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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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命の水

「…うっ、本当に答えなきゃダメですか? それはそれは面倒くさい話しになりますよ」


 出来れば思い出して欲しくなかったのを滲ませながら、嫌々そうに苦々しそうな顔をドーファンは浮かべた。


「面倒くさいってどう言う意味よ?」


「おい、子供共。その話しは魚を食いながらでも聞こうじゃないか。俺は“これ”の羽根をむしって話しを聞いているから」


 そう言うとヨゼフは胡座(あぐら)をかいて座りながら、手に抱えていた山鳩らしきものの羽根をむしり取り始めた。


「それを狩りに行ってたんですか?」


「あぁ。お前らが肉になんか思い入れがありそうだったからな。少量になっちまうけど許せ。あと、俺は徹底的に血抜きをするからな。実際にこれを食べるのは明日の昼以降にさせてもらうぞ」


 このヨゼフって人は素っ気ない態度を普段からしていて勘違いされやすいと思うが、本当はとても気遣いの出来る人じゃないんだろうか。

 態度とは裏腹の深い気遣いに心が温かくなっていく……


「ヨゼフ師匠は凄いですねっ! よくこんな短時間で狩れましたね。多分、二十分もかかってないんじゃないですか?」


「あぁ、昔から慣れているからんな。こういう生活には」


 昔からこういう生活に慣れている? 

 山とかに住んで狩人のような事でもしていたのだろうか。


「あ、あの、ヨゼフさん。これって貴方の分の魚ですよね。ボクが食べるわけにはいきませんよ」


「大人に恥をかかせるな、ドーファン。俺は腹を空かせた子供が目の前にいたら、俺の腹よりもそいつのことを優先する。お前も大人になって腹を空かせた子供が目の前に表れたら、俺と同じようにそいつに飯をくれてやれ。それがお前から俺への礼ってことにしてくれ」


 ……カッコイイッ!! 僕もこんなセリフをすらすら言えるようになりたいッ!

 ヨゼフは自分の中の一本の芯がぶれることなく、ピシッと定まっているんだろうなぁ…


「……わかりました。ありがとうございます。このお礼は困窮した者を見かけた際、必ず救いの手を差し伸べることで果たさせていただきます」

「おう! それでいい。あと、これを回しながら飲んどけ。飲み過ぎるなよ。みんなの飲む量を考えて飲めな」


 ヨゼフは僕に向かって、何かを投げて渡してきた。

 一瞬たじろいでしまいながらも何とかキャッチした。

 それは動物の胃の皮袋にコルクのような栓がしてあるものだった。

 …うん? タプンタプンって音がする。それに触った感触もブニョブニョだ。


 もしかしてこれは…


「ヨゼフさん、これって水ですか?」


「そうだ。あんだけ声を上げて喋ったんだ。喉が渇いただろうと思って持ってきた」


「これを…どこから持ってきたんですか?」


「どこって。そんなのあの川からに決まっているじゃねぇか」


「今、あの川の付近には…対岸に帝国の者たちがいたのではないですか?」


「それがどうした? 奴らのことを警戒しながら、上手くバレないように水を汲んできただけだぞ」


「……ヨゼフさん。僕はこの水を飲むことが出来ません」




 一瞬、その場が凍りつく。

 ……でも、飲めないよ。




「…ちょ、ちょっとッ! カイッ! これはヨゼフのおじさんが暗い森の夜道を駆けながら、帝国の兵に気づかれないように一生懸命に取ってきたものよッ!」


「そうだぜ、カイ。それはヨゼフ師匠に失礼だろう…」


「カイ君。ボクもそれはいいことじゃない気がします。帝国の兵に気づかれないように、せっかく命を()けてまで取ってきたものですよ」




「そう。それだよ」




 ヨゼフ以外のみんなはキョトンとした顔になった。

 僕の言い分をみんなに知って貰いたくて言葉を紡ぐ。

 



「この水はヨゼフさんが自分の命をかけてまで汲んできてくれたもの。それを僕は…ただお礼を述べるだけで飲むのは忍びないんだ。この水は…言わば命の水。ヨゼフさんの身体を流れている血のように貴重な水だ。だから、そんな水を飲むことを……僕には出来そうにないや。せっかく取ってきて貰ったけど……ヨゼフさん、本当にすみません」


 僕はヨゼフの様子を伺う。

 怒られるだろうか……






「くっくっくっく……」




 あれ、片手で顔を覆いながら笑ってる? 

 …どうしちゃったんだろう。






「わっはっはっはっはッ!!! はーはっはっはっはッ!!! …あー、久しぶりに腹の底から笑えた。ありがとうな…カイ……お前と同じことを言った方がいて、その方のことを想い出した。…まさか、お前が同じ事を言うなんてな」


「えっ、僕と同じ事?」


「あぁ。俺は昔、その方の従者だったんだ。我が(あるじ)がある時、“水を飲みたい”って言ってるを聞いちまってな。従者として、なんとか喜ばせてやりてぇって、俺といつも一緒に行動してた、仲のいい奴らを誘って、敵陣に乗り込むことにした」

「…危険じゃないかって? いやぁ、そりゃあお前…こういう時こそ従者冥利に尽きるってもんだ。俺は敵陣に忍び込んだ。それこそ命懸けだった。結局、敵陣を無理矢理突き破って、無理に無理を押し通した。今回以上にな」

「周りは敵、敵、敵、敵だらけだ。何人に囲まれてたかは覚えてねぇな。とにかく槍を無我夢中で振りまくってた」

「そして、命からがら何とか成功して戻ることが出来た。あの時はワクワクしたもんだ。褒めて貰えるよなぁ…喜んでくれるよなぁって、俺たちは期待して帰ったんだからな」

「…だが、結果は知る通りカイと同じことを言いやがったッ! しまいにはその水を地面に飲ませやがったんだッ! ふざけてるよなぁッ! こっちがどんな目に遭って大事な水を取って来たか……あれほど一気に無気力になった時はなかったな」

「……だけど同時に、我が主についてきてよかったって思えたのも俺の誇りだ。…我が主がそんな行動をとったのはこういう理由だった。“お前達が私のために死ぬ覚悟を決めてまで取ってきた水を…飲むことはできない。二度と私のためにここまで危険なことはしないで欲しい。水よりも従者であるお前達のほうがよっぽど大切だ“ってな……それは俺達を”想って“取った行動だったんだ」

「あの方ほど自分の従者を大切に想い、どんな強大な敵にも立ち向かえる勇猛さと、困った者のために立ち上がれる義に溢れた方を俺は知らない。まぁ…ちょっと最後にミスをやらかしたけどな……」


 語るヨゼフの顔は懐かしさと誇らしさで、とても綻んだ柔らかい表情をしていた。

 でも、この話し…なんだか知ってるような気がする。

 その主のことも知っている気がするんだよね……


「…ヨゼフさん。その敵陣に忍び込んだ時に、さっき俺“達”って言いましたよね? 何人くらいで忍び込んだんですか?」

「ん? 何人かだって? お前、面白いこと聞くなっ! 普通はこの話しを聞いて俺の主の偉大さをもっと聞きたいって、言ってくるもんだと思ってたのになぁ……あの時()“三人”だ」




 ……………あの時()




 そして、”三人“。




 確定的じゃないかな、これ。いや、でも、そんなことってあるのかな? 

 ……人違いかもしれない。今は余計な詮索はよそう。




「ま、今はこのくらいでこの話しはやめよう。それよりも、カイ。俺はたしかに、命を張って水を汲んで来た。お前が俺の主と同じことを言う理由もわかる。その理由も俺は知っている」

「だけどな、敢えて言おう。お前はそれを飲むべきだ…いや、飲まなきゃいけない。お前らは今日、大変な想いをしてこの地に到着した。これはある意味…俺からの祝杯だ。“よく生きて、辿り着いてくれた”と」

「もし、お前の父ちゃんが俺の立場でも同じ”想い“をその水に込めて渡したはずだ。……“生きろ、生き続けろ”ってな」

「だから、その水を飲んでくれると俺は嬉しい。これ以上の理由は必要ねぇだろ?」




 ヨゼフは微笑みながら、言葉を投げかけてきた。




 ………ずるいよ。そんなこと言われたら、潤っときちゃうじゃないか。

 …僕が父さんの“想い”を踏みにじれるわけないじゃないか。


「……わかりました。ありがたく飲ませて貰います」


 僕は水を取ってきたお礼と、父さんの想いを気づかせてくれたことへの感謝を含めながら、ありがたく水を飲ませて貰った。

 喉の渇きを、水が潤し、疲れっきった身体に活力を与えてくれた。

 ………美味しい。ここまで水を美味しく感じたのは、初めての経験かもしれない。

 朝ご飯を食べてから飲ます食わずの決死行を繰り広げていた。身体も水を求めているのは当然の事だった。


 本当にありがとう…ヨゼフ。




 僕が飲んだ後、みんなにも順々に皮袋水筒を回して飲んでいく。

 みんなも喉が渇いていたようだ。水を飲んだあと、“生き返った”っていうような表情をそれぞれ浮かべており、顔の表情が豊かになった。


 ふと、ドーファンが水を飲み終わった後に口元を手で(ぬぐ)いながら呟いた。




「……で、でも…三人で忍び込むなんて凄いですね。ボクだったら絶対に無理無理です。しかも、敵陣を三人で突き破ったんでしょ。凄すぎますッ! “英雄”と呼ばれてもおかしくない所業ですッ! もしかしてヨゼフさんは、三年前に滅んだ公国の最後まで帝国に抵抗をした“あの伝説の将軍”なんですか?」


 三年前に滅んだ公国? 伝説の将軍? 

 何だその気になる情報っ! 教えて欲しいっ!


「俺はその公国とは無関係だ。三年前の悲劇を聞いた時はショックだったぜ。でも、その将軍と裏で活躍したって噂の政治家は尊敬するぜ。あんな小さな国でよく帝国と戦えたってもんだ」


「…裏で活躍した政治家? ボク、そんなこと知りませんでした。ヨゼフさんは情報通ですねっ!」


「…………すまん。今のなしだ。忘れろ」




 …いやいやいやッ、そんな気になること忘れられるはずがないでしょッ!!!




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