“名前の価値”
「おいおいおいおい! 何でカイだけ名前で呼ぶんだよッ! 俺達のことも名前で呼んでくれよなッ!」
「おかしいわッ! カイだけ名前で呼んで、私達のことはあだ名なんて! …差別よ、差別ッ!!」
二人からは当然のクレームが飛んできた。そりゃそうだよね。
でも…僕だけ何で名前で呼んでくれるんだろう?
「これだから子供は。……フッ」
ヨゼフはある意味凄いよ!
文句を言われているのに、それを鼻にもかけずに鼻で笑い飛ばした。
「カイ! やっぱりダメだッ! こいつは俺達のこと馬鹿にしやがるッ! よし、ぶん殴ってやるッ!!」
「…えっ!? ちょっと待ってハイク! …ダメだよ! ……殴っちゃダメ〜ッ!」
僕は必死でハイクのことを宥めつつ、ハイクが殴りかからないように何とか後ろからハイクの身体にしがみつくようにして、これ以上ヨゼフに近づけさせないように頑張った。
イレーネは“ヤレヤレ〜!“ ってハイクにエールを送っているし…もう滅茶苦茶だよ……
「はぁ、やれやれ……。いいか、“筋肉デカ坊主”と“じゃじゃ馬娘”。お前らとは今日初めて会った。そんな気心知れない奴を最初から名前呼び出来るほど、俺は出来た人間じゃない。名前ってのは大事なんだ。それには呼ぶ価値が付されている。呼びかける価値がある。つまりは…だ、俺がお前らのことを、名前で呼ばなきゃいけない価値ある奴だと、俺が認識した時に呼んでやる。わかったか?」
……凄い。さっきの関心とは違って、僕は本当に敬意を持って凄いと感じてしまっている。
この人の言っていることは真理だ。僕も名前には特別な意味を持つと考えている。
それは人、物、動物、植物、生物など、あらゆるものに通じて言えることだと思う。
この世には、無意味に名前を付された命などない。全て何かしらの理由、由来、感情をもとに名前をつけられる。
ヨゼフはきっと、名前を呼ぶ意味をわかっている。
名を呼ぶというのは、その人のことを敬意を持って認めた時だと、己の中の信念を持っているんだと思う。
その人の事を理解して、その人の生き様を認めて、ヨゼフは初めて名前で呼びかける。
僕はこの人の考えに共感してしまった。
しかし、その理論でいくと一つの謎が生まれるけど、多分そろそろツッコミが入るだろうな。
「じゃあ、何でカイのことは名前呼びなのよっ!? カイも貴方と今日初めて会ったのよっ! 貴方の言ってることはねじ曲がっているわっ!」
ご最も。だけど、それに対する答えは僕にはわかる。
「あぁ、会おうのは初めてだ。けどな、“じゃじゃ馬娘”。俺はこいつのことを知っている」
「ハァッ!? 言っている意味がわからないわッ!」
「イレーネ。少し落ち着いて。たしかにヨゼフさんの言っている意味は理解しにくいよね。でも、ヨゼフさんがここにいる理由を考えればわかるはずだよ」
「なぁ、カイ。このオッサンは俺達のことをおちょくってるんじゃないのか? 何でお前のことだけ知ってるんだよ。お前も今日、初めてオッサンに会ったんだろう?」
「うん。ヨゼフさんとはついさっき会ったばかりだよ。ヨゼフさんは僕のことを知ってるけど、僕はヨゼフさんのことは知らないよ」
「…ますます意味がわからねーぞ。それじゃあオッサンは、どこでお前のことを知る機会があったんだよ?」
「そうだね、そこが肝になる。その肝となる部分の裏付ける理由を、ヨゼフさんは僕達に会った時に言ってくれてたんだよ。…もう、イレーネにはわかったでしょ?」
僕はイレーネのほうに視線を向ける。
だけど、イレーネは考えこんだままだ。
……おかしいな? イレーネならもうわかっていると思ったんだけどなぁ。
「…イレーネ?」
「…………」
イレーネは沈黙を貫く。
「イレーネ? 気分でも悪いの? ……大丈夫?」
イレーネの体調が心配になりすぐそばによる。
僕は手を伸ばしてイレーネ肩を掴もうとした。
ガシッ!
その手を逆にイレーネに掴まれた。
イレーネはそのまま立ち上がり、そのまま僕を引っ張って森の中に入っていった。
「…ちょ、ちょっと、イレーネっ!?」
「…………」
イレーネは無言のままだ。
「わっはっはっはっ! おい、子供ども! 遠くには行くなよな! まだ、そういう事はするんじゃねーぞっ!」
どんな事だよッ!?
……うぅ…僕は急に頭に血が昇って恥ずかしくなった。
「…そ、そんなことなんて知りませんッ! 遠くになんて行きませんよッ!!」
僕は咄嗟に言葉を返したが、これでは、そんなことを知っているような言い回しだ。
…失敗したなぁ。意識しだしたら恥ずかしくなるじゃないか…。
まぁ、そんな気はもともとないけどね。
段々と遠くなっていくハイクは、”何を言っているんだ?“ って顔をしてたのが見えた。
イレーネはずっと無言のまま僕のことを連れて、トコトコと歩いていく。
──※──※──※──
遠くに行かないって言ったけど、大分遠くにまで来てしまった。さっき歩いて来た道を引き返してきた。
先程まで僕達が歩いていた道の、ちょうど半分くらいのところでイレーネは立ち止まった。
よっぽどイレーネは、これから話すことを他の人に聞かれたくないようだ。無言のままは流石に気まずい……。
僕はいたたまれない空気を壊すようにイレーネに問う。
「…ね、ねぇ、イレーネ。そろそろここまで連れてきた理由を教えてくれないかな。そんなに聞かれるとまずいことなの? 別にハイクにもヨゼフさんにも聞かれてもいいんじゃないかな。そこまで問題あることじゃ……」
「ねぇ、カイ」
イレーネは僕の言葉を遮り、こちらを見ずに立ち止まったまま突然声をあげた。
「ねぇ、カイ…貴方……貴方は一体、何者なの?」




