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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“名前を呼ぶ意味・呼ばれない意味”

 ──※──※──※──




 しばらく進んでいると、さっきまでいた焚き火の場所が見えてきた。


「うわぁー、広いですね。この森に、こんないい場所があったなんて…知ってればここで潜んでいたのに」


「ヨゼフさんがすでに使ってたから、きっと追いだされてそれっきりになっていたと思うよ? まぁ、君もあんな茂みにいたんだ。疲れてたんじゃない? 気を遣わずにゆっくり休みなよ」


「本当にっ!? それじゃあ、お言葉に甘えて……」


「ねぇ! 誰がそんな大の字で寝ていいって言ったのっ!? 私達が座れないじゃないっ!?」


「えっ、だって気を遣わずにって……」


「そこは気を遣えよっ! …なぁ、カイ。こいつ、もしかしなくてもヤバい奴なんじゃ……」


「うん。もしかしなくても間違いなくヤバいね。…僕の言い方が悪かったかな。君も僕達と一緒に座りながら休もっか。ね?」


「あぁ、なるほど。そういうことね。わかったよ。それじゃあ……」


 ……やっとわかってくれたか…………ッ!?

 

「おいッ! 誰がイレーネの脇にそんなにピタッとくっついて座っていいって言ったのかなッ!?」


「カイッ! 落ち着いてッ! 私も気にしてるけど、カイはそこまで気にしなくていいからッ!!」


「まともに相手しちゃダメだッ! カイッ! 静まれッ!」




 ………ハァハァ、ハァハァ。


 息を荒げながらも、なんとかこの子をイレーネから引き離した。

 僕達三人はこの子と対面に座るように、厳重警戒でじっと見据えた。

 この子のことを、再度しーっかりと見回した。

 ようは全く信頼出来ない事がわかったから、少しでも情報を引き出そうとしてだ。


 そんなこんなで様子を(うかが)ってたら、キラリと火の灯りに照らされて何かが光ったようだった。

 何だろうと思ってよーく目を()らしてそちらを観る。

 




 ん……あれ? この子のフードの留め金……。Nの反対の文字だ。

 もしかして、“キリル文字”? “И(イー)“かな? 英語の”and“と同じ意味だ。

 何でこの子のフードにそんな物が使われているんだろう……? 英語を話す国で“キリル文字”は不自然に思えた。


 僕は言語は話せないけど、前世の世界で趣味で文字の研究もしていた。

 歴史を知る上で文字が読めないと解けない謎もあるからね。

 鎌倉時代に蘇った幻の文字も解析したりした。懐かしい。


 (ただ)し、僕の読める文字はそれほど多くない。

 歴史の転換点で自分が知りたいと思った文字だけ学んでいたからだ。


 古い文字って本当に面白いと思う。

 その文字がどんな風な経緯を辿って、その形になったかを知ると、歴史の見え方も変わるからだ。

 前の世界では、ある特殊な閉ざされた地域で昔から言葉が変わらないと言われる言語もあったけど、そういうことに浪漫を感じてしまう。

 帝国の文字もなんとなくだけど…キリル文字に似てる気がするんだよね。

 でも、キリル文字とも違うし、勉強している時も何か不思議な感覚で覚えたんだよね。


 そういえば……師匠のフードの留め金も文字が刻印されていた。

 あれはたしか、ギリシア文字の“Ψ(プシ)“。

 何の意味もなく、もはや模様として使われているんじゃないかって思った。

 だって、“フィボナッチ数列の逆数和”とか、“数価が七百”を表す文字だ。意味がないと思って当然だ。




「よし! これからあんたの尋問を始めるわ! あんた、名前は」


「ドーファンだよっ! よろしく! 綺麗な子っ!」


「…なっ!? 私はあんたにされた仕打ちの数々を忘れたわけじゃないんだからねっ! ふんッ!」


 考えるのに夢中になっていたらイレーネ主導の尋問会が始まった。

 …ってか“ドーファン”って…英語を話す国でドーファンなんだ。

 …あぁ、でも地名になってるとこもあったし不思議ではないかな?


 ……いけない、ここは異世界だ。前世の知識が役立つことと、それに囚われちゃいけないこともあるんだった。

 思考を切り替えてこの子に何を聞くかを考える。…そうだ、僕も早速聞いてみたい。さっきの疑問を。


「ねぇ、ドーファン君。君のそのフードの留め金に何か刻まれているけど、何か意味があるのかな?」


「ん? あぁ、これ? うーん、意味はわからないなぁ。これは僕の家に伝わる記号? 文字? らしいけどねぇ。実はよくわからないんだ〜」


「そうなんだ。僕も見たことがないものだったから、気になってね。ありがとう。ハイクも何か聞きたいことはある?」


「そうだなぁ。お前、あそこで何してたんだ?」


 おぉ、いいね! 僕もそれが聞きたかった。


「…う〜ん、話さないとダメ?」


「当たり前だ! あんなとこに一人でコソコソ茂みに隠れてたら怪しさ満点じゃねーかっ!」


「そうだね。流石にごまかせるようなことじゃないからね」


「さぁ、さっさと観念して白状しなさいっ!」


 イレーネは何かの役にでものめり込んでいるのかな? 

 うきうき気分のイレーネを他所(よそ)に、ある人物が会話に加わり一旦話しが打ち切られそうになる。




「そいつは俺も聞きたいな」


 そう言って森の中から、ヨゼフが現れた。

 …あっ、手に何か持っている。


「ヨゼフ師匠っ! おかえりなさいっ! お早いお帰りですねっ!」


 ハイクがこんなにテンションの高めのいい声で、ヨゼフに話しかけるのが当たり前になるなんて……。

 何があったか教えて欲しい! 気になるっ! 


「あっ、師匠おかえりなさいっ!」


「俺はお前の師匠になったつもりはねぇぞ。……“未知のフード小僧”」


 …ヨゼフっ!? さすがにそれはストレートすぎるでしょっ! 

 勘でも直感でもないよっ!? しかも語呂合わせが酷いよ……


「僕はドーファンっていいます」


「俺はな、相手の名前を呼ぶ時の決まりがあるんだ。それまではあだ名で呼んでやる。お前の名前を呼ぶふさわしい時が来たら呼んでやる」




「……ふーん…くだらない決まりですね」




 …ヒュンッ!!!




 そう答えた直後、ドーファンの喉元に再び槍が突きつけられた。

 だけど、今度は喚き叫ぶことなどしない。真剣にヨゼフを見上げてフードの中から見つめている。




「おい……それはどういう意味だ? 答えによっちゃあ…お前の喉元をこのままぶっ刺して、その汚ねぇ舌が二度と言葉を言えないように一瞬で喉笛を裂くことも出来るんだぞ……」




 本気だ……。ヨゼフは本気で刺すつもりだ。急いで止めなくちゃッ!!

 そう思って身体を動かし、対立する二人の間に割って入ろうとしたけどドーファンが口を開いた。




 …その言葉の始まりの声は、優しく諭すような声だった。




「名前というのは…その人を表す言葉です。恐らくヨゼフさんは名前の価値がわかる方なのでしょう。それは、(とうと)いことであり、(とうと)いことです」


 あれ、ドーファンの様子が違う………


「ですが、その名前の価値をヨゼフさん一人の価値観だけでその人を見てしまっては、もしかすると、ヨゼフさんに一生の生涯を通して名前を呼ばれない方がいたのではないでしょうか? 」

「そんなのは酷い…あまりにも(むご)すぎます……。いいですか…人っていうのは生まれてきた瞬間に、名前を呼ばれる価値があるんだ……」

「生まれてきて意味のない命などないんです。私のかつての友の幼い頃は…名前を呼ばれることなく(さげす)まれていた」

「…だからこそヨゼフさんにお聞きしたい……ヨゼフさん、貴方は名前を呼ぶことの意味を本当に理解していますか。名前を呼ばれない者達の苦しみを…貴方は理解しておられるんですかッ!?」




 ……心が震えるとは、こういうことなのかもしれない。




 先程まであんなにふざけていた少年が、自分よりも遥かに強い大人に自分の真理を持って真っ向から叫びを上げていた。




 ヨゼフの言うこともわかる。ドーファンの言うことも正しい。

 ただ、僕にはどちらが正しいと聞かれたら、今の僕には、その答えを導きだせなかった……

 何も…言えなかった。


 ヨゼフは突きつけていた槍を静かに降ろす。


「………悪かった。お前の言い分は正しい。お前は自分の芯が真っ直ぐな奴だとわかった。俺はお前を認めよう。……どうか、わかって欲しい。俺には俺の流儀がある。そこを下らないと一蹴したお前を見逃すことは出来なかった」

「…だがな、“ドーファン”。世の中には名前を呼ぶ価値のないものも実在する。呼んではいけないものが存在する。俺はそれを見極めてきたつもりだ」

「俺は自分の眼差しが曇らねぇうちは、それを変えるつもりはねぇ。すまないが、そこは理解してくれ」


 冷静さを取り戻したヨゼフは静かに語りかけた。ドーファンもそれに呼応する。


「………ボクも声を荒げてすみませんでした。普段はこんな声を出さないんですが…まるでボクの友を(けな)されたように感じてしまって……本当にすみません」

「ヨゼフさんの言い分もわかりました。それが貴方の生き様なんですね。理解しました。貴方の生き方を尊重します」

「人の本質を観ることをヨゼフさんは自負しておられるようですね。素晴らしいことです」

「ですが、ボクの言った言葉を…心の片隅にそっと置いといて下さい。きっと将来、役に立つ日が来るかと思います」


 その意味を飲み込むように、(しば)しの時をヨゼフは置いた。再び唇を開いた時にはすでにドーファンを受け入れていた。




「…わかった。心の片隅に留めておこう。これからよろしくな、ドーファン」




 そう言ってヨゼフはドーファンに右手を差し出した。

 ドーファンもその手を自分の右手で握り締め、二人は固い握手をした。






「あれ? 俺の質問ってどうなったんだ?」

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