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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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とある教師の視点 二 ※グロテスクな表現があるので、苦手な方はお控え下さい。

 ──※──※──※──




 俺は訓練場に連れてこられた。俺は縄で縛られ訓練場の地面に放り出された。

 これじゃあ、本当に罪人のような扱いじゃないか。俺が放り出される前に、この村の役人の野郎も連れてこられていたようだ。

 俺と同じような扱いだ。奴の顔は恐怖で歪んでやがる。


「では、お前達の罪を教えてやろう。まず、そこの小役人だ。お前は罪の自覚があるように見える? 違わないか?」


「……はい。私は此度の騒動について事が起こるまで何も知りませんでした。それが私の罪です。この集落のことを事前に把握するべき立場にありながら、何も知りませんでした。……申し訳ございません」


「よかろう。お前の言う通りそれがお前の罪だ。本来なら罪を少しは軽減出来たが此度は事が大きすぎた。もはや庇いきれん。よって、お前は串刺しの刑に処す」


 串刺しの刑だとッ!? 何を言っていやがる! 事が大きすぎたって何だよ!? 

 俺も同じように処刑されるってことかッ!?


「士官様ッ!? 仰っておられる意味がわかりません!! ただの子供が、帝国の教育方針に反する考えを抱いたことが、そこまで事が大きいものであるようには思えません!」


「……馬鹿につける薬はないとはよく言ったものだ。こうも自分の罪の分別がない者がいようとは、嘆かわしい。お前には自分の罪の意識を味わいながらの死に処すために、懇切丁寧に教えてやろう」


 俺は報告をしただろうがッ! 帝国の法律を、目の前の勲章をつけた馬鹿は忘れたんじゃないだろうか。

 そう思うと何とか説得出来そうな気がしてきた。


「お待ち下さい。私は帝国の法律を遵守し、この集落の不届き者を報告したまでです。奴らは帝国からの逃亡の危険性、及び、他の国に羨望の眼差しを向けておりました。奴らの思想がこの集落全域に広がる前に、皇帝陛下の御前にこの一報を届け出ることで、事前に反乱の思想の芽を摘むことが出来ると考え報告致しました。私のどこに罪があると言うのでしょう」


 フッ、俺に報告してきたアイツの言葉をそのまま借りるのは癪だが、背に腹はかえられない。

 今は至極真っ当な意見を具申するだけだ。




「そうだ、その思想が問題だ。お前はその思想が子供達の間で芽生えたにも関わらず、自分の責任を感じなかったのか?」




「へ?」


 俺の責任? 俺に何の責任があるんだ? 思わず素の疑問の言葉が口から流れでた。


「ここまで言っても分からないのか。お前は自分が教師の立場でありながら、帝国の教育を子供達に教える義務があるにも関わらず、その義務を放棄し、かつ危険な思想を抱かせるようなことをした。お前の教育不足により、今日(こんにち)の事態に至った。異論はあるまい」


 俺の教育不足だと……確かに俺は子供達の面倒はあまり見てこなかった。

 構いたくなかった。関わりたくなかった。

 ……だが、それだけで罪になるってのかッ!?


「そしてもう一つ。お前はこの学校の敷地内の馬を生徒が解き放ち逃亡に役立てていたにも関わらず、その行いを阻止するようなこともしていなかった。違わないか?」


「そ、それは確かにそうですが。ですが、私は一介の教師でしかなく…逃亡を阻止するのは士官様達のお役目かと…」


 そう答えた瞬間。俺の顔を目の前の奴にぶん殴られた。俺は軽く飛んでいった。


 …グハッ!


 口から血を吐いた。どんだけの馬鹿力で殴ってきたんだよ!


「お前は自分の役目を何と心得るッ!? それが陛下の忠実な臣下の態度か!! 自分の生徒の過ち、逃亡をみすみす見逃すどころか、陛下の貴重な財産である大事な馬が放たれるのを、ただただ眺めていただけなど、愚かな罪と心得よッ!!! お前は犯してはならない罪を犯した、その腐った思考しか生み出さない頭のせいでな」


 俺が止めなければならなかっただと。そんなの士官のすることだ。

 そんなことで罪になるなんて認めないっ! 

 俺は血反吐を吐き、地面に転がりながらも反論する。


「…お言葉ですが、奴らはただ逃げだしただけで、そのうち捕まるのは間違いないでしょう。それに陛下の財産も、馬以外に何の損失もございません。馬もきっとそのうち帰ってくるでしょう…」


 そうなるという保証もないわかりもしないことをツラツラと述べた。

 …何とかして生き延びねば。


「そうか。それがお前の答えか。では聞こう。お前の後ろのあの光景はどう説明する?」


「はい?」


 言われたことの意味が分からず、後ろを振り向いてみた。

 その光景は、これから収穫を行うはずだった小麦畑が延々と燃え広がっていく信じがたい光景だった。

 嘘だろ……。


「これがお前の罪の結果だ。我々の予定では小麦畑には被害を与えることなく、悪の根を狩り取ることだけが目的だった。それなのに、お前が逃亡を許したばかりに、このような結果になっている。馬に乗った逃亡者が、住民達に逃げるように混乱に陥れ、さらには馬に乗って逃げるようにと逃亡幇助(とうぼうほうじょ)を行っていたそうだ。混乱した住民や逃げようとした者が、小麦畑に火を放ち、我が軍の統率を乱そうとしたことは明白。さぁ、こうなった結末の責任は誰にある。答えよっ!!!」


 まさかこんなことになるなんて。俺は、俺は……


「た、確かに私にも責任の一端があるかも、しれません。ですが、その責任は些細なミスからなので、それが死に値するようなこととは……」


 グンッ!!


 最後まで言い切る前に、俺は胸ぐらを掴まれ激しい睨みを受けながら宙に浮く。


「お前は陛下の偉大な畑を何と心得るッ!? 恐らくこのまま延焼が続けば、この地の収穫は壊滅的な被害だ! この小麦だけで帝国の前線にどれだけの兵糧を送れると思っている!? それが全て壊滅してしまっては、一部の前線は引き揚げざるを得ないことにもなりかねないのだッ!! お前の死は単なる処刑では済まされるものではないわッ!!!」


 ドンッ!


 そのまま俺は再び地面に放り投げられた。い、痛い…。背中を強く打ったようだ。


「おい、例の物を持ってこい! コイツにはこれだけの罪がある。問答無用で使用して構わない!!」


 な、何が持ってこられるっていうんだ。俺は恐怖で身が震えだした。


「光栄に思うがよい。陛下はお前のような不届き者が出てくることを、事前に考えておられた。陛下はそのような者のために特別な処刑をするようにと、ありがたいお言葉を前線に向かう前に残しておられた。その一番最初の処刑にお前が選ばれた」


 陛下の命じた処刑方法だって?

 ……ど、どんな処刑なんだ。


「お前はその死をもって、陛下のお役に立てるのだ。生きている間はどうしようもなかったお前が、死ぬことでようやく役立てるのだ。そんな怖い顔をしないで少しは誇りに思うがよい。お前の身体は、死後に塩漬けにされて、首都に送られる。そして、反乱分子共にお前の惨たらしい死を見せしめにすることで、奴らの心を少しでも折ることが出来るだろう。……そういえば、報告書にもお前の願望も書いてあったな。”私は首都に行きたい“と。良かったな。お前の望み通りの首都行きだ」


 塩漬け。見せしめ。何で俺がそんなことをされなきゃいけない!


 その時、何かが持ってこられた。何だよ、あれは………。


 グツグツ…グツグツ……


 不穏な音を響かせた物が運び込まれた。


「……きたようだな。ではこれよりお前の処刑を開始する。これはな、お前のような者のために、わざわざ陛下が貴重な“銀”を、その最後の死に使われることを許されたのだ。お前は銀など手にしたこともないから嬉しいだろう。では、これより処刑を開始する。こいつの身体の右側面が上に向くように取り押さえよッ!!!」


「はっ!」


 そういうと俺の身体を三人の士官に抑えられ、身動きが一切出来ないように捕らえられた。


「な、何をするかは分かりませんが、お離してください!」


 もはや聞く耳を持ち合わせていないようで、何かの工具を手にした奴が俺に近づいてくる。あれはたしか“やっとこ”? 熱い物を掴む時に使うもんじゃないか。街で教育を受けた時に工房の前で見たことがあった。何でそんなもんを持って俺の方に近づいてくるんだ。


 そんな事を考えていたら、“やっとこ”を手にした奴は、俺の右耳をその工具で掴みあげた。

 容赦なく掴んだようで、耳が、ブチブチッとあげてはならない音をだした。


「い、痛い…ですッ! お、おやめくださいッ!」


「そんなので掴まれたぐらいで痛いのなら、これから受ける苦しみは、果たして痛い程度で済むかな。“銀”の準備が整ったようだな。よし、流し込めっ!!!」


 俺は言っていることの意味を受け入れたくなかった。

 だけど、さっきの銀の状態を見ていたので、何をされるかわかってしまった。


 銀という物を装飾品とかの状態で街で見かけたことがあった。

 いつかは欲しいと物欲も抱いていた。しかし……今日見たそれは、俺の知る銀ではなかった。

 なぜならそれは、坩堝(るつぼ)の中で溶解し、ドロドロとした液体で、色も俺の知る銀とはほど遠い色を帯び、燃えさかる炎のような色になっていた。


「あ、あのッ! い、いま流し込むと仰いましたが、それをどこに流し込むのでしょうッ!?」


 俺は恐怖のあまり声が上擦りながら聞いてしまう。ま、まさかそんな非道なことをするはずが…


「この状況になりながらもそれを聞くか。どこまでも馬鹿な奴だ。お前の右耳に、この極度に熱して溶解された銀を流し込むに決まっているではないか。これ以上の問答は時間の無駄だ。やれっ!!」




 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!!




「…嫌だッ! 離せ! 離してくれ!!」




 俺は暴れたが抵抗も虚しいものだった。

 集落の教師が暴れたところで三人の士官に取り押さえられていたら、身動きは一切取ることが出来ない。






 ドロドロ…ドロドロ……ジュッ!!!





「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」






 み、耳が、耳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 耳の中が焼けていく!!






 痛い、熱い、苦しい、熱い、痛い、苦しい、熱い、苦しいッッッ!!!






 頭の中がおかしくなっていく。正常な感覚がなくなり、痛覚という痛覚もあまりの衝撃に悲鳴をあげる。


 俺はバタバタと陸に揚げられた魚のように身体を跳ねながら、全身が痙攣する。


 あまりの銀の熱さに耳から湯気が上がってきた。


 部屋中に銀と耳が焼けていく臭いが立ち込めていく。


「うがぁぁぁぁぁ……っぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 次第に銀はそれ以上耳には入らなくなり耳から溢れ出て、その耳から溢れ出た銀が頭の後頭部を焼き尽くし、皮膚の表面を焼き尽くし、その細胞を殺していく。




「むぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 苦しい、痛い、熱い!!誰か助けてくれ!!!




「よし、こちら側の耳は十分だ。少し時間を置け」




 ……よ、よかった。これで終わりか。後は一思いに殺してくれ………

 俺は切なる願いを込めながら早く殺されるのを待つ。この待っている間も苦しい。

 …銀が脳にまで達したようだ。頭もなんだか、グワングワンしてきた……


 その時、先程よりも音が途切れ途切れに聞こえてくることに気付いた。

 ちょ、ちょっと待て……まさかとは思うが……


 考えている途中で起こされ、今度は反対側の左耳が上になるように取り押さえられる。


「右耳の銀が固まって何も聞こえていないことがわかるだろう? 次でお前は最後の音を楽しむことになる。お前の生涯で最後の音は、自分の耳の中が次第に焼かれていく音を聞きながら、その耳が塞がれていく。そのじわじわと迫る恐怖を味わうがよいッ!!!」


 その宣告を最後に、俺の左耳に銀が流し込まれる。




「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 悲鳴をあげたが俺にはその声が微かにしか聞こえない。俺の中では……






 ジュワアアアアアァァァァァッ!!




 ジュワアアアアアァァァァァッ!!




 ジュワアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!






 自分の肉の焼ける音が絶え間なく鳴り響き、俺の精神も次第に破壊され、耳の組織がジワジワと破壊され、俺は自分には二度と聞こえてこない叫びをあげていた。


 音も次第に、ジュウゥゥゥ……ゥゥゥ……ゥ………と、自分を苦しめる音すら聞こえなくなっていった。




 ──※──※──※──




 また止まった。銀を流し込まれる作業は終わりを迎えたらしい。


 俺はまだ辛うじて生きていた。


 今度は身体を上向きにされた。


「─────────」


 目の前の士官が何かを言っているが、もう何を言っているか分からない。


 バンッ!


 今度は頭を抑えられた。お、おい……何だよその工具は……


 二人の士官が俺の目にそれぞれ工具を当て、目が閉じられないように固定された。


 眼球が飛び出そうなぐらいにまで、目の周りを工具で固く押し込まれた。も、もしかして………






 イ、嫌ダァ!! ヤメテクレッ!! モゥ、コロシテクレェ!!!






 俺の僅かな願いも届かず、眼球に橙色に輝く銀が流し込まれた。




「─────ァ!! ──────ッ!! ──────ェ!!!」




 両目の角膜はすぐに燃え水晶体が突き破られ、眼球の水分という水分は蒸発し煙を上げ、身体がガクガクと震えながらも辞められることはない。


 俺の視界は閉ざされ、耳も聞こえず、もうこれから何をされるかもわからない。


 だが、それはすぐに訪れた。




 頭に銀が注がれた。


 もう痛みも感じない。身体もピクリとも動かない。


 髪の毛と頭皮が溶け出した。徐々に頭蓋骨が剥き出しになり、ようやく俺の腐った脳は停止する。




 長い長い苦しみの末に…望んでいた死を迎えた。




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