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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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立ち上がる者、待ち望む者、ただ存りし日々を想う者




 ──※──※──※──




 王国内のとある街にて




「かっはっはっはっはっは! いやぁ〜、乱世、乱世。これだから乱れた世っていうのはいつの時代も下らんのぉ。そうだろ、爺ぃ?」


「わ、若! こんな人通りの多い所で、そんな御言葉はお辞め下さい! 貴族にでも聞かれた日には…とても面倒なことになりかねませんぞっ!」


「貴族? あぁ、あの家畜同然の豚共か。見ているだけでイライラする。自分が肥えることしか興味がない…そんなクズ同然の奴らの耳に届いたとて恐れることなど何もない」


「若っ!! 言葉が過ぎますぞ! 民草の者達がジロジロ見ながら離れていきますぞ! ……あっ、そこの御仁、違うのです。これは…そのぉ、この方の言葉の綾といいますかぁ……ちょっと頭の()が抜け落ちているようなお方でして……」


「誰の頭の()が抜け落ちているってッ!? 俺の頭は冴えきっておるわ! 俺が恐れるのは貴族じゃないッ! 俺が一番恐れるのは…この国の現状を観て何もせずのままの自分だけよッ! ただ傍観するようなことなど出来んだろうがッ!!!」




 …ドゴォォォォォンッ!!!




 その優男は、路上で大勢の人が見ている中拳を地面に叩きつけた。

 その音は周囲の民草の者達に畏怖の念を抱かせる程の強烈な一撃だった。


「王都の民草の笑顔はとても素晴らしい。地方の街や村でも良い貴族の治める場所は民にも笑顔がある……しかし、ほとんどの貴族の豚共は、その地位を笠に着て己の保身や私利私欲、強欲を追い求め自らを驕り高ぶるどうしようもなき者どもッ! その地の民草には笑顔なんてありゃしねぇ…税に苦しみ生活が疲弊する一方だッ! こんなの帝国のやり方と何が違うってんだ、爺よッ!?」


 優男の振り落とした拳から紅い血が流れていた。

 その拳は痛々しい見た目に変わっていた。


「わ、若っ!? 今すぐにでもその手を治療致しましょう! あまりにも痛そうな見た目になっておりますぞ!」


 爺と呼ばれる人物が近寄るも、優男の声に一蹴される。


「俺の手など…どうなっても構わないッ! 俺の手よりもこの国の民草の方が、ずっとずっと痛い想いをしてきたッ! 七公三民…八公二民……下手をしたら九公一民の税を求められる土地もあるッ! …ここまでの旅でよくわかった。この国のやり方は間違っておる。このままではこの国はいずれ破綻する。己が手によってな」


 民草がガヤガヤと騒ぎ立てる。

 この優男の言い分はその通りだと主張する者、もうこんな生活に耐えられないと訴え嘆く者、急いでこの優男を領主に突き出そうと、領主の甘い汁のおこぼれに(あず)かる者。


 そんな周囲の混乱が巻き起こる中、爺と呼ばれる人物は優男に近づき耳元で呟いた。


「……し、しかし、王都で貴族から盗み取った文書を見ればわかるように、この国はいずれ帝国に滅ぼされますぞ。そんな時にわざわざ何をなさるつもりで?」


 爺はこれまでの経験から、この優男の無茶振りにフルで振り回されていた。

 嫌な予感しかしていない………


「決まっておろうッ! 俺が立ち上がるまでよッ!!」


 そう言うと優男は、胡座(あぐら)をかいて座り込んでいたのを解いて立ち上がった。

 その目の奥には、断固たる決意が宿っていた。


「もう我慢ならんッ! これ以上民草が苦しむ姿など見ておれんわッ! 俺がこの国を正しい方向に導くッ!!」


 もう優男の決意は変わらない。変えられない。

 爺はこの優男とそれほど長い付き合いではないが、もう説得は無理だろうと理解していた。


「…なら、勝算はおありなので? この国を手中に収めたとして、国の内政は? 人材は? その後に迫りくる帝国との戦いはいかがなさるおつもりで?」


 これだけは確認しておかなければ。

 爺は無駄な戦いは嫌いだった。無駄なことは嫌いだった。

 彼自身が無駄な争いに巻き込まれて面倒だったから。


「国の内政は俺とお前がいれば十分だろ。人材もある程度いれば構わない。大事なのは“民草を想う制度”。さすれば自ずと人は集まる。人の心を持った者達が……それに、帝国の戦いもそこまで大きく捉えなくても問題ない。言うなれば防衛戦。俺が得意なのは侵攻戦、領土の切り取りだが爺がいるから大丈夫だろ? もし帝国が攻めてきても、帝国は他の戦線も抱えておる。持久戦に持ち込めば勝てると思う。もしくは裏をかく奇襲に尽きる…か」


「し、しかし帝国の兵は王国と違って兵数が違いますぞ。本当に勝てますでしょうか?」


「数だと? 爺。()()()()()()()()()()?」


 それは異なことに思えた。

 この爺と呼ばれる人物が戦の兵数など気にするような人物とは思えないからだ。


「……まぁ、兵数は何とかなりましょう。いえ、私が何とかしてみせましょう」


「かっはっはっはっはっは! やはり爺は頼もしいのう! 何でも任せられる。やはり其方と手を組んで本当に良かった。さぁて、これから忙しくなるぞ、爺」


 パンッ!!


 優男は血塗られた拳を、自分の左手の掌に打ち当て覚悟を決めた。

 優男は口を開いた。その決意の表明は短く、だが人の心を揺り動かす言葉を彼は()む。






「……国を()るぞ、爺。救おうぞ…民草を。この国に下剋上の()を響かせよう」


「…御意ッ!」


 


 民のために立ち上がる者。




 ──※──※──※──




 王国内のとある辺境の地にて




「しょ、将軍! お辞め下さいッ! こんな場所でこんな時間に何をなさるおつもりですかッ!?」


「ん? 何って見ればわかるじゃろ。これから入水するのじゃ」


「見てわかってるから言っているんですッ! 危険ですッ! ご自身のお歳をお考えになって下さいッ!!」


「…お主はいちいちうるさいのぉ。そんなんじゃと気持ちが疲れて長生き出来んぞ」


「貴方が毎日変な事をしているから疲れるんですよッ! …あの変な声もお辞めになって下さい。動物のやることです。あんなのは……」


「はぁ〜、これだから頭の固い者は。つまらんのう。…まぁ、いい。んじゃ」

 

「ちょっとぉッ!? 将軍ッ!?」




 ドッボォォォォォンッ!!!




 将軍と呼ばれた老人は、氷の大地の穴の空いた場所に勢いよく飛び込んだ。

 常人のやることではない。

 大抵の人がまだ起きないであろう時間帯に、老人は薄暗い中、早くに起きて入水する。

 (はた)から見れば、ヨボヨボの小さな老人が生を諦めて、投身自殺を図ったように思うような異様な光景。 

 だが、これが老人の日常。常日頃と変わらない通常運転。

 

「あぁ、また入ってしまわれた……。こちらの気持ちもわからないで……おいッ! 急いで焚き火を準備しろッ! 将軍が上がるまでに火を焚けッ!」


 老将軍の側近が兵達に命じて、焚き火の準備をする。

 老将軍の側近も大変だが、兵達も将軍の奇行の尻拭いを毎日求められている。

 ここは、とある辺境の地。いつの時期でも氷の世界が永遠に終わることがない、万年冬の地。

 ここは王国の貴族(いわ)く、王国から使えないという評価を受けた人材が送られる左遷の地。

 王国から見放された地と言われている。


 


「……あぁ、よっこらせっと。う〜ん、気持ち良かったっ! 目覚めはこれに限るのうっ!」




 老将軍は肩慣らしと言わんばかりに、本日の奇行の一日の幕開けを飾った。


「将軍! 戻られましたか。良かったです。では、早速冷えたお身体を暖めて下さい」


「なぜじゃ。そんなことをしたら、せっかく目覚めた身体にもったいないじゃろ。んじゃ、今日も“アレ”をやるかの」


「お辞め下さいッ! …もうちょっと普通に生きようとか、王国のために将軍の職務を果たそうとはされないのですかッ!?」


 側近は耐えがたい毎日の辛さから、ついつい将軍にこうなって欲しいという要望を口にしてしまった。

 そんな言葉に普段は反応なんてしない老将軍は、ある言葉に反応をしてしまい金言(きんげん)を側近に与えた。




「王国のためにじゃと? お主は正気か? この国のために尽くそうなんて考えても無駄じゃ。どれだけ国のために働こうとしても、上がどうしようもないんじゃ。この老骨が無駄骨に終わるだけじゃ」

「……覚えておけ。人とは国。国とは人そのもの。ある者は国民がいなければ国とは成り立たないという…それも正しい。ある者は国民が国を作り、国を育み、国を富ませるという…これも正しい」

「じゃがな、()えて言おう。“人とは国。人とは国そのもの”。この言葉は果たしてそれだけの意味なのか…と。……儂はな。この言葉にはもっと深い意味があると想う。国が国民全体を表すなら、その国民と呼ばれるものの中に、王や貴族などの上級階級の者も含まれるはず」

「なら、そういう者達の役割とはなんじゃ? この国を正しく統治し、正しい天秤をもって判断し、正しい動機をもって国民達と共に歩む、そういうことを真摯に行えばよい。紳士らしくな。…この国の上は腐っとる。貴族に重きを置きすぎた制度の欠点とも言えるがな。なぜこんなことになるまで、歴代の王達は何をやってきたんだか。まともなのは、この国の()()()()()()()()()という王だけじゃ」

「だから儂は動かん。()()()()()()()()()。ただ、この劣悪な環境に身を置き、兵達を鍛え上げることで来るべき時のために備えるだけじゃ。……お主もせっかく儂の側近なんじゃ。もっと儂を見倣え、模範にしろ、敬え、讃えよ」


 普段とは違う老将軍の様子に側近は困惑した。

 だが、それは微笑ましいことだった。

 この奇行な行いばかりをする将軍は、奇行抜きにすれば尊敬に値する人物だから。


「………将軍。何だか今日は凄く上機嫌ですね」


「当たり前じゃっ! ようやく止まっていた時が動きだすんじゃ。ワクワクせんでどうする? こういう時代の節目におれることは喜びじゃわい。少しは酒の肴にでもなってくれるからのう」


「………全く、このお方は」




 王国内に忍び込ませていた諜報員からの知らせで、王宮内部がきな臭い動きをしていることがわかった。

 恐らくこの国は荒れる。どちらの王子がこの国の玉座を手に入れるのか。


「………強き心を持ち虚弱な身体と僅かな側近を持つ者か、弱き心を持ち大勢の邪なる者に担がれた愚かな者か、はたしてどちらが───……」




 老将軍は願った。この国が、この──が、待ち望んでいる人物が現れることを。




 待ち望む者。



 ──※──※──※──




 王国のとある山奥にて




「ハアアアアアァァァァァッ!!!」




 …バゴオオオオオォォォォォンッ!!!




「ブ、ブヒュゥゥゥ………」




 ……ドォォォンッ!




 怪物とも呼んでもよい魔物が倒れた。同じ怪物のような男によって。




「た、隊長〜! さ、探しましたよ! 突然いなくなったと思ったら、急に大きな音が聞こえてきて来てみれば、こんな大きな魔物をお一人で討ち取ってしまわれるなんて……もう、危ないじゃないですかっ!? 一体何があったというのですかっ!?」


 部下の兵が必死に隊長と呼ばれる人物を追って来ていた。

 だが、その後を追って来たら、噂で聞いたある槍使いが狩った猪の魔物と変わらない程に、馬鹿デカい魔物が地に伏していた。


「あぁ、悪い。俺が先に行ってしまったから面倒をかけた。……なに、コイツらが鳴いているのが聞こえてな。危なく木が魔物に倒されそうになっていたのを見て、走って殴り飛ばした」


 部下が隊長の指差した方向を見ると、木の上にはピヨピヨ、ピヨピヨと鳴く雛鳥達の巣があった。

 ハァ…と大きなため息をつく。

 その優しい心がしょうがないことだと思いながら、部下としての誇らさと安堵した気持ちから、嬉しさが込み上げてふと吐き出したような…そんなため息だった。


 この隊長がいつでも誰にでも優しいのは変わらない。

 動物だろうが、下賎な出の者だろうと、誰にでも優しかった。その恐ろしい見た目と裏腹に。

 そんな隊長だったからこそ、多くのならず者達が慕い、彼のもとに集った。

 王国から忘れさられたこの地において、弱き者達を守る彼の異様な騎士道に共鳴して。


 騎士道とは普通、上流階級の者が示すものだが、上流階級の者が上流階級の者だけに示す言葉だ。

 下々の者には示さない。下々の者は守られることがなく、暴力を振るっても庇われることなどない。


 だが、この隊長は違う。全ての者に騎士道を示す。


 わざわざこの山奥に、敵として襲いかかってきたならず者達がいた。

 捕虜として捕らえても無下な扱いをせずに、彼らの状況を嘆き彼らを自分の部下に取り立てた。


 彼の叔母の教えが影響していたかもしれない。

 叔母の教えを胸に彼は生き続けていた。彼はお金を持っていない。

 全てのお金は部下達の給料として渡しているから。

 地に伏しているこの魔物を売ったお金も、彼の懐に入ることはないだろう。


「…しっかし、隊長は凄いですね。こんな化け物を素手でぶん殴って倒しちまうなんて」


「槍を持ってきてなかったしな。それに素手と言っても、俺の鎧は全身鎧(プレートアーマー)だ。指を痛めることはない」





 彼の顔は普段見ることが出来ない。彼はずっと(バシネット)を被っており、素顔が見えない。

 彼を初めて見た者は、大抵恐れのあまりに逃げ惑うから。

 疎まれながら、生きてきた………

 

 だが、そんな彼を見ても、ある一人の人物は逃げることはなかった。

 彼の顔、出自など関係なく、彼の騎士道の精神と心の内に秘める”想い“を見て、彼のことを友と認めた。




「…君も嫌われ者なのかい? じゃあ……余と同じだ。余も周囲の皆に認められてなんかいない。だけど、今はどうしても認めて貰わなきゃいけない状況だ。良かったら余の手を取って、これから一緒に戦い続けてくれないか? “我が友よ”」




 ……ふと、懐かしい記憶が蘇った。

 あの時の出逢いが俺を変えた。差し伸べられた右手が、俺の全てを変えてくれた。

 俺はあの御方に仕えることが大好きだった。

 民達を想う慈悲深い心。疲弊した国を立て直すための知恵。

 …そして、こんな俺のことを認めてくれて、偏見や差別など全くしない友たる御方。


 蘇る生前の記憶。懐かしい日々、追憶の想い出。

 それは二度と取り戻すことが出来ない日々。

 俺の過ごした日々は、友たる人物と会ってから変わった。

 俺の人生に彩りが与えられた。希望が与えられた。

 だが、生前の日々の中でも一つの心残りがあった。

 





 あぁ…もし……もしも………たった一度だけでいい。






 我が神よ、もしも我が友に、この世界で逢うことが許されるのなら




 


 あの御方、我が友たる御方に伝えたかった“あの言葉”を、この卑しい唇を持って伝えさせて下さい…………







 ただ存りし日々を想う者。

 


 主人公視点が続いたので他の視点から。


 ずっと登場させたかった人物達です。


 次は、夢の続きです。

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