ほぅ、これが噂に聞く“ツンデレ”ってやつですか。実に興味深いですね
……ど、どなたですのん?
土下座スライディングマン? スライディングウーマン?
フードを深く被って外見からは全く判断出来なかった。
性別もわからない高い声でひたすらにワーワー、ギャーギャー叫び続けていた。
「殺£〆€$※@さ¥@%な%?い&£€$〆でぇぇぇ!!!」
もう言語にもならないような言葉で叫び続けている。
……あれ? この人英語で喋ってない? そういえばヨゼフは帝国語で話していた。
この人が英語で話しているのを聞いて、ようやく当たり前のことに気が付いた。
こっちの国での会話は基本的に英語だったはずだ。
そのために帝国でも初期の教育の時点で、文官志望は英語の単語の書きとりや訳す勉強をしていた。
…やばいなぁ。僕はなんとか英語の会話も出来るけど、イレーネは書き言葉は出来ても会話は出来ないよな。ハイクなんて論外だよ……。
まぁ、“慣れるより慣れろ”って言うし、こっちの国で英語しか話さない環境に身を置けば、否応にも英語が話せるようになるはずだ。
ハイク、イレーネ……ファイトだよっ!!
「…ちょ、ちょっと!! ”ボク“の言ってることわかりますッ!? もしかして助けてくれるんですかッ!?」
あ、この人のこと忘れてた。ずっと訳もわからないことを喚いていたから無視していたけど、ようやく話せるまでに落ち着いてくれた。まだ、興奮状態にあるけど……。
タッタッタッタッタッタッ!
あれ、この音は……。
ヒュンッ!!
とんでもない勢いで走ってきたであろうヨゼフが、ひれ伏した状態の怪しいフードの子に槍を突きつける。
「ヒィィィィィィ!!!」
槍を首元から数cmのとこに突きつけられたフードの子は、小動物のように丸まってプルプル全身を震わせている。
………はたから見ると、ちょっと可愛い雰囲気があるね。
「おい、カイ。これはどういうことだ? 何でこんなとこに、また子供がいやがる」
ヨゼフは目を鋭くしながら、目の前の子を警戒する。
ヨゼフから見ても子供なんだね。全身フードだったから何となくで判断してたけど、やっぱり子供みたい。
僕達と変わらないくらいかな? 声も中性的で性別がわからない。
さっき…“ボク”って言ってたから、恐らく男の子かな?
「えっとですね、帰り道に茂みがガサガサッて動いていたのが気になって、もし動物だったら狩ってみんなに持っていきたいなって考えて、近づいてみたら人間でした」
「食べないでぇぇぇぇぇっっっ!!!」
「食うわけないだろっ! はぁ〜、どうしたもんかね…コレは……」
ヨゼフは頭を掻きながら突きつけた槍の警戒を解き、槍の石突の部分を地面にガンッと挿して、槍を右手に持ちながらこの子のことをジッと見ている。
「カイ、何があったッ!?」
「…大丈夫ッ!? カイ、怪我はしてないッ!?」
ヨゼフの後を追ってきたハイクとイレーネが、武器を手に携えながら走ってきた。
これだけヨゼフとここまで辿り着く時間が違うんだ。ヨゼフの身体能力はずば抜けているらしい。
あのハイクが足元にも及ばないなんて……ヨゼフ、恐ろしすぎる。
「心配させてごめんね。実は、帰り道にガサガサッて音が聞こえて近づいてみたら……」
「バカッ! 何ですぐに後ろをついて来なかったのッ!? もう空もこんなに暗いのに、一人で歩いていたら危ないじゃない! それに、その人がもしカイの言っていた山賊とかだったら、殺されてたかもしれないのよッ!!」
…あ、たしかにそうだ。イレーネの言う通りだった。
こんな森の中だ、この人が山賊の可能性だって十分にありえる。
二人にこの森での危険事項を伝えておきながら、僕のほうが不用心だった。
人のことをとやかく言える立場じゃないな……
「まぁ、確かに“じゃじゃ馬娘”の言う通りだな。…カイ、俺はお前のことを守らなきゃいけない。そんなお前に勝手にうろつかれたら、俺が困る。何かあってからじゃ遅いんだ。お前は自分の身をもっと重要視して、慎重に行動してくれ」
「ごめんなさい……」
「お前に関してはこれだけ言えばわかってくれるよな。わかってくれればそれでいい。それからな、“じゃじゃ馬娘”。別にカイだって悪気があって、この地面に転がりこんでる奴に近づいた訳じゃないんだ」
「…どういう事?」
「カイは“帰り道に茂みがガサガサッて動いていたのが気になって、もし動物だったら狩ってみんなに持っていきたい”ってさっき言ってたぞ。俺の勘だが…それはな……“じゃじゃ馬娘”。きっとお前のためだと思うぞ」
「私の……ため?」
「ま、ただの勘だ。おい、カイ。お前はどういう気持ちで動物を狩ろうとしてたんだ?」
…バシッ!
ヨゼフは僕の腰の辺りを左手で音が鳴るくらいに叩いて、イレーネの前に無理矢理に突き出した。
説明の機会を強制的に与えられた。
……うぅ、ヨゼフにはお見通しだった。この場で言わなきゃだめなの?
流石にさっきあんなことがあった後だから、凄く言うのが恥ずかしい……。
………いや、無理無理無理無理ッ! こんなに恥ずかしい中で言うのなんて無理だよッ!
けど、わざわざ弁明の機会を作ってくれたんだ。……せめて顔だけは直視せずに、俯きながら言わせて貰おう。
「…え、えっとね。僕はイレーネのために動物のお肉を食べさせてあげたいって思ってたんだ。ほら、前に父さん達が村のみんなに内緒で鹿を狩って持ってきたでしょ?」
「その時の……それぞれの家族の楽しい食事の想い出を、少しでも思い返してくれたらいいなぁ……って。多分、イレーネに僕のことで深く、重く悩ませちゃったみたいだったからさ……。家族の想い出を振り返りながら、新しい楽しい想い出を作って貰えたらなって……」
「それにさ、今日はたくさん悲しいこともあったから、その分みんなで食事を囲いながら、悲しみを分かち合いつつ、みんなでそういう時は励まし合えたら気持ちも楽になると思ってさ」
「僕達が初めて新たな一歩を踏み出した日だし、ヨゼフさんと初めて会った日でもあるし、何か特別なことを出来たらなぁ〜って………」
…………返事がない…
もしかしてイレーネ、怒ってる?
“そんなことしてないで、早く帰って来てよ!” …とか言いそうだもん。
怒られるのを覚悟で…恐る恐る顔を上げた。
けど、僕の予想は悉く裏切られた。
暗い森の中でも存在感溢れるその眩い綺麗なイレーネの瞳から…頬に一筋の涙を光らせながら…ぽろり……ぽろりと、涙はとめどなく流れていた。
…えッ! 何かまずい言葉でも言っちゃったかなッ!
やばい、傷つけるつもりはなかったのにな……。
僕はイレーネの顔を見てハラハラした想いに駆られながら、なんとか場を繋ごうと、必死に次の言葉を投げかけようと考えるが、それは無粋で杞憂な心配に過ぎなかった。
「…………べ、別に…そんなことしなくても、私は三人でいれたらそれでいい。……それに、カイに何かあったほうが心配するんだからね……」
弱々しくも潤んだ声が、イレーネの言葉を紡いでいく。
「……そ、それと、さっきはごめんなさい。カイがそこまで気にしているなんて……私…言い過ぎちゃったみたい」
僕もここでちゃんと謝ろう。イレーネに失礼だ。
「…ぼ、僕も。イレーネがあんなに辛そうに、声を震わせて話すほどに気にさせて…本当にごめんなさい。まだ、僕もハイクにもイレーネにも伝えられていないことは、たしかにある……」
「でもね、これだけは信じて欲しいッ! 僕は必ず二人にも打ち明ける日が来たら絶対に言わせてッ! それが近い将来か遠い将来の話しかは今はわからないけど……」
「…だから、その日が来るまでの間も、出来れば僕のことを信じて欲しい…な……」
途中まではイレーネの瞳を見ながら言うことが出来た。
でも、最後の言葉を絞り出して伝える時には、言葉を連ねるにつれて自信がなくなり、また視線を下に向けてしまう。
僕は顔を上げることが出来ないまま俯いていた。
その時、イレーネの手が僕の顔を両手で包み、思わず僕はイレーネの顔を見てしまった。
「大丈夫……私は貴方のことを、信頼している」
……乾いた涙の線はくっきりと浮かび上がり、笑った頬は赤く染め上がっていた。
それはとても…優しい笑顔だった。
「…ありがとう。僕もイレーネのこと信頼してるよ。これまでも、これからも」
「ふふふっ、じゃあカイはこれまでの信用を取り戻して、しっかりとした信頼を掴まなきゃいけないわね」
「そうだね。そのためにも…動物のお肉でも狩りに行こうかな」
「………ばか………本当に心配したんだから………」
鼓動は深く波打ち、息切れさえ覚えるだけの可憐な少女の弱さが垣間見えた。
………無自覚のツンデレは男女のことに疎い僕でも、それなりに響いてくるものがある。
普段の人への当たりが強い時のイレーネとのギャップがここまで違うと、思わずドキドキしてしまう。
もちろんそんなこと普段から意識している訳ではないし…意識してはいけないけど、なかなか強烈なパンチのあるものなんだね。
な、何か言葉を…お兄さんキャラとして、クールな感じの言葉でビシッと決めなければッ!
脳内で右往左往しながらカッコいい言葉を考え込んでたら、この場に最も似つかわしくない言葉がぶち込まれた。
「…ほぅ、これが噂に聞く“ツンデレ”ってやつですか。実に興味深いですね」
地面に寝転がってたビビりの全身フードの子が、最後の最後にとんでもない爆弾発言を投下しやがったッ!!!




