハイクは声には出さずに祈り終えていた。

 ハイクの魔力は天に吸われていった。どうやら成功したらしい。


「おし! 俺は無事に祈れたみたいだな! やったぜ、カイっ!」


「良かったね。ハイク。僕も祈らなきゃな」


「ふふん、次は私の番よ。カイは私の後ね」


 イレーネは目を閉じて、両手の指を組み祈り始めた。

 身体が薄く輝き、必死に祈っている様子がひしひしとこちらにも伝わってくる。

 祈りを終えると同時に、身体を纏っていた魔力が天に昇り、吸われていった………かのように見えた。


 だけど、イレーネの魔力は吸われていった後、不思議な事にその吸われた場所で少し経った後キラキラと散ったのだ。




「「「「…………え?」」」」




 みんな唖然とした表情で天を観る。

 ……一体何がどうなっているの?


「ね、ねぇ。ドーファン。私の祈りは成功したの? ドーファンとハイクの祈りとも違う現象が起きてるように観えたんだけど………」


 イレーネはウルウルとした瞳でドーファンを見つめる。

 自分だけ失敗したのかと不安そうな目で見ていた。


「う、うーん。僕も初めて観る現象で困惑しています。でも、天に吸われたように観えましたし…きっと大丈夫だと思いますよっ! 間違いなく魔力が天に昇っていくのは、ここにいるみんなが観ていたので安心して下さいっ!」


 ドーファンはイレーネを慰めつつも、上手くフォローしてくれた。


「…そ、そう。なら良かったわ。…そうよね、大丈夫なはずよねっ!」


 イレーネも多分大丈夫だろうと、自分に言い聞かせるように胸元に両腕で拳を握りながら、前向きな表情をしていた。

 そうだよね。そう思えるのが大事だ。


「さぁ、カイ。貴方の番よ。貴方もやってみなさい」


 イレーネはお姉さん風を吹かせながら、僕に祈りを急かせる。

 僕の祈りがどうなるか気になるんだろうな。

 自分の祈りと違ったらどうしよう……、なんて考えているに違いない。

 

 僕としてはイレーネを悲しませたくないから、出来たらイレーネと同じ結果になったら嬉しいけどな。

 でも、ドーファンも初めて観た現象って言っていたし、そう易々とこんな現象は起きないのだろうな。


 …ひとまずは自分なりの言葉で、真剣に祈ってみるしかないかな。

 



「我が神よ。今日、この命を頂けることを感謝します。今日から新たな一日が始まります。どうか我らの旅立ちを祝福して下さい。我が願いを貴方の元へ」




 なんて祈ればいいかわからなかったから、短いながらも真剣に祈った。

 祈りを終えると同時に、身体を纏っていた魔力が天に昇り吸われていった………あれ?

 僕の魔力も吸われていった後、不思議なことにその吸われた場所でキラキラと散った。


「カイも私と一緒ね! 良かったっ! カイも同じ結果ならきっと大丈夫よねっ!」


 イレーネは自分以外にも仲間がいたことを喜んで跳ね上がる。

 僕も内心ホッとした。イレーネと同じ結果になってこんなに喜んでくれるなら、ドーファンやハイクと違う結果でも満足だ。


「………初めて観る現象がこんな連続で起きるなんて。……不思議です。一体何が違うというのでしょうか。気になりますね。是非とも調べてみたいです」


 ドーファンは天を見上げながら、そう呟いた。

 …たしかに気になる。みんなと僕とイレーネの祈りの違いってなんだろうか。




「まぁ、このことは追々調べていきましょう。旅はこれからですから。早速朝ご飯にしましょうか。ちょっとあの袋を漁ってみますね」


 ドーファンは袋の中に手を突っ込むと“あった、あった”、と言いながらそれを取り出した。


「はい、どうぞ。ちょうど五個あるので一人一つずつですね」


 …………………。


 手渡されたそれに言葉を失った。

 それが存在する事は知っていた。

 食べた事はないけど、それが歴史上にどういう役目を果たしたかは知っていた。


 自分の手にはカチカチに固まったまん丸な黒パンがあった。

 そりゃそうだ。こんな森の中で持ってこれる食料は、必然的に日持ちのする物を持ってくるはずだ。

 黒パンはライ麦をもとに作られる。でも、ライ麦パンと黒パンは同義ではない。


 黒くなる理由は全粒粉や、皮や胚芽を含む精製度の低い粉を使用するため。グルテンをあまり含まないため。

 そして、黒いパンを一週間以上保管すると硬くなる。

 一日経ったら硬くなるって話しもあるけど。


 そんなことを頭が駆け巡る中、僕は不安になる記述を思い出していた。

 アルプス農家の黒パンは本当に固く、斧でないと割れない程の固さだという記述を…………


「飲み物とかパンを浸すスープも、パンに乗せるお肉もないので、なんとかして割るしかないですね。じゃあ皆さん、僕がこれからやる事を真似して下さい」


 ドーファンは腰に帯びていた短刀を取り出して、地面に置いた黒パンを片手で押さえつけながら、ガッと短刀を突き刺した。短刀の刃が黒パンに刺さった。

 …良かった。斧で割らなきゃいけない程の固さではなかったみたいだ。


 そこからドーファンは非力な力を振り絞りながら、片手でパンをザクッ、ザクッと音を立てながらなんとか割いていった。

 パンから鳴っていい音ではないけどね……。

 

「ご、豪快な食べ物ね……」

「本当にこれをこれから食うのか……」


 ハイクとイレーネも不安気にドーファンの調理という名の作業風景を、心配そうな目で見ていた。

 そうこうしているうちに、なんとかドーファンは黒パンを八等分ぐらいに切り分けた。


「ふぅ、何とか切る事が出来ました。では、この短刀を使って僕のようにパンを切って下さい。あっ、パンを食べる時に土をパッパッと払って下さいね。土がジャリジャリして美味しくなくなっちゃいますから」


 ドーファンは僕に短刀を渡して、同じようにパンを切れと言った。

 自信はないけどやってみるしかない。これでも料理は得意な方だった。

 キャンプでの料理は好きだったし、一人暮らしの長さも相まって、料理は自然と上手くなっていった。

 最初は貧乏な一人暮らしで、しょうがなく始めたものだったけど。


 ドーファンを真似て、僕も地面に黒パンを置いて“はぁぁぁぁぁ!”っと、気合を入れながら突き刺した。

 よし! パンに短刀の刃が入った。短刀を投槍を持つかのように握り締めながら、ザクッザクッと割いていく。包丁で何かを切る持ち方のようにはいかない。結構な力がいる。


 やっと八等分に切れた時には、額から汗が流れていた。

 ふぅ、と思わず息をつく。朝食を取るのがこんなに苦労するとは思わなかった。

 

「じゃあ次は俺だな」

「うん、ハイクも頑張って」


 僕は握っていた短刀をハイクに手渡した。

 …ってかドーファンは武器らしい武器を持ってなかったけど、これがドーファンの武器なのかな? 

 だとしたら、ここまでの道中よく生き残れたと思う。

 ドーファンみたいな子が旅に出ていたら狙われることもありそうだけど。

 もしくはそこまで警戒しなくても大丈夫なのかな。


 ハイクとイレーネが黒パンを切っている間に、ちょっとドーファンと話してみる。


「ねぇ、ドーファン。ここまでの道中って…その短刀一本でここまで来たの?」


「そうですよ。何か変ですか?」


「いや、よくその装備で旅に出ようと思ったなぁと感じて」


「あぁ、普通ならそう感じますよね。仕方なくこの装備なんです」


「仕方なく?」


「えぇ、王都の門を抜けるのに冒険者や兵士でもないボクが、大層な武器を持っていたら怪しまれるので」


 そっか。見た目は間違いなく子供なドーファンが武器を持って出かけようものなら、強制的に帰宅をさせられるってことか。

 

「なるほど。言われてみるとそうだよねぇ。あと、もう一度聞くようで申し訳ないんだけど、本当にそのフードの留め金の文字について何か知らないの?」


 ここで僕は気になっていた事を再度確認する。

 何かしら意味があるはずだ。でなければその文字は刻まれていないと思う。

 英語圏でその文字は不自然だからだ。


「あぁ、この文字ですか? 随分気になるようですね。…………そういえば、この文字の逸話と言いますか、小話なんですが、この文字は最初は違う文字が刻まれていたみたいですよ」

「ボクのご先祖様がその文字を変えて、その逸話を先祖代々この文字と共に脈々と受け継いできたんです。わざわざその話しを、死に際に次の子孫に語れって言われるほど」

「ボクのお父さんが死んだ時に聞かされました。死に際には、もっと大事な話しを託そうとすると思うのに、不思議ですよね」

「ご先祖様はどんな“想い”でそんな言い伝えを残したんでしょう。歴史を紡いではいけないこんな世界で。子孫の僕からすると、もうちょっとありがたい言葉くらい、欲しかったものですね」


 ……………気になる話しがボロボロと出てきた。

 とんでもなく気になることをドーファンは言ったッ! 

 けど、その前に聞いちゃいけないことを聞いた非礼を詫びなきゃ。


「ドーファン。ごめんね。そんな辛い経験をしていたのに、お父様の死を思い返すような事をして」


 僕がもしドーファンの立場なら、父さんの死を彷彿とさせる話題は嫌だ。

 辛い経験が蘇ってくるからだ。

 あの死の場面が嫌でも脳内で再生される。

 ………ダメだ。今は目の前の事に集中しなきゃ。


「大丈夫です。ボクは気にしてません。それより何か掴めそうですか?」


 …良かった。そこまで深くは悲しんでいないみたいだ。

 さっきの話しで気になったことを聞いてみる。


「うん。凄く気になることを聞いちゃったんだけど。いま、“歴史を紡いではいけないこんな世界”でって言わなかった?」


 僕の頭を帝国で定められた忌まわしいあの法律の文字が埋め尽くしている。

 ………頼むから嘘だと言ってくれ。


「カイは何を言っているんです? もしかして本当に知らないんですか?」


 心配そうな目で僕を見つめた後、ハイクとイレーネの方にも目を追いやった。

 こんな事も知らなくて大丈夫なのか、というように目を向けている。




「…………本当に知らないようですね。今の言葉に嘘偽りはありません。この世界では、歴史を紡いではいけないと、世界各国で合意のもと、歴史を紡ぐことを禁忌としています。書物に残してはいけず、ただその日々を過ごすことが義務づけられています」




 …………ショックのあまり言葉が出てこない。

 ドーファンの言う事を受け入れられずに、呆然とドーファンを見る事しか出来なかった。


 …嘘でしょ。何でそんなことが世界中の国で決められているの。

 そんな法は間違っているッ! 

 歴史を軽んじ…ひいては人が…過去の人類が築き上げてきた偉業や功績、その得てきた様々な知識を書き残さないなんて…あまりにも愚かな行為だ。


「言いたい事はわかります。僕も変だなって思います。でも、それがこの世界の共通認識です。受け入れるしかありません。残されてる歴史も神話ぐらいしかありませんし」


「え? 歴史が残されちゃいけないのに、神話は残っているの?」


「はい。それが神話だからです。神話を信じる人はいません。なんせ神の作り話しですから。書いてある事も信じられるようなものではないで支離滅裂ですから」


「それは不思議だね。だって神様を信じているのに、その神様の作り話しをみんな信じないの?」


 明らかに変だ。話しの整合性が取れていない。


「うーん、ここでお話ししてもいいんですが。せっかくなら、僕の家に来た時に、その事について書かれた文をお読み下さい。自分の神を探すついでに、実際にその文を読めば納得出来るかと思います」


 なるほど。それを読めば納得せざるを得ない理由がわかるという事か。

 でも、ドーファンがそこまで言い切るのは凄く気になる。

 ……一体どんな事が書かれているんだろう。


 ついつい、歴史のことに目を向けてしまったが、ドーファンの留め金の文字でも、かなり気になることを言っていた。

 

 ご先祖様がわざわざ文字を変えて、それを死に際の遺言にした。

 それってその文字が、かなり重要だからではないだろうか。

 この歴史を紡いではいけない世界で、何かを意味するヒントとして僅か一文字にしか残せない文字を、脈々と受け継いで。

 

 ドーファンの家ってどんな家なんだろう。

 気になる。早く家にお邪魔してみたい。


 もう一つ気になるのは、何でご先祖様は文字を変えたんだろう。その理由もわからない。

 最初にどんな文字が刻まれていたかも知ることが出来れば、何かを掴めるのになぁ。


「ふぅ〜。やっーと終わったー。もう、朝食を食べる前に朝食の準備でお腹ペコペコになったじゃないっ!」


 イレーネの不満たらたらな声が聞こえてきた。

 ハイクとイレーネも黒パンを切り終えたらしい。


「ハイクとイレーネもお疲れ様です。では、早速食べましょう! それぞれ自分で神に食物の感謝の祈りを捧げてから、食事を頂くとしましょう!」


 パンっとドーファンが手を叩きながら、そう宣言した。




 さっき祈ったばかりだけど、また祈らなくてはならないみたい。

 祈りって結構大変なんだね。

 そう思いつつも、先程と同じように両手の指を組んで祈り始める。


「我が神よ。貴方の慈しみにより、貴重な朝の(かて)を頂けることに感謝致します。この食事を祝福して下さいますように。全ての人の上に糧を与えて頂けますように。我が願いを貴方の元へ」


 糧の感謝の祈りをそれぞれが捧げるとさっきと同じように、ドーファンとハイクの魔力は天に昇って吸われた事が確認出来た。

 でも、僕とイレーネの祈りは魔力が天に昇り吸われていった後、その吸われた場所でキラキラと散った。


 ………本当に何が違うんだろう。摩訶不思議。


「じゃあ食べてみようぜ。初めて食うもんだから楽しみだな!」


「…え、えぇ。そうね。食べてみましょう!」


 二人の声に考え込んでいた僕はハッとしながら、朝食にありつく。


 だけど、僕はすぐに齧りつこうとは思えなかった。

 短刀であれ程の力が必要だったんだ。

 口に入れて咀嚼(そしゃく)するにも、かなりの顎の力が求められるだろうし、何より歯が欠けないかとか考え込んで食べるのを躊躇ってしまう。


 ………いや、ここは意を決して食べよう。食べなくちゃ。




「いただきますっ!」


 気合を込めた“いただきますっ!“を発しながら、勢いよく(かじ)りつくっ! 


 ……うがッ! な、なんだこれッ! こんなの食べれる訳ないよッ! 

 カッチコッチに固まっていて、齧った前歯が痛みを帯びた。

 一体どうやって食えって言うのッ!? ヨゼフもドーファンもめちゃくちゃだよッ! 


「うわぁ! 固ってぇッ! こんなの食えねぇよッ!!」

「ちょっと! ドーファン! どうやって食べろっていうのよッ!?」


 二人も口元を気遣うように手で抑えながら、ドーファンの方にキッと視線を向ける。

 僕もどんな風に食べているのか気になって目を向けた。




「あっはっはっはっはっは!! いやぁ、皆さんいい食べっぷりですね! 僕も真似してみよっかな〜」


「「「……おいッ!」」」




 ──※──※──※──




「…す、すびばぜん。ついがらがってみだくなっで」


 イレーネにこっ酷くいい張り手を貰ったヨゼフの頬は腫れていた。

 だけど、なぜか叩かれて喜んでいた……イラッとした。

 でも、今はいい感じに頬が腫れて呂律も回っていないようなので、清々(せいせい)とした気分になった。


「全く。さぁ、ちゃんと次はどうやって食べるか教えなさいよね。また叩くわよ」


 イレーネはドーファンの前に、ピシッピシッと手で叩く仕草を繰り返した。

 おぉ……、わず僕の方がビクッと縮こまってしまう。


「ば、ばい! もちろん。ちゃんど説明じまうっ!」


 ドーファンもビクッビクッと身体を震わせて姿勢を正す。

 イレーネ恐い……




「で、では、僕の自己流と言いますか…友達から聞いたやり方をお教えさせて頂きますっ!」


 かしこまったドーファンが僕達に向けて、正しい食べ方を教えてくれるらしい。

 最初からそうすればいいのに。ドーファンはお調子者だ。


「本来なら、ここまで固くなったパンはスープや水に浸して食べたり、またはお肉があるなら、この黒パンを真横に切って、お皿代わりにその上に肉を乗せて食べます」


「肉を乗せる? なんでそんな事をするんだ?」


「肉汁がパンに滴り、その肉汁でパンがふやけて柔らかくなるからです。さらに、肉汁がパンに含まれて肉の旨味と一緒に食べれて美味しいですよ」

「ふーん、よく考えるものね」


 ハイクとイレーネも関心したようにドーファンを見る。

 ドーファンも嬉しくなったのか、エッヘンと腰に手を当て勝ち誇るように鼻を高くした。

 自分で考えた事ではないだろうに。全く。


「で、ここにはスープも水も肉もない訳だけど、どうやって食べるの?」


 いま一番知りたい事を僕は聞く。食べれなければ意味がない。

 ここまで固いとは想像もしてなかったし、スープに浸したり、お皿代わりのお肉でふやけさせるやり方以外は知らない。


「それではお披露目といきましょう。こうするんです」


 ドーファンは、固い表皮(クラスト)と少しは柔らかい内層(クラム)の間に短刀を構えると、その間にスッと刃を入れ始めた。奥まで刃を入れたら、今度はもう片方の側から短刀を入れて、奥まで刃が届くと、ポロッと表皮と内層に黒パンは別れた。


「「「おぉ〜っ!」」」


 思わず僕達は拍手を送る。お見事!


「とまぁ、こんな風に外側の固い部分と、内側の少し柔らかい部分を分けます。朝食には内側の柔らかい部分を頂きます。外側の固い部分は旅のお供に取り分けておき、スープを飲める時や水のある時に一緒に食べるようにします。この黒パンは長期保存に向いているので旅には欠かせません」


「なるほど! ためになったぜ、ドーファン!」


「あんたもやれば出来るじゃない! ありがとうね!」


 ニコニコ顔になったハイクとイレーネに、ドーファンも気を良くして短刀を二人に貸し出した。


「さぁ、お二人もやってみて下さい。サッと刃が綺麗に入って最後まで刃が通し切ると、中々の快感を得られますよっ!」


 僕は三人のやりとりを見ながら、ハイクとイレーネは作業に取り掛かる。

 ドーファンが僕の横に座った時、聞こえるか聞こえないかのような、か細い声を聞き逃さなかった。

 



「………もっと内側まで固ければな」




「うん? それってどういう意味?」


「わっ! カイには聞こえてしまいましたか。………いやぁ〜、このままこの黒パンも内側まで固ければ完璧なのになって」


 言っていることの意味がわからない。何かの比喩表現だろうか。


「黒パンが内側まで固ければ、食べるのが大変じゃない? みんな食べなくなっちゃうよ」

「いえ。食べられない程に固ければ、周りの人も食べようと思わないのになぁって。それに内側まで固ければ安心出来るというか……」


 安心? 何に対する安心なのか。さっぱりわからない。もう少し引き出してみよう。


「うーん、でもそれだと、僕はつまらないと思うよ」


「…………どういうこと? 何がつまらないの?」


 ドーファンは素で僕に質問をしてきた。

 彼の注意を引く事は出来た。あとは僕の考えを伝えてみよう。

 何かわかるかもしれない。


「僕はこの二つの食感があるから、パンがより美味しいものだと感じるんだと思う。ほら、二つの食感ってあくまで想像だけど、“パリパリッ”と“モチモチッ”って言葉が似合うんだと思う。違う食感が楽しめるし、そうすると同じパンなのに少し違った味も堪能出来て、噛んだ時の風味だって、きっと違うはずだ。だからこそパンはより一層美味しいと感じるんだと思う。それに、もし一つの味しかしないなら、それは勿体ないことだよ。この世界の歴史のように」


 ここまで言えば伝わると思う。まぁ、黒パンでこの食感の表現は、かなり無理があるけど………。


 一つの価値観だけで判断することはないと、暗に僕は伝えてみた。

 この世界の歴史は一つの価値観だけで否定され、紡ぐことを許されていない。

 

 それは勿体ないこと。正確に言うなら間違っていることだと僕は想う。

 せっかく沢山の過去の出来事が知れて、それは喜ばしいことなのに、それを始めから否定してしまっては元も子もない。


 ドーファンならこの意味を理解するはずだ。

 そして、この考え方が彼の抱えている悩みに何かいい刺激を与えられたらいいんだけど……。


「…………不思議だ。君は不思議だよ。何もかもが。その考え方。祈り。……パンを初めて食べるのに、まるでそれを食べたことがあるような言い回しだね」


 うっ! バ、バレたか。いや、でも今回はちゃんと布石も撒いてある!


「食べたことはないよ。さっきも言ったけど、食感はあくまで僕の想像だよ。ただ僕は、ドーファンが思い詰めてるように観えたから、少しは前を向けるきっかけになれればいいなぁって、そう思っただけ」


 僕は笑いながらドーファンを見つめる。

 少し探る意味も込めて話したが、ドーファンを心配してのメッセージであることに違いない。


 ドーファンは僕の事を見つめたまま、その視線を外そうとしない。

 探るような瞳で真っ直ぐに観ている。

 彼は鼻でフッと笑うと、唇の口角を上げて笑みを浮かべた。


「ハァ〜、君と…いや、君達といると僕の悩みも大したことがないように思えるよ。カイの考えがわかったよ。たしかに二つの食感を楽しめるのは大切なことのようだ」


「二つの違うものをこの固い黒パンのように、上手く組み合わせられる方法を考えた方が良さそうだね」


「ありがとう、カイ。少しは前向けるきっかけを貰えたよ」


 ドーファンのボソッと呟いた時の暗い顔は消え去っていた。

 良かった。少しでも前を向けるなら良い事だ。

 ドーファンが何を悩んでいるかはわからなかった。

 だが、それは何か二つの…もしくは二つ以上の複数の何かが関係している事がわかった。


 これは大きな収穫だ。

 ()()()()()()がドーファンの背後にある事も示唆しているのではないだろうか。



 

「おい、カイ。俺達は切ったぞ。最後はお前の番だ」


 ハイクから無造作に投げ渡された短刀を掴み取り、そのまま流れるように黒パンを短刀で表皮と内層に()いていく。

 ようやく食べれるようになった黒パンの内層に(かじ)りつく。

 予想よりも固く、そして少しほろ苦かった。

 酸っぱい味と塩味が口の中に広がり、ライ麦の独特な香りが鼻の中を抜けていった。


 黒パンの表皮と内層を切り分けて食べる話しは、作者の想像です。昔にそんな食べ方をしていたという記述はなかったのですが、水も肉もスープもない状況での、苦渋の判断による描写です。ご了承ください。



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