魔法の正しい使い方
「説明を再開する。魔法っていうのは魔のモノを縛り、戒める法。それを略して魔法と呼ばれている。ようは魔物に対する専用の攻撃ってことだ。但し、例外もある。それが回復魔法。傷ついた者を癒し、神の慈しみを数多の者にもたらす魔法。しかし、あくまでも傷ついた今を生きし者のみにだ。死んだ人間には使用することが出来ない。もう一つの例外がある。それは人に攻撃魔法を使ってもいい時だ」
「待って。それはおかしいでしょ。だって、さっきのドーファンの火の球は消えてなくなったわ。それについさっきの説明では、人には使えないって」
説明を聞きながら段々と感情が乱れていく。
僕があの時、魔法が使えていたなら
母さんを救うことが出来ていたなら
父さんの息があるうちに回復魔法が使えていたなら
あの当たり前の日々を取り戻せていたなら……。
そんな今さらどうしようもないことをぐるぐると頭の中で考え込んでしまう。
……やめよう…これ以上、感情を掻き乱すのは。
「あぁ、普通の状況ではさっきの火の球みたいに、魔法として放出された魔力は、天にいる神のもとに奉納される。だが、さっきも言った通りに例外がある。それは、神に対する“誓いの儀”。お互いが神の御前に決闘を申し出る際に、神に対しての誓いを宣誓し合うための儀」
「これを両者が神に対して誓い合うことで、魔法を使用しての決闘をすることが出来る。別に魔法を使用しなくても、お互いが神の前で神聖な対決をしたいと決意した時にも使われる儀だ。……だが、ほとんどの決闘の場合で誓いの儀は行使されることはない。武器や近接戦を得意とする者からすれば、むざむざ敵に反撃の機会を与え、下手したら負ける可能性を飛躍的に上げることになる」
「これとは別に“宣誓の儀”というものもあるが、これは使う機会がきたら教えてやる。とりあえず大まかにざっと説明したが、”祈り“、“魔力”、“神の加護”、“魔物”、“誓いの儀”。この言葉とその意味については理解したよな?」
僕達三人はコクリと、真剣な表情をしながら頷く。
一生に関わるなんて聞かされてしまったら、嫌々ながらでも真剣に聞かなきゃいけない。
「ヨゼフ師匠質問です。師匠は魔法を覚えたほうがいいって勧めていますが、さっきの火の球をドーファンにお願いした時に、師匠ご自身は使えないって言っていました。何で師匠は使えないんですか?」
ハイクもちゃんと聞いていたみたいだ。
ヨゼフが僕達に勧めながらも、なぜ本人が使わないのが気になっていた。
そもそも火をだす魔法が使えたら、火打ち石なんて持っていなくてもいいのでは。
「あぁ、それか。ハイク、それは俺の“拘りと誇り”ってやつだ」
「“拘りと誇り”ですか?」
「そうだ。俺はこの槍一本で、ここまで生きてこられたって“誇り”がある。だから俺は、この槍一本でこれからも生き続けるって“拘り”があるだけだ。他の奴から見たら馬鹿みたいな生き方かもしれない。でもな、俺はこれを曲げるつもりはない。ただ、それだけだ」
ヨゼフはそう言うと、本当にそれが自分の生き方だと、本人の右手に持つ槍を、一度ドンッと地面に突き挿して、その一本の槍がとてつもない意味を持つかのように主張をした。
「ただ、この生き方には弊害が多い。せっかく魔法が使える世界で、それに頼らないってんだからな。ハイクもじゃじゃ馬娘も魔法は必ず覚えろ。お前達のこれからの長い人生の旅のお供には、これ以上にないくらい必要不可欠なものだ。祈りも毎日行え。その両手の指を毎日組み続けろ。神の加護を勝ち取れ。魔物を払う力を得ろ。そのために俺と一緒に来い。お前達のこともギルドに所属させるように俺の上司に掛け合うからよ」
僕のせいで、ハイクとイレーネにも困難な生き方を背負わせると思うと、凄く気が重くなった。
……ギルドか、人が沢山いそうな所だ。
それだけ大勢の目に晒されながら、成果を挙げないといけないなんて。
本当にこれから歩もうとする旅路は前途多難だ。
「ねぇ、さっきから言葉では聞いているけど、そのギルドってどういうとこなの?」
「ギルドは俺の所属している組織の名前だ。この国で冒険者って呼ばれる奴は、大抵がギルドに所属する。そして、ギルドの主な活動は“魔物討伐”だ」
やっぱり魔物を討伐しなきゃいけないんだ。
ごめん、イレーネ……
「大分話し込んじまった。ギルドについては詳しくは明日移動しながら話そう。ドーファンも食い終わったようだし、今日は寝るとしよう。……ただし」
真剣な話しや今後の展開に関する話しが続いて、頭はすっかり冴えて覚醒している状況だが、言われて見て空を見上げれば大分時間が経っていたことがわかる。
すっかり夜空の中に星々が煌めき、とりわけ星々の中でもデネブ、アルタイル、ベガの輝きは、ここからでもよく見えていた。
ヨゼフは寝ようと言いながらも、最後に言葉を紡いだ。
「…俺が一番気になることだけは、この場でハッキリとさせておきたい」
どれだけこの場にいる全員が疲れていて、身体を休めなきゃ明日からの活動に支障がでるとしても、ヨゼフはこれだけは聞いておかなきゃいけないと考えていたことを口にする。
「ドーファン、お前は何でこんな森に潜んでいた。ここにいた経緯、お前の住む場所、それから何よりお前の目的だけは教えろ。正直に話せ。俺は相手の目と雰囲気を観れば、それが真実か嘘かなんてすぐにわかる」
「………………」
長い沈黙が訪れる。ドーファンは話したくないということが如実に態度に表れていた。
だが、ヨゼフの目はそれを許していなかった。段々と鋭くなるヨゼフの眼に睨まれて、ついに観念したのか、重い口をドーファンは開いた。
「…………わかりました。ただし、僕からも条件があります。これから話すことは絶対に他言無用です。僕の身はこれでも大切です。我が身が一番大事です。僕も短い時間を皆さんと一緒に過ごしましたが、まるで悠久の友のような皆さんに心を開いているからこそのお願いです」
ドーファンは僕達のことを信頼している。
もしも、アドラーの心理学を信じるなら、僕は今まさにこの時に、それが正しいということをここで表明し、その後の生き方で示すことで、ドーファンの信用を得て真の信頼を得れるのではないのだろうか。
なら、答えはもう決まっている。
「うん。わかったよ。ドーファン。絶対に誰にも言わない。約束だ」




