友達
「と、友達?」
思いがけない単語に思わず聞き返してしまう。
「……は、は、はい。その、恥ずかしながら、ボク、友達がいなくて……あっ、前はいたんですよ! でも、離ればなれになってしまって……。本当はその友達の家に行きたいんですけど、なかなか行けなくて」
「……ボク、ずっと寂しかったんです。相談に乗ってくれる方は近くにいます。でも、その方は友達じゃなく、どっちかと言うと“上司と部下”みたいな関係って言えばいいんですかね」
「だから、さっきみたいに…普段あんなにはしゃぐことなんて、今まで出来なかったから本当に嬉しかったッ! 近い年代の子がいてくれて、ボクに構ってくれて……すごくすごく嬉しかったッ! だから、これからもずっと…ボクの友達になってほしいんですッ! お願いしますッ!!」
いや、友達もなにも。僕達はすでに………
そう思っていたら、ドーファンは立ち上がり、右足を引き右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すようにしながら深々とお辞儀をした。
…このお辞儀の仕方って、もしかして……
「おい、ドーファン」
そう言うとハイクは徐に立ち上がり、僕の横にきて腕を組みながらドーファンの前に立った。
「そういうことを条件に、友達を作ろうなんてやめろ」
ドーファンの身体がピクッと動き、ゆっくりと顔を上げた。
「条件付きで友達なんて、俺はいらねぇ。そんなのこっちから願い下げだ」
そう言われたドーファンは、ガッカリした様子で顔を下に向けた。
「いいか、友達っていうのはな、お互いのことを認め合った時点で友達だ。俺はお前のことを認めている。もしかして、俺だけがお前の事を友達だって思ってたのか?」
「えっ?」
「だから、お前は俺の事を友達だって思っていないのか?」
ドーファンは急激な勢いで顔を上げて、フードの下の口元はニッコリとしていた。
よっぽど嬉しかったんだろうな…
「ほ、本当にッ!? ありがとうございますッ! ボクもハイク君の友達ですッ! 僕は認めるどころか友達証明書っていう書類がもしこの世にあったら、急いでハイク君と僕の名前を書いて署名して“印章”を押しちゃうくらいですよッ!!」
「な、何か知らないけど、お、“重そう”だな。それ」
「え、軽いですよ。そこの魚よりも」
「違うっ! 俺が言ってるのは“話しが重い”ってことだ。別にそんなことを、友達同士でする必要なんてないんだ。ほら、これで十分だろ」
ハイクは自分の右手を差し出す。
「こ、これって……」
「何してんだ? お前はさっきヨゼフ師匠とも同じことしてたじゃねーか。ほら、お前も手を出せ」
ドーファンも手を差し出して、二人は握手を交わす。
ドーファンは嬉しそうに、ハイクの手を握りながら、ブルンブルンッと上下に何度も腕を動かしていた。
……なんかホッコリするね。
「これからよろしくお願いします! ハイク君ッ!」
「あぁ、これからもよろしくな! ドーファン。あと、俺のことは“ハイク”って呼んでくれ。そのほうが俺も気が楽だ」
「わかりました! ハイクッ!」
ハイクがニカッと笑うと、ドーファンも嬉しそうにしている。
やっぱり小動物みたいだな。
「さて、次は私の番かしら」
イレーネもハイクの横に立ち上がると、ドーファンに向かって手を差し出す。
「私はイレーネ。これからよろしくね、ドーファン。ただ、私の脇にピタッとくっつくのは今後一切禁止よっ! わかった!?」
「はい! わかりました、イレーネッ! これからもよろしくお願いします…あぁ、やっぱりイレーネは“ツン”が強い、ツンデレなんですね」
ドーファンはイレーネとも握手した。
それと同時に僕は自分の右手をすぐに動かす。
「ねぇ、そろそろツンデレの意味を、教えてほ……」
「ドーファンッ! 僕はカイッ! これからよろしくねッ!!」
イレーネの声をかき消すとともに、イレーネの手を握っていたドーファンの手を取り、無理矢理に僕とも握手させる。余計なことは言わせないッ!
「はい! カイもよろしくお願いしますッ! あぁ〜、夢みたいだよ。こんなに友達が大勢いるなんて、ボクは幸せです!」
ドーファンの思考も、ツンデレから上手く逸らせることに成功し、ひとまず安心した。
イレーネが隣で“ねぇ、ツンデレって……”と呟いているが、幸せに浸っているドーファンの邪魔は野暮ってもんだよ、イレーネ。
ドーファンはイレーネの呟きには耳も貸さずに、自分の世界に入り込んでいた。
けど、そんな幸せは瞬く間に終焉を迎える。とある怒号と共に僕達の保護者が飛び込んで来たから。ー
「おい、子供共ッ! いい加減に飯を食えッ!! 祈れーッ!!!」
僕達の横には、山鳩の羽根むしりも、血抜き処理の作業も終えたらしいヨゼフが立っていた。




