おやすみなさい
「奇遇だな。俺らも王都に行く予定だ」
「ほ、本当ですかっ!? では、そこまでご一緒させて頂きたいです。ついでに王都のギルドにもう一度顔を出してもいいでしょうか? 友達に会いに行くのに同行をお願い出来る極秘の任務に就いていた方が戻っているかもしれないので」
極秘の任務ってことは…いつ戻るかわからない。
でも、この地で会いたいって思ってた伝説の将軍に会う時間も残されていないなら、その極秘の任務に就いている人物が帰還していることに賭けるしかないってことか。
「………しょうがねぇ。王都のギルドまでは一緒について来てもいい。それまではコイツら共々きっちりと守ってやる。約束だ。……だが、ギルドに行ったらその後はもうお前の冒険だ。一旦家に帰ってその上司だかを安心させてやれ」
「はいっ! わかりました! それまではよろしくお願いします! ヨゼフさん、カイ、ハイク、イレーネっ!!」
相合を崩した笑顔で僕達のことをゆっくりと見渡し、肩の荷が少し軽くなったドーファンは、うとうとしてきたようで、目をシュパシュパさせながら眠たそうな目を擦り始めた。
「…うぅ、何だか眠たくなってきました。ちょっと気が抜けてしまったようですね。皆さんにお話しが出来て安心してしまったのと、王都まで戻る目処が立ってホッとしてしまったようです」
「本当にドーファンはお子様なんだから。今日はゆっくり寝なさい。私達が代わりばんこで警備をして夜を過ごすから」
イレーネは世話を焼きたがっている。でも、きっとそれは……
「おい、じゃじゃ馬娘。そんな余計なことは心配しなくていい。今日は俺が一晩中周囲の監視をしておく。この森は比較的魔物は少ないが、魔物よりも心配なことがある。だから、お子様達は早く寝ろ。明日の早朝に移動を開始する」
「でも、ヨゼフ師匠。それだと師匠が寝ないまま、明日を迎えることになってしまいます」
「大丈夫だ。別に三日ぐらい寝なくても俺は平気だ。なんなら夜の夜営のほうが重要だ。俺はそういう失敗を観てきたから、ここで気を抜く訳にはいかねぇんだ」
……確かにヨゼフの言う通りだ。軍隊の夜営時の失敗談は、どこの国でもどの歴史上の出来事でも、必ずと言っていい程に付き纏ってきた。
…僕の知っているヨゼフその人なら、リアルタイムで観ていたのかな。もしくは後日聞いたとか。
「さぁ、寝ろ寝ろ。子供の起きていていい時間はとっくに過ぎてんだ。わかったなら横になれ。この森はな、暑い時期でもなぜだか夜は冷えるんだ。お前らが寝るまでは火を焚べてやる。その後は悪いが消させて貰うぞ。少し寒くなるかもだが耐えてくれ。魔物よりも厄介なのが寄って来るかもしれねぇからな」
夜盗とか山賊のことを心配しているのかな。
…やっぱりいるのかな。少し恐くなってきた。
「…わかったわ。じゃあ今日はお言葉に甘えさせて貰うことにするわ。おやすみなさい」
「ヨゼフ師匠、俺達のためにすみません。おやすみなさい」
「ボクも寝かせて頂きます。おやすみなさい。……zzZ」
みんな寝るみたいだ。
まだ話したりないことがあるけど、諦めて寝よう。
「じゃあ、僕も寝るか。何から何までありがとう、ヨゼフ。でも、明日からは僕達にも野営をやらせてね。おやすみなさい」
「あぁ、いい夢みろよ」
今日は一日で沢山のことがあった…あり過ぎた。
一日でこんなに多くの出来事と感情が揺らめいたのは初めての経験だった。
ヨゼフには本当に感謝しかない。
ヨゼフがいなかったら、普通なら僕達はもっと身体も疲弊していたし、何よりも心の衰弱のほうが酷くなっていたはずだ。
ヨゼフは優しい言葉をかけ、心からの気遣いを示して、僕達の心がこれ以上深い場所に潜らないように手を差しだして引っ張ってくれた。
誰の支えもなかったら、僕達はみんな会話もなく、やさぐれて、どんどん感情が負のほうに沈む一方だった。
そうさせないために、ヨゼフは沢山言葉をかけて僕達がそのことを考えないように、次から次へと会話や行動を起こしてくれていた。
僕はここまでの深い気遣いが出来る大人になれるだろうか? いや…なれていただろうか?
とてもじゃないけど過去の世界での自分は、ここまでの事は出来なかった。
ましてや隣でぐーすかと寝ているドーファンにも、僕は及んばない。
だって、恐らくドーファンは………
このお礼はドーファンと二人きりになった時に改めて言おう。
そして、イレーネの事も…もっとちゃんと見守ってあげなきゃ。
ハイクともちゃんと話さなくちゃいけないな。
……今は寝ることに努めよう。疲れを引きずって、みんなの迷惑になるようなことは避けなくちゃ。
ふと、寝る前に見上げた夜空は空気が澄み渡り、それはそれは星々が輝いて見えた。
焚き火がなかったらもっと良く見えたかもしれない。
その星々の輝きは…まるで天から父さんと母さんが、光り輝き、煌めいて、満天の夜空から見守っていると語りかけているかのようだった。
「………父さん、母さん、おやすみなさい」
孤独や寂しさを寄せ合うように、焚き火を囲い暖かい温もりに包まれながら、長い長い一日が静寂とともに、ただ静かに…そっと閉じられていった。
昔、製鉄にはふいごと呼ばれる空気を送る大型の装置が必要でした。そのふいごを 踏む人を「番子」(ばんこ)といい、力仕事のため交代で作業をしていたところから、 「代わりばんこ」という言葉が生まれたようです。




