“誓いと約束”
次の瞬間、黒雲の身体から血飛沫が舞い上がるのを見てしまった。
「…黒雲ッ!?」
黒雲は咄嗟に僕を蹴り飛ばして、僕を救ってくれた。
黒雲は鞍と鐙のおかげで、そこまで傷が深くはなく何とか立っていられた。
目の前の敵を警戒しながら。
「………な、何で…い、生きているんだ?」
僕もあまりの非現実的な出来事に、思ったことを呟いてしまった。
「………は、ははは…何でだろうな……今にでも倒れちまいそうだぜ………だがな、お前を逃すわけには…いかないんだょ……」
敵は瀕死の重体でありながら、その身体の犠牲を厭わずに、僕達のことを追って来た。
文字通りの犠牲を厭わず…犠牲を払いながら…
男の辿ったであろう道には、点々とした血が続いていた。
途中には恐らく身体から出てしまったのであろう…臓物がまばらにその道に転がっていた……
「なぁ、子供よ…お前はここで、死ななきゃいけないんだ……ハァ…ハァ…ここで、俺と一緒に死んでくれッッ!!!」
男は自身の死と引き換えに、僕の命を狩りにきた……ッ!?
さっきよりも動きが速いッ!!
そんな馬鹿な…こんなもうすぐ死ぬような人に、どこにそんな力が残っていたんだ…
クソッ! 槍が長すぎて振るう前に殺されるッ!!
「…ッ!? カイ! 何があったッ!?」
「カイッ! 避けてッッ!!!」
男が叫びながら襲ってきたことでハイクとイレーネもこちらの異変に気付いた。
だけど、その圧倒的な速度に身体は避けようがない……もう逃げようがなかった。
………ヒュンッ!!!
…バキッバキキキキッ!!!
「…ナッ!?」
それは、あまりにも突然の出来事だった。
剣の振るう音ではない。
振り下ろされた剣が何かに当てられたかのように、剣がその衝撃に耐えられずに粉々に砕けてしまった。
今、対岸から何か飛んできたような……。
……グサッ!!!
「へ…へ、へへ……へ…へへ、へ………へ」
敵は動きを止めた。槍で貫かれた…その頭を。
今度こそ、敵は考えることも動くことも不可能だ。
司令塔である頭脳が停止し、地面に身体を臥した。
「カ……イ………」
「…ッ!? 父さん! 生きていたんだねッ!?」
敵を倒し両膝を地面につけ、敵を貫いた槍で何とか身体を支えている父さんに近寄り、僕は抱きしめた。
敵の背後から槍を貫いたのは父さんだった。
家での敵との戦闘の最中に、父さんの眼から光が失った瞬間を僕は見ていた。
だから、手当ても出来ずに父さんが死んだと勝手に決めつけていた。
……あの時、僕は父さんと母さんの身体からある物を取る時に、父さんの脈と心臓の心拍も確認した。
その時は間違いなく死んでいた。何が起こっているの……。
「あ……ぁ……、最後に……お前を……守れて…本当に……良かった」
「……ッ!! 何を言っているのッ!? 一緒に逃げようよッ!!」
「カ…イ…。これは……奇跡だ……。神の……奇跡。………奇跡は…一度きりだ………それに……逃げても………もう……これ以上は…」
…………ブハッッッ!!!
父さんは血を吐き出した。僕にもその血がかかる。
でも、そんなこと今は関係ないッ! 父さんを救わないとッ!!
「父さんッ! 僕、魔法を使えるんだッ! だから今助けてあげるねッ!!」
そう言って僕は父さんの身体に回復魔法を使おうとしたが、父さんは僕の手を……もう力の入らない手で握ってきた。
「もう……いい……。もう………いい、んだ。…カイ。……俺は……ここ…までだ。生き……残れな……い。……母さんと……一緒に……この…地…で」
「………嫌だッ、嫌だッ、嫌だよッッ!! 僕はずっと父さんと一緒にいだいッ! 母さんと一緒にいだいッッ!! 皆んなで一緒にいだいだけなんだッッッ!!!」
僕は父さんの握っていた手を払いながら、僕は両手で精一杯に、僕の顔が父さんの身体に埋もれるくらいに抱きしめた。
……涙がまた出てきた。嗚咽混じりの声になってしまった。
言葉として、僕の心の底からの願いを伝えた。
もう…僕を…一人にはしないで……。
「カ…イ。……イレーネも……ハイクも……いる。これ…からは……あの二人と……生きて……生きて………生き続けなさい」
それは母さんと同じ言葉だった…父さんも母さんと同じことを言うんだね……
僕もさっき、父さんと母さんに誓ったばかりじゃないか……
もう一度、神が与えてくれた最後の機会だ。父さんを安心させる言葉を……言わないと。
………自分の想いを奮い起こして……
「……僕は…誓う。僕は…イレーネとハイクのことを守り、助け合えるようになれるぐらいに強くなってみせるッ! 僕は二度と…自分の家族を失うようなことはしないッ! 僕は必ずこの地に戻るッ! そして、父さんと母さんの残してくれた想いを紡いでいく…紡ぎ続けていくッ!! 父さんと母さんが守り繋いで紡いでくれた僕の命は、決して無駄にはしないッ! 父さんと母さんが誇りに想えるような子供として…僕は一生懸命に…生きて…生きて…生き続けていくよッッ!! …約束だッッッ!!!」
……涙声の約束は聴こえているのだろうか。
そう思って、父さんの身体を抱きしめていた顔を少し離して…視線を上にあげた。
父さんは優しく…僕に笑いながら話してくれた。
「………あ…ぁ…約束だ……。俺の……自慢の……誇り高い……愛しい息子よ……」
僕の頭の上に手を置いて、力なく髪の毛をワシャワシャと撫でながら最後の言葉を贈ってくれた。
………父さんは…いつもの穏やかな表情で……僕を見つめながら亡くなった。




