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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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フーシェ 一

 俺はアイツらが嫌いだった。アイツらは全員、成績も優秀で、俺と同じく街行きが決まっている。


 まだ、ハイクはいい。アイツは士官志望。比べられる訳ではない。だけど、イレーネと、何よりもカイは敵視せざるを得ない。


 アイツらは同じ文官志望だ。文官志望は士官志望とは違い、一回の勝ち負けの積み上げではない。どれほど早く問題を解き、なおかつ問題の正解の数がものをいう。


 その点、イレーネは優秀だった。アイツはどんな問題も俺よりも早く終えて、正解数も俺よりも上だった。


 カイは別格だ。アイツはもう早さも異常だが、あの問題を全問正解で毎回終えて、身体が弱いくせにさっさと体術の訓練に行ってしまう。


 人を馬鹿にしてるにも程がある。アイツは同じ文官志望でありながら、座学をより勉強しようなんて心は皆無だ。どんな問題でも解ける自信があるようだ。イライラする。


 しかも、毎朝学校に来てから、僅かな時間で宿題を終えて、毎回ハイクにそれを写させている。自分の優秀さを、まるで見せびらかしているかのようだ。“自分はこれだけ出来る。お前らとは出来が違う”と。


 俺はこの村の役人の子だ。皆んなからはそれなりに敬意を持って接して貰える。それなのに、アイツら三人は、敬おうという気もなく、まるで対等な立場かのように馴れ馴れしい感じで話しかけてくる。


 イライラが止まらない。


 俺の家は村の中心部にあり、学校にかなり近い。役人の子の特権と言える。これだけ近くても、家には帰りたくはない。むしろ、遠くに家があればよかったのに。そしたら、少しでも家に留まる時間が短くなるのに。

 家に帰り、台所にいる母の前を通り過ぎる。出来の悪い息子には話しかけてもくれない。父の書斎を訪ねる。訪ねたくもないのに。


 コンコンコンッ、コンコンコンッ


「失礼します。ただいま戻りました」


 この後の質問、そしてその後の流れなど、わざわざ考えなくても分かっている。


 父はいつも聞いてくる。


「今日の出来はどうだった?もちろん一番の成績だっただろうな?」


 俺は答える。


「………すみません。今日も三番目でした」


 バシンッ!!


 そう答えた途端に頬に重たい平手打ちを喰らう。これもいつものことだ…。


「なぜ役人の子でありながら一番を取ることが出来ないのだっ!? しかも国境沿いに住む農奴の子に負けているだと! ふざけるな!! あんな貧民に負けているなんて恥ずかしいと思わないのか!? さっさと自分の部屋に行って勉強しろ! 明日の朝まで出てくるなッ!!!」


「……失礼しました」


 俺は逃げるように書斎から退室の挨拶をし、自分の部屋へと向かう。俺は部屋に着くなり勉強を始める。


 カリカリカリッ、カリカリカリッ


 糸巻き鉛筆の音だけが部屋の中を鳴り響く。


 そろそろ暗くなってきたな。蝋燭の火を(とも)そう。


 軽く蓋を開けてある炭壺の中に入れておいた炭火(種火)に蝋燭を近づけて、蝋燭に火を灯す。

 蝋燭が使えるだけありがたい。各家庭に決められた数の蝋燭が年に一度配給される。

 この家は父が役人ということもあり、一般家庭よりも多く支給される。

 その多く支給されたものを、俺の勉強のために()てがわられている。




 ぐぎゅうぅぅぅぅぅ───…




 お腹が鳴ってきた。でも、俺は朝まで部屋を出ることが出来ない。それまで食事を取ることも出来ない。

 用を足すことも出来ない。…我慢だ。我慢するしかない。


 カリカリカリッ、カリカリカリッ


 もう大分、夜もふけてきた。脳が疲れたという信号を送ってきたので、もう今日は寝よう。

 一人用のベッドで身体を横たえる。いつものことだ…。




 ──※──※──※──




 ホーホーホッホー、ホーホーホッホー


 山鳩の独特な声が聞こえてきて、朝陽が窓から入り込み、目を覚ます。

 ……もう朝か。もう少し寝たかったな。文句を言ってもしょうがない。

 眠い目を擦りながら、身支度を整えて、朝食を食べに向かう。家族三人で食事が出来るテーブルが置いてある部屋を、ノックしてから入る。


「失礼します」


「おぉ、来たか。もう我々は食べ終わっている。食事をしたら、そのまま学校に向かい、朝の時間を使って勉強するように」


「…はい、わかりました」


 俺は一人、広いテーブルを独占しながら、黙々と食べ続ける。


「……………」


 いつものことだ。




 ──※──※──※──




 学校に到着して、早速勉強を始める。まだ誰も来ていない。静かなひと時だ。


 カリカリカリッ、カリカリカリッ


 教室に誰かが入ってきた。でも、俺はそれを気に留めない。勉強しなければ。


 カリカリカリッ、カリカリカリッ


「みんな、おはよう」


 その声を聞いて思わず俺は反応してしまった。勉強の手を止めてしまう。


「おはようハイク、イレーネ、カイ」


 俺は三人に挨拶をする。社交辞令だ。


「宿題見せて。フーシェ、おはよう」


「ハイク。倒置法を使って大事なことを強調しているつもりかもしれないけど、今は使う場面じゃないと思う」


「カイは何言ってんだ? まあ俺はそのなんとか法っていうのを使ってフーシェに命令出来るってことだな」


「宿題を見せてって言われても見せるつもりもないし、”おはよう“より”宿題“っていう言葉が先に出るのが舐めてるし、何より”法“を勘違いして俺に命令出来ると心得違いしてる奴に見せる物は何もねーよ」


 ハイクは何を言ってる。本当に馬鹿じゃないか?


「諦めなさい。フーシェもこう言ってるんだし、そもそも自分でやってくるべきことでしょ」


「いいじゃねーか。フーシェは俺に貸しを作れるし、将来に備えて困った時にいつでも頼れる最高の保険をこの年で得られるんだぜ」

「もう一生分の保険を俺の方が与えてると思うけどな。だからこれ以上の保険を重ねる必要は俺には全くない」


 こんな奴に借りを作ったところで無駄だ。


「そんなこと言わずに、なぁいいじゃねーか」


「しつこい。カイを見倣ってお前も早くやれ」


「しょーがねーなぁ。カイ、宿題終わって見せてくれるならお前は将来に備えて最高の保険を...」


「僕もハイクに一生分の保険与えてるけど保険を重ねておくよ」


 ……なんて甘い奴なんだ。こんな奴に見せてやっても、その内落第するのが目に見えているだろう。

 ここではそれが通用しても街に行ったらどうなるかわからない。果たしてそれでやっていけるのか。

 ここは教師が甘いというより単なる馬鹿だからバレずに済んでるけど、街に行ってちゃんとした教師が担当だった時、困るのはハイク本人だ。何でそのことに誰も気がつかないんだ。

 カイやイレーネ以外の奴らも、ハイクのご機嫌取りに成り下がっている。本当にどうかしている。


「相変わらず早いわね。そしてハイクに甘すぎるわ。そんなに早く終わるならちゃんとやってくればいいのに」


「朝早いからギリギリまで僕は寝たいんだ。授業が始まるまでに終わらせればいいなら、学校に来てからやれば時間の無駄がないんだよ。効率よく時間を生かしてるだけだよ」


「物は言いようだな」


「僕はこれでいいんだよフーシェ。何事も結果だよ」


「フン」


 コイツの言い分も本当に腹が立つ。こっちだって夜遅くまで勉強して、朝早くから起きて勉強して眠いんだよ。


 教室の戸が開き教師が入ってくる。まぁ、こんな役に立たない奴のことは基本的に無視だ。

 この後の授業のことで、俺は頭が一杯だった。今日こそは何としても勝たなきゃいけない、コイツらよりも優秀なところを見せつけてやるんだっ!


「カイ、フーシェ、用意はいい? よーいっ…ドンっ!」


 授業が始まり、一斉にスタートする。問題を解くペースも普段よりも速い。

 ……今は半分ぐらい解き終わったか。これなら今日こそは二人に勝てるかもしれない!


「ふぅー、やっと終わった」


 嘘だろっ!? 何でそんな早く終わるんだよッ!! 

 これじゃあ、これじゃあ今日も………


「チッ」


 俺はもうやる気も上がらずに、勝ち負けを意識せずに問題を進めていった。

 カイが終わって少し経ってからイレーネ、俺の順番で今日の問題も解き終えた。


「また私の負けね」


「…この学校を卒業するまでには俺が必ず勝つ」


「まあ、今のところは僕が勝たせて貰ってるけど、二人にいつか抜かれるかもしれない。そうならないようには努力するよ」


 思ってもいないことを言うなよ。イライラする。


「努力するって言うなら座学の成績を少しでも上げるように努力しなさいよ!」


「どこまでも人を馬鹿にした奴だ」


 本当にイライラする。


 カイがいなくなった後も、文官志望の奴らと勉強だ。

 カイが今日も酷くやられて帰ってくるかの賭けを全員で行う。

 イレーネ以外は、カイが今日もやられて帰ってくると予想している。

 …ていうか、やられて欲しい。その頭でっかちな頭を強く打って、成績が下がってくれることを望んでいる。


 勉強で頭が疲れているきたところに、体術の訓練を終えた奴らが帰ってきて、教室の戸が開かれる。


「ハイク、カイお帰りー。またカイは酷くやられてるわね。もう、危ないんだから辞めればいいのに」


 今日も酷くやられていた。


「フン、いい気味だ」


 酷くやられている様子を見ると、少しは胸が清々する。そのまま頭も酷くなってくれ。


「はははっ、またカイが負けて帰ってきたな。賭けはいつも通りイレーネの負けだな」


 文官志望の誰かが言った。


「いいの。カイが怪我をしないで帰ってくるのを待ってるだけだから。別に私だけの負けでも構わないもん。辞めてくれればいいんだけどねー」


「どうせ負けて帰ってくるに決まってるのに無駄な賭けだな」


 クソッ! 何でイレーネはあんな奴のことを心配するんだ。腹立たしいっ!!


 ずっと居眠りしていた教師が立ち上がる。今頃起きんのかよ。もっと真面目に働け。


「では今日の授業はここまで。各自家に帰り次第、家での務めに励むように」


「「「「「はいっ!」」」」」


 みんな一斉に立ち上がり家へ帰るための支度を始める。


「よし、俺らも帰ろうぜ」


「さぁ、早く帰るわよ」


「そうだね。じゃあ帰ろうか」


「……」


 怪しい。アイツら今日は何かソワソワしていた。()()()()

 なぜ急がなければいけないんだ。妙に気になる……追うか。

 どうせ家に早く帰っても成績のことで怒られ、遅く帰ったら遅く帰ったで怒られるんだ。

 怒られることに変わりない。後をつけてみるか。



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